吾輩は魔族である。名は放漫のトラオムと言う。
もはや俺の名を知っている者も少ないかも知れん。魔族はともかく、人間はサイクルが早いからな。
最近は人間名義でばかり活動しているせいで、人間だったような気がしてきた。
いや、俺はこの世界においても人間だったのかもしれない。
だって、おかしいじゃない……
その辺から生える様に増える上に、種族単位でサイコで、何故か取り柄の魔法も一つしか真剣に開発しない奴らが同族とか……
魔族にもうちょっと共感性があったら、俺は魔王になって人類家畜化ルートに入ってた可能性あるよ。
実態がご覧の有様なので、そんな罰ゲーム絶対にごめんだけど。
……もう何度悔やんだか分からんが、定期的に愚痴っておかないと、魔族の情報収集が苦痛になる。
最近は図書室が図書館のレベルになったんで、遂に司書たちを作った。
もう、このまま世界一の古代図書館を目指そうと思ってる。
ロマンこそが素晴らしき魔法を作る原動力。
同族に言ったら気狂い扱いされました。トラオムです。ぶっ殺すぞ角虫ども。
司書たちに『本を作る魔法』を仕込んだら本当に楽になった。
もっと早くやっておくべきだったな。
それにとても真面目で勤勉だから安心して図書館を任せられる。
たとえ創造主が相手でも、図書館でバーベキューしてたらガチで狩りに来るからな。
……大切断‐縦は効いたわ。
いや、正直すまんかった。
このトラオムが、東北のクソガキに煽られて、できらぁ! と言ってしまうとは……
今俺はこの世界の不思議生命体である、魔物を研究している。
前からしてたんだけどね。ある魔物が気がかりで、腰を据えて弄りまくっている。
その魔物とは、スライム。
俺の持つソウルの影響で、スライムと言えば鳥山デザインが真っ先に出てくるが、スライムの起源はもっと古い。
まあ、ファンタジーの代表的モンスターの一体なのは変わらん。
この世界にも色んなスライムがいるが、そこまで特別な魔物って訳じゃないんだよな。
それが何となく気に入らなかったので、特別なスライムが作れないか試しているんだ。
……可愛くなくても良いから、もうちょっと綺麗な色を増やしたいな。
桃色とか良いんじゃないかな。エンゼルスライム好き。
そんな事を考えながら透明な箱の中のスライムをつつきまわしていると、分身たちがやたら大勢でやってきた。
どうした、ぞろぞろと。
「なあ、本体。ちょっとミクさん達には聞かせたくない話なんだが……」
何だよ、怖いな。何か厄介事か? いや、緊急なら思考で呼ぶよな。どうした?
俺が訝しげに尋ねると、分身たちは目配せし合った後、意を決したように一人を送り出してきた。
さて、一体何が……?
「なあ……そろそろ、エロ同人みたいな魔法、作らないか?」
Fuck You ぶち殺すぞ……ゴミめら……!
この上なく真剣な雰囲気で何言ってんだこいつ等。全員ずんだ志願者か?
そもそもな! 俺はこの世界を愛しているんだよ!
この純西洋ファンタジー世界が好きなんだよ!
これが良いんだよ! これが一番なんだよ!
頭の悪い要素を入れようとするなよ! 冒涜だろうが、それは!
「いや、民間魔法でも、性に関する魔法は結構あったじゃないか。これは人間の業なんだよ」
無駄に賢し気に屁理屈こね回してんじゃねぇよ!
この世界の人間が作るのと、俺が作るのじゃ違うだろ! えげつなさとか!
しかも今は人間じゃねぇだろ! そもそも使う相手もいねぇし! (半泣き)
「でも、そういうの好きだろ? 俺なんだし」
好きです! ……いや、好きだけれども!
ダメだろ、それは。本やゲームの中ならともかく、自分が現在進行形で生きてる世界でやる事じゃねぇよ!
お前ら頭どうかしてるぞ!
とにかく……そんな魔法の開発は認めん……大魔法使いのブランドに傷がつくからな……
「なにが大魔法使いのブランドですかぁああ!! 美少女人形量産してる奴に権威なんてありませぇええん!! 友達だっていないんだから、これ以上傷ついたってたいして変わりませんよぉぉおおお!!」
なんだとぉ……(ガチ泣き)
チクショウ、お前らこんなクソみたいな事で捨て身になりやがって……顔の無い怪物がズラッと並んで慟哭してるとか、絵面が最悪だぞ。
もういい……絶対にトラオムとフェイスレスの名義は使うな。
あと、万が一にバレた時を考えて、マニアックなのは禁止だ。絶対に。
それと、言い訳用に『安産の魔法』を作るぞ。
これはあくまでも、人間の生態調査と社会貢献のためにやる研究だからな……!
