吾輩は魔族である。名前は放漫のトラオム。
魔族が愛を見たのが幻想なのか。
心の渇きが幻想を生むのか。
戦いの果てに理想を見るのが幻想に過ぎないことは、
魔法使いの誰もが知っている。
だが、あの瞳の光が、唇の震えが幻だとしたら。
そんなはずはない。
ならば、この世の全ては幻想に過ぎぬ。
では、目の前にいるのは誰だ。
……ゼーリエちゃんですね(白目)
敬愛するゼーリエちゃんには名乗った事は無いのだが、当然の様に知られている。
嬉しいなあ。これはもう両想いと言っても良いのではないだろうか?
俺の事を想ってくれるなら、できればそっとしておいて欲しいです……
だが、そんな俺の気持ちをよそに、目の前のゼーリエちゃんは悟空さのようにワクワクしている。
そんなに戦いが好きか。
もうやめましょうよ! 命がもったいない!
「ついに……見つけたぞ、放漫のトラオム。……それも素晴らしい魔法だな。まるで魔力探知が効かん。解析も不能とは、厄介この上ない」
そんなライバルを見つけたパルデアのチャンピオンみたいな目で見ないでもええやん……
「待ちわびたぞ、この時を。最近の魔族どもはどうにも狩りがいがなくてな。隠居でもしようかと思っていた所だ。……あの時に逃がした、お前さえいなければな」
そうか! 君は頭が悪くて他にとりえがないから、闘うことでしか自尊心を満たすことができないんだね。かわいそ……
……なんてことは言えない。
確実に俺が八つ裂きにされちゃうからね。
しかしこれは、クソ魔族どもが不甲斐なさ過ぎてゼーリエちゃんの欲求を満たせなかったから起きた悲劇なのではなかろうか?
チクショウ! 魔族め、絶対に許せねぇ!
……さて、真面目にどうするかな。
正直に言うと、絶対に戦いたくない。
勝てる勝てないの話じゃないんだ。ここはゼーレの中央部近くにある俺の研究室だぞ。
こんな所で俺とゼーリエちゃんが、『燃えつきろ!! 熱戦・烈戦・超激戦』、してみろ。
俺が積み上げてきたものが大量に消し飛ぶわ。
昔はただひたすらに死にたくなかっただけだが、今は死ねない理由がアホほどあるし。
子供の頃に好きだった児童書の妖霊みたいな追い詰められ方してんな、俺。
逃げることが長生きの秘訣なのに、大切な物のせいで逃げられない。
戦っても、勝利条件の達成は絶望的だ。
どうすりゃいい、バーティミアス?
……答えは決まってるか。俺のプライドなど便所紙以下だ。
俺はしめやかにその場に跪き、流れるような美しい動作で頭を地面に擦り付け、土下座を決めた。
ゆ、許された……?
その瞬間のゼーリエちゃんの表情の変化は凄かった。
吊り上がった口角が逆になり、エルフ耳がしおしおと垂れ、迸っていた莫大な魔力の奔流は一気に萎んだ。
すてきだった。
実の所の話をしよう。
俺は普段からゼーレのはぐれ魔法使いたちに、マジで可愛いヤバイエルフに命を狙われていると語っていたのだ。
すると仲間たちが総出でゼーリエちゃんを見つけ出し、入れ代わり立ち代わりに拝み倒して、俺の生存権を勝ち取ってくれたらしい。
今回、ゼーリエちゃんはあわよくば戦えないかと挑発してきただけで、だからこそ俺が降伏したことで露骨にガッカリしたようだ。
おまえら……! そういうのやめろや……!
泣くぞ? すぐ泣くぞ? 絶対泣くぞ? ほら泣くぞ?
返せないタイミングで恩の押し売りするのはルールで禁止だろうが!
その後、定期的な魔法での手合わせや一部の魔道具の貸与など、割と不平等な条約を押し付けられたが、普通にゼーリエちゃんは許してくれた。
友好を深めるために、まず俺は自慢の魔法の中でも特に有用性の高い、『豊穣の魔法』を披露したが、変態呼ばわりされた。
なぜ? 俺がサクナヒメくらい苦労しながら、大地と植物に理解と愛を深めて実現した魔法だぞ?
