吾輩は魔人である。名は放漫のトラオムと言う。
実は、随分と長い間、温めていた計画を実行に移した。
それは、この放漫のトラオムの真なる同族の創造である。
え? 魔族……? なにそれ……?
いや、もう無理です。マジで。魔族を仲間とは見れないです。終了、閉廷!
魔族から人間性を持った存在が生まれることは無い。
1000年以上生きてきた俺の結論である。
ついでに言えば、どんなに情操教育しても魔族に人間らしい心は宿らない。
ずいぶんと時間を無駄にさせられたぜ。
だから、俺は発想を変えた。
無い故に芽吹かないのなら、別から種を持ってきて植え付ければ良いじゃない。
よって、この倫理的にかなり終わってる新生命創造の魔法を作ったのだ。
新しく生まれる種族の名を魔人と名付けた。
女神様が彼らを祝福してくれるかは分からない。
だが、それでも構わない。
少なくとも、この魔法都市国家ゼーレの俺の友達たちは祝福してくれるのだから。
俺だってもちろん彼らを祝福する。
さあ、彼らの創造について簡単に説明しよう。
材料は、まず封印しておいた魔族を色々改造して記憶も完全消去しておいた物。
そして、みんなにちょっとずつ分けてもらった魂に宿る、『人間性』になります。
『接ぎ木の魔法』の応用で、これを混ぜ混ぜします。以上。
凄い! 完全にヤバイ実験だコレ! 分かってたけど、こいつはひでぇや!
でも、やる。
もう悩む段階は過ぎたのだ。
大丈夫大丈夫いけるいける俺はやれるやってやるぜ!
材料投入! 合成開始! なんとかなれ──!!!
多分、何とかなりました。
やったぜ。やはり俺は天才なのかもしれんな。
でも、経過を見ないと本当に成功したかは分からない。
ひょっとしたら、唐突に魔族覚醒して人を襲うかもしれないからな。
もちろん、精神状態も含めて厳重にチェックは続けているが、今の所は良好そのものだ。
今は、ゴーレムと都市のはぐれ魔法使いが幼い魔人に構い倒している。
……コッコロも魔人の子供たちをあやす方に回ってるな。
ちょっと前まで、自分が可愛がられる身だったのに、子供の成長って早いなあ。
いや、俺が付けた名前が彼女の母性を覚醒させたのかもしれん。
この計画が上手く行くのなら、俺が魔族社会で色々と精神を擦り減らしながら情報収集する必要も大きく減る。
そして、連中が束になっても簡単に潰せないくらいの魔人集団を作れたら勝ちである。
積極的に殲滅まではしないが、もうあの角虫どものご機嫌伺いしなくて良いと思うと、涙が出ますよ。
さて、起きてくれるなよ。イレギュラー。
そんな風に祈りながら魔人の子供たちを眺めていると、その内の一人がトコトコと駆け寄ってくる。
可愛いなあ。子供なんてやかましくて厄介な存在だと内心では思っていたが、この子たちは男も女も可愛いくて仕方ない。
やはり、このゼーレの仲間たちとの子供のようなものだからだろうか?
