吾輩は魔族である。名を放漫のトラオムと言う。
とは言え、この名前はいよいよ身内かゼーリエちゃんしか呼んでくれなくなったのだが。
巡業団の結成は間に合いそうだ。
ホッとしたよ。掛け値なしに。
子供たちもアムを筆頭に俺の焦燥感を感じ取ってくれたのか、勉強にも熱が入っている。
コッコロとアムは指導する側としてだが。
お前ら本当に子供か?
反抗期とか来るのかなあ。実は今から心の中のライナーが銃を咥える準備してるよ。
いや、二人とも「大きくなったらお父さんのお嫁さんになる」と言ってくれるくらいには良い子なんだが。
子供相手とはいえ俺は約束を大事にしてるので、のらりくらりと躱している。
でも、コッコロからは社交辞令の気配を感じる。
お前、本当に子供か?(疑惑)
何故かアムは『録音の魔法』で俺の言質を取ろうとしてくる。
お前、本当に子供か!?(恐怖)
まあ、いいや。順調なんだから。
目下の不安は芸の腕では無く、危険な世界で魔人たちが生き残れるかどうかだ。
俺はゼーレ近郊に作った訓練場である人工ダンジョンの入り口を見つめる。
ももんじゃっぽいのに魔人の子供が蹴り出されてきたところだった。
あー、毒吹きアゲハにでもやられたかな?
このダンジョンは微小なゴーレムの集合体でできており、敵も壁も床も全てゴーレムだ。
自動で罠や敵や微妙なお宝を生成し、娯楽と訓練を兼ねた施設となっている。
お宝もゴーレムだから、持ち出そうとすると塵になるので毎回アイテム無し素潜りだな。
魔人たちには素の能力を高めて欲しいので、このダンジョンへは武具の持ち込みも認めません。
安全性には自信があるよ。中では簡単に死ねると思うなよ。
俺はトラオムです。俺は偶然、この平和的な発明をしました。『月光蝶の魔法』は無関係。
なお、ダンジョンコアが動かせるので、一つゼーリエちゃんに持っていかれてしまった。
彼女には暇潰しにしかならんと思うがな。
最下層どころか深層の自信作ゴーレムも瞬殺だったし。魔人たちはまだ誰も倒せてないんだけどな、マジンガ様。
あそこの中層まではクリアできる人員がもっと欲しいなあ。
旅立つ巡業団のメンバーだけでなく、俺の所に残ってくれる魔人も欲しいし。
追加人員のスカウト。行ってきますか。分身が。
即戦力が欲しいので、これまでとはちょっと違う魔人を作ってみよう。
「なななな、なっ、なんですって──────!!!??? この魔法薬を飲めば、魔力が倍になるって言うの!?」
「ああ、お一人様一回限りですがね」
もうギリギリ大魔族と言っていいレベルの赤髪の女性に営業をかけてる。
何と言うか、最近の魔族たちは単に容姿が人間に近づいただけじゃなくて、美人が増えてる気がするな。
狡猾さも増してるし、人間にとっては割とシャレにならないかもしれない。
まあ、古株には彼女のような例外はいるみたいだが。
「フフン! この大魔族である私に話を持ってきたってことは、私の庇護下に入りたいってことね!」
「いえ、せっかくだけど遠慮します」
「何で!?」
おっと、反射的に断ってしまった。
今は魔力を制限しているから格下だと思われてるんだが、やっぱりコイツはかなりマシな部類だな。
まあ、所詮は魔族なんだが。
「ふん! あとで泣きついて来ても許さないんだからね! グビグビ(スヤァ」
「えぇ……」
ウッソだろお前。もっと色々とお前を騙すためのネタを準備してたのに……
なんでそれで今まで生き残って来られたんだ。
やっぱりゼーリエちゃんを撃退したという実績か?
それとも、その『必中の魔弾の魔法』が強力だからか?
もしくは、便利屋社長っぽい謎のカリスマか?
なんにせよ、儚そうな彼女を今日という日に保護()できて良かったよ。
放っておいたら、ゼーリエちゃんに消されたかもだし。
かつてお前は数少ない可能性だったしな。ちゃんと魔力は増強してやるよ。
俺はぐっすり眠る彼女をお米様抱っこすると、優しく言った。
「今までありがとう。そしてさようなら。……次に目覚めた時は――お前も家族だ(ベイカー家)」
◆
勇者ヒンメルの死より25年後。
魔法都市オイサーストにある魔法学校にて、学生二人が並んで歩いていた。
敷地内に居るので当然のことながら二人は魔法使いの卵である。
かつて魔法使いとは在野で独自に鍛錬と研究を重ねて成るものだったが、現代では体系だった教育を行える機関として魔法学校があるのだ。
もちろんそれによって、魔法使いの若年化と総数の増加が起こっている。
かつてに比べれば、実戦に弱い魔法使いが増えたと語る古い魔法使いも多いが、実際には偉大なる知の蓄積によって若い魔法使いたちは効率的に成長している。
それに、ここオイサーストの魔法使いは戦前生まれでなくても、実戦経験に乏しい訳では無い。
活発そうなボブヘアの少女の魔法使いが、速足で歩く幼馴染に文句を言う。
「ちょっとラヴィーネ! 気分悪いのは分かるけど、早く行き過ぎだって!」
仕立ての良い上級の魔装服を着たロングヘアのもう一人の少女は、乱暴な口調で答える。
「さっさと行かねえとまた入り口が混むだろうが。ただでさえ、今日はバカみたいな理由で全校集会があって遅れてるんだぞ、カンネ」
二人は才能あふれる魔法学校に通う魔法使いで、よく喧嘩しているように見えるが、実際には固い絆で結ばれた親友だ。
