黒の剣士、リリベルから転職してリコリコに行くってよ 作:グランドマスター・リア
いつになったら、俺に平穏な日常は訪れるのだろう。
元の世界の仲間達にも会えなくなって、それでもこれまでの冒険で身に付いた対応力で頑張ってきた。それなのに……
家族は居らず。
同じ職場の仲間からは殺されかけ。
転職先でも裏の仕事。
ハッキリ言って、こっちでの俺の人生散々過ぎないだろうか?
それでも結局、最終的には断れないのだから社畜根性ここに極まれりである。
ただ列挙とした違いが、そこには存在する。リコリコで働く毎日は楽しい。千束の仕事に同行するのも、リリベルでするそれとは雲泥の差だ。例え、命の危険があっても付いて行こうって思えるくらい、良い人達に囲まれて過ごす毎日は心の内の寂しさを癒してくれる。
季節は巡る。
年が巡れば、体も成長して、段々と元の世界の自分の年齢に近付いていく。
そうして、何度目かの春の時頃。
「あれから三年か」
不意に出た言葉。
そう、今日この日、俺がこのリコリコに来てから丁度三年の月日が巡った。
■
「命令違反をやらかしたリコリス?」
四月の中頃。
一年で最も過ごしやすい季節の昼下がりに、俺はリコリコにて昼休みにカウンターでランチを食しながらミカの言葉に返答した。
「この前の武器取引の時だ。覚えているだろう」
「あぁ、確か名前は……井ノ上たきな。でしたっけ?」
それは、つい先日あった任務の事だ。テロリストの武器取引の情報を掴んだDAはファーストを含むチームを一組、その現場に向かわせた。しかし、その際に仲間のリコリスが一人が人質に取られてしまうという事態が発生した。状況を重く見た司令部は、リコリコにも救援を要請し、俺と千束もすぐに現場に向かった。
……のだが、俺達が到着する前にリコリスの一人が待機命令を破って機関銃を派手にぶっ放し、武器商人を諸共亡き者にしてしまったのだ。
幸い、人質に取られていたリコリスは無事だったみたいだが、リリベル時代に好き勝手やってた俺ですら戦々恐々とする程のクレイジーさに、その時は開いた口が塞がらなかった。
「それで、その子がこのリコリコに左遷されて来るって事ですか?」
「有り体に言うとそういう事だ」
『左遷』という表現に眉をピクリと動かしたミカだったが、事実そういう事らしく肯定する。
それを聞いて、俺は椅子に持たれ体を伸ばす。
DAの様に大組織ともなれば、何よりも規律を重んじる。
例えその結果、仲間が死のうが、対象を取り逃がそうが、組織の枠と骨組みさえ守れれば上からしたら些細な問題なのである。これはリリベルだった時に、嫌というほど思い知った不文律だ。
きっとそのリコリスも、その枠組みに収まらないと判断されて弾きだされたのだろう。本部で扱いきれない者を、爪弾きにするなんて良くある話だ。
「この店、厄介者押し付けるにはこれ以上ないくらい都合いいですからね。何しろ、ここに所属する約一名が天下無敵の厄介者な訳ですから……」
そんな事を言っていると、
「だーれーが、天下無敵の厄介者じゃコラ?」
グイッと横から白髪の少女が顔を覗かせた。天下無敵の厄介者こと錦木千束はご立腹な様子で反論した。
「キサマはリリベルをクビになってるだろうが!私が天下無敵の厄介者なら、和人サンは宇宙最強の厄介者なんですゥー」
「うるさいよ!大体、俺は元からリリベルなんて辞めるつもりだったんだ!そしたら向こうが急にイチャモン付けてきて、成り行きでああなっただけだ。そっちこそ、上司の温情でライセンス貰ってる分際で偉そうな事は言わない方が良いぞ?」
「あ?」とお互いにドスの効いた声で威嚇する。
ミカはというと、目前で繰り広げられる言い合いには一切関与せずコーヒーを淹れている。実際、こんなのは喧嘩のうちにも入らない小競り合いで、千束も俺もそれなりに我の強い性格をしているから、煽り合いの末に形ばかりにいがみ合うなんて良くある事だ。
