吾輩は魔族である。名は放漫のトラオムと言う。
現在、長期滞在中である魔法都市国家ゼーレでは、大賢者フェイスレスの名前の方で親しまれている。
ああ、普通に魔族だとは知られてる。
ちょっと今は、無駄にめっちゃでかく作った都市の中央に立つ城が半壊したので、修理中だ。
この都市のランドマークにするために、天守閣とかも立派にしたのに、アホどもの実験失敗で見事に吹っ飛んだ。
何をしていたのかと言うと、ゴーレム開発らしい。
俺が作ったミクさんたちに思いっきり影響を受けたみたいだ。
でも、研究にも段階ってものがあるだろう?
基礎研究してないのに、いきなり理想の作品を生み出そうとするなよ。
しかも、その上になんで戦闘能力までモリモリにしようとしたんです?
というか、何だこのトンチキな事しか書かれてない計画書。
暴走するオチが計画段階から約束されてたじゃん。
えーと、『護国決戦用魔導ゴーレム兵器マリオンちゃん計画』だっけ?
誰がこの計画立てたんですか?
誰がこれチェックしたんですか?
誰がこれオーケー出したんですか?
オラッ、責任者出てこい! 今日という今日は、もう許さねぇからなぁ?
その後、主犯だった国王デーリッチを高い棒に括り付けて晒す。
普通に死人が出てもおかしくない事故だったからね?
ちゃんと反省しようか。
それと、これからみんなでお前を囲んで寿司パーティーするから。
お前の分? もちろん無いよ。そこで乾いて行ってね。
最近、魔法都市国家ゼーレの光景がどんどん混沌化している気がする。
みんなの魔法使いとしての実力が伸びてるせいもある。
家のゴーレムたちが歌って踊っているせいでもある。
でも多分、一番の原因は、俺が作った『接ぎ木の魔法』の産物が大流行してるせいだな。
色んな魔物のパーツにこの魔法をかけて、身体に付けるとあら不思議。
自分の身体の一部の様に扱えるようになります。
取り外しも簡単で、後遺症や拒否反応が出る事もありません。
まあ、流行るよね。
人気のパーツは何と言っても鳥系かな。
人間は空飛ぶ魔法使えないからね。でも、事前にパラシュート魔法を用意してなければ、潰れたトマトが量産される所だったぜ。
アホばかりなので俺のフォロー力が増してる気がする。
植物系のツタとかも人気。遠くの物を掴むとかに使えるし、意外とパワー出るんだよな。
その他にも色々と作ったが、そのせいで異形塗れだよ。
まあ、そのうちにみんな飽きて利便性が高い物ばかり残って行くだろう。
お尻からタヌキの尻尾を生やしてる小春六花ちゃんを見かけた。
……俺のゴーレムたちもかよ。
ああ、そういえば、最近少し変わったことがあった。
別で活動させてるキア……普通の吟遊詩人に扮した分身が、珍しい捨て子を拾ったんだよね。
ただの捨て子じゃなくて、エルフですよ、エルフ。
せっかくだから、別の分身をやってゼーレに連れて来させた。
よーし、よし。今日からお前は家の子だ。
大きくなったら、お父さんを金髪のバトルジャンキー疑惑持ちの同族から庇ってくれ。
無償の愛なんて幻だからね。でも、不自由はさせないから俺で我慢してくれ。
お前の名前は、優しくて包容力のある子になることを願って────
◆
勇者ヒンメルの死より28年後。
中央諸国リーゲル峡谷、城塞都市ヴァールにて。
フリーレン一行は、かつての仲間である戦士アイゼンの弟子、戦士シュタルクを仲間に加え、抜群のバランスを持つパーティになっていた。
まだまだ旅の行く先は遠いが、これまでの旅路も人間の視点ではなかなかのものである。
ただ、今の所は過剰戦力でどうとでもなっている。
例えば、幻影を見せる魔物アインザームは、僧侶ハイターの女神の魔法の前にあっさり幻影を破られて処理された。
アイゼンは若返ったハイターを見て、完全に硬直するほど驚いていた。
まあ、当然の話である。
なお、『マジカルエステの魔法』を感覚を頼りに再現するのは、フリーレンの実力をもってしても至難を極めるようだった。
フリーレンがそうという事は、普通は『フェイスレスの紙切れ』の当たり魔法は完全に再現不可能なんだろうなとハイターとアイゼンは思ったが、これは間違っていない。
今まで再現に成功したのは、特殊な異能や事情を持つ魔法使いだけなのだ。
ちなみに、戦士アイゼンは旅には同行せず、フリーレンとハイターに旅の土産話を期待すると言って見送った。
その弟子シュタルクは、臆病な所も含めて良い戦士だった。