「お父さん!」
寄ってきた勢いのまま、魔人の子供は俺に抱き着いて来た。
子供とはいえ、俺が調整しただけあってハイスペックなので凄い勢いだった。
親の威厳にかけて優しく受け止めるが、角付きだから真面目に危険。
後で全員に躾けないと。
明るい紫の髪の頭を撫でてやると、半泣き顔で見上げてくる。
「お父さん! わ、私が一番お姉さんなのに! どうして私がリーダーになれないの!?」
「うーん、誰しも適性ってものがあってなあ」
この子は確かに最初に生まれた魔人だが、後から天才的な奴が生まれちゃったからなあ。
魔人は俺の改造によってそこらの魔族よりスペックは高いのだが、ゴーレムと違って個性や個体差はランダムで差が大きい。
だからこそ、成長の余地が大きく、育成も楽しいのだが。
ああ、リーダー云々は、ゼーレのみんなで決めたこの子たちの育成方針に関係することだ。
強くなってもらうのは殺伐とした世界で生き抜いてもらうために必須だが、それだけでは悲しい。
クソ魔族との差別化を図るためにも、何か文化的な仕事をしてもらいたいと考えた。もちろん魔法で。
幸い、家のゴーレムたちは芸事の師匠となれる。
彼女たちに教えてもらいながら、愛される存在を目指して欲しい。
ついでに魔法使いのイメージ向上もしてくれると嬉しいな。
このゼーレという避難所でしか生きられないみんなの、切なる願いだ。
「お前は交渉とか、計算とか、苦手だろう?」
「うう、そうだけどぉ」
「お父さんも一緒だから気にするな。それに体を動かすのは一番得意だろう? きっとお前が一番強くなれる」
「本当? お父さんみたいになれる?」
「ああ、ちゃんと鍛えれば間違いなくそうなる。みんなのお姉ちゃんとして、みんなを守ってやってくれ」
「分かったわ! 私がお姉さんだもの! でも、みんなだけじゃなくて、お父さんも守ってあげられるくらい強くなるからね!」
おいおい、あまり親を泣かせるようなことを言うものじゃないぞ。
表情を隠すために抱きしめると、頭をグリグリさせて甘えてくる。
撫でてやりながら、未来を思う。
いつかきっと、この子のために一番良い装備をこしらえてやろう。
世界に流した急造品ではない。
俺の技術の全てを込めた、最高傑作を。
◆
勇者ヒンメルの死より28年後。
北側諸国グラナト伯爵領にて。
領都を訪れたフリーレン一行は、速攻で正体を見破られ、衛兵たちによって頼み込まれる形で城へと招待されていた。
珍しいことでは無い。
挿絵の付いた勇者ヒンメル一行の冒険譚は、78年ほど昔から現在に至るまで、巡業団のベストセラーだからだ。
他でもない勇者ヒンメルが熱心に売り込み、巡業団が全力で応えたために必然的にそうなった。
フェルンとシュタルクも慣れてきた対応。
しかし、今回はいつもよりも熱烈な対応だった。
理由はすぐに、城の応接室にてグラナト伯爵より告げられることになる。
「七崩賢、断頭台のアウラ、か。また、このグラナト領に攻めてきてたんだね。懲りない奴だ」
「フリーレン。しかしアウラは極めて危険な相手ですよ。前回、退けることができたのも、ヒンメルが奇襲に成功したからです。二度は同じ手は通じないでしょう」
「そうだね。流石に今回は分が悪いか」
かつて実際にアウラを退けた英雄二人の苦り切った顔に、フェルンとシュタルクも驚きを隠せない。
「本当にハイター様とフリーレン様でも、勝てないのでしょうか?」
「正直に言うけど、俺に師匠と勇者の役をやれと言うのは無理だからな!?」
二人の疑問にフリーレンは淡々と答える。
「アウラの魔法、『
この場の人間に説明しながらも、フリーレンは内心で冷静に計算していた。
フリーレンとアウラの魔力量は、約80年前の時点でほぼ互角だっただろう。
アウラは名を上げ始めた時期から考えるに、魔力量を増やす方面の才能に極めて優れている。
既に追い抜かれていると考えておくべきだ。
そうなると、どうしても逃げる余地を与えずに追い詰めるというのは厳しい。
二人の悲観的な言葉に動揺を隠せないのはフェルンとシュタルクだけではない。
グラナト伯爵は落胆の声を漏らす。
「そうか……かつてアウラを退けた勇者の仲間たちの力を借りられれば、あるいはと思ったが……」
伯爵にとってはアウラは先々代からの仇敵であり、子息や多くの配下たちの命を奪い、今なお辱め続けている相手。
藁にもすがる思いでフリーレンたちの実績に頼ったが、それでもアウラを討つのは難しいとなれば、打つ手を思いつかない。
