古魔族、放漫のトラオムの羽ばたき   作:リッチ

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暗黒物質を操る魔法

 

 

 

 吾輩は魔族である。実はサーカス団のオーナーをすることになりそうな今日この頃だ。

 

 放漫のトラオムの名を知る魔族は順調に減って行っている。

 

 と言うか、俺が減らしている。記憶を消すか、物理的に消すかだ。

 

 もはや同族では無いからね。決別の時、来たれり。

 

 でも、偽りでも仲を深めた相手はちょっと戸惑う。

 

 今後は魔族社会……社会と呼ぶにもおこがましい有様だが……の情報収集は、完全に無関係な魔族を装った分身で最低限だけ行う。

 

 放漫のトラオムの名が忘れ去られるのは少しだけ悲しいが、もはや魔族の間で有名人でも意味無いどころか害悪だからな。

 

 ちょっとした若さゆえの過ちと共に消え去ってくれ。

 

 

 解放感ヤバいわ~。

 

 会話中に人間のモツを「食うかい?」されることもグッと減るだろう。

 

「お腹いっぱいなんです(白目)」と、吐き気を抑えながら返答しなくちゃいけないのマジきつかった。

 

 

 ああ、減らした魔族だが、一部を除いて順調に転生()してもらってる。

 

 やってることが完全にショッカーなんよ。

 

 でもこれは善行だから。

 

 害獣が減って、可愛いヒーローとヒロインが生まれるんだから、きっと女神様も大目に見てくれるはず。

 

 まあ、今更止まることはできないが。

 

 

 ……俺の友達たちにはもう時間が少ない。

 

 さっさと巡業団を形にしなくちゃならんのだ。

 

 初公演をゼーレでやって、みんなで揃って世界へ送り出す。それが約束。

 

 約束は守られなければならない。

 

 それは当然のこと。何よりも優先されるべきこと。

 

 言葉を使えるだけの害獣になど同情してられん。

 

 

 俺ならちょっとズルして寿命を延ばせることくらい、みんな分かってるはずなのに、誰も尋ねてすら来やがらねえ。

 

 こっちから切り出すような無粋な真似ができるかよ。

 

 人間として生き抜く覚悟を決めたんなら、もう何も言わない。

 

 俺の方が1000以上も年下のダチ公たちよりビビってるとか、そんなわけ無いからな。

 

 

 

 

 

 ゼーレにある自宅の研究室に戻ると、一番出来の良い娘が勝手に入り込んでいた。

 

 ……俺の研究室、仲間たちでもそうそう入り込めないセキュリティのはずなんだが、この子には難しくなかったか。

 

 魔人の娘は俺のお気に入りの安楽椅子で足組みして、偉そうに座っていた。

 

 お気に入りの歌を口ずさみながら、俺を待っていたらしい。『もう少しだけ』か、良い趣味だ。

 

 

「あら、トラオムお父様。お帰りなさい」

 

「アム、ここに入っちゃダメだと言っているだろう? と言うか、今はお勉強の時間じゃなかったか?」

 

「文字も計算も歴史も魔法も、もう全部覚えちゃったわ。ねえ、トラオムお父様の魔法を教えてくださいな」

 

「……俺がお前くらいの頃は、全部大苦戦してたんだがなあ。本当に俺の娘か?」

 

「あら、酷いわ。間違いなく貴方の娘よ。みんなに言いつけてやろうかしら?」

 

 

 大人ぶって悪役みたいな不敵な笑みで親を脅す娘。

 

 ちょっと色んな意味で心配だが、この子に俺たちの夢を託すことになる。

 

 能力面では全く心配していない。俺を含む大人たちよりずっと世渡り上手そうだし、兄弟たちの信望も集めてる。

 

 何より、天才的な魔法使いだ。

 

 人間どころか魔族でも、物にもよるが俺の魔法はそうそう使えるものじゃない。

 

 分身鍛錬などのインチキが無かったら、あっという間に追い抜かれるかもしれんな。

 

 センスでは間違いなく俺より上だし。

 

 ねだられて一度見せただけのメドローアも習得したし。

 

 ちょっと中二病気味なのが玉に瑕だが、魔人たちは俺の前世文化にどっぷりなので仕方あるまい。

 

 魔法がある世界なら大半は痛くは無いんだよ。

 

 この子はネーミングセンスとかちょっと怪しいけど。

 

 兄弟やゴーレムたちに支えさせれば、巡業団が簡単に空中分解することは無いだろう。

 

 

 ちょっと気になって、話題を変えるためにも尋ねる。

 

 

「そういえば、またトラオムと呼んでいるな。それは魔族の名だ。フェイスレスと呼べ。大賢者フェイスレスだぞ」

 

「今は他に誰も居ないんだからいいじゃない。────あら? どちら様かしら?」

 

 

 

 おっと、─────『暗黒物質を操る魔法』、発動。

 

 

 

 

 瞬間、空間から染み出た漆黒の流体が部屋に溢れかえる。

 

 真の意味での暗黒物質では無い。

 