フェルンは最初は失望していたが、フリーレンとハイターは流石はアイゼンが太鼓判を押した戦士だと評価していた。
シュタルクはその期待に押し潰されそうになっていたが。
彼の一族の伝承者は自身の死期を悟るか、技の冴えの限界を感じると、北部高原のルドン地方に赴き、死ぬまで戦って次代へ継承する伝統がある。
持ち前の自信の無さで真剣にその未来を恐れていたようだったが、師匠とその仲間たちからしたら無用な心配で、実際にその通りだった。
そもそも彼の視点では次代が全滅している認識なので、本当に無駄な心配である。
その後、彼は既に一流の戦士である事を示し、一行へと加わったのだった。
名を残す戦士に成れるか、それと子孫を残せるかは、これから決まって行くのだ。
そして現在。宿にて、フリーレンが一つの予定を付け加える。
「次の街に私の古い知り合いがいるみたいだから、ちょっと寄って行こうと思う」
「ああ、私もその噂は聞きました。私にも縁がある方ですし、フェルンにも是非とも縁を繋いでいただきたいものです」
即座に了承するハイターに、自身も噂を聞いていたフェルンは確認の為に問う。
「それは、南部の守護者と言われている魔法戦士にして僧侶の、天翼の慈母コッコロ様のことですか?」
「間違っていませんよ、フェルン。彼女は南部では知らぬ者が居ない英雄です」
肯定するハイターに、話を聞いていたシュタルクも記憶から知識を引っ張り出して話に加わる。
「あー、確か、勇者ヒンメルの一行と共に腐敗の賢老クヴァールを討ち取った人だっけ? すげー多芸なんだよな」
「そうだよ。でも、彼女だけじゃなくて、彼女の率いる南部の戦士たちも活躍してくれたんだ。あれは、誰かが一人でも欠けてたら負けていた戦いだったんだよ」
「そうですね。10年魔王軍と戦いましたが、あれほどの激戦は数えるほどでした」
しみじみと元勇者一行の二人は当時を振り返ってそう言った。
彼女と戦士たちは頼りになる戦力だった。
ただ、祝勝会で酒場に入ると、屈強な戦士たちが酔っ払うなり一斉に赤子に返るのはトラウマ物だったが。
だが、フリーレンにとっては当時に共闘しただけの間柄では無い。もっと古くから世話になった相手だ。
何しろ……
「知ってるかもしれないけど、彼女は私と同じエルフだよ。と言うか、魔王を倒すまでは私よりもずっと有名なエルフだったからね。……彼女は南の勇者の唯一の仲間だったから」
◇
「お久しぶりでございますね、フリーレンさん。ハイター様。おっと、お連れの方がいらっしゃるのですね。私はエルフの魔法使いと戦士と僧侶をやっている、コッコロと申します。以後、お見知りおきを」
丁寧にお辞儀しての挨拶に、フェルンとシュタルクは戸惑い気味に挨拶を返す。
事前に人となりは聞いていたが、あまりに大人びた雰囲気に戸惑わずにはいられなかったのだ。
フェルンとシュタルクの知っているエルフと言えばフリーレンである。
フリーレンに対して、コッコロは見た目こそ同じ様に幼く見えるのだが……何と言うか、圧倒的な母性を感じられるのだ。
そんな二人の戸惑いを見抜いたフリーレンが、呆れ気味に声をかける。
「やっぱり、人間はコッコロにそういう感覚を覚えるものなんだね。昔を思い出したよ」
「フリーレンさん。そういう貴方はもう少ししっかりされた方がよろしいですよ」
「相変わらずお節介だね。やたらと多芸にやってるのも変わらないし。でも、翼はもう付けて無いんだ?」
「飛行魔法が普及しましたからね。それに、アレは場所を取るので案外不便なんですよ」
1000年以上の付き合いがある二人は気安いものである。
フリーレンからしたら、コッコロは昔から几帳面で口うるさいお母さんみたいな相手だし。
コッコロからしたら、フリーレンは精神の幼い世話の焼きがいがある同族のままだ。
「積もる話もあります。私がお世話になっております、お屋敷に参りましょう」
「相変わらず、人間と付き合うのが上手いね……」
一行はコッコロが滞在している街の有力者の屋敷にしばらく滞在することになった。
大陸の南部を中心に、熱心に人助けの旅をしているコッコロの信用は厚いのだ。
勇者一行のネームバリューであっさりと屋敷の主人に歓迎された一行は、歓待を受けつつコッコロや屋敷の主人に旅の話をすることに。
巡業団の影響で物語や英雄好きの人間は多く、著名人は旅がしやすくなっている。
実際に参戦した者たちが語る、大魔族クヴァール討伐戦の話は臨場感に溢れており、フェルンとシュタルクも大いに楽しみ聞き入った。
