吾輩は人間である。ようやく名前が決まった魔法都市ゼーレからこんにちは。
魔族のトラオム君はちょっとお休みである。
最近は人間との時間感覚の差を感じてショックを受けてる。
俺はドラゴン時間の持ち主では無いと思っていたが、しっかり長命種マインドに侵されていたようだ。
正真正銘、若い連中と関わる事で魂の若返りをしようと思っている。
リーダーや仲間たちに政治は任せて、俺は便利屋に徹している。
……人間を支配して魔法国家を作ろうと思った事は、何度かある。
だが、俺には為政者としての才は無いと思って、いつも諦めて来た。
自分が色んなバランス感覚に欠けている自覚くらいあるのだ。
多分、俺が王になると、某クジラ大陸で一番終わってる魔法国家みたいになる。
そんな予感がある。
それはそうと、最近はゼーレにミクさんたちも連れてきて、みんなに見せびらかしてる。
すげービックリされたし、めっちゃ尊敬されるようになったぜ。
そして、案の定ドルオタを量産してしまった。
おさわりは許しまへんからな?
友達たちをハゲにはしたくないが、ウチの子たちは可愛すぎるからな。
いつまで持つだろうか……
ふう……
なんかもう。このままずっと大賢者フェイスレスでいようかな……
いや、ダメなのは分かってるんだけどね。
ある日、突然にゼーリエちゃんにドーン! されたら、友達まで巻き添えになってしまう。
圧倒的な逃げ足が、俺を雑魚魔族時代から長生きさせて来た。
ここに居てはその特性が生かせないのだ。
まあ、決断を先送りにしながら、ちゃっかり魔法の開発は進めている。
ずっと研究しているテーマがあるんだ。
ここのはぐれ魔法使いたちの協力を得られれば、完成にグッと近づけると思うんだが……
流石に、色々とゆるゆる過ぎるこの都市の連中でも、倫理的に嫌がるかもしれない。
逆に食い気味で、やってみようぜ! って言われる気もするけど。
どっちだろうな?
今日はやたらと馬鹿でかい猪が狩れたので、都市のみんなで鍋パーティーだ。
魔法使いなのにめっちゃ筋肉ムキムキで、魔法攻撃するよりパンチした方が威力が出る、みんなの兄貴分が仕留めてくれた。
もちろん物理攻撃で。
魔法使いとは……?
ちなみに、都市国家の名前を決めてくれたのもこの兄貴だ。
俺も含めてスタンダードという概念に反逆したような奴らが多いよな、この都市。
そして魔法都市国家ゼーレとは、思ったよりも見事なセンスに驚きだよ。
みんなと些細な日常を話題にバカ騒ぎ。
宴の席ではいつもの光景だ。
特に変わった事は無い。
リーダーが音頭を取って、みんなが好き勝手に騒ぎ出す。
そして大体、俺が後始末をする羽目になる。
なんて事は無いのだが、何故かそうしなければならない気がして、『絵を描く魔法』を発動する。
「うん? どうしたんだ? フェイスレス」
「ああ、リーダー。……いや、お前らのアホ面が最高に笑えるんでな。絵にしておいて、後で弄ってやろうと思ってな」
みんなの野次が聞こえてくる。
『ひでぇ!』 『人の心が無い!』 『流石は魔族!』
酔っ払い多数で、そんな感じ。
この都市国家の大恩人にして、最高の実力を持つ大魔法使い様に言いたい放題だな、おい。
馬鹿どもを煽りながら、イメージを作る。
俺は多分、もう全魔族の中でも指折りの実力者のはずだ。
あくまで情報収集している範囲の話なので、実はもっと強い地獄の帝王とか居るかもしれんけど。
そんな俺の使う魔法なのだから、そんじょそこらの民間魔法とは訳が違うはず。
実際、同じ魔法でも使い手によって、効力にえぐいほどの差が出るからだ。
「世界を紙に写し取るくらい、訳ないはずだろ! やって見せろよ、フェイスレス!」
俺は魔法を使う時はいつも真剣だ。
どんなにバカみたいな魔法でも、自分自身の極限を発揮する。
それが、俺が大好きな魔法への敬意。
一瞬を永劫に切り取るくらいの心持ちで、俺はイメージの中の筆を振るった。
◆
勇者ヒンメルの死より数年前。
大陸魔法協会の支部を有する魔法都市オイサーストにて。
3年に一度の一級魔法使い試験。その一次試験を突破し、己が凡百の魔法使いではないことを証明した者たちが集められていた。
彼らの実力は既に証明されたも同然。
だが、一級魔法使いには人間の魔法使いとしての最高峰の実力が求められるのだ。
まだ、彼らはその称号を授かってはいない。
全てはこの日に行われる二次試験の結果次第であった。
「この大聖堂に集められたって事は……嫌な予感がする……」
