彼だってそういう顔。今までよぉく見てきたオトコの表情をしている。
抱き合って、私も見つめるの。その姿はまるで、獲物を捕える蛇のよう。
夜は良い子は寝静まる時間。
草木さえ眠りにつく。
だから起きているのは、私みたいな悪ぅい女。
そして…
「ふふ…部屋に入っていきなりキスなんて、情熱的」
私を抱く、色男。
「あまりに綺麗なもので、つい…」
そう言って、色男ははにかんだ。
しっかりとオールバックに整えた髪を、腕を伸ばして撫でる。固められた髪は、ちょっとだけ撫で心地がいい。
彼のブラウンの瞳に、私は微笑んで言う。
「ありがとう。あなたも素敵」
どこかで聞いたような甘い言葉を交わし合う私たち。
けれど蕩合う時間の中で、見つめ合う二人。
「我慢できないよ。ねえ、君をもっと知りたいんだ」
甘ったるいささやきで私にまなざしを向ける彼は、据え膳の前で待てを食らっている犬みたい。我慢の限界という言葉がよくお似合いね。
「ええ、私も…もっと知りたい」
私から彼をベッドに押し倒して、上にまたがった。
服越しでもわかる、あなたの期待が。
肉薄して、高鳴る鼓動を直に感じ取る。
興奮して、火照る体温を確かに受け止める。
かたぁい
私よりずっと大きなあなたの右手に、私の細い指を絡める。
今まさに2人はこの空間に溶け合おうとしていた。
私は体を少し離して、横たわる彼の左の頬に右手を添えて、瞳を見る。
そして、そのまま指をそっと、首から胸へと添わせる。
その指を目で追う彼。
「だぁめ」
彼の目線を奪うように、私は彼の唇を奪う。
離してささやく。
「私を見て」
こうすれば、もう私の瞳に釘付け。
だって、感覚だけの方が、興奮するでしょ?
焦らすように、期待を膨らませるように、どんどんと指は体の下へ下へと、降りていく。
きっとあなたは、とってもいじらしく思っているでしょうね。
今か今かと、
けど残念。
私はあなたより少し、悪い女。
瞬間、ドレスの裾を翻し、腿に携帯していたデリンジャーを引き抜いた。
手中の鉄塊を彼の厚い胸板に強く押し当てる。鍛えただろう筋肉は、私のデリンジャーの銃口をしっかりと受け止める。
状況を理解したのか、慌てた顔をする彼。けれど私の方が少し
つんざく乾いた音。
飛び散った、汚い赤い液。
肌にぴたりとつく頃には、いやに冷たかった。
私の美しさを汚すそれを、私は指で乱雑に拭う。
「ごめんなさいね。腹上死すら、あなたには贅沢だもの」
シャワーを浴びて、洗面台の鏡を見る。
自慢のウェーブのかかった黒髪。欠かさぬ努力で培った美白。頑張って作ったぱっちりとした二重。完璧に維持している体型。
綺麗な私。美しい私。これこそ、理想の女。
衣服を整えて、姿見を見る。
返り血の目立たない黒いドレスを着た私は、夜に溶ける黒い薔薇。いや、むしろ白い肌が浮き立って、夜に輝く星かしら?
選べないけど、どの言葉も私のためにあるようね。
部屋を出るときに、私はベッドの上を一瞥した。
横たわる、二度と動かない醜い男。
今回の標的だった骸。
これまでどんなに贅沢で素敵な生活をしていたかは知らない。知っているのは裏で汚い金を稼ぐ、外面のいい政治家ってことくらい。けれどまあ、最期に私みたいな女と出会えたんだから、幸せな最期だったことでしょう。
「興味もないけどね」
吐き捨てて、私は部屋を後にした。
◇
「あぁ〜〜んもぉ〜〜〜、づかれだぁ〜〜〜」
大して酔ってもないのに千鳥足で玄関を抜け出て、私はドレスのまま六畳一間の居間に転がり込んだ。
如何にもごくごく普通の居間。リビングと呼ぶにはおしゃれさが足りないから、この部屋には使いたくない。
ドレスで着飾ってガンでウインクしていたさっきまでとは不釣り合いだけど、けど、だから心地いい。
「おかえり。お疲れ様」
テーブルに胡座で向かっていた彼が、優しく私を出迎えてくれた。
彼は私の仕事は知らない。ただのちょっといい仕事してるデキる女、で通している。それで通せるの、って?通したのよ。無理矢理でも。
「ドレスに皺がつくよ。脱いだら?」
「いやんえっち」
「心配して言ってるんだよはっ倒すよ」
眉を顰める彼に、私は失笑する。
この会話に表も裏もない。仕事で行う話じゃないから、そんなものを作る必要がないのだ。
ふと、机上に目をやると、ハイボールの缶が見えた。
「お酒ぇ〜?羨ましいわねぇ、優雅だこと」
身を起こして、缶をつまみ上げる。重さから察するにおよそ半分ほど飲んだあたりかしら。
「優雅とはお言葉だね。君、どうせもっといい酒飲んできてるだろ?」
「んー、確かに?このお酒いくら?」
答えを聞いて、私は口角をわざとらしく釣り上げる。
「今日飲んだカクテルは、その3倍はしたわ」
聞いた彼は苦笑する。慣れているから、この程度で怒ったりはしない。
「やっばりね」
と、端的に感想を述べているくらいだ。
私はつまんだ缶をそのまま持ち直して、その飲み口にルージュの唇でキスをする。
「おいおい、勝手に飲むなよ」
彼はそういうけど、私にとっては聞こえないこと。ここまできちゃったなら、あとはぐいっとご一献。
炭酸が私の喉を駆け抜けて、ウイスキーの香りがじんわりと広がる。
「んー、おいしっ」
「3倍の値段のカクテルより?」
「
私は缶のラベルを眺めながら、こぼすように言う。
「酔えないカクテルより、酔える安酒の方がずっと美味しい」
彼は視線を落とした。だけどそれは、私の言葉に愕然としたわけじゃない。
私の笑みの先を、見たためだと思う。
「それが本当なら、値段ってなんなんだろうね」
私は目を瞑って、寝言のように言う。
「手間と
そっか、とだけ彼は言った。その淡白さがむしろ心地よい。
私は薄く目を開けて、
「そうよ」
と、今度はため息のように言った。
そしてまた、もう一口。
輝くような夜も、落ち着いた夜も、等しく私は愛してる。
けれど、煌びやかさを纏う私だからこそ、たまにこんな、そんなものからかけ離れた時間に、酔いたくもなるのかもね。
〜よいとまけ人物紹介〜
・私
格好がヨルさんみたいだけどヨルさんはモチーフにしてない。こういう自分の美貌に対して絶対の価値を疑わない女性キャラは私の癖です。
・彼
男A。元々は彼女の仕事を知ってる設定にしようとしたけど気分じゃなくなったからやめた。
・標的
ばいばぁ〜い
・筆者
wotaku氏の「マンハッタン」を聴いてる時にインスピレーションが働いたので筆をとった。完全に勢いでしか書いてないから、テーマも起承転結もない。是非ともマンハッタンとハイボールを傍にして読んでね。