吾輩は魔族である。名は放漫のトラオム。魔王軍とは一切無関係。
何で魔王なんて死亡フラグの塊みたいなのに成りたがる奴が居るのか、これが分からない。
よっぽどの理由があるんだろうけど、目的が何であれ、手足として使うのが魔族と言う時点で失敗が約束されてると確信してるよ。
多分、西洋ファンタジーよろしく、勇者と言う名のアサシンに首狩り戦術でやられるだろう。
この世界の勇者って、お小遣いみたいな支度金だけ渡されて旅立たされるのかな?
いや、流石にそんな非現実的なことは無いだろう。
あれはゲームだからだよ。
実際にやってたら、末期戦も良いとこだろ。
そんな連中にやられるとか、ちょっと魔王に同情しちゃうわ。
前回、少しでも魔王軍を邪魔するために、コモドドラゴンの様に聖獣を放った。
別に魔族が世界征服とか夢見てても良いよ?
俺はロマンは否定しないからね。
でも俺はお前らのこと嫌いだから、これからも嫌がらせするね。
ああ……明日の朝に起きたら、魔王軍が猿空間送りにされてねぇかな。
だが正直、早々に瓦解も有り得ると思っていた魔王軍は普通に続いているだけで驚きだ。
集団で何かを継続するということが魔族に可能だとは。
巡業団はそれなりに受け入れられてたのだが、魔族どもがハッスルしてるせいで、可愛い魔人たちが風評被害を食らってるんだよなあ。
メンタルヘルスも担当しているミクさんが嘆いていたよ。
魔物の仲間呼ばわりは堪えるよな。俺も経験があるから分かる。
ゼーレの外が厳しすぎて魔人たちは割といっぱいいっぱいらしい。
団長はバッサリと割り切れてるみたいだけど、それは逆に怖いわ。
魔族を派手に狩れば、人間相手の良いデモンストレーションになるとか言ってるらしいよ。
と言うか、実際にやってるらしい。
アンジェラかミクが俺との連絡手段を持っていることに勘づいているのか、それとなく俺にも見せたいと言って来たそうだ。
……せっかくだけど、遠慮します(ドン引き)
うん、しばらくみんなとは会わない方が良いな。
団長以外にも親離れさせるべきだし。そうでないと、この先生き残れない。
俺は優しいけど、世界は甘えは許してくれないよ。特に今の時代は。
……魔人のみんなの中での俺はどんな奴になってんだろう?
怖くて聞けないんだわ。
それはともかく、魔王軍の情報収集をしようと思う。
今更、魔族に混ざるとか考えるだけで吐き気と頭痛がするけど、必要になったからね。
……昔よりはマシだろ。魔王軍ができたから、横のつながりがスカスカということはあるまい。
いや、待てよ……?
何も俺が潜入して情報収集しなくてもいいんじゃないかな?
どうせ放漫のトラオムはもう無名の魔族だし、せっかくステルスしてるのに下手に知られてあいつらの仲間だと噂されたら馬鹿らしい。
魔族に裏切り者呼ばわりされても鼻で笑えるけど、家族に裏切り者呼ばわりされたらライナーしちゃうよ。
……決闘友達にもデッカイ釘を刺されたしな。
俺には手札があるのだ。
その内の一つについては触れたくも無いけど、新しく手に入れた奴は違う。
というわけで……
「おめえの出番だぞ。アルちゃん!!」
「(ティータイム中)ダニィ!?」
はい、そういう訳でアルちゃんを出撃させました。
すげえ渋られたけど、三日ほど掛けて説得しました。
イルルにしがみついて拒否犬されたけど、最終的に納得して頂けました。
当然だけど、色々と準備はしたし、バックアップ体制も万全ですよ。
俺がやりたくないことをやらせるんだから、その辺はちゃんとしないとだからね。
休暇では最上級の贅沢をさせてやるから頑張って欲しい。
なお、単独潜入は断固拒否されたので、魔族を模したゴーレムを三体付けた。
一体目。近接要員の零余子ちゃん。
オドオドした性格にしたけど、スペックは高いよ。
頑丈さと再生力は目を見張るものがある。そういう魔法だと言うように言い含めてるしね。
存在してはいけない生き物に辞表を叩きつけられるくらいを目指しました。
二体目。遠距離要員のレ級ちゃん。
快活に振る舞うが、その実は冷静。多分、このメンバーの制御役。でも火力は一番ある。
近接戦も充分行けるが、爆撃魔法をばら撒くタコ焼きゴーレムと、尻尾からの砲撃魔法で戦うよ。
根は優しいアルちゃんを引っ張ってあげてくれ。
三体目。オールマイティーなエリザベートこと、エリちゃん。
まあ、能天気で明るい子ですね。
音波魔法は索敵から広範囲攻撃まで応用可能。
剣で近接も行ける。ええ、ブレイブエリザですよ。
何て理想的なメンバーなんだ……どうした、アルちゃん。白目剥いてるけど。
この任務が終わっても、これからこのメンバーで色々とやってもらうと思う。
マジで便利屋として便利に大事に使い倒すからよろしく。
記念すべき初任務は潜入だから、連絡用の符丁でも決めとくか。シャドウハイチュウとかどう?