塩の大地でも耕作地に早変わりなのに……
アッハイ、そうです。大陸南部にある何か動いてる樹海は俺のせいです。
あっ、ちょっとやめて。やっぱ殺しとくかみたいな目で見ないで。
ほら、これが樹海で取れたグルメ界めいた果物ですよ!
◆
グラナト伯爵領に巡業団が訪れる。
断頭台のアウラの討伐と共にその情報は瞬く間に広まった。
町の人々は老いも若きも喜びに包まれ、収穫祭でも滅多に無い熱気に包まれている。
情報を記憶から抜かれたアウラの身柄はグラナト伯爵に引き渡され、巡業団が去った後に公開処刑が決まった。
アウラの持っていた月光の大剣もグラナト伯爵に譲渡されるはずだったが、曰く付きの魔剣であるため、巡業団に寄付されることになる。
月光の大剣はその性能と美しさから、歴史上でも最も激しく奪い合われた魔法武器の一つだからだ。
アウラが持っていたことも更なる付加価値となる。
グラナト伯爵領にあっても更なる魔族や災いを呼ぶ可能性が高いので、フリーレン一行も認めた上で巡業団に渡されたのだ。
巡業団の興行の開始は明日。
今日はフリーレン一行とグラナト伯爵に向けた特別な祝勝会として、普段は不特定多数に芸を見せる巡業団が彼らの為だけにリクエストを受けていた。
フェルンは両親との思い出の歌である、『どんなときでも、ひとりじゃない』を歌姫たちに総出で歌ってもらい、サイン付きの音楽の箱をもらったりして大いに楽しんでいる。
シュタルクは巡業団でも指折りの戦士たちに指導してもらったり、魔人たちがやっている世界各地のグルメの屋台で熱烈な接待を受けている。
ハイターは団長を始めとする巡業団の僧侶たちと何やら話し込んでいるようだった。
フリーレンは食べ歩きをしていて、今は赤髪の魔人のやっていたモージョー・ガレットの屋台で、ヘラで食べることに苦戦しながらも舌鼓を打っていた。
そこへ、ハイターとの話を終えたらしい団長、救世の聖女アムがやってくる。
「楽しんでくれてるかしら、フリーレン? それはゼーレの郷土料理なのよ。美味しいでしょ」
「うん、美味しいよ」
「そう、それは良かったわ」
フリーレンは皿を空にすると、聖女に相応しい慈愛に満ちた表情で見つめてくるアムを見返し尋ねる。
「ねえ、アム。貴方は女神様を信じているの?」
そのフリーレンの問いに、ちょっと驚きながらもアムは答える。
「ええ。もちろんよ。私がどうして救世の聖女だなんて呼ばれているのか、知っているでしょ? どうしてそんなことを聞くのかしら?」
実際、救世の聖女にそんなことを聞く者は絶えて久しい。
確かに、大昔に巡業団が活動を開始したころには、風当たりは強かった。
時代が移り変わる時に活動を始めてしまったこともあり、今の様にどこでも歓迎されるなど有り得なかった。
当時はまだ無名だったし、『女神の魔法』がもたらされておらず、アムも当然ながら使うことができなかったからだ。
しかし、『女神の魔法』がもたらされてからは風向きが少し変わった。
最初こそ魔法使いたちは迫害されたが、魔法そのものへの理解できない物という認識が少しずつ変わっていったからだ。
そして何より、魔人たちからアムを筆頭に『女神の魔法』を使う素質を開花させる者が現れた。
その中でもアムは飛び抜けた素質を持ち、それをフルに活用して人間社会に巡業団を認めさせて行ったのだ。
「長生きしているからだけど、現在知られている『女神の魔法』の半分は私が発見した物よ」
「それは知っているよ。師匠も褒めていたしね」
「あら、大魔法使いフランメね。彼女には大きな恩があるわ。魔法使いの地位向上は、彼女の登場無くしては有り得なかったもの」
アムの言葉は本心からの物だ。フリーレンにもそれは分かった。