 だが、極めて危険な魔法の物質だ。

 

 これはあらゆる物質や魔力を侵食して増殖する。それも凄まじいスピードで。

 

 当然、俺の意のままに動くのだが、その速度は音を遥かに上回る。

 

 防御手段としては、『闇の衣』として周囲にオーラの様に纏うことで、物理と魔法の両方への極めて強力な守りとなる。

 

 それにこの状態だと、呪いなどの状態異常はまず通らない。

 

 攻撃手段としては、圧倒的な質量と魔法障壁さえ喰らう性質で、受け止めたらほとんど終わりだ。

 

 物理的な防壁も一瞬で飲み込んで更なる質量に変えるし、精密な動作で相手を拘束して魔力を奪うなり、磨り潰して糧にするなり自由自在。

 

 それと、魔力探知で暗黒物質の動きは察知できない。魔力を喰らってるからね。

 

 当然、『闇の衣』に身を包めば相手はこちらが別の魔法を発動しても分からない訳だ。

 

 また、暗黒物質が近くにあるだけで他者は魔力操作が難しくなるばかりか、じわじわと魔力を奪われるので、魔法使いはジリ貧になる。

 

 

 そんな攻防に優れた自信作が、今しがた俺が入って来た部屋の入口へと殺到する。

 

 振り返らずに『視界を広げる魔法』で結果を確認するが、直ぐに分かった。

 

 入口から金の輝きがほとばしり、暗黒物質は凄まじい勢いで押しのけられた。

 

 

 ……『百式観音の魔法』のアレンジだな。

 

 完全でないと言うか、飾りの観音部分をオミットしたやつだ。

 

 手の輪郭も適当だ。まあ、そっちの方が効率的だよね。魔法としての完成度はロマン以外はオリジナルより上だな。

 

 

 まあ、目的は最低限は達せられた。

 

 攻撃と同時に、大事な娘は暗黒物質で優しく包んで遥か彼方に逃がした。

 

 俺は振り返って、扉の前に立ちオリジナル笑顔を浮かべる古い知り合いと向き合う。

 

 そうして、初めて言葉を交わす。

 

 

 

「ノックをするべきだったかな?」

 

「いいさ。俺と貴様の仲だ」

 

 

 

 ああ……そういえば、魔族の知り合いが居なくなっても、放漫のトラオムの名は残るな。

 

 俺は彼女の熱視線を見返しながら、そんなことを考えていた。

 

 こうして、俺たちは三度目の邂逅を迎えた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「久しぶりねえ、フリーレン。そっちの僧侶も……何か若くない?」

 

「気のせいだよ。そうだよね、ハイター」

 

「ええ、そうですね。そちらは変わりないようですね、アウラ。相変わらず、禍々しい魔法です」

 

 

 良く晴れた月夜。

 

 星と月だけが観客の戦いが、静かに始まろうとしていた。

 

 七崩賢、断頭台のアウラと相対するのは、かつて世界を救った勇者のパーティの二人。

 

 エルフの魔法使い、フリーレン。

 

 人間の僧侶、ハイター。

 

 彼らはたった二人で、アウラとその軍勢の前に立ち塞がっていた。

 

 

 嘲るようにアウラが言う。

 

 

「随分と寂しいパーティになったわね。まあ、仕方ないか。ヒンメルはもういないもの」

 

「……そうでもないよ。お前の部下たち程度なら、敵じゃないみたいだしね」

 

「ええ。勇者というのは、いつの時代にも必ず現れるものなのですよ、アウラ」

 

 

 この場の面々は、魔力探知でフェルンとシュタルクが勝利したことを知っていた。

 

 結界内部に誘い込まれた魔族。首狩り役人のリュグナーとドラートは既に討たれている。

 

 二人の言葉を強がりと取ったアウラは、鼻を鳴らして嘲りを強める。

 

 

「フン。今ここに居ない相手なんてどうでもいいわ。あなた達だけで私の軍勢に勝てる訳ないじゃない。それに、フリーレン。随分と小賢しいことを続けているようだけど、お前の真の魔力でも私には及ばない。違う?」

 

「そうだね。多くの魔族を見て来たけど、お前はその中でも特に強大な魔力を持っている。その悪趣味な魔法と組み合わされば、敵なんてほとんどいないんだろうね。……でも、戦いってのはやってみないと結果は分からないものだよ」

 

 

 巡業団のせいで、フリーレンの戦法は年を経るごとに通じ難くなっている。

 

 だが、それだけが彼女の全てという訳では無い。代わりに練磨してきた魔族殺しの術もある。

 

 アウラにとっては気に入らない返答に、語気を強める。

 

 

「じゃあ、やってみましょうか。直ぐに結果が出るわよ。念の為に貴方は軍勢で魔力を削ってからにしてあげるけど、そっちの僧侶は違うでしょう?」

 

「おや、私をご所望ですか。光栄ですが、私の身は女神様に捧げたものです。貴方に奪えますかね?」

 

