黒の剣士、リリベルから転職してリコリコに行くってよ 作:グランドマスター・リア
結構内容変わってます
「君で最後?」
月下に佇む彼岸花。
殺意ある敵を前にしても崩れない微笑み。
まるで、放課後みたいな軽いノリで"その白髪のリコリス"は問う。
「一応は……」
剣を握る。
相対した黒と赤。これが黒の剣士『キリト』と、電波塔の英雄『錦木千束』の邂逅だった。
■+黒の剣士、リリベルから転職してリコリコに行くってよ+■
この世界で目覚めた日の事は、今でも鮮明に覚えている。
見知らぬ場所、白一色の清潔感のある部屋でベッドの上に寝かされていた。体中は医療器具やら管だらけで、指一つ動かせない。意識だけがハッキリしていて、首も動かせないから周囲の状況も分からない。
記憶も朧気で、ここが何処なのか、自分が何者なのかも分からない。混濁した意識は正常に働かず、名前、住んでいた場所、これまでに出会った人達の事、それさえも、その時点での"自分"には思い出せなかった。
そこが病院であり、更に自分が桐ヶ谷和人という人間である事を自覚できたのは、数ヶ月ほど月日が過ぎて、次第に体の自由が効くようになってきてからの事だった。
最初に思い出したのは名前。
「俺は『桐ヶ谷和人』、そして『キリト』。よし、名前は覚えてるな」
それを皮切りに幾つもの情報の断片が濁流のように押し寄せ、バラバラだったパズルのピースのように正しい位置へとはまっていく。
「出身は埼玉県川越市で、家族は両親と妹が一人。恋人のアスナに、仮想世界で知り合った友人も沢山居て。年齢は17歳だったはず……だよな?」
何故そこで疑問形になるのか。
そうなった原因は正しく鏡に映る自分だ。成人男性の腰上ほどの背丈に、小学生ほどの幼い顔立ち、記憶の中の自分とはどう頑張っても合致しない。主に年齢が……
顔をペタペタと触って、何度も手を握っては開いてを繰り返す。ついでに頬をつねった。
「痛ッ!?」
普通に痛くて即座に指を離し、つねった部分を擦った。
「イチチ、夢でもないか」
おまけにちゃんと痛みを感じる。この時点で、ペインアブソーバーが無いのは確認できた。つまりこれはあれだ。
今の俺は恐らくSTLで限りなくリアルな仮想世界にダイブしているのだ。そうに違いない。恐らくはこれも菊岡や比嘉が絡んでいて、その実験の被験者をバイトとして引き受けた。記憶があるのは何らかの不具合だろう。
「菊岡さん!比嘉さん!聞こえるか?」
周囲に誰もいないのを確認して、虚空に呼びかける。しかし、返事はない。
「一度ログアウトさせてくれ!不具合が発生してるみたいなんだ!」
めげずに続けても、結果は同じ。
それが無意味な事に気付いたのは、数分経ってからの事だった。
「……やっぱり、ここは仮想世界じゃない?」
薄々気が付いていた。ここが俺の良く知る仮想世界ではなく、だからといって現実世界でもなく、それ以外の何処かであるという事くらい。
目が覚める前の記憶は粗方戻ったが、それでも意識を失う直前の事は依然としてハッキリしない。
「少なくとも、今の時点で覚えているのはダイシーカフェで俺の誕生日会をしていた所まで……」
記憶の最後。誕生日に、仲間達が普段は合わない人達も集めて盛大なパーティーを催してくれた。
豪華な料理に飲み物を揃えて、色んな人と話してそれはそれは楽しかった。そこまでは覚えている。だけど、パーティーが終わって帰宅する寸前で何故か記憶が途切れ、その先には不自然にモヤがかかっていた。
「その後は……ダメだ。思い出せない」
きっと、何度唸っても結果は変わらないのだろう。
次はこっちに来た後の情報を整理する。
まず、この世界には『フルダイブ技術』という物が存在しない。それだけでなく、テレビには俺が全く見たことがない様な人が沢山居たし、中でも世界的に有名な団体だという『アラン機関』なる組織も初耳だ。きっとここは、俺が知る日本とは似て非なる異世界。
「ここは一体、何処なんだ?」
またか、そうかまたなのか。
アンダーワールドでSAOを超える究極の異世界を体験し、そこに住む人々と触れ合った俺に取ってもう何が起こっても驚く事なんてないと思っていた。しかし、今まさにその根拠なき自信は崩壊しようとしていた。
「そうだ。システムウィンドウ!」
アンダーワールドにダイブした際も、ステイシアの窓というシステムウィンドウを通してそこが仮想世界であると確定することが出来た。俺はそれに思い至ると、すぐに左指を縦に振る。
「効果なし」
次、右指。
これも何も起きない。
