黒の剣士、リリベルから転職してリコリコに行くってよ 作:グランドマスター・リア
無事、護衛任務を完了しリコリコに戻って来た俺、千束、たきな。
皆いつも通り変える準備をしている中、一人俺の顔を見て固まっている人物が一人。
「なっ……え?」
目を見開いて、信じられない物でも見たかのような表情をしているたきな。
俺が更衣室で変装を解いて出てきてからずっとこんな感じだ。店に帰って来てすぐに、桐ヶ谷和子は妹ではなく俺が女装した姿である事を明かしたのだが、それほど動揺が大きかったという事だろう。
「たきな?そろそろ戻ってこーい!」
千束が肩を揺らした事でようやく我に返った。
「はっ!和人さんの妹の和子さんが和人さんで、和人さんが女装して……あれ?」
前言撤回、未だ治っていなかった。
「人間って本当の意味で未知に出会うとこんな風になるんだな」
俺がこの世界に来た時だってここまでじゃなかった。
「言ってる場合か!これ、どうすんの?和人がふざけて和子は自分の妹だとか言うからこんな事になってんだよ!?」
「俺のせいかよ!?いや、まあ、確かにちょっとおふざけが過ぎたとは思ってるけどさ……」
悪乗りした事は認めるが、逆に考えてほしい。
「あくまで俺は、任務中にたきなを混乱させない為に話の流れに合わせただけで……」
あの場で正体を明かして任務中にフリーズでもされたら一大事だ。そう、全ては任務をスムーズに進める為であり他意はない。
「でも、ちょっとはふざけてたんだよね?」
「……ハイ」
身も蓋もない事実を言われて消沈する。
「ほーら、たきな。これが和人だよ、よく覚えて置いてね?」
俺の顔を指差して言った千束。たきながそれを視界におさめたのを確認して、次は携帯を取り出してたきなの目前に持って来た。画面に表示されたのは、任務の際に千束がいつの間にか撮っていた和子の写真である。
「これも和人。良い?桐ヶ谷和子なんてこの世には存在しないんだよ?」
「和子さんは和人さんで、本当は和子さんなんて人はこの世には存在しない。つまり、和子さんの正体は和人さんだった?」
「そうそう!その通り!」
頭が痛くなりそうな会話の中で俺の名前を連呼しないで欲しい。
凄く居たたまれない気分になりながらも、何とかジレンマを抜け出したたきなが俺に聞いてきた。
「正体を隠すために変装するのは分かりますけど、どうして女装なんて?それも、リコリスに変装するなんて……」
裏の世界では顔が割れないように変装する人間など特に珍しくもない。リコリスは国家に属する殺しの道具であり、DAはその秘匿のためならば割と何でもやる。リコリスに変装するという事は、DAから狙われるという事もでもあるのだ。
とは言っても、別に俺だって好き好んで女装している訳ではない。
女装に関しては千束のゴリ押しだし、リコリスに化ける事になったのは所属をリコリコにする上で都合がいいから。
どれもたきなが納得するような物じゃない。
「特に深い意味はないよ。リコリコで働くようになって、気付いたらこんな風になってたから……」
どうせならと日頃の恨みつらみも兼ねて千束に視線を送ったが、彼女は何を思ったのかテンション高めにポーズを取った。謎である。それを見て、これはダメだとため息をこぼす。
「あぁ、なるほど……」
入って初日のたきなでも、何となく俺の言わんとする事を察したのだろう。
それ以上は特に何も聞かれる事はなく、時間も遅かったのもあってその日は程なくして帰宅した。
そして翌日。
特にリコリスの仕事もない通常営業の日で、同時にたきなにとっては喫茶リコリコでの業務開始初日という事になる。開店してから客もまだ居ない時間帯のリコリコでは、千束がミズキとミカに昨日の件の写真を見せていた。
「――三時間前だって、
「十中八九そうだろうな。そりゃあ、向こうもこの写真を消したがる訳だよ」
折角苦労して煙に巻いたはずなのに、一般人が気まぐれに撮った写真に偶然本命の取引現場が映り込んでました。なんて、テロリスト側からしたらシャレにならない。
「その女を襲った奴らはどうしたのよ?」
「クリーナーが持ってった」
「同じく」
ミズキの問い千束が答え、俺も同じだったのでそんな風に答えておいた。
「アンタ達、またクリーナー使ったの!?高いのよ!」
「DAに渡したら殺されちゃうでしょ?」
もしも先みたいな連中をDAに渡そうものなら拷問、尋問の末に始末されるのが関の山だ。
クリーナーに渡せば、精々カ〇ジみたいに地下労働施設おくりくらいで済む。どちらにしろこっちもかなりキツイだろうけど、死ぬよりは何倍もマシだ。
それでもブツブツと言っているミズキは放っておいて、話に戻る。
「DAもコイツら追ってんでしょ?私達が先に見つければ、たきなの復帰が叶うんじゃない?」
「自分達のミスで取り逃がしたテロリストを、左遷にした一セカンドリコリスが捕まえた。……ともなれば、流石にあの楠木さんでも無視できないだろうな」
