黒の剣士、リリベルから転職してリコリコに行くってよ 作:グランドマスター・リア
たきなに『指定の私服』なる意味不明な単語と問いを迫られ、店長に丸投げされた俺は頭を抱えていた。
「それで和人、指定の私服は…ーー」
「分かった、分かったよ!俺で良ければ教えるから……」
そもそも女の子の休日コーディネートなんて経験がないにも程があるが、この店でそれが出来そうな人間(ちさと)はすでにご帰宅なされた。元はと言えば千束がたきなのパンツ事情に首を突っ込んだのが始まりなのだが、そこに俺を巻き込むのは勘弁願いたい。
「まあ、無難にスカートにするとして。たきなはスタイル良いし、シックな感じでも、逆に可愛らしい感じでも似合うだろうな。上はノースリーブにでも……」
「あの、どちらも持ってません」
「はい?」
しゃべり始めて一秒と経たずアドバイスが意味を失った。
「えっと、ソウデスカ?えぇそれじゃあ、ちょっとシックな感じのパンツコーデとかにして、シャツで色合いを調整すれば……」
「すみません和人、頼んだ手前申し上げにくいのですが……そもそも私、スポーツウェア以外の私服はあまり持ってません」
「じゃあ何で俺に頼んだんだよ!?持ってなかったら、どうしようもないじゃないか!」
本部所属でしかも堅物のたきなの事だから、「スカート無い」発言の時点でそんな気はしていた。しかし、ならば何故そこで俺にコーディネートを頼んだのか……
これでは完璧に骨折り損だ。
「和人、お前が女装の時に使う服が何着かあっただろ?それをたきなに貸してやったらいいんじゃないのか」
クルミの提案を聞いて、実際それはナイスアイデアだが貸し出すとなるとまた別の問題が発生する。
「あぁ成程、その手があったか。いやでも、サイズとかは大丈夫かな?」
「和人と私ならそこまで体格に差はありませんし、問題ないと思います」
確かにたきなの言う通り、俺とたきなは背丈も同じくらいで体格とかも似てるし、多少のズレはあっても誤差の範囲だろう。
「それもそうか……なら店にも何着か持ってきてるし、試しに着てみるか?」
「お願いします」
そんな感じで、そこから小一時間ほどたきなの休日コーデの思案に費やす事となった。まさか、俺の三年間で磨き上げた女装セットがこんな所で役に立つとは思わず、しかもそれをたきなが着ているのを見るのは……何かこう、とても複雑な心境だったとだけ言っておこう。
■
今日は非番だった事もあり、久しぶりにネトゲに勤しんでいた俺の元に一通のメッセージ。『今から駅前まで来れる?』との文章で送り主は千束だった。一瞬頭の上に疑問符が浮かんだが、こういう時は大抵ろくな用ではない。
数分ほど無視しようか悩んだ末に、それも後々面倒な事になると思い直して結局はYesと返答してしまった。
こんな経緯があって、俺は今現在駅前にて千束とたきなと合流したのだが……。
「それで、ご用件は?」
「我らが剣士様に荷物持ちの栄誉を賜ろうと思いまして」
「帰る」
開口一番に両手の戦利品を押し付けようとしてきた千束に、口角が引きつるのを感じた。来たことを後悔しながら即時帰宅を決行しようとすると、グイっと俺の腕を千束が掴んでくる。
「待って待って冗談だって!?」
「あぁもう、しがみつくな!くそ、何て力だ……」
この愉快な性をした女をどうしてくれようかと思案していた所で、千束が上目遣いで潤んだ瞳を俺に向けてきた。
「千束がこんな風に呼び出した時は大抵ろくな事にならないんだ。今日は意地でも付き合わないからな!」
「失礼な、私が何をしたっていうのよ!?」
「お前、よくそんな事が言えたな?これまでの自分の行いを振り返ってみろ!」
こうなると分かっていたのに、ノコノコと来てしまった自身の無策を心底後悔する。力づくで振り払おうにも。その膂力は流石はファーストリコリスと言ったところで、がっしりとホールドされた腕はうんともすんとも言わない。今ここで腕に彼女の何処とは言わないが柔らかい物が当たっている事を指摘すれば、隙を作るのも可能かもしれないが……結局逃走した所で捕まるのがオチだろう。
「……分かった。付き合うから離してくれ」
「やったぁー!それじゃあ、コレお願いね」
渋々と言った様子で了承した俺に、早速自身の戦利品を押し付ける千束。そんな彼女をため息交じりに一瞥してから、俺はそれらを受け取った。
「こんの馬鹿リコリスは……」
「あの、私も持ちましょうか?」
その様子を見かねたたきなの申し出に、俺は苦笑しながら返答した。
「いや、大丈夫。ありがとう、たきな」
千束も彼女のようにとは行かずとも、少しくらい真面目で慎ましやかな一面を持っていてくれればこんな思いをしなくて済むのに。
そもそもの話、今日の二人の目的は下着を買うこと。つまり行き先はランジェリーショップだったはずで、俺は呼ばれるとは微塵も思っていなかったのだ。しかし、二人は午前中の時点で既にくだんの買い物を済ませたらしく、午後以降は特にきめてないそう。
時間は昼食には遅く、かと言って夕食というには早い。
との事で、次の行き先は千束の提案でおやつタイムという事に決定した。スイーツが美味しいと有名な某喫茶店を訪れると、千束は胸を弾ませながらメニューを見つめていた。
「フランボワーズ&ギリシャヨーグルト・リコッタダッチベイビーケーキと、ホールグレイにハニーカームバターウィズジンジャーチップスで!」