最後にステイシアの窓を試したが、これも効果はなかった。
「終わった……」
これでもう、俺は逃げ道を失った。この時点でこの世界が仮想世界ではなく、文字通り本物の異世界である事が確定した。
俺は今まで、様々な世界を渡ってはそこで冒険して来た。辛い戦いも多かったけど、最後には必ず皆の居る現実世界に帰還する事ができていた。仮想世界ならば、如何に難しい事とは言ってもログアウトという絶対の脱出方法がある。
「ハハッ、ここが本物の異世界なら、ログアウトなんて便利なコマンドがある訳ないよな……」
ここは現代日本であり、完全なファンタジー世界だったアンダーワールドと違ってシステムコンソールを探すというのも望み薄だ。
そもそも、本物の異世界ならシステムコンソールなんて存在しない。ログアウトする手段も、またはその手掛かりもない。元の世界に帰りたくても、目標を設定する事すら出来ない状況。
いや、もしかしたら『帰る』という発想自体が間違いなのかもしれない。
もう一度言うが、ここは俺の居た世界とは"違う"現代日本。
つまり、この世界に渡ってきた時点で俺という人間は……
「帰る事が、出来ない?」
今度こそ崩れ落ちた。
今までの悪運もここまで、事がここに至ればもう巻き戻しなんて出来ない。
この瞬間、黒の剣士キリトと呼ばれた青年は仲間達と再開する方法とその未来を失った。
それからの事は、あまり覚えていない。
疲れて、眠って、目が覚めた時に飛び込んできた景色はやはり元居た世界ではなかった。もしかしたら、目が覚めたら何事もなく自分の部屋で目が覚めるんじゃないか、と期待した望みは早くも露と消えた。
同時に果てしない悲しみが俺を襲った。しかし、こんな状況でも冷静な自分に嫌気がさした。「何で」と問いても誰も答えてはくれない。
何も分からないなりに確かな事は、この世界でも俺の名前は『桐ヶ谷和人』だという事。
ふとした時、担当医に"この世界の"俺の家族に付いて聞いたのだが、どうやらもうこの世には居ないらしい。
そもそも、この体があんな重傷を負って入院していた理由がそれなのだ。事故に遭って、俺を除いた家族全員が帰らぬ人となり、この体だけが助かった。もっとも、宿っている魂が違う時点で本当に助かっていると言っていいのか……
この世界の桐ヶ谷家はどんな場所だったのか、両親はどんな人だったのか、妹は居たのか、それすらも知らない俺がこの体に居座っていることに罪悪感を感じた。
とは言っても、今となってはどうしようもない話で、俺はこの世界で生きていく事を受け入れなければならない。当然、帰還の手掛かりを探す事は諦めない前提でだ。
顔も、思い出も知らない俺でも、せめてこの体の死なせない為に最大限の事をしたい。仮に奇跡が起きて、この体を元の『桐ヶ谷和人』に返す日が来る可能性だってゼロじゃないのだ。
「アスナ。皆、俺がんばるよ。辛くても、諦めない」
例え一人になっても、諦めることだけはしない。
だから、せめてもの些やかな祈りを捧げて、俺はこの世界で生き抜く決意を固めた。
そんな折、一年の歳月がたってこの体が年齢的に中学一年になった頃、俺の病室に一人の男が訪ねてきた。
「やあ、こんにちは。桐ヶ谷和人くん、で合ってるかな?」
ベッドに備えつけられた机の上、そこにある教科書から目線を向ける。
「……そうですけど、あなたは誰ですか?」
金髪の渋くも堀が深く端正な顔の長身男性。印象の良い笑顔を浮かべる男は、記憶を探らずとも一目で初対面である事が分かったし、本人が俺の名前を確認した時点で面識がない事は伺えた。
「おっと、すまない。自己紹介がまだだったね。私の名前は吉松。桐ヶ谷君、早速だが君は『アラン機関』という組織を聞いた事があるかい?」
「『アラン機関』、確か才能のある人間を支援している謎の組織。でしたっけ?そりゃあテレビでも取り上げられるくらい有名ですから、聞いた事くらいはありますけど……」
世界中で才能がありながら、病気、経済面、身体的なハンディキャップ等でその才能を十全に活かせない者に、環境的、経済的な支援を無償で行っている組織。その活動内容が殊勝な故に名前こそ有名だが、その内情は未だに謎が多い。
「話が早くて助けるよ。実は、私はその『アラン機関』の人間でね。君の噂を伝手から聞いて、こうして訪ねた訳さ」
それを聞かされて、俺は怪訝な顔をした。
「はぁ……それで?その『アラン機関』の人が俺みたいな凡人に何の用ですか」
胡散臭い上に怪しさしかない。
そもそも、噂って一体どこから仕入れたんだ?