はい、潜入一日目にして、アルちゃんがギブアップしたいそうです。
早すぎんだろ。
メンバーの証言によると、魔族たちの前では大物感溢れる演技が出来てたそうですが、今は泡吹いてグロッキー状態です。
……ちょっと何があったのか聞いても良い?
まず、魔力量を俺が強化する前程度に見せていても、魔王軍の集団就職受付会場では上位だったらしく、VIP扱いだったとのこと。
三体のゴーレムたちも部下として普通に認められたそうな。
まあ、偽装は何重にもしてるから当然だな。俺の偽装魔法は天下一だよ。
問題は、集められた若い魔族たちへの説明会で起こったらしい。
魔力と恐怖でまとめ上げるのが魔族流とはいえ、多少は飴も与える。
まあ、そっちの方が効率的だからな。弱い魔族の逃げ足は早いし。
この説明会では、若い魔族に向けて特典が配られた。
配ったのは、少しケモ度の高い世紀末覇者っぽい魔族。400歳。
……配られたのは、瓶に入ったスライム。
ごめん、ちょっともうこの話、聞きたくなくなってきたんだけど……
あ、ダメ? うん、分かった。
みんな結構苦労したんだね。顔に書いてある。
そりゃ聞いてもらいたいよね。
分かったから、そんなに恨めしい顔しないで。
えー、情弱な若い魔族のために、世紀末覇者っぽいケモ魔族さんはね、『実演』して見せたんだって。
地獄かな?
いや、まだ地獄の一丁目だったらしい。
効果が実証されて、息を荒くしながらケモ世紀末覇者っぽいのが自慢げにすると、若い魔族たちは我先にと試し始めたらしい。
亜人っぽいのから人間っぽいの、老若男女問わずだよ。
地獄絵図とはこのことか……
当然の様にアルちゃんたちも勧められたそうだ。
どうにも、みんなでスライムを使うことで連帯感を持たせる狙いもあったらしいね。
いや、そんなんで絆を深めたくないわ。
アルちゃんは何とか大物ムーブを継続しつつ、魔力差ゴリ押しでその場を凌いだらしい。
それでその後、隠密の結界を張った所で虹色の乙女力をリバースして、白目剥いて泡吹いた状態で支えられて帰還した次第だそうだ。
……うん、よく頑張ったね。
今日はもう休め。泥の様に眠れ。
アルちゃんは何かして欲しいことある?
え? 手を握って添い寝して欲しいって?
うん、その程度で君の傷が癒えるのなら、いくらでもするよ。
……あの便器に吐き出されたタンカスどもがッ!!
よくもウチの可愛い便利屋たちにこんな仕打ちを!