……ただ、心とは複雑な物だ。言葉にしてない本心もあるように思えてならなかった。
しかし、その辺りの違和感はフリーレンには上手く言語化できなかったので、別の事を聞く。
「アムは今でこそ僧侶として有名だけど、元は生粋の魔法使いだよね。それが、敬虔な信者だというのが変だと思ってね。ほら、魔法使いは自分の力にこそ重きを置くものでしょ」
「ええ。確かにそうね。私の芯は魔法使いよ。実際に巡業中には『女神の魔法』と私の魔法を混ぜて使ってるわ」
アムは例をあげて語る。
民衆の傷と病を癒し、大地に豊穣を与える救世の聖女だが、『豊穣の魔法』は『女神の魔法』ではない。
他にも、傷付いた人々の精神を癒しているのは魔法使いの沈静化の魔法と、彼女自身の話術によるものだ。
しかし、それらは大した問題ではないとアムは語る。
「大事なのは、人々に僅かでも救いがもたらされることよ。人生はいつかは終わるもので、ひょっとしたら、苦しい時間の方が長いのかもしれない。でも、その中にとびきり楽しい時間があれば、人は生きていけるものだし、次へと繋いで行けるものだと信じているの」
「……それが巡業団をやっている理由なの?」
フリーレンの問いに、アムは少し懐かしそうに遠くを見ながら言う。
「そうね。元は願いを託されたからだったけど、今は間違いなく、これが世界の為になると信じて、私たちの意志で興行をしているわ」
聖女の名に相応しい、眩しいまでの笑顔をもう一度見せると、アムはフリーレンに優しく言う。
「何かを受け継ぎ、それを意思と共に繋いで行くって、とても大切なことだと思うの。フリーレン。あなたが大魔法使いフランメや勇者ヒンメルから受け継いだものが、誰かに受け継がれ、続いて行くことを願っているわ」
◇
「流石に魔族に全てを奪われたというだけあって、やっぱり隔意は深いわね。……でも、もう結構絆されてくれたみたいだし、彼女は大丈夫でしょう。勇者ヒンメルは本当に偉大な人間だったわ」
フリーレンと別れた救世の聖女アムは、一人で佇みながら、夜闇と同化していた。
巡業団にとっての危険を排除するのが彼女の仕事の一つ。
とはいえ、乱暴な手段は好まない。話術を以って説得すれば、ほとんどの相手とは分かり合える。
魔族は除く。
「それでも1000年掛かるとはね。やっぱりエルフは頑固だわ」
基本的にアムは嘘はつかない。
フリーレンに語ったことは全て本心だ。真摯な思いこそが何より人の心に染み渡るものだからだ。
ただ、多くの人と同じで、彼女にとってそれが全てでは無いだけで。
「大丈夫よ、フリーレン。私たちは人間と敵対したりはしないわ。兄弟やゴーレムたちはそんなことは望まないだろうし、誰も幸せにならないもの」
誰よりも優れ、早熟だった魔人であるアムには、兄弟たちにはまだ無い種類の感情があった。
とはいえ、可愛らしいものだと自分では思っているのだが。
「私も女神様は本当に信仰しているわ。誰よりも優れた魔法使いですもの」
親だって女神様の信者なのだから、彼女が女神を敬愛するのも当然。
「でも、もし女神様が一番じゃなくなれば、分からないかもしれないわね?」
そんなことは無いだろうと思っている。それに家族を危険に晒すようなことはできない。
もしもの話であって、真剣には何も考えていない。
だから、彼女の個人的な目的は別の事。
巡業団の障害のついでに、その障害も把握した上で除いておきたいのだ。
「ゴーレムたちは、幸せならそれでOKでしょう。……アンジェラはちょっと怪しいけど。姉さんや妹たちは無邪気なものだわ。幼くて本当に愛おしい。……だから、やっぱり邪魔なのはあの金髪エルフね」
巡業団の誰にも秘密であること。
それは、アムはもう子供では無いということだった。