「みんなごめんねー風邪もバッチリ治ったから今日から撮影に参加出来るよー」
ニコニコ笑いながら入って来たアイに俺は何て言えば良いのだろうか?
周りを見渡すと他の人達は挙って役作りや台本のチェックをしている振りで誤魔化してるつもりのようだ。
こんな時にこそカミキさんが居てくれれば全部丸投げ出来たのに……
これは俺が言わないといけない事なのだが……風邪の次はメンタルダウンが免れないような気がするし……
そんな事を考えていたら、アイが俺の前に立っており俺の事を見ていた。
「ねえ、アクア……今日はどのシーンを撮影するの? 一応台本は全部覚えて来たからどこからでも大丈夫だよ? 何なら濡れ場だってOKだしね」
アイは満面の笑顔で俺に語り掛けるけど……罪悪感に押しつぶされそうだ。
濡れ場は既に終わっているし、ドーム公演は元を正せばカミキさんの替え玉作戦が史実通りに行われた以上……後は二人の出会いであった劇団ララライでのワークショップの日々位しかない訳なので、何とも言いづらい
しかし、ここで何も言わないのもそれこそ問題だし……俺が覚悟を決めてアイに告げようとした瞬間だった。
「おはようございます」
「おっはー」
長い金髪を靡かせたカミキさんと大輝が到着した。
そして、今さっきまで俺の目の前にいたはずのアイは消えており、カミキさんの方を見るとアイが丁度カミキさんに飛び着いていた。
「あ~ヒカル君ヒカル君ヒカル君だぁ~♡私風邪ひいた時すっごい寂しかったんだから、今日は撮影中ずっといちゃいちゃしようね♡」
「アイさん? 濡れ場とか主要シーンは撮り終わったってアクアから聞いてませんか?」
カミキさんがそう言った瞬間にアイの首がグリンと回った。
一瞬首だけが回ったのかと思って物凄く怖かったが……本当の恐怖はここからだった。
顔を俯かせる事により、長い髪で表情を隠しながら一歩また一歩と体を揺すりながら近寄って来ており、とうとう俺の正面にたどり着くと、俺の肩を思いっきり掴んでアイは顔を上げた。
「……嘘だよね? だって……わたしそれが楽しみだったのに……何で……何で……濡れ場を先に撮っちゃったのかな~!」
死んだ魚のような目で圧を掛けて来た。
思わず叫び声を上げそうになったところで、リアル貞子とかしたアイを後ろから優しく抱きしめたカミキさんがアイの耳にパクっと食いついた。
「ひゃん♡ ひかるきゅん♡ 耳噛んじゃやー♡」
「じゃあアイさん落ちついてくれますか?」
「分かった! 落ち着くから、落ち着くから今耳を刺激しないでー♡」
アイがそう叫ぶとカミキさんはアイの耳から口を離すも以前アイから離れる気は無いどころか、アイを抱えながら距離を離してくれた。
正直やるならもっと前にやってアイを止めて欲しかったけど……まぁー助かったから良しとしよう。
「……アイ、濡れ場から撮影した理由なんだけど」
「……はぁはぁ……理由って……何かな?」
「単純な話……アイの演技を出来る人間が居なかったから、仕方なく動きが全く無い濡れ場のシーンを撮った訳だ」
「いやいや、アクア……だって……ヒカル君もいるし、最悪あかねちゃんが居ればどうにかなった筈だよね?」
アイの言いたい事は良く分かるんだけど……
「すみませんアイさん……私も風邪で一日休んでしまいまして」
「しょ……しょれはしょうがないか~」
アイの耳元で囁くように謝罪するカミキさんだけど……カミキさんが喋る度にアイがぴくぴくと反応しているだけで無く遂には呂律も回っていなかった。
「……で、カミキさんが休んでしまった以上フリルも降りたから、姫川愛梨の役を急遽あかねにやってもらう事になった。……それでアイの役に関しては……」
「私がやったの」
ルビーが元気良く返事したけど……少しは空気を読んで貰いたいものだ。
「ちなみにヒカル君の役は?」
「……俺がやった」
「つまり、アクアがただ美味しい思いをしただけって事?」
その発想は無かった!
「……アイさんとりあえず、撮影はまだ終わっていませんけど、終わったらちゃんと埋め合わせしますから……ね」
カミキさんはそう言うとアイの頭を撫でてご機嫌取りを始めた。
そうすると先ほどまで不機嫌だったアイも機嫌が良くなり始めた。
「そうだね! 何時までも過去を引きづってはいられないもんね! じゃあサクっと撮影なんか終わらせて、この後……良いよね♡」
最後には甘ったるい声を出してカミキさんに懇願するアイを見て……やっぱり、アイにはカミキさんが……と言うかカミキさんが居ないとアイがヤバいって事を改めて認識した。
その後丁度あかねも着たので早速メイクなどの準備が行われて、いざ二人の出会いである劇団ララライのワークショップで行われたやり取りを撮り始めた。
脚本で書いたから文面では理解できていたが……実際に行われた当時の会話をリアルで聞くと……アイがやっぱりおかしいのと、女たらしであると公言しているカミキさんが意外にもまともに見えてしまう。
愛が分からないから愛を知りたいってのは分からんでも無いが……その方法を知る為にセックスをしようと気軽に提案しているアイに対してカミキさんなりの愛の解釈を聞いてもやっぱり即座にセックスしようと切り返すアイドルはいかがなものかと思ってしまうし、何なら『私のがお姉さんだからリードしてあげるよ』発言の後がマグロなのがやっぱり何とも言えないものだが、姫川愛梨のような魔性を放っていたらそれはそれで映像化するのが大変だったからこれはこれで良かったのかもしれない
そんな訳で撮影も順調に進んでいき、最後のシーンも無事に撮り終わり……翌日
家のインターホンが鳴り響いた。
こんな朝早くから一体誰が何の用で来ているのかと疑問に思いながらも……ドアを開けると大輝さんとカミキさんがおり、恐らく高級車と思われる車に乗っていた。
「アクア……車買ったんだ! 家族水入らずで海にでも行こうぜ!」
いや、異母兄弟だから間違ってはいないけど……
「アイとルビーはまだ寝てるぞ?」
「まー偶には男だけでも良いだろ?」
後部座席にはフリルとMEMも乗っているけど……男だけとは一体?