魔族絶対許さねえ! 今に見てろよ……休んだアルちゃんたちが明日にはまた行くからな。
◆
勇者ヒンメルの死より100年ほど前。
大陸外のある孤島の古城に、訪問者があった。
訪問者は魔族。
名は『全知のシュラハト』。
魔王の腹心にして、未来視の力を持つ超越者。
魔族の中では顔が広く、その力を時には恐れられ、時には頼られてきた。
だが、彼が見た未来を語ることはほとんどないと言う。
この孤島を突き止めたのもシュラハトの未来視の力だが、流石の彼も苦労した。
それでも、魔王からの命令によって、彼はある意味では死地とも言えるこの場所へやって来ていた。
古城へ一歩踏み込むと同時に、彼が予め見ていたように声が掛かる。
「そこで止まレ。ネタバレ野郎一号がヨ」
「誰かと思ったら……まさか死にに来たんじゃ無いわよね」
「どうせ嫌われてるのは知ってんでしょ! 一体何の用なのよ!」
魔力の高まりと共に剣呑な声を掛けてきたのは、いずれも名の知れた大魔族だ。
過剰な火力の魔法に、蒼白い肌と異形の尾を持つのは、『爆災のレキュウ』。
小柄だが、巨竜を屠る力と指一本からでも瞬時に再生する魔法を持つ、『不倒のムカゴ』
音を操る魔法と凶悪な魔剣カシナートで隙の無い、『魔勇者エリザベート』
『ノイズ』のこともあって、シュラハト一人には手の余る魔族たちだが、目的の相手ではない。
シュラハトはエントランスホールから二階手すりの前に立つ、上位者を見つめる。
三名が不快そうに顔を歪める中、彼は用件を切り出した。
「アル。魔王様からの伝言を持ってきたぞ」
シュラハトの声を受けて、階上の存在は冷笑と共に言葉を返す。
「魔王、『様』、ねえ……茶番ね。知っているでしょ? 私たちに魔王様への忠誠心なんて無いって」
押しも押されぬ大魔族。『赤魔公アル』。
シュラハトからしても大先輩であり、魔王軍の古株でもあるが、彼女は温かみなど欠片も無い鋭く冷たい眼光で彼を見下ろしていた。
彼女の言葉に同調するように、三名の配下たちも騒ぎ出す。
「クソ真面目だよナー、お前。もっと楽に生きりゃあ良いのにヨ」
「貴方や魔王さんには同情しないでもないけどね……。でも、今更でしょ」
「ちょっと、アルちゃん! この辛気臭いの叩き出していい? 私早くおやつのプリン食べたいんだけど!」
アルは手を打ち鳴らして配下を黙らせると、少しばかり残念そうに話す。
「そこら辺にしときなさい。彼も中間管理職ってことよ。……魔族生の悲哀を感じるわね」
配下を諫めつつも、全く油断の無い視線を向けて来る赤魔公に、シュラハトは無表情で問う。
「お前たちも同じだと言いたいのか? 俺は二君に仕えた覚えは無いが」
──瞬間、シュラハトに三つの凶器が突き付けられる。
魔力を収束する異形の尾。一瞬にして異常に伸びた手刀。異形の刃カシナート。
強い殺意と共に寸止めされた攻撃。
これは『見えてなかった』。
シュラハトは内心で溜息を吐く。やはり、魔神の加護を持つ連中はノイズが酷い。
だからこそ、誰が魔神の眷属なのかは彼には明白なのだが。
幾分、声音が冷たくなった赤魔公が断言する。
「私たちだって二君に仕えた覚えは無いわよ。貴方が生まれるずっと前……最初からね」
「なるほど。そうだったか」
冷静に納得してみせるシュラハトの様子に三人は不満そうだ。
「クソ魔族どもに混じって千数百年。キツかったんだゾ」
「……早く、用件を済ませて帰ってくれません?」
「覗き野郎が澄ましてんじゃないわよ! あんたが嫌いなのは私たちだけじゃ無いんだからね!」
本当に疲れた風に言うレキュウに、怒りを静かに抑えながら言うムカゴ。そして、エリザベートは島中に響きそうな大声で怒鳴る。
流石にこれ以上に長居すると不味いのか、シュラハトは手紙を取り出す。
「それに書いてある。……お前宛では無いがな」
「……でしょうね」
放り投げられた手紙を赤魔公は指で掴み取る。
彼女が手紙を慎重に検めようとする中、シュラハトは身を翻す。
赤魔公は彼の背に、今生の別れとなる言葉を掛けた。
「……あまり未来ばかり見てると、小石にも躓くわよ。それと、もっと自分を大事にしなさいな」
「……留意しておこう」
昔から変わらない先達の最後の優しさにも振り返らず、少しだけ立ち止まって答えると、魔王の腹心は夜闇に消えた。