聞くだけで胸焼けしそうなスイーツを注文した千束に、俺は頬杖を付きながら言った。
「……太るぞ」
「私は摂取した分をしっかり消費してるから大丈夫なんですぅ。あと次にそれ言ったらキサマの事を愉快なオブジェに変えてやるからな?」
顔は笑いつつも目は全然笑っていない。
彼女のいうオブジェとやらが、素敵なんて表現とは程遠いグロテスクな何かなのは明らかで、俺はそれ以上は追及しまいと視線を逸らした。
「ですが、いかにもカロリーが高そうな名前ですよね?」
「たきなも野暮な事を言わない。女子は甘い物に貪欲でいいのだ」
こう言っている本人の甘い物への執念と私生活の不摂生をここ数年みてきたが、確かに彼女はこれといって体型などのバランスを崩すことはない。リコリスとして普段から訓練と仕事に明け暮れているのもあるのだろうが、元々そういう体質なのだろう。
そうして話しているうちに、店員が注文したスイーツを持ってきた。
「これは、また中々だな……」
「糖質の塊ですね」
「たきな、それに和人!一生に食べられる回数は決まってるんだよ?全ての食事は美味しく楽しく幸せであれ!」
「美味しいのは良い事ですが、リコリスとして余分な脂肪はデメリットになります」
心中で「もっと言ってやれ」とたきなを応援しつつ、こっちは粛々とコーヒーゼリーを食べる。
「その分走る!これにはその価値があるーーうぅん、美味しぃ!ほらほら二人も食べて!」
頬を緩ませて幸せさをこれでもかと引き立てながら食べる千束を見ていると、こちらも毒気を抜かれてしまうというもの。
いつでも自分のやりたい事に全力投球な千束の笑顔には、見ているこっちまで笑顔にしてしまう不思議な力がある。そんな彼女は、自身の命を狙う相手にすら慈悲をかけるお人好しだ。困っている人を見つければ、まず迷いなく助ける。
そんな彼女が隣のテーブルで日本語のメニューに右往左往する外国人客を見つければ、手助けしにいくのも当然のように思えた。
「……それじゃあ、少し貰おうかな」
その間に、俺は千束のケーキを食べる。たきなもそれに続いて、蜂蜜のかかったケーキを一口。
「美味しい」
「ああ、そうだな。でも、俺にはちょっと甘すぎるよ。千束が言うだけあって、女の子の食べ物って感じだな」
口の中に広がる甘味に美味という感想を呈しつつも、やはり苦いものや辛いものあ好みの俺には少し重たい。コーヒーゼリーで糖分を軽減しつつ、俺は外国人客をにこやかにサポートする千束に視線を移した。
「……和人は、千束の事をどういう風に思っているんですか?私は、あの人ちょっと不安です」
だからこそ、不意にたきながそう聞いてきたのは少し意外だった。
「うーん、そうだな……確かに千束は、お転婆で、能天気で、言う事は全然聞いてくれない。お世辞にも真面目とは言えない。だけど、それが全部どうでも良くなるくらいに、千束はいい奴なんだよ」
「良い奴、ですか?」
「そう、守りたいと思えるくらいにはね」
飄々としてそう答えるとたきなはまた不思議そうな目でこちらを見たが、もう一度千束の方を見て満足そうに笑った。
□
喫茶店を出た後に千束達がやってきたのは、彼女の行きつけの場所である水族館だ。
千束は年間パスポートを買うくらいこの水族館に入り浸っており、その関係もあって和人も何度か来たことがある。当然、たきなは初めてであるのだが、そもそも彼女はこういった施設に来るの自体、任務外で来るのは久々の事だった。
そんな二人はまず、入口から入ってすぐの所にあるタツノオトシゴの水槽を眺めていた。
「それ、魚みたいですよ」
「マジか、ウオだったのかコイツ」
タツノオトシゴは全体的に得意な形状をしており、どちらかと言えば魚類というよりも哺乳類に近い印象を受ける。
「食ったらどんな味なんだろうな……」
「意外と美味しかったりするかもしれませんね」
たきなは普段はお目にかかれないような奇妙な形の生物を見つけては、興味深そうにスマホ片手に見つめる。早歩きで水槽を行ったり来たりする様は、まるで水族館の展示にはしゃぐ子供のようで、見ているこちらが微笑ましくなる。
その何度目かでたきなの目を引いたチンアナゴの水槽。
彼女は「これも魚なんですね」とスマホで情報を調べていた。そんなたきなの隣で、千束はすっと両手万歳で手首を曲げる所作を取った。
「えっと千束、それ何だ?」
「チンアナゴ」
和人と千束のやり取りを聞いたたきなが、スマホから目を離して千束を見た。いつものごとく唐突な千束の奇行に困惑するたきな。
「千束、あまり目立つ行動は……」
「何で?」
「だって、私達リコリスですよ?」
本来の役職を忘れてないかとの問いかけにも、千束は特に意に介する事もない様子。
「制服を着てない時はリコリスじゃありませーん」
そのまま人目も憚らずスルスルと水族館を進んでいく千束の能天気さに、たきなは今日何度目かのため息をついた。和人はたきなの肩にそっと手を置く。
「まあ、ああいう奴だから……」
和人はこの数年で彼女の奇想天外な行動と、常に死を戦場とするファーストリコリスとは思えないほどの思考回路の緩さを知っている。数か月の時間によってたきなも多少なりともそれに順応したとはいえ、納得や理解には今し方時間が掛かる。
何事も、
「いっその事、たきなも一緒にはっちゃけてみたらどうだ?案外、楽しいかもしれないぞ?」
「えぇ……」
自分もあんな風に?と言った様子で千束を見つめるたきなに、俺は楽しげな微笑をこぼすのだった。