いつものように、今日も魔法の鍛錬のために訓練場へ向かう所である。
「まあ、ホントに最悪な理由だったよね。外法に手を出したとはいえ、全校集会で吊し上げるほどじゃないと思うんだけど」
「アイツは学校辞めるだろうな。まともな神経してたら、この都市にも居られないだろうぜ。……ってそんなことはどうでも良いんだよ。今のペースで攻略してたら、私たちは在学中に中層すら抜けられねぇぞ」
二人が話しながら急ぎ足で向かっているのは、オイサースト固有の特別な訓練場。
大陸魔法協会が発足した時に、その創設者が設置した実戦経験を積むための迷宮。
その名を『大賢者の試練場』。
類似の迷宮は魔法都市国家ゼーレにしか無い特別な迷宮だ。
魔物を模したゴーレムと比較的安全に極めて実戦に近い経験を積むことができ、オイサーストの魔法使いたちの質を向上させるのに一役買っている。
特殊な呪いの類すら再現できる古代の魔道具による物らしく、古代ゼーレの魔法使いたちの技術が結集されていると言われている。
現代の魔法使いの格は、大陸魔法協会の認定する級によって決まるが、各地のローカルな格付けはあるものだ。
ここ、魔法都市オイサーストにおいては、大賢者の試練場をどこまで攻略できたかというのが一つの指標となるため、若い二人も躍起になって攻略に励んでいるのだ。
ちなみに、六人パーティで上層を抜けられるなら5級。中層を抜けられるなら3級相当の実力があるとされる。
「回数を重ねるごとに、初めて挑んだ時が幸運だったと分かるよね……」
「あの時、危険な花びらと出くわさなきゃなあ。初学年での最高記録を更新できてただろうに……」
二人は優秀だが、それでも年若い魔法使いが簡単に攻略できる程度なら、指標になど使われない。
それと、危険な花びらの洗礼で眠らされて放り出されるのは学生あるあるだ。
カンネとラヴィーネはちょっとした行き詰まりを感じていた。
「やっぱり、二人だけでの攻略は無理があるって。学生で無くてもみんな六人パーティなんだよ」
「何言ってんだ。少人数での攻略が不可能な訳じゃない。事実、もう少しで上層は突破できそうだろ?」
ラヴィーネの言う事は確かだ。と言うか、まともな人数で挑んでいたら、二人はもう中層の後半を攻略していてもおかしくない能力がある魔法使いだ。
カンネは水。ラヴィーネは氷を操る魔法使いで、相性もバッチリである。
「そうだけどぉ。水路フロアを引き当てて運で何とか進むみたいなのは嫌だよ」
「私だって嫌だよ。でも、苦戦している甲斐あって火力不足も改善しているぜ? 私たちはちゃんと成長できてる」
「でも、ゾンビアタックは実戦での感覚を誤らせるから推奨されてないじゃない」
「それ言ってる一級魔法使いレルネンは、最下層行きで片道分の物資しか持たない事で有名じゃねーか。説得力が無いぜ」
ラヴィーネの言う事は事実である。
同僚からも呆れられ、大魔法使いからも諫められているのは有名な話だ。
下層は一級と二級の魔法使い六人パーティで適正。最下層は万全の準備を整えた一級魔法使い十人が適正とされる。
しかし、レルネンは六人以内での攻略で貰える栄誉と権利を欲するがために、無謀な挑戦を続けているのだ。
年若い魔法使いたちにはその熱意にあてられる者も居る。
この二人もそういう所があった。
リスクが少ないのに挑むことを戸惑うようでは大した偉業は成せないという彼の言い分には、カンネとラヴィーネも同意するところだ。
見えてきた入り口がある建物を前に、二人は気を引き締める。
「私たちならやれるさ。昔に『氷華』から直接聞いたんだ。ゼーレじゃ、杖も武器も魔装服も無しに一人で放り込まれて、中層までは突破させられたってな」
「それ、古代の話だし! しかも、魔人の話じゃん! 現代の人間が真似したら死んじゃうよ!」
「うるせー。『氷華』は『霹靂』と二人で最下層まで攻略したんだ。その彼が、私ならいつか単独でも下層までなら行けるって言ったんだぜ? カンネも一緒なら間違いないさ」
「単独で下層攻略できてるのって、人間だと大魔法使いフランメだけだよ!」
カンネの絶叫にラヴィーネはついに手が出る。
本で読んで知ったコブラツイストをかけながら、相棒の弱気を諫める。
「だから私たちでその後に続こうって言ってんだよ! 二人なんだから難易度下がるだろ!」
「いででででで!! 分かった! 分かったから、ギブ! ギブ!」
ラヴィーネの胸には、かつて巡業団の『氷華』にもらった、氷で出来た蓮の花があった。
彼女の自信の元であり、実際に彼女の氷の魔法の発動を助けてくれる魔道具でもある。
いつか彼の様に、氷の花畑を見渡す限りに出せるくらいの魔法使いになるのがラヴィーネの目標の一つだ。
「卒業までに二人で中層は突破する! それで卒業したら一級魔法使い認定試験を受けるぞ! そっからが本番だ。こんな所でくじけてる暇は無いぞ!」
「ちくしょー! 分かったわよ! やってやるわよ! FOEがなんぼのもんよ!」
気炎を上げる若者二人。
彼女たちの前に待つのは、無数の罠と魔物ゴーレムによる初見殺したち。
大賢者の迷宮の受付は、微笑みを浮かべて迎えた。
しかし、その微笑みの裏には先人たちに共通した思いがある。
──できるだけ、苦戦してくれ。――私も、そうだったんだからさ。