吾輩は魔族である。名は放漫のトラオム。
ゼーリエちゃんとの決闘の日々にも慣れてきた今日この頃。
と言うか、魔王軍が暴れまくってるんですが、それは本当にいいんですか、ゼーリエちゃん?
前回も聞いたけど、あまりに反応が悪いんでマジで心配になる。
いざという時は参戦するんだよね?
なんか俺とのバトルに全体重掛けてる気配を感じるんですが、割と人間大ピンチですよ?
ああ、暇つぶしには魔族狩りはしてるのね。
でも、もう昔ほどは情熱が持てなくなっちゃったと。
……これ、俺のせいか?
俺のせいで人類勢力の大戦力が隠居状態になっちゃってるのか?
ど、どうしよう。いや、人類ってそんな簡単に負けないよね!? そんなに貧弱じゃないよな!?
そうだよね、ゼーリエちゃん!
「……お前が私よりも人間の心配をするのか……まあ、そうだな。不安なら久しぶりに魔族狩りにでも行くか?」
良いすね。一緒にハンティング。ガチバトルよりはずっとマシ。
「お前がもう少し好戦的なら言う事は何も……いや、それならこうはなっていないか。それで狩る魔族なんだが、最近有名な『赤魔公』という奴はどうだ?」
……すいません。ちょっとそいつは嫌な予感がするんで、別の候補無い?
「………………そうか。では、代わりに快楽天の」
あー! 実は俺、最近すごい魔法作ったんですよ! 今思い出しました! いつもの決戦のバトルフィールドに行こう! そうしよう! 今すぐ!
「今日はいつにも増して様子がおかしいな? まあ、ヤル気になったのならさっさと行こうか」
ええ、そうしましょう。いやー、楽しみだなー! 今日の勝負は勝つぞー!
はい、お家に帰ってきました。
倒れ込むと便利屋たちが心配して駆け寄ってきてくれる。うん、ありがとう。ごめんね。みんなで楽しくバケツプリン作って食べてたのにね。
いつもより情熱的でしたよ……
今回は得意の『植物を操る魔法』のアレンジで頑張りました。
何か対策を立てようとする度に裏目に出てる気がする。
三日三晩も離してくれないんだもの。最後は疲れてぐったりしたゼーリエちゃんを送り届けることになった。
そんなガチで遊び疲れるまで戦いに情熱注げるとか羨ましいよ……
あと、背負うと分かるが、結構あるな。なぜ、俺は彼女にあんな印象を……?
それはさておき────
過去は……バラバラにしてやっても石の下から…………ミミズのようにはい出てくる……
消したつもりでも……「過去」というものは人間の真の平和をがんじがらめにする。
いい加減、俺の最大の過ちについても、見て見ぬふりできなくなってきた。
そろそろケジメを付けなければなるまい。
それがどれほどの苦しみを伴う事になろうとも。
意を決して、計画を立てる。
俺の偽装魔法は天下一。今の所はゼーリエちゃんでも完全には見破れない。
だが、魔法の世界に絶対は無い。いつかはイレギュラーに見破られるだろう。
よって、秘密を処分して闇に葬るのは決定。
どうするのかだが、せっかくだから巡業団の魔人たちの戦力テストに使う。
身内なら能力は把握しているので絶対に見破られないしな。
それに最近はあいつら、連戦連勝で魔族を侮ってやがる。
俺が恐ろしい魔族たちの話をたくさんしてやったっていうのに。
どんなに強力な魔法が使えようとも、決して安泰ではないのだ。
ここらで一度叩いて、その慢心を諫めてやろう……
ああ、アルちゃん。ちょっとやって欲しいことがあるんだ。これまでで一番、命懸けになるかもしれない。
ある大魔族を騙して巡業団にけしかけて欲しくてね。大丈夫、魔族のフリしてれば噛みつかれないよ。
もちろん準備は万全を期す。俺はちょっとアンジェラと打ち合わせする必要があるから出かけてくる。