因みに、本気でキレた場合はこんな物ではない。
一度、何が原因だったかお互いにプッツン来て武器まで持ち出す大喧嘩にまで発展した事がある。その際はリコリコの店内を破壊し尽くす程の被害を出し、ミカから半年の減給と修繕費を稼ぐために任務の激増を命じられた。
それ以降、千束と俺は小喧嘩は度々するものの、何処かお互いに一線を引いてやるようになった。
と、俺と千束の話はこの辺にしておこう。
「千束、買い出しを頼まれてくれ。今日は新人が来るから、私はここを動けない」
「えー、和人に行かせれば良くない?私だって新人の子みたいし」
「生憎と俺は今、昼休憩中だよ。次は俺が行くから、今日の所は頼むよ」
「ちぇ、分かりました」
千束はミカからメモを受け取ると、店を出た。
その背中を目で追いつつ、ミカが「どうぞ」と置いてくれたコーヒーを嗜む。相変わらず、ミカのコーヒーはブレンドが好みに調整されていて美味しい。
「……さっきの話に戻るんですけど。正直、俺はその命令違反をしたって子が悪い奴には思えないんです」
「どうしてそう思う?」
理由は様々だが、その中でも最もな物をピックアップして話し始める。
「これは俺の予想なんですけどね。この件は、きっとそのリコリスの命令違反だけを取り立てた結果じゃない。まず機関銃乱射して人質だったリコリスに傷一つ無かったのなら、多分それは撃った本人が狙ったものです。つまり、そこに殺意や悪意はなく、むしろ助けようとしたとも解釈できます」
仮にもファーストの直属に就いていたリコリスだ。優秀なのは間違いない。そんな奴が、命令違反の重大さを理解していないとはとても思えない。それ以上に優先すべき何かと、それを実行する術が手元にある状況。俺がそのリコリスと同じ立場だったなら、間違いなく同じ選択をする。
「ふっ、千束も同じような事を言っていたな」
「はは、何となくそんな気はしましたよ」
千束はああいう風に振る舞っているが、賢く、敏い少女だ。
常日頃から不殺なんて物を貫き通している彼女が、今俺が言った様な考えに辿り着くのは容易に想像できる。
「まあ、それでも命令違反をしたのは事実ですからね。それもかなり重めのヤツ。俺に言わせれば、上層部から目障りだと始末されなかっただけマシな方です」
「経験者は語る、か……」
だからこそ、どんな子が来るのか内心では楽しみでもある。
気が合う上に優秀な奴なら、今後の任務の効率やモチベーションもぐっと上がるし、何よりも職場が賑やかになる。
時計はそろそろ正午を回る。俺の休憩時間が終わり、そして同じ時間帯に休憩に出ていたミズキも戻って来て、業務に戻ると不意に店の扉が開いた。
「来たみたいだな」
青い制服に身を包み、頬に湿布を張った黒髪の少女。
キャリーケースを転がして訪れた、喫茶リコリコの新たなメンバー。
「本日から配属になりました。井ノ上たきなです」
機関銃乱射娘こと、たきなだった。
■
たきなは表情が固く、言葉遣いも丁寧で折り目正しい生真面目な少女だった。
そして、廃人MMOゲーマーも驚くほどの効率重視な性格もある。感受性豊かな千束とは違った意味で癖のある少女と言っていい。ちょっと危なっかしい所は似た者同士だろうか。
これからたきなはリコリコの従業員として働く事になるが、あくまでリコリスの仕事がメインである事には変わりない。
配属されてきたその日の昼から丁度、千束の依頼にたきなは付いて行った。
「一緒に行かなくて良かったのか?」
ミカに聞かれた。
「行っても特にやる事ありませんからね。それに、今回ばかりは女三人で固まってた方が何かと都合いいでしょう」
懇意にしている組、常連客や日本語学校の臨時教師など、やる事は多岐にわたる。ここまではいつも通りだが、今日は一風変わった仕事が依頼されたそうだ。それは、常連客の一人のとある刑事から回って来た物で、さおりと言う女性のボディーガードだと言う。