「せめて、奴の配下である首狩り役人だけでも討ち取って、一時のしのぎとするべきだろうか……」
諦めかける伯爵に、フリーレンは待ったをかける。
「いや、諦める必要は無いよ。あくまで、現在の戦力では討伐は難しいと言うだけだ。奴をこれ以上野放しにしておけば、本当に手が付けられなくなる。断頭台のアウラは、ここで仕留めるよ」
「しかしフリーレン。アウラを討てるような戦力は中々ありませんよ。どうしようと言うのです?」
「……実はね、ハイター。コッコロと別れる時に、秘密の餞別を貰ったんだ。いざという時の切り札にしようと思っていたけれど、まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったよ」
「それは?」
ハイター達がフリーレンが取り出した一枚の長方形の紙切れを見る。
それはどう見ても何の変哲もない紙切れだったが、この場の全員が驚愕に目を剥く代物だった。
「これは古代の魔道具でね。文字を書くと対になっている紙に文字が浮かぶんだ。……対になっている紙を持っているのは、救世の聖女だよ。これは一度だけ巡業団を呼び寄せられる権利書でもあるんだ」
むふーっと自慢げに言うフリーレンだったが、言われた方はたまったものでは無い。
その価値が分かるハイターとグラナト伯爵は、顎が外れんばかりに大口を開けてしまった。
それに対してフェルンとシュタルクは無邪気な反応を見せる。
「本当ですか、フリーレン様!? こ、これであの、巡業団を呼ぶことができるのですか! ああ、夢じゃないですよね?」
「マジで! こんな紙切れで巡業団呼べんの!? 嘘でしょ、すげー楽しみなんだけど!」
若者たちはミーハーな有様できゃいきゃいはしゃいでいるが、より世間と歴史について詳しい大人たちはそんな場合ではない。
ハイターは頭が痛そうに押さえながらフリーレンに注意し、グラナト伯爵は信じ難い現実に声が震えている。
「……フリーレン。それが本当なら、とんでもないことですよ。……救世の聖女は、巡業団の興行に干渉されることだけは絶対に受け入れないことで有名です。過去、どれだけの権力者たちが袖にされてきたと思ってるんですか」
「こ、これが公になれば世界的な大事件になるぞ……? いや、それが本当ならだが……」
周囲の反応に、フリーレンは思い出したように付け加える。
「ああ、コッコロに言われたんだけど、この魔道具の存在は絶対に広めちゃいけないって。そうしたら最悪、巡業団が敵に回るらしいから」
フリーレンの無責任な物言いに場の全員が「当たり前だ!」と絶叫した。
◇
旅路の途中にあった巡業団が、団長の一声によって停止する。
そして、本当に滅多に無い事に、行き先の変更が告げられた。
その理由とともにその事実は団員たちに驚きと興奮を以て広がっていく。
「そういうわけだから、巡業先の安全を確保するための先行隊として、私と姉さんで出るわ。アウラを逃がす訳には行かないからね」
救世の聖女の宣言に、歌姫たちがワイワイ話しだす。
「マジか。団長と角折りの二枚看板で出撃とか。ウチ、もう断頭台の討滅を確信したんやけど」
「ダメだよ、お姉ちゃん! 相手は大戦を生き残った大魔族なんだよ! そんなに簡単に行くわけないじゃない!」
赤と青の双子ゴーレムのやり取りに、紫と金の二人組が口を挟む。
「いや、団長たちにアンブッシュされたら誰も助かりませんよ。真正面からならみんな逃げると思いますけど」
「あはははは! ゆかりんもやっぱりそう思う? ところで、今回の出撃用応援歌は何にしようか?」
「うーん、それじゃあ、マキさん。アレ、行きましょう。『愛をとりもどせ!!』、で」
「オッケー、ゆかりん! それじゃあ、みんな集まれー!」
ギターがかき鳴らされると、イントロが終わるなり大熱唱が始まる。
歌姫の名に偽りなく、合唱で叫ぶように各々が歌っているのに歌声は見事に調和し、圧倒的な熱量が籠ったハーモニーとなっている。
歌に込められた思いは誤りなく対象へと届く。
悪を討てという願い。正義の完全勝利への祈り。無慈悲なる断罪への期待。
それらを受け取った二人は、月と太陽のように微笑んで覚悟を決める。
「それじゃあ、行きましょうか。ナルメア姉さん」
「ええ、団長ちゃん! 悪い魔族はみんなお姉さんがやっつけてあげるんだから!」
背はほとんど育たなかった紫の髪の魔人の少女は、決意を込めて腰に差す愛刀の柄を握る。
その鞘に描かれた、紫の蝶の模様と「純愛」の文字が妖しく輝きつつ、その時を待っていた。