黒の剣士、リリベルから転職してリコリコに行くってよ 作:グランドマスター・リア
『吉松や、アイツ本気で、ぶん殴る』。
桐ヶ谷和人、心の中の一句。
転職先と称して、スマホに送られてきた資料をおさらいしよう。
店の場所、店主の顔と名前、他色々。しかし、その中に従業員に関する物が一つもない事に、何でその場で気付かなかったのか自分でも疑問に思う。
目の前で目を輝かせる少女、錦木千束とは先日顔を合わせた。もとい、死合った仲である。
あの時はお互いに殺す気が無かったとは言え、敵として相対した事には変わりない。リリベルをやめた以上、今後彼女と会う事も無いのだろうなと高を括っていたらこれだ。今にして思えば、全て
吊り下げられた平穏な就職先という魔の餌にまんまと釣り上げられた俺は、正しく死を待つだけの魚。
「この子、この前の銃弾切ってたリリベルじゃん!どうしてここに居るの!?」
「件のアルバイトだ。昨日話したろ?千束」
更に目を輝かせた。
恐るべき速さで詰め寄ってきた千束に、身を引くのも間に合わない。
「あれって、君の事だったんだ!名前、なんて言うの?」
「えっと、桐ヶ谷和人です……」
「和人かぁ。改めまして、私、錦木千束です!年は幾つ?」
「十四です」
「へぇ、なら同い年だね!私の事は千束でいいよ、私も和人って呼ぶから!敬語もなしでお願い」
「わ、分かった」
初対面ではないが、かと言って知り合いという間柄でもない。にも関わらず、あまりの距離感の近さに圧倒される。
俺も元の世界で数々の人達と出会ってきたとは言え、初対面からここまで明るい人間は初ではないだろうか。
「あの時は銃、ありがとね?後で返すから」
「あぁ、あれなら別にそのまま持ってて貰っていいよ。元々、お守りみたいな物だったし」
たまに銃と剣の組み合わせで戦う事はあれど、殆ど牽制が主だった銃だ。
既に新しい物を取り寄せたのもあって、愛着が無い訳ではないが、千束にそのまま持ってて貰った方がアレも本望だろう。武器は使いこなしてナンボなのだから。
「そう?それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
ようやく会話が一段落して息を付く。と、そこで思い出したように千束が問うてきた。
「そう言えば……あの夜、私だけじゃなくて、和人まで他のリリベルから狙われてたみたいだけど、何で?」
「……それに関しては、あの時言った通りだよ。同僚と上司の不信を買ったら、危うく殺されかけたんだ。まあ、お陰で辞表出さずにやめれたから、その点では良かったんだけどな。一応弁明しとくけど、俺は命令違反も何もしてない」
思い出しただけで、沸々と怒りが湧いてくる。あの司令の顔はもう二度と見たくない。
見たら確実に殴ってしまうからだ。
「ひっど!そんな所、辞めて正解だよ!安心して和人、ここはアットホームな職場で何処にもあなたの敵なんて居ないから」
そう言ってくれるのはありがたいが、俺の事を心配する前に千束には自分の身を心配して欲しい所だ。彼女ほどの人が、奇襲しても命を取れない様な間抜け共に遅れを取るとは思えないが……
ようやく千束のマシンガントークの勢いも落ちてきて、「着替えてくるから、先生のコーヒーでも飲んでくつろいでて!」と言って千束は店の奥に消えていった。
カウンターにそっと置かれた湯だったコーヒーを口に含むと、確かに落ち着く味わいをしていた。
「意外だったか?」
ミカに聞かれて首を横に振る。
「いえ、前に会った時もこんな感じでしたから。まあ、あの時はお互いにゆっくり話す時間もなかったんですけど……」
「そうそう、千束が言ってた事なんだけど、アンタ、銃弾を斬れるって本当?」
訝しげな様子で聞いてきたミズキに首肯する。
「まあ、少しは……とは言っても、千束みたいに全部回避するとかは流石に無理なんですけどね」
そもそもの話、全部回避する事が不可能だから避け切れない弾を剣で防いでいるのだ。
これでまともに銃が扱えれば良かったけど、単純な射撃技術が下の下もいい所だから能力のプラマイは実質ゼロと言っていい。
「ほう。噂には聞いた事があったが、まさか本当だったとはな」
そう言ったミカに「噂?」と聞き返す。
「丁度二年前、とんでもないリリベルが現れたって話を耳にした。私はリコリスの教官だったから、直接見る機会は無かったのだがな」
「とんでもないって……」
大袈裟にも程がある。