ついでにDAの上層部の面子にも少しは泥を濡れるって物だ。
「だってさ!そう思わない?たきな」
「やります!」
千束の呼び声で開いたバックヤードの扉から、おろしたての青い着物に身を包んだたきなが出て来た。長い髪もツインテールに纏めており、雰囲気もいつもより柔らかく見える。その姿を見た千束がここぞとばかりに目を輝かせた。
「うおっほぉーー!かぁわぁいぃぃいーー!」
流れるようにハグをしてから、千束に腕を引かれて連行されるたきなは出勤早々に疲れた表情をしていた。俺が三年前に初めてリコリスに変装した時も同じような感じだったので、気持ちは痛いほど分かる。
たきなをカウンター前まで連れて来て、携帯の内カメラを向ける。
「ほらほら!先生とミズキ、和人もこっち寄って!」
「ハイハイ」
仕方なさげに受け答えつつも実は満更でもないのは秘密だ。
全員がカメラに入った所で、パシャリとシャッター音が鳴った。たきなが入って、改めて五人になったリコリコ全員の映った写真を店のSNSに投稿する。こうして見ると意外と映りが良い。
「早速お店のSNSにアップしたわぁ」
満足気にホクホクしている千束を見て、俺も携帯から店のSNSを開き、つい数秒前の写真付きの投稿を見て微笑する。三年前からもう随分と積み上げた思い出の数々にまた一つ新たな一ページが増えて、その写真を保存していいねボタンをタップした。
「あ、和人!いいねボタン、サンキュー!」
手を振る千束にこちらも手を振り返す。
それからまた千束を主にたきなじゃれ始める。今日も今日とて、リコリコは平和です。気持ちも切り替えて、ミカを手伝おうとカウンターを立ったタイミングで来店を告げる鈴の音が店内に響いた。
「ほらお客さん!練習通り!」
入口に視線を向ける。入店した金髪渋面の男は、こちらに視線を向けて言った。
「やあ。ミカ、桐ヶ谷君」
旧友にでも接するように紡がれた言葉。正に晴天の霹靂。吉松というこの男の来訪に俺とミカは驚愕し、千束とたきなは「いらっしゃいませ!」と元気よく口にする。そこに紡がれたカオス。リコリコの店内も今だけは混沌の園と化す。
そして、俺の脳内に浮かび上がる数々の忌まわしき記憶と積もり積もった怒りの情念。この三年ほどは割と穏やかだったそれが嘘の様に、約五年ぶりに見た男の顔のニヤケ面は俺のフロストレーションを爆発させた。
「吉松!キサマぁぁぁああ!!」
結論。俺、桐ヶ谷和人はブチ切れた。
腕を振りかぶり、この五年で精錬された身のこなしで一秒とかからずに吉松の懐まで接近する。一切の躊躇いもなくリリベル式CQCを見舞ってやろうとした俺の体を、後から千束が慌てて取り押さえる。
「ちょっとちょっと!?和人なにやってんの!お客さん殴っちゃダメだって!」
「離せ、千束!コイツの事は一発殴ってやらないと気が済まない!」
「ハハハ、賑やかでいいね」
尚も余裕綽々な様子で笑う吉松のニヤケ面が、更に俺の怒りを刺激する。
「たきな!早くお客さんを二階に避難させて!コイツは私が押さえとくから!」
「分かりました!こちらです」
「すまないね。お嬢さん」
たきなに連れられて吉松は一先ず二階部分に避難。ミカも一先ずコーヒーを淹れて二階に上がった。
千束は渾身の力で暴れる和人を抑え込み、その騒ぎはようやく疲れ果てた和人が収まるまで約一時間かかった。
お互いに息も絶え絶えになった俺と千束は、カウンターでぐったりとしていた。
「いきなり、どうしたん、だよ?和人……」
「すまない。昔の知り合いが、来たもんだから、ちょっとな……」
千束からすれば皆目そうそう殴ってやりたくなる知り合いとは一体?という感じだった。
「いやぁ、命拾いしたよ。さっきはあんな風になってしまったが……久しぶりだね、桐ヶ谷君。元気そうで何よりだ」
頃合いを見て一階に降りてきた吉松に、俺は視線だけを向けて応対する。
「今し方あんたのせいで元気じゃなくなったよ。吉松さん」
話すのはリコリコに入った時以来、三年ぶりで、最後にこうして顔を合わせて話したのは五年も前の事になる。
「それはいけない。そういう疲れた時は、何か甘い物でも食べるのをお勧めするよ」
この男は相も変わらず人の沸点を煽るのが上手い。しかし、俺も今更この程度でキレる事はない。
「千束が居なかったら、間違いなくあんたの事を今この場で亡き者にしてたよ」
「では、亡き者にされる前に帰るとしよう。千束、会計をお願いしてもいいかな」
「はーい、会計ですね。今度来た時はヨシさんの話もっと聞かせてよ?」
「勿論、約束しよう」
いつの間にか千束は吉松と仲良くなっていた。
会計を終えて談笑も程々に吉松は「また来るよ」とだけ言い残して店を出た。千束はたきなの方へ行って、俺はカウンターで突っ伏したまま動かない。
「……どうぞ」
それだけ言って、ミカは無言で俺に淹れたてのコーヒーが入ったカップを出した。
「ありがとうございます」
独特の苦味が心地よく染み渡って、強張った堪忍袋を解していった。