零余子ちゃんとレ級とエリちゃんも、一番良い装備で集まるように。
ヨシ。じゃあ、せっかくだから盛大に行こうか。
「じゃあ、最初は強く当たって、後は流れで……」
「そういえば知っているのは私だけだったわね、マスター。……ええ、ミクにはアルが間諜だということだけ伝えているわ。準備は万端だから、派手にやりましょうか」
「ありがとう、アンジェラ。……ふふふ……ソワカソワカ(ヤケクソ)」
◆
勇者ヒンメルの死より28年後。
グラナト伯爵領の城下にて。フリーレン一行の戦士シュタルクは、百戦錬磨の魔人の戦士たちから指導を受けていた。
だが、彼らとて最初から達人だった訳ではない。
誰にだって未熟な時間はある。始めた時は誰だって初心者だ。魔人も例外ではないのだ。
特に初期組ではない若い魔人は兄弟の足を引っ張ってしまった経験がある。
「おらあっ!」
「ぬん!」
シュタルクの全霊の一撃、閃天撃が振り下ろされ、それを二刀流の男の魔人が剣を交差させて受け止める。
竜でさえもまともにくらえば助からない一撃。
だが、魔人は筋骨隆々の両腕を縄の様に引き絞り何とか受け止めてみせる。
流石に衝撃で大きく後ろに下がらされるが、その体勢は崩さない。
魔人は朗らかにシュタルクに話しかける。
「はははは! やるなあ。本当に人間かね? ちょっと腕がしびれてしまったぞ!」
「いや、そこはせめて倒れてくれよ! 渾身の一撃だぞ!」
「いやいや、これでも1000年以上の経験の差があるからな。魔人としては末っ子とはいえ、巡業団の防人としてそうそう遅れは取れんよ」
余裕そうに見せながらも、シュタルクの相手をする魔人は冷や汗が止まらなかった。
実は会話で時間を稼がなければもう一度受け止めるのは難しそうだったのだ。
彼は片目の眼帯を外して魔法を解禁することも一瞬考える。
だが、その必要は無くなった。
「そろそろ代わってくれませんか、ブラッドレイ。久しぶりに活きが良い子に出会えたのに、独占しちゃいけませんよ」
同じく巡業団の防人である小さな姉の一人がそう言ってきたからだ。
壮年の武人然とした見た目の魔人ブラッドレイは、ゆっくりと戦闘態勢を解きながら姉に言い返す。
「おや、姉君。向こうで料理の準備をしていたのではなかったのかな?」
「司書の方々が代わってくれましたよ」
言葉を交わす二人は、シュタルクから見れば不自然極まりない。
姉と呼ばれている方が圧倒的に年下に見えるからだ。
思わず尋ねてしまう。
「そっちの小っちゃい子が本当にお姉さんなの? いや、見た目の年齢通りじゃないのは知ってるけど、流石に戦い難いな」
「あら、侮ってもらっては困ります。──レムはこれでも結構強いんですよ」
「え……? 何そのデカいトゲ付き鉄球……え? それが得物なの? マジで?」
「はっはっは! 姉君を怒らせてしまったな! ご愁傷様だ。……おや? 長兄もいらっしゃったか」
青い髪の少女の予想外の武器に恐れおののくシュタルクに、すっかり観戦者に回っているブラッドレイ。
そこへ、魔人たちの長男であり、巡業団の誇る『霹靂』でもある男がやってきた。
彼はいつもの様に真っ白な最上級の魔装服を身に纏い、足音無く歩いてくる。
ちなみに巡業団の女性比率はかなりのものであり、長男の負担は半端ないモノがある。
末の弟に声を掛けられた『霹靂』は、いつものように冷静な表情と声色で話す。
「少し様子を見に来ただけだ。……随分と入れ込んでいる様だな」
「ええ、彼は凄い戦士なんですよ。もちろん、シファー兄様ほどではありませんが」
「いや、そりゃそうだろ。師匠ならともかく、俺が『霹靂』に敵う訳ないじゃん」