「戯言を。私の魔法の前には女神の加護なんて通用しないわ」

 

 

 アウラはそう言って、服従の天秤を掲げる。

 

 彼女にとっての唯一。魔族の誇りとも言える魔法を使うために。

 

 

 魔力を隠そうなんて、魔法使いの風上にも置けない奴とその仲間など、自分の敵ではない。

 

 そんな確信と共に、『服従の魔法(アゼリューゼ)』が────放たれなかった。

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 何が起こったのか分からない。

 

 目の前でハイターは「どうしました?」と朗らかに尋ねて来る。

 

 フリーレンは哀れなモノを見る様に、冷たい視線で射貫いてくる。

 

 

 そして、そこに居なかったはずの第三者の声が聞こえた。

 

 

「魔法が使えないのが、そんなに不思議かしら?」

 

 

 背後からの声に、アウラは思わず硬直する。

 

 魔力探知に反応は全く無かった。そもそも自分に従う軍勢が居るはずなのだ。

 

 警戒は密にさせていたから、かつての様に奇襲を許すはずが無い。

 

 だが、現実はどうだ? 

 

 

 フリーレンが何かを確かめる様に呟くのが聞こえる。

 

 

「……やっぱり、魔法が使えない。本当に魔法使いにとってはどうしようもないよね、ソレ」

 

 

 フリーレンはアウラ越しに、その人物に声を掛ける。

 

 アウラの後ろに現れた種は簡単だ。完全な魔力隠蔽をしながら、ヒンメルの3倍はあるスピードで走ってきただけである。

 

 声を掛けられた魔人は、愛刀を構えながら返した。

 

 

「私の自慢の愛刀だもの。伊達に魔族殺しの『角折り』なんて二つ名の元になってないわよ?」

 

 

 構えられた刀身はこの世に唯一と言われる物質で出来ていた。

 

 

 それは、精錬された封魔鉱製の魔法武器。

 

 

 古代の技術の結晶。現代の技術では加工不可能な封魔鉱を、更に強靭に鍛え上げた代物。

 

 それは使い手の魔法に一切の影響を与えず、周囲に反魔法フィールドを展開する。

 

 反魔法フィールドは不可視であり、使い手が思い通りの形状にする事が可能。

 

 もちろん抜群の切れ味を誇り、あらゆる魔法の守りを無効とする。

 

 その性質から、魔族が勇者の剣と並んで忌み嫌ってきた。

 

 そして数多の魔族を葬り、使い手と家族を守り続けている、まごうこと無き伝説の武器である。

 

 

 

 現状がとっくに詰んでいることを理解したくないアウラに、更なる追い打ちがかかる。

 

 戦場に漆黒の流体が一瞬にして満ち、瞬きする間にアウラの軍勢の全てを拘束したのだ。

 

『暗黒物質を操る魔法』で広範囲の敵を一気に無力化したのは、巡業団の団長。

 

『救世の聖女』アム。

 

 空から『闇の衣』を纏い。魔力隠蔽したまま姉の隣に降り立つ。

 

 

「これで悪足掻きもできないわね……さて、残す言葉はあるかしら? 断頭台のアウラ」

 

 

 ゾッとするような冷たい声に、アウラは思わず叫んだ。

 

 

「この……卑怯者どもが! 魔力を隠すだなんて。魔法使いとして恥ずかしくないの!?」

 

 

 アウラの魔族の価値観に沿った叫びに、魔人の長はせせら笑う。

 

 

「何を言っているの。戦いとは騙し合いでしょ? 魔力と魔法と戦術によって相手を騙し、スマートに勝利を手にする。それが誉れある魔法使いの戦い方じゃない」

 

 

 アウラとフリーレンがその言葉に顔を歪める。

 

 アウラは理解できなかったから。

 

 逆に、フリーレンはよく理解できるからだ。

 

 だが、かつて大魔法使いフランメが卑怯者のやり方と卑下した戦術を、魔人たちが理想の魔法使いの戦術だとしているのは、皮肉にしか感じない。

 

 この、おそらくは古代ゼーレの魔法使いを祖とする戦術思想こそが、魔人たちの最も厄介な所だとフリーレンは考えている。

 

 

 そして見た目こそ似ているが、魔族に同族意識など欠片も持っていない二人に容赦は無い。

 

 

「貴方の軍勢には私たちのファンもたくさんいるみたいね。……他の魔族の情報を引き抜く必要もあるけど、彼らの英雄譚もしっかりと語り継がないといけないわ。姉さん、打ち合わせ通りに生け捕りでお願い」

 

「ええ、分かってるわ。……でも、四肢はいらないわよね?」

 

「ええ、必要無いわ」

 

 

 そして、無慈悲に刃は振るわれる。

 

 

「まっ、待ちなさ──」

 

「待たないわ」

 

 

 月下に断罪の斬光が閃く。

 

 あまりにも速すぎるその斬撃は、アウラには認識できなかった。

 

 こうして、グラナト領を襲った魔族の脅威は取り払われたのである。

 

 

 

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