◆
勇者ヒンメルの死より21年後。
僧侶ハイターの隠居している森にて、魔法使いフリーレンはかつての仲間の頼みで、少女フェルンに魔法の手ほどきをしていた。
「本当に筋が良い。これなら予想よりもずっと早く一人前になれるよ」
「ありがとうございます。フリーレン様」
丁寧にお辞儀する小さなフェルンに、フリーレンはふと思い出した事を口にする。
「早く一人前になりたいからって外法に手を出したらダメだからね。魔法使いでなくても、知らずに手を出しちゃってる人間も多いけど、危険だからね」
「外法ですか。それは何か魔法を学ぶ上で有利になる様な事なのですか?」
「うん、知らないみたいだから念の為に教えておくね。えーっと、確か一つ持ってたはず……」
フリーレンは長くを生きる魔法使いだけあって、様々な知識を持っている。
その中には、ちょっと危ない知識も含まれている。
彼女はフェルンに待つように手で指示すると、自分のカバンの中を探り始める。
しかし、なかなか見つからない。
「どういったものなんでしょうか?」
「魔族なら必ず持ってる物だよ。私が持ってるのも魔族の落とし物だしね。でも、そこまで貴重な物でも無いかな。世界中で見つけることができるから────あ、あった」
フリーレンはコルクで蓋をされた黒い瓶を取り出して見せる。
それは明らかに年代物であり、不思議な禍々しさを醸し出していた。
「これは?」
「これにはね、ピンクスライムって言う魔物が入っているんだよ」
ピンクスライム。
それは、1800年ほど前にある魔族の魔法の影響で生まれてしまった魔物だ。
危険性は低く、人間の子供でも簡単に駆除する事ができる。
だが、ある特性によって、人類と魔族に大きな影響を与えた魔物だった。
生き物の胸部に付着させて『使用』する事により、微量だが魔力を増やす事ができるのだ。
「まともな魔法使いなら普通に鍛錬した方が効率が良いんだよ。でも、見習いの内はこっちの方がたくさん増やせるらしいから、隠れて使ってる魔法使いも多いらしいよ」
「それでは、私には必要ありませんね。ですが、そのスライムの何が危険なのでしょうか?」
首を傾げるフェルンの質問に、同じくフリーレンも少し首を傾げながら、自信無さげに答える。
「私が小さい頃に、故郷でミリアルデって言う同族に聞いたんだけど……」
『この辺はピンクスライムがよく出て来るわ。使い過ぎると正気を失っちゃうから気を付けてね』
「……って言ってたんだよ」
「それは恐ろしいですね。魔族はそんな物を使っているのですか」
幼いフェルンはプルプルと恐怖に震える。
フリーレンはそんなフェルンを笑わない。自分も聞いたばかりの頃は本当に恐ろしくて眠れなかったからだ。
「大変だけど、慣れれば普通の魔力鍛錬と並行して行えるらしいんだ。とにかく魔力が多い奴が偉いって言う魔族の社会だと、使わない選択肢が無いんだろうね」
「では、やはり人間は魔族には魔力では敵わないのでしょうか?」
「いや……このスライムが大魔族、『快楽天のキアラ』の呪いによって出現してから500年ほど経った辺りから、人間という種族が生まれ持つ魔力量の平均が、明らかに増えてるらしい事が分かったんだ。だから、若い魔族との戦力差はむしろ縮まったよ。……年を経た大魔族はより強力になったらしいけどね」
なお、人間という種族の胸部が世代を経るごとに敏感になってもいるらしいのだが、そこはあまり関係無いと思ってフリーレンは言わなかった。
「『快楽天のキアラ』は、生物に強力な快楽を与えて失神させる光を放つ魔法が使えたらしいんだけどね。この魔法は失神した相手から魔力を吸い取る効果もあったらしいんだ。だから、このスライムを作ったのも、獲物とする人間の魔力を増やして効率を高めるためだったと言われているんだよ」
「昔は恐ろしい大魔族が居たんですね」
魔族の恐ろしさに怯えるフェルンに満足して、フリーレンはあえて補足説明はしなかった。
『快楽天のキアラ』はその魔法で食欲も満たせたようで、決して人を殺しはしなかった事。
同時に快楽で屈服させた人間に『安産の魔法』を与え、その大きな恩恵を人間全体に齎した事だ。
なお『快楽天のキアラ』は、巡業団の団長である『救世の聖女』によって討伐されている。
フリーレンはスライムが入った瓶を振り、もう一つだけ自慢も兼ねて伝える。
「それでこのピンクスライムはね、魔王の物だったんだよ。記念にコッソリ持って帰ったんだ! ハイターには内緒だよ」
「魔王も使ってたんですね! まあ、魔族なのですから当然なんでしょうか」
驚くフェルンに満足して、フリーレンは黒い瓶をしまったのだった。
実は魔族はピンクスライムの効率的な使用方法をそれぞれ独自に研究している。
幸いにも魔族の性質から情報共有はされていない。
それらの事実は、人間たちには知る由も無い事だ。
七崩賢の一角が、偶然にも大量の観客を用意する事が効率的だと発見したことも。