何日か友好を深めつつ、その中で多芸なコッコロからフェルンとシュタルクは指導も受ける。
魔法使いとしても、戦士としても、僧侶としても、コッコロは勇者一行の誰にも及ばない。
だが、その全てで一歩及ばない程度の万能の英傑であり、1000年以上の経験を持つ戦上手だ。
だからこそ、人類最強の南の勇者について行けたのかもしれない。
そんな相手に才能はあれど年若い少年少女が敵うはずもなかったが、この経験は彼らの大きな糧となった。
ある日の夜。
読み物をしていたフリーレンは、屋敷の庭で椅子に腰掛けて星を眺めているコッコロに気付き、声をかけるために近寄る。
星明かりに照らされる庭園には、コッコロが机に置いたのであろう音楽の箱から流れる曲が満ちていた。
「『川の流れのように』だね。……コッコロって好みがおばあちゃんみたいだよね」
「長命なエルフですからね。フリーレンさんはこの曲はお嫌いですか?」
「……嫌いじゃないよ」
年寄り呼ばわりされても全く堪えないコッコロに肩透かしを食らいつつも、フリーレンはコッコロの向かいの席に座る。
「そういえば、南の勇者に曲を送ったんだっけ? フェルンが音楽の箱を持ってたよ」
フリーレンの言葉に、コッコロは少し恥ずかしそうに頬を染めつつも答える。
「フリーレンさんに知られているとは意外でした。でも、あれもいい曲でしょう?」
「そうだね。……ところで、旅の目的の話はしたと思うけど、コッコロも一緒に来る?」
フリーレンの誘いに、コッコロは一瞬とても驚いていたが、すぐに花が咲くように笑顔になる。
「……フリーレンさんからそんな風に気を遣ってもらえる日が来るとは。……ヒンメル様には感謝してもし足りませんね。ですが、私は遠慮させていただきます」
「どうして? 彼もきっと天国に居ると思うよ?」
「彼は、自分自身の役割を全うして女神様の元へ旅立たれました。だから、私も自分の役割を果たしきるまでは、再会するのは止めておこうと思うのです」
「コッコロの役割って?」
「少しでも長く人々を手助けして、楽しく旅する事ですよ」
「……それじゃあ、死ぬまで会えないじゃない」
呆れるフリーレンだが、コッコロは笑顔のままだ。そもそも彼女は笑顔を絶やさない事で有名なのだが。
「別れは悲しいものです。でも、私は後悔はしていません。思い出を積み上げて行くことは、例え別れの悲しみを増すことだと知っていても、楽しく喜ばしいことですから」
コッコロの言葉に嘘は無い。彼女は本当にそう信じていた。
南の勇者と別れ、そして彼が死んだと聞いた時は、確かに悲しくて泣いた。
だが、一緒に泣いてくれる人も、怒ってくれる人もいた。
だから、彼女は別れを乗り越えられたのだと思う。
彼女はあの時の事をよく覚えている。忘れるはずも無い。
家族とも言うべき人達は、みんなコッコロのことを心配して駆けつけてくれたのだ。
歌姫たちは我が事の様に悲しんでくれた。司書たちは我が事の様に怒ってくれた。
特に記憶に残っているのは、いつもクールな図書館長の烈火の如き怒りだ。
『一人でくたばったですって!? あの甲斐性なし!! この子の気持ちも知っていたでしょうに!』
『やめなよ、アンジェラ。コッコロが困ってるよ』
『ミク! 貴方は悔しくないの!? しっかり者のこの子が私たちを頼って曲を贈るまでしたのに! それなのにこの有様よ! 結局、アイツは未来が見えていても、隣の仲間の顔すら見て無かったんだわ!』
『言い過ぎだよ! いい加減にしなさい! この子たちの覚悟に失礼でしょう!』
あれで、改めて自分が恵まれて居ることを知った。
だが、コッコロは本当に後悔はしていないのだ。確かに、彼と自分の道はほんの少しの間、重なっていただけに過ぎない。
だが、それで充分に楽しかった。
ならば、その出会いと時間は、自分にとっても、彼にとっても、決して間違いでは無かったのだ。
思い出から帰って来たコッコロは、曲が終わっていることを知った。
静寂の中、フリーレンに問いかける。
「フリーレンさん。貴方には思い出の曲はありますか?」
「昔、ヒンメルが好きだった曲の音楽の箱を持っているよ」
フリーレンはそう言うと、机の上に自分の音楽の箱を置いた。
曲が流れ出す。かつて世界を救った勇者の、思い出の曲が。
「ああ……これは、『たしかなこと』ですね。…………素敵ですね、とても」
それきり、二人の間に会話は無く。ただ、星明かりと音楽の立ち込める夜の庭にて、彼女たちは勇者の魂に思いをはせた。