黒の剣士、リリベルから転職してリコリコに行くってよ   作:グランドマスター・リア

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お久しぶりです


黒の剣士、語り部の後は魚になる

 

水族館の大水槽。

壁一面を彩るサファイアの世界は、この水族館一の人気スポットと言っていい。その前に備え付けられたベンチで、俺とたきなは目の前で未だに似非(えせ)チンアナゴの真似ではしゃいでいる約一名を見守っていた。

まあ先程から主にはしゃいでいるのは千束なので、今更止めようとか思ったりはしない。無駄な事に割く時間はないのだ。

 

けれど、たきなは不意にその沈黙を破った。

 

「千束」

 

「んー?」

 

次の句で、たきなはある問いを彼女に投げかけた。

 

「あの弾、いつから使ってるんです?」

 

その問いによって、千束はゆらゆらよした動きをピタリと止めると、こちらに振り返った。

 

「なぁに?急に……」

 

おもむろに歩いてきて、千束はさっとたきなの隣に座る。

たきなは問いを続ける。

 

「旧電波塔の時は?」

 

「あの時、センセに作ってもらったのよ」

 

きっとふと疑問に思ったくらいなものだったのだろう。

それこそ、朝の番組で見かけた謎々の答えとか、意味が知りたくて、スマホで片手間に調べるくらいな……けれど、それよりは少し深い興味。俺は自身の口を挟む事でもないとして、その会話を清聴した。

 

「何か、理由があるんですか?」

 

千束は特に隠す事でもないので、理由を事細かにたきなに話した。

 

「気分がよくない。誰かの時間を奪うのは気分がよくない。そんだけだよ」

 

だから、悪い奴らの為にそんな思いをするくらいなら、ゴム弾で死ぬほど痛い思いをさせて懲らしめる。俺はもう既に知っていた事だが、改めて彼女らしい動機だと思う。

もっとも、命懸けの戦場でそんなふざけた事を言えるのは、この世界で彼女だけだろう。DAをやめたのも、彼女なりの願いがあってその為に必要だったからそうしただけ。

 

「ーー知ってる?これ」

 

言って、千束はとあるペンダントを取り出してたきなに見せた。

 

 

 

 

 

 

梟のペンダントは、施しの女神を信奉するアランチルドレンの証。

大水槽からイートインスペースまで戻ってきた俺達は、先程の話の続きをしていた。

 

「一体、どんな才能があるんですか?」

 

「わからなぁい?」

 

そう言って千束は背後の南国系美女ポスターよろしくなポージングを取った。確かに千束が、世間一般に言う美少女という奴なのは、大変不本意ながら事実だ。しかし、それを本人が嬉々としてお色気に寄せようとすると、何故こうも馬鹿らしくなってしまうのだろう?

 

「……はっ」

 

もはや言葉の一つも必要ない。という意図を込めて嘲笑してやると、ぴきっと分かりやすく青筋を浮かべた。

 

「おいコラてめぇ゛!今何に対して鼻で笑いやがった!?」

 

「話さない方が本人の為なので、黙秘権を行使します」

 

先程買ってきたコーヒーを嗜みながら言うと、千束は分かりやすく憤りを身振り手振りで表現していたが、やがてたきなからも追撃が加わった事で、意気消沈と席に座りなおした。

そこからはまあ、俺としては既知の内容が殆どだった。

世間でも、裏世界でもまことしやかに囁かれるアラン機関は未だに謎が多い。千束は十年、自身に施しを与えてくれた恩人を探している。と言った内容だ。

 

(ホント、全部言えたら楽なんだけどな)

 

この話を聞くたびに、俺は少し申し訳ない気持ちになる。

何せ、俺は千束に隠し事を最低でも二つしているから。一つは自身もアランチルドレンである事、もう一人はアランの使徒の正体を知りながら伝えていない事。どちらも理由あっての事だが、理屈では正しいと思っていても、感情はまた別の話。

 

「もう会えないかもね」

 