もしこれが仮に千束のように完全無欠で、多人数も少数精鋭も軽く捻る事が出来るのならそう言ってもいいだろう。しかし、俺の戦闘技能には明確な限界が存在する。とても彼女のようにはなれない。
まあ、銃弾を斬る時点で人間辞めてるという話は我ながら同意ではある。
「かっずとー!店ん中案内するから、付いてきて」
戻って来た千束は赤い着物姿に変身、もとい着替えており、こうなった彼女を見るととても百戦錬磨のリコリスには見えない。
「りょーかい。今いくよ」
こうして、俺のリコリコでの日々は始まったのだった。
■
着物に袴。
正に和風喫茶のスタッフ然とした姿でキビキビと働き、労働に応じた給金を貰う。
世間一般には当たり前や普通とされる労働が、今の俺に取っては新鮮で尊い。前の世界でも、バイトと呼べる物は菊岡から回される仮想世界関連の仕事ばかりで、ろくに一般的なバイトに手を出した事が無かった俺は、この時間に言いようのない心地良さを覚えていた。
このまま、死や殺しとは無縁の平穏な生活を……
何て考えていた時期が俺にもありました。
『――千束が先に突入して、暴れ回る。打ち漏らしは頼んだぞ、和人』
「……了解」
薄暗い廊下。
薄い鉄製の扉を左右から挟むようにして立っているのは、俺と向かい側に居る千束だ。
千束の手には銃、俺の手にはブレードとそれぞれが臨戦態勢。但し、傍から見れば、俺は青年と呼べる姿ではなく、腰上まで届く長い黒髪に紺色の制服に身を包んだ少女。
桐ヶ谷和人ならぬ、和子は剣呑な眼差しで開戦のタイミングを今か今かと待つ。
隙の一つもなく、洗練された佇まいは正に歴戦の
そんな中で、俺の心中は大きなため息を吐き出していた。
(どうして、こんな事に……)
俺、桐ヶ谷和人が何故、女装までして暴力団のアジトに突入しようとしているのか。
この奇想天外な状況を説明するには、かれこれ今朝のリコリコでの開店前の準備時間に遡る。
◇
リコリコでの勤務を始めてから、二日目の出勤。
さあ、今日も一日頑張ろう。気持ち新たに迎えた新天地での朝は心地が良く、鼻歌でも唄えそうな気分で店の準備を千束から教わりながらやっていると、ミカが話しかけてきた。
「千束、和人。今日の仕事についてなんだが……」
俺と千束を呼び出して、タブレット片手に「仕事」と言ったミカ。
この時、俺はてっきり話の内容がリコリコでの業務の事だと思っていた。
「あー、和人は
そんな考えを一蹴するかの如く言葉を発したのは千束だ。
胸を張ってえっへんと千束が言ったのに対して、ミカもそれを微笑まし気に見ている。しかし、俺はそれどころではない。
「ちょっと待て、何でそこで俺がリリベルだった時の話が出てくるんだ?」
俺の認識が正しければ、ただの喫茶店業務にリリベルの経歴は関係ない。
率直な疑問が口を突いて出ると、今度は千束が疑問符を浮かべた。
「え?」
「え?」
お互いに訳が分からなくなる。
嫌な予感がした。冷やりとした汗が頬を伝うのを感じながら、俺は視線をミカの方に向ける。
「……ミカさん。仕事の内容を大まかに教えてもらえます?」
ミカは「あぁ」と返答し、説明を始めた。
「今回の仕事は、都内某所に拠点を置く暴力団の制圧だ。最近、表には出ないアングラな事に手を出し始めたらしくてな。流石に目に余ると判断したDAから、こちらに対応が回ってきた」
「あぁ、そう、暴力団の制圧ね、て、はい?」
本日二個目の疑問符が頭の上に増えた。
「ちょっと待ってください。ここって、ただの喫茶店ですよね?」
俺の質問に、千束とミカは神妙な顔を見合わせた。
両者に途轍もない思考のすれ違いがあった事がこれで確定し、千束が話し始めた。
「あのね、和人。リコリコは……」
そうして今になって語られた。
喫茶リコリコがDAの下部組織に位置し、普段は喫茶店を営業しつつ定期的にDAや客から回ってくる依頼をこなしている何でも屋だったという事を。当然、俺はそんなこと知らなかった。当たり前だ、ここを紹介した吉松は『知り合いの喫茶店』という事以外に何も言わなかったのだから。
いや、確かに最初からおかしいとは思っていた。
従業員がもれなく全員裏社会にどっぷり使った人間で、うち一人は現役のリコリス。こんな人員で構成された組織が、普通に茶を淹れるだけののんびりホンワカした喫茶店な訳がない。
でも、見ないようにしていた。
気付かないようにしていた。
そうすれば、心身的な疲労をせずに済むからだ。
まあ今、それが本来の何倍にもなって覆いかぶさってきた訳なんだが……
(何でもっと早く確認しなかったんだ……?)