始まりはSNSに彼氏とのツーショット写真を投稿した事だったそうだ。
何の変哲もないリア充の幸せ感漂う投稿。しかし、何故かその投稿を堺に連日、リプライやアカウントへのダイレクトメッセージに宛てに脅迫など物騒な内容の物が届くようになったらしい。それで、流石に身の危険を感じて警察に相談したとの事だ。
概要だけ見ればストーカー被害に類する物で、確かにこれでは警察もすぐには動かないだろう。
そうして、何でも屋であるリコリコにお鉢が回って来た。
これに天下のファーストリコリスと優秀なセカンドリコリスが駆り出されているのだから、俺が行ってもただの過剰戦力でしかない。
それに護衛対象も女性という事だし、俺が独り混じるよりも女三人で行動した方が任務もスムーズに進む。
「アンタも任務中はいつも女に扮しているじゃない?」
「…………それはそれ、これはこれです」
ミズキに痛い所を疲れて表情を引き攣らせた。
一身上仕方がない事とは言え、出来ればやりたくないって所は三年経っても変わらない。
「あ、千束から連絡来た」
そう呟いたミズキのスマホをミカと俺がグッと覗き込む。
「なになにィ、『さおりさん、めちゃヤバな奴らに狙われてる』?」
何だこのメッセージは?と怪訝な顔をした俺達は、付属していた写真を見て数秒後に額を押さえ、頭を抱える事になる。
送られてきた写真は、傍から見れば何の変哲もない男女のツーショットを写真だ。
しかし、よく観察すればその背後にある建物が、先日たきなが左遷される原因となったあの銃取引のオフィスビルだった事が分かる。更に、そこに映っていたのはDAの掴まされた『偽の取引現場』ではなく、その数時間前にあったとされる『本命の銃取引』の様子。
「どんな偶然だよ」
交際相手と写真を撮ったら、たまたま背後に映った向かいのビルで銃取引が行なわれていた。なんて、そんなのログインしたゲームがサービス開始当日に、突然デスゲームに変わるくらい有り得ない話だ。
「結局か……」
ため息交じりにカウンターを離れて、更衣室に向かう。
「行くのか?」
「はい。流石に相手が相手なんで、一応様子だけでも見てきます」
千束が遅れを取るとは微塵も思えないが、一緒に居るセカンドは今日初めて組んだ相手だ。何かあってからでは遅いし、用心するに越した事はない。
任務に出るとなれば、いつも通り変装する必要がある。更衣室に入ると、俺は自分のロッカーではなく、本来誰も使っていないはずの空きロッカーを開く。そこから、隣の紺色のリコリス制服と黒髪ストレートのウィッグ、化粧道具を取り出した。
最初の方はミズキにやってもらっていた『和子』への変装も、今や全て自分で出来る様になった。
お陰で、特技一覧の中に化粧が追加されてしまった程である。鏡を前にサッサと着替え、ウィッグを被り、薄く化粧を施す。その時間、僅か三分。するとあら不思議、元々中性的な顔立ちだった青年は可憐な黒髪ロングの少女へと大変身したではないか。
「よし」
こうなれば、俺は『桐ヶ谷和人』ではなく、リコリコ所属のセカンドリコリス(非公式)『桐ヶ谷和子』だ。
制服に仕込むようにしてブレードをしまうと、サッチェルバッグを持ち更衣室を出る。
「んー、50点ね」
「……さいですか」
皆目早々、主語もなくミズキが叩きだした謎の点数に悔し気なため息をこぼす。
今回は急ぎでやったから多少適当とは言え、それなりの力作に仕上げたつもりが本家にとっては半分以下の出来らしい。こんな下らない事の名誉不名誉なんてどうでもいいが、最初からずっと続いている採点なのもあり低かったらそれなりに悔しい。
「それじゃあ、行ってきます」
「あぁ、気を付けてな」
なんて軽い挨拶を交わして、俺はリコリコを出た。