そう儚げに告げる千束の顔を、俺は一度も直視できなかった。

やがて、一通り話を終えると千束は「喉が渇いた」と言って自販機へ飲み物を買いに行った。相変わらず自由な奴である。

 

「……和人も同じ理由なんですか?」

 

「え?」

 

僅かに下を向いていた視線を上げ、横に向ける。

一瞬、何のことだ?と、思ったが、すぐに察しが付いて「あぁ……」と返答する。

 

「ゴム弾の話か?」

 

「はい。千束の理由は先程聞きましたけど、和人はまだ聞いていなかったので」

 

念の為に確認するとたきなは首肯して、質問の意図を付け足した。

ならば、と俺は肩をすくめて答える。

 

「別に、千束と同じで大した理由じゃないよ。……俺の場合は、ただ、誰かを殺すのが怖いんだ」

 

「殺すのが、怖い?」

 

末尾に疑問符をつけた返しに、俺は情けなくも過ぎたことを笑うような表情で言う。

 

「そう。少し不躾な事を聞くけど……たきなは、今まで殺した人達の事を覚えているか?」

 

「……いえ、正確には覚えていません。印象的な戦いだった場合は、多少なりとも思い出せますが、とても全員は……」

 

その返答に俺は頷く。

 

「だよな、この世界に生きるならそういう風に考えるのが普通だ。でも、俺はどうしてもそうは出来ないんだ。殺せば、殺すほどに、俺は自分の手で殺した奴らの事を鮮明に思い出す。いつもって訳じゃないけど、ふとした時に、顔とか、殺した瞬間の事とか……罪の意識って言うのかな。それを感じずには居られないんだ」

 

今でも思い出そうとすれば、すぐにその光景は蘇る。

リリベル時代は勿論の事、リコリコに入ってからも決してゼロという訳には行かない。

 

「ですが、それは仕方のない事じゃないですか?和人が罪悪感を抱くことじゃ……」

 

「分かってる。千束にも昔そう言われたよ。けど、こればかりは性分なんだ。変えようがない」

 

前世も含めて、俺はあまりにも優しい世界で行き過ぎている。そこで培った常識的、道徳的な精神は、やすり掛けしたってそう簡単には落とせない。表面上だけのものじゃないからだ。

 

「まあ、だからといって、それで仲間を殺されるのはもっと嫌だ。だから俺は、『命大事に』だけど『なるべく殺さず』をモットーに()ってる。生憎、千束みたいに気分一つで生殺与奪を握れるだけの力はないからな?」

 

そう、誰も彼もが千束のように卓越した才能に恵まれている訳じゃない。

俺だって、多少は神に愛されているのかも知れないが、だからといって『絶対的な理想』を貫けるだけの根拠も自信もない。誰だって、千束みたいに真っ直ぐに輝けたら良いって思ってる。でもそうならないのが、現実なんだ。

 

「と、俺の理由はこんなもんだよ」

 

「………」

 

たきなもそれ以上は何も聞けない様子だった。

聞かれたから答えたが、ちょっと湿っぽい空気にし過ぎただろうか。しかし、こんな事で嘘を付くのも馬鹿馬鹿しい話だし、いずれ話す事には変わりない訳で、要するにこれで良かったのだと一人得心する。

 

「おっまたせー!って、何この空気?二人共なんかあった?」

 

丁度良いタイミングで一番騒がしいのが帰ってきた。

 

「いんや、何も……」

 

このしんみりとした空気を作った本人としては、大変申し訳ない限りだが、今この日本において悲劇なんてのは語ってなんぼな美談でしかない。

一秒、二秒、誰がどう話を切り出そうかという何とも言えない空気。しかし、それを切り裂いたのはバタンと椅子から立って、小走りに数歩掛けたたきなだった。そして、彼女は両手を合わせて腕を目一杯伸ばし、片足上げて体全体を一直線になるようにポーズを取った。

そして……

 

「さかなぁー!」

 