試験を受けている新進気鋭の二級魔法使いゼンゼは、自分の脳裏によぎる嫌な予想が外れてくれる事を祈っていた。
集められた大聖堂はとても荘厳な建物で、高い天井を持つ。
美しいステンドグラスに囲まれた広間の奥には巨大な絵画が飾られているのだが、ある事情でその絵画はベールに覆われていた。
ゼンゼの他の受験者たちも同じ予感を感じているのか、まんじりともせずにその絵画の方を見つめていたのだが……
しばらくして、第二次試験の試験官がやって来る。
そして、当然の様に嫌な予感は当たってしまう。
「一次試験を突破した優秀なる魔法使い諸君。改めて名乗ろう。私が二次試験の試験官を務める、一級魔法使いレルネンだ。……もう、分かっているとは思うが……二次試験の会場は、ここだ」
初老の一級魔法使いが手を掲げると、大聖堂の絵画を秘していたベールが取り払われる。
現れたのは、険しい山と谷に囲まれた美しい都市の絵。
受験者の誰かが、思わずと言った様子で、その名を呟く。
「フェイスレス絵画世界……」
ここに集められた魔法使いで知らぬ者などいない程に有名な絵。
その偉容を前に、誰もが息をのんでいた。
一級魔法使いレルネンは、そんな受験者たちの前で無慈悲に言い放つ。
「二次試験の内容を伝えよう。……このフェイスレス絵画世界に侵入し、一級魔法使いに相応しい成果を持ち帰ることだ。試験にはこの私も同行する」
(ああ、やっぱり……)
受験者の二級魔法使いゼンゼは、内心でため息を吐く。
古代の魔法都市に挑まなければならないのが決定してしまったからだ。
『フェイスレス絵画世界』
それは大賢者フェイスレスが魔法によって描いたという、巨大な絵画。
彼が人の域を超えた魔法使いであったことの証明の一つ。
創設時の魔法都市国家ゼーレを描いたこの作品は、その絵の中に入ることができるのだ。
絵の中には当時の魔法都市国家ゼーレとその周辺がそのまま再現されている。
都市周辺には現代では絶滅してしまった動植物や魔物が生息し、それを外に持ち出すこともできてしまう。
その上に、一定周期で絵の中はリセットされるのだ。
危険な上に効率は悪いが、貴重な資源を無限に得られるとんでもない魔道具だと言えるだろう。
(できれば都市周辺で採集でもして提出して済ませたいけど……それではダメなんでしょうね)
ゼンゼは片手で長い髪ごと頭を抱える様な姿勢で悩む。
1500年以上前の秘境を探索するだけでも、一次試験がかすむ危険度に違いない。
だが、それではおそらく試験には落ちる。
一級魔法使いとして相応しい成果を持ち帰れということは、つまり、都市内部から魔導書や魔道具を持ち帰れということだろう。
だが、それは都市周辺の探索とは比較にならない危険度だ。
魔法都市国家ゼーレの、創設メンバーの『影』がうようよしているのだから。
絵画の中の人間の形をとった影は、極めて精巧にその戦力を再現していると伝えられている。
(真正面から行けば、文字通り『国』を相手に戦うことになる。論外。……でも、忍び込んだとしても、著名な魔法使いが大勢いる都市国家。もし、相性の悪い魔法使いに遭遇したら……)
古代の魔法使いだからといって、現代の魔法使いより劣っているとは限らないのが、魔法の世界。
ゼンゼは相性さえ悪くなければ大魔法使いの影でも勝てる自信があったが、そもそも敵地なのでまともに相手をしていたら囲まれる。
見つかってしまった場合は、相手を瞬殺するか、何とか逃げ出して仕切り直すしかない。
(要注意なのは……『華炎のエステル』に、『冥氷のイリス』に……多すぎて考えても仕方ないか)
大人しくガン逃げするのが最も賢いだろう。
だが、中には絶対に逃げられないと言われる相手も居る。
(大賢者フェイスレスの影とだけは、絶対に遭遇してはいけない……)
他の影と違って、フェイスレスの影は侵入者を殺すことは決してしない。
侵入者の内部での記憶を消して、絵の外へ放り出すだけだ。
しかし、彼の影に勝てたのは大陸魔法協会の創設者だけ。
その創設者が、フェイスレスの影を倒せた者にはもう一つの特権と、フランメを超えた者の称号を与えると言っているにもかかわらずだ。
(殺されなくても、あの魔法を食らったら……女としても、魔法使いとしても、死……)
多くの受験者たちの視線が絵画に釘付けになる中、ゼンゼの視線は別の所に釘付けだった。
その視線の先には、魔法の照明の光を受けて輝く、一級魔法使いレルネンの頭部があった。