意気消沈して、過去の自分に文句を言っても全ては後の祭り。
ジレンマはとうに抜け出したのだ、悪い方向に。
「和人?もし無理なら、今回は私一人で行ってこようか?」
「…………いや、大丈夫。やるよ」
かなり申し訳なさそうな顔をしている千束とミカに対して、今更「嫌」だの「無理」だの言えるはずもなく。文句や我儘の一つも言えないまま、俺のリコリコでの初任務は決定したのだった。
そして、とりあえず吉松へのフラストレーションが激増した。
◇
裏の仕事に出るならば、『桐ヶ谷和人』のままという訳には行かない。
忘れてはいけないが、俺は現在進行形でリリベルに命を狙われている。もしも、剣を持った銃弾を斬る男が暴力団を制圧したともなれば、瞬く間に居場所がバレて追われる身だ。
それでもリコリコは俺の事を守ってくれるだろうが、なるべく迷惑を掛けたくない。
そうして、リコリコスタッフの一時間にも及ぶ会議の末に可決した案が"リコリスに扮する"という物だったのだ。
つまりは女装である。
『和人、顔けっこう可愛いし絶対に行けるって!!』
そう語る千束の顔は心底楽しそうだった。
皆に迷惑を掛けない為と、苦渋に更に渋々を重ねて了承した結果。誕生したのが『謎のセカンドリコリスft桐ヶ谷和子by千束』である。
時はこうして暴力団アジト突入直前に戻る。
扉一枚隔てた向こうには、怖い男達がたむろして待ち構えているというのに、俺も千束も緊張した様子は全くない。何故なら、リリベルでも最上位の階級に居た俺や、電波塔の英雄にしてファーストリコリスである千束は、もっとヤバイ連中を今までに相手にして来たからだ。
油断は禁物だが、だからといって軍人やプロの傭兵でもない連中に遅れを取るつもりは無い。
「行くよ」
「あぁ」
バンと扉を開けば、一息の呼吸すらも意識の外に排して目の前の敵に神経を集中する。
「なんだテメェら!」
突然の事に驚く男達。人数は目測では二十人あまりと言ったところ。
大きな会議室に赤いシルエットが疾走する。
「グボァ!?」
まず一人、開始わずか一秒とかからずに千束のゴム弾が構成員の一人を昏倒させた。
それに続いて、俺もブレードを携え道を塞ぐ者達に肉迫し、即頭部への蹴りやブレードの柄、或いは刀身で急所以外を切り裂く事で次々と無力化していく。
構成員の中には拳銃を持つ者も数人居るが、放たれた銃弾の尽くが躱され、または剣によって弾かれる。
ならばと、身を潜めていた者がナイフを持って千束に背後から襲い掛かるが、
「はい、ざんねーん」
歯牙にもかける間もなくしなやかな脚が回転して、二回りも大柄な男の足を払う。ダメ押しのゴム弾で眉間を撃ち抜くと、すぐさま残党へと向かっていく。
それは戦闘というよりも蹂躙だ。
状況開始から僅か一分で集まった者も合わせて凡そ四十人は居た構成員は、全員地に伏した。
クリーナーを呼び、簡易的に全員縛り上げると、ようやくミッション終了だ。
「おつかれー。やっぱ強いねぇ、和人。あ、今は和子ちゃんか」
軽いノリで声をかけた千束に、和人は敵組織の呆気ない幕引きとは対照的にどこか疲れた表情で返した。
「勘弁してくれ。俺だって、やりたくやってるんじゃないんだぞ?」
その哀愁漂う様子に、千束は気を遣う所が笑いながら背中を叩く。
「女の私でも羨ましいくらい可愛いんだから、むしろ誇れば良いだろ?」
「余計なお世話だ」
「照れんなって」
「いや、そういう事じゃなくて!?」
二人して軽口を言い合っていると、インカムからミカの声が聞こえて来て帰還を命じられる。どうやら、クリーナーと事後処理担当のサードリコリスが到着したようだ。
そこで一旦話を切り上げ、俺と千束はクリーナーと後続で来たサードリコリスに引き継ぎをして、リコリコへの帰路を辿った。