と、渾身の一発芸を披露したのだ。

そして、嬉しそうに千束もそれに続く。

 

「ちんあなごぉー!」

 

両手を上げて手首を曲げる謎ポーズの名称を叫ぶ二人に、俺は思わずふっと笑う。

 

「ほらほら、和人も恥ずかしがってないでやりなよー!いよっ、シャイボーイ!」

 

「うっさい!分かったよ」

 

とは言え、魚変化ボキャブラリーなんてのは俺の漫才辞書には含まれていないので、千束の隣に立って同じチンアナゴのポーズを取ると、やがて三人で見つめあいおかしそうに笑う。

嗚呼、こんな感じで良いんだ。そう胸の中にストンと落ちる居心地の良さに、しんみりした空気なんてあっという間に吹っ飛ぶ。

そうして三人揃ってのオフという、楽しい時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

楽しんでいる間に、日もすっかり沈んでしまった午後六時過ぎ。

駅前には妙な喧騒と、多数の警官の姿があった。その物々しい様子に、封鎖された地下鉄の駅内で何かしらの事件があった事が伺える。

 

「何かあったんでしょうか?」

 

そう言っていつもの調子で現場に駆けて行こうとするたきなの手を、千束が掴む形で制止する。

 

「私服で銃出すと、警察に捕まるぞ?職業柄だけに気になるかも知れないけど、今日は一度帰ろう」

 

「そうそう、戦利品も多いし、ね?」

 

俺と千束の言葉でたきなは手元の荷物を一瞥すると幾分か冷静になったのか、諦めたように肩の力を抜いた。

 

 

 

結局、その日はそれぞれ自宅に直帰するという事で解散になった。

俺がたきなに貸した衣服は後日洗って帰すという事で、俺は二人と分かれた後、帰路につく傍らでスマホがメッセージ受信の音を鳴らしたので確認する。

 

「……ミカさん?」

 

その送り主はミカだった。メッセージ内容を確認すると、俺は眉をひそめる。

 

「なになに……『例の地下鉄脱線事故に関して、念の為に別途で調査してきて欲しい。現場で回収した物は、明日リコリコで直接渡してくれ』って、あの人も大概人遣い荒いな」

 

必要性は分かるし、後でちゃんと別途給料に付けてくれるので大して嫌な訳でもないが、出来ればオフの日くらいは呼びつけないで欲しいものである。

ただでさえ、こっちは千束の急な呼び出しから一日中付き合わされて疲れている。楽しかったと言え、断るべきだろうか思案して、やはりため息交じりに首を横に振る。

 

「はぁ、仕方ない。さっさと終わらさせるか」

 

そう独り言をこぼして一度に自宅に帰る。

指定されていた時間は警官や野次馬などが引く日付変更丁度の深夜で、それまでに風呂と飯を済ませ、時間の三十分前になったら出発する。

 

因みに言うと、今回はリコリス制服を着ていない。フード付きの黒ジャケットに、ズボンと言った格好で、当然この姿で銃や剣を出せば犯罪だ。

しかし、その上で、リスクを背負ってでもこの格好で調査するのは、リコリスとして行動する事によるDAへの報告義務から解脱する為でもある。それに、私服で活動したところで誰かに補足されるようなへまはしないつもりだ。

 

と、前置きが長くなったが、深夜0時を丁度回った頃、俺の姿は閉鎖されているはずの地下鉄駅内にあった。

 

「さてと、始めますか」

 

活動できるのは警備が巡回に来るまでの僅か十分程度。

仕事は正確に、かつ無駄なく迅速に終わらせるに限る。

 

「表向きは地下鉄の脱線による崩落とかって言われてるけど、明らかに人為的な破壊痕が見られるな。……この感じはC4か?」

 

天井やホームの損傷からして、相当な火薬が使われたのは間違いない。

この惨状を見るに、現場の生き残りはまず居なかった事だろう。

 

「よっ…と、まだあると良いけど」

 

