東大に入って初めてのテスト……。
そこそこ難しかったが……ちゃんと勉強していたから、特に苦労はしなかった。
それよりも、一つ懸念していることがある。
普段中庭でピアノの練習をしている都合上……梅雨の時期は屋外で練習できる場所が無い。
屋内で出来る場所というと、音楽練習室があるが……鬱陶しい奴等の巣窟にわざわざ行く必要も無い
ま、ピアノは弾く事だけが練習じゃないし、こういう時はYouTubeで上手い人の動画でも見ればいいや。
カフェでアイスコーヒーでも飲みながらスマホにイヤホンを繋げて音楽を流そうとしたところで女性から声を掛けられた。
「見つけたわよ! カミキヒカル!!」
「……どちら様ですか?」
「この天才ピアニストである、姫野千佳をご存じないというのですか!? 曲がりなりにもピアノ弾きなのに!?」
女性……姫野はそう言うと、俺の対面の席に腰を下ろした。いや、なんでやねん!
「……ええ、部屋にテレビはありませんし、お仕事が忙しいので、姫野さんの事は全く存じ上げてはおりませんね。それにピアノを弾くようになったのは、東大に入ってからですしね。……それで、私に何か御用でしょうか?」
「クッ……それなら仕方ないわね。分かったわ、カミキヒカル。納得してあげるわよ……感謝しなさい」
……俺は一体、何を感謝すればいいのか分からないが……。少なくとも……今この場においては、俺の時間を奪っている自覚は全くなさそうだ。
「……それで? 天才ピアニストの姫野千佳さんが、私に何の用でしょうか?」
「カミキヒカル……あんた今、困っているでしょ?」
「ええ……。目の前にいる特段、顔見知りでもない人物が……良く分からない謎掛けをしてきており、大変困っております。具体的には、とっとと要件を言ってくれるか……私の視界から、さっさと消えて頂ければありがたいのですが……」
「ちっがう! そーゆうのを聞いているんじゃなくて!? 天気がワ・ル・い・から! ピアノの練習が出来なくて、困って無いか聞いてるの!!!?」
前のめりになっては、テーブルを何処かリズミカルに叩き……声を荒げる天才ピアニストがそこにいた。
「……いえ、雨の日は別段動画サイトでピアノが上手い人の動画を見たり……宿題をやったりで忙しいので、特には困ってはいないのですが……」
うん、だから帰ってくんねーかな?
「ギリ!! あ〜もう〜伝わらないかなぁぁ〜? この天才ピアニストの私が! カミキヒカルに!! 本・当・の・ピアノを!!!! 教えてあげるって、言ってんのよ!!!!!!」
……あーなるほどね。完全に理解したわ。
「それはそれは……謹んで、辞退させて頂きます」
「だからなんでよ!?」
「……なんでって……私はこの後、お仕事ありますのでね?」
……その時、スマホから着信音が流れた。
ようやく到着したか……。
「失礼、出ても良いですか?」
「良いわよ!」
「では失礼して……『もしもしヒカル君着いたよ。車どこに置いてもらえば良い?』……アイさんありがとうございます。それでは赤門の所に置いてもらえれば結構ですので、一旦お金は建て替えて貰って良いですか? 戻りましたら返しますので……。『良いよヒカル君……その代わり、今度デートしようね?』……ええ、構いませんよ。それでは今、行きますので待っててくださいね……。……という訳なので……私は離れます。……姫野さん? どうか私に構わず、ごゆっくり……」
残っていたアイスコーヒーを一気に流し込み、カフェを出た。
何やら後ろで騒いでる女性が居たが、どうでも良いことだ。
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赤門に着くと、苺プロの黒いハイエースが止まっていた。
俺はすかさず運転席に乗り込むと、中で待っていたアイ・アクア・ルビーが喜色満面の笑顔で出迎えてくれた。……だけどこの後、遅い時間帯まで拘束されるんだろうなぁ……と思うと、憂鬱であった……。
今からドラマの撮影で、本来なら斎藤社長が送迎を行っていた。だけども、インフルエンザでダウンしてしまったらしく……講義中に連絡が来ては、俺に白羽の矢が立った訳だ。
幸いマナーモードにしていたから、バレずに済んだが……精神衛生上、全くよろしくない出来事である。
そして、どんな事情があるのか分からないが……アクアも出演するらしく、どんな経緯があったかは不明だが、ドラマの監督と仲良くなったとか……。
俺、仲良くなるの3年近くかかったんだが……その監督さんは僅か二日程……。
俺自身……コミュニケーション能力は高いはずなんだけどなぁ……?
嘆いていても仕方ないので、ドラマの現場に向けて車を走らせる。