「凡人、か。桐ヶ谷君、きみ、何でもゲームが得意だそうじゃないか?特に反射神経を試す物、とか。十二歳で大人でも難しい脳トレでパーフェクトを出したんだろう?」
「げっ、何でそれを……!?そうですけど、それが何か?まさかそれが才能とか言う訳じゃありませんよね?」
暇潰しでプレイしていた脳トレ系のゲームでハイスコアを叩きだした事や、何故その人物が俺であると知っているのか小一時間問い詰めたい所ではあるが、意識を本題に戻す。まず、ゲームが得意な子供なんて特段珍しくも無いし、反応速度が多少なりとも速いのは認めるが、それがこの男が言う卓越した才能に届いているとは流石に思えない。
「ふむ、正しくそう言いたいのだが……」
マジかコイツ。
「偶然です。俺にそんな才能はありません。帰ってください」
有無を言わさず視線を逸らしながら言うと、吉松は余裕たっぷりに対応した。
「まあまあ、そう言わずに……そうだな。では、試しにこれをプレイしてみてくれないか?」
そう言って吉松が取り出したのは、この世界のVRデバイスだった。VRとは言っても、五感全てを仮想世界に落とし込む『フルダイブ』ではなく、専用のゴーグルに映像を流して簡易的に臨場感を味わえる程度の物だが。
「……これをやったら、帰ってくれますか?」
「あぁ、これをプレイしてくれたら、今日の所は一先ず帰ると約束しよう」
ため息をつくと、渋々デバイスを受け取ってベッドから出る。
一年の治療で傷も殆ど完治し、今では軽い運動なら熟せる程度にまでなっている。リハビリも精力的に行っているし、プレイする事自体は問題なく出来るだろう。
ゴーグルを被ると、吉松がデバイスの電源を入れる。
視界に表示されたタイトルから、暗転した後に映し出されたのは丁度この病室と同じくらいの広さのシンプルなデザインのホワイトルームだった。正面二十メートル先のステージ外には銃を持ったマネキンが立っていて、視界の右上に制限時間とクリア条件が書いてある。
『60:00』の秒数表示と『制限時間が切れるまで逃げ切れ』とだけ書いており、まるでリアル宛らなグラフィックを除けばありきたり。
チュートリアルのプレイ映像に映る弾丸やマズルフラッシュ、更に敵アバターの視線の動きまで偉く細かい作りだ。この世界基準では割と凄い技術だと感心してしまいそうになる。
視界に3コールが始まり、俺は意識を銃口に集中させて身構える。
やがて、ゲームが開始された。
約一分、どうせならと張り切った俺は前世で経験したGGOでの銃弾避けや切断の技術をフルに活かして、飛んでくる銃弾を躱し続けた。エネミーが持っているのが拳銃から途中でフルオートのマシンガンになった時は驚いたが、それでも意地でも当たってたまるかとムキになった結果。
「素晴らしい」
やってしまった。
そこそこで終わらせるつもりが、ゲームとなると手を抜けなくなる悪癖が出て制限時間内に被弾数ゼロでクリアしてしまったのだ。吉松は持ち込んだノートPCでプレイ映像をモニタリングしていたらしく、プレイが終わった時には感銘を受けたように俺の手を握ってきた。
「まさか、本当に全て避け切ってしまうとはね。ゲームとは言え、凄まじい反応速度だよ!」
「い、いや、でもこんなの適当にやってたらまぐれで……」
「因みに、このゲームのエネミーは、実際の軍人が行う射撃を参考に作られている。天地がひっくり返っても、何の訓練もされていない人間がまぐれで避け切る事は出来ない」
最早、言い訳のしようもない。
乾いた笑いだけがこぼれる。
「これで、君の才能は晴れて証明された訳だ。改めて、支援を受けてくれるね?」
凡人、非凡人の言いくるめは通用しない。
拒否権があるならば、勿論、こんな誘いには乗りたくない。何をさせられるか分かったものではないからだ。しかし、困った事に孤児同然の立場である俺には吉松の誘いを断る選択肢など皆無と言って良い。もしかしたら、吉松はそれさえも採算の上で話をしていたのかもしれないと今にして思う。
何を思考しようと、後の祭りだが……
「……分かりました」
何度目かのため息の末、俺は諦めにも似た境地で差し出された吉松の手を取った。
この時の選択は良くも悪くも俺の運命を大きく変える事となる。