ホームから線路に降りて、LEDペンライトと注意深く壁の破壊痕を観察する。

すると、その凄まじい衝撃によって出来た窪みの中に、目ぼしいものを発見した。

 

「お、あったあった」

 

目当ての物を見つけられて、満足気にそれを取る。

壁にめり込んでいたそれは、傍から見れば瓶飲料の栓みたいな平べったい鉛の塊だ。しかし、それはこの法事国家において。こんな都内の駅中に存在しては行けないものでもある。他にも床や壁にあったそれらを回収して、最後に暗視カメラで一通り駅内を撮影すると、丁度線路の向こうから人の気配がし始める。

 

「そろそろ時間か」

 

ペンライトを消して、素早くホームに上がるとフードを目深にかぶり階段を駆けのぼって駅を脱出する。

回収した物を全てジッパーに入れてポーチにしまうと、俺は夜の闇に紛れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

翌日、俺はあさイチで店に出勤するとミカにジッパーと写真の入ったUSBを渡した。

 

「はい、昨日の調査結果です。回収物の方は、マシンガンの弾がかなりとライフルが少々と言ったところですね」

 

「ふむ、やはり紛失した銃の一部で間違いなさそうだな」

 

ミカはジッパーから取り出した鉛の塊を注意深く見る。

そう、これらは全て銃弾だ。当然、ただの地下鉄の脱線事故でこんな物が無数に出てくるなど有り得ない。更に大量のC4爆弾によって破壊しつくされた駅内と来れば、もはやその繋がりは断定的だ。

この事件の犯人は、恐らく例の銃取引の関係者だ。

更にこれだけの破壊を都内で許したとなれば、今後も大規模なテロに発展する可能性は十分にある。

警戒するに越したことはない。

 

「ご苦労様、和人。ほら、少し時間は早いが、賄いのコーヒーと団子だ」

 

「お、待ってました」

 

言って、俺は早速出されたコーヒーと抹茶団子を食し始める。

朝っぱらから健康には良くないデザートだが、昨晩の働きを考えれば当然の報酬だろう。俺がコーヒーの苦味と団子の旨味に舌鼓を打っていると、リコリコの扉が再び開く。

 

「おっはようございまぁす!千束が来ましたぁ……って、和人朝から何食べてんの?それ先生特性の抹茶団子じゃん!?いいなぁ」

 

「ん?……おはよう千束。悪いがこれは正当な働きへの報酬だからな?ねだってもやらないぞ」

 

告げると、千束は分かりやすく不機嫌そうに膨れっ面を作った。

 

「えぇ和人のけちん坊、ちょっとくらい良いじゃん!」

 

「やだって言ってるだろ?この前だって、俺の分の賄い半分あげたじゃないか」

 

そうして言い合っていると、今度は数分後にたきなが「おはようございます」と言ってリコリコに出勤してきた。

クルミも二階から降りてきて、ミズキも来たので店内もようやく賑やかになり始める。その頃には、俺も賄いを殆ど食べ終えて残りは団子が一つといった所だったのだが、未だに準備もせず膨れている千束が傍で拗ねていた。

 

「はぁ、仕方ないなぁ」

 

言って、俺は団子が一つ残った串から取って、お箸で持つと千束の前に持っていく。

 

「ほら、千束。最後の一個やるから、機嫌なおせって」

 

こんなしょーもない事で朝っぱらから拗ねられても困るので、やれやれといった様子でそうすると、千束はそれまでの事が嘘のようにパァと表情を緩ませた。

 

「さっすが和人さん!だーい好き!」

 

パクリと団子を一口で収めて、「おいしぃ」と満足そうに感想を呟く。

 

「調子のいい奴……食ったらさっさと着替えて来い。店の準備するぞ」

 

「りょーかい」

 

チャーミングにウインクして、上機嫌に右手を上げそそくさと更衣室にその白髪は消えていった。

世の中は中々に物騒なままだけど、こんな感じで喫茶リコリコは今日もその看板をOPENするのだった。

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