「おっと、弱気はいかんぞ、シュタルク君。それでは勝てるものも勝てん。まあ、確かに私に勝てないようでは長兄は厳しかろうが」
物静かな『霹靂』のシファーはあまり感情のこもらないような声で戒める。
「あまり持ち上げてくれるな。俺より強い者などいくらでも居る。かつてはこの巡業団も魔族との戦いで危うく壊滅しそうになったことがあった」
その言葉に嫌な思い出が蘇ったとばかりに顔を歪めるのはレムだけ。
当時を知らないシュタルクとブラッドレイは驚きを共にする。
「嘘でしょ! 巡業団が滅びそうになった話とか聞いたことないんだけど! 人間側で最高の戦力持ってる組織だろ!」
「……そんなことを経験した覚えはないな。ということは、巡業団の結成初期の話だな、長兄?」
弟の言葉に頷くシファー。レムが彼の代わりに当時を振り返りながら話し出す。
「そう言えば後期組にまとめて話したことはなかったですね。聞いてる子は聞いてると思いますが。昔は私たちも今ほど強かったわけではありませんでしたし、かつてはとんでもなく強大な魔族がいたんですよ。……レムは当時、全く戦力になれなかったので苦い思い出です」
曰く、大魔族と呼ばれる存在の中でも特に強力な存在達が手を組み、巡業団を潰しに来たことがあったらしい。
真正面からなら数の利とゴーレムたちの援護もあって、当時の未熟な魔人たちでも後れを取らなかっただろうが、見事に奇襲を許してしまったのだ。
巡業団の警戒は偏執的と呼ばれるほどだったのは当時からだが、この経験以降は更に磨きがかかった。
その奇襲により、歌姫の長ミクと図書館長アンジェラが半身を吹き飛ばされる程のダメージを負い、それ以外にも負傷者が多数出た。
訓練以外ではこれほどの逆境を経験していなかった魔人たちは混乱。
普段の抜群の連携を活かせぬまま、襲撃者のペースで開戦してしまう。
更に当時の状況をシファーとレムが簡潔に語る。
「襲撃者は『快楽天』キアラと『赤魔公』アル。そしてその配下の『爆災』レキュウ、『不倒』ムカゴ、『魔勇者』エリザベート」
「『赤魔公』の初手の狙撃に続いて、『爆災』が遠距離から広範囲を爆撃、『魔勇者』が音波魔法で歌姫たちの魔法を妨害、そして同時に『快楽天』と『不倒』が突っ込んで来たの」
中々に厳しい状況。だが、これだけで潰されかけるほど巡業団は弱くない。
シュタルクは思わず急かす様にその後の事を尋ねる。
「ひでぇ……い、いや! でもまだまだ無事な戦力もあるでしょ! 立て直せなかったのか?」
シファーはあくまで淡々と続きを話す。
「もちろん俺や次男の『氷華』もすぐに迎撃に飛び出した。……だが、よりにもよって先に迎撃しに向かった我らが長女、『角折り』が接敵して最初に一撃でやられた」
「「は?」」
シュタルクとブラッドレイの間抜けな返事が重なる。
それだけ巡業団最強の戦士が瞬殺と言うのは信じ難い。実際に手合わせをしている二人は、ナルメアが最強の魔族殺し抜きでも最強の戦士であることをよく知っているが故に。
しかし事実だ。『角折り』の名声を守りたい兄弟の意図であまり話されないことだが。
レムは頷き二人の気持ちに同意しながら、自分も信じられなかったと語る。
「あのナルメア姉様が最初に戦闘不能になるなんて、想定したことすらなかった……。でも、実際に見ました。確かにアサナギで魔法を封じて必殺の初太刀を姉様が放ったのに、『快楽天』には見事に躱されたあげくにカウンターの掌底によって一撃で昏倒させられたんです」
「ええ……流石にそれは嘘でしょ……?」
「……鍛錬でも私はあれを完璧に躱せたことはないんだがな」
未だに半信半疑の二人に続きが語られていく。
その後、団長アムと『氷華』が中心となって『快楽天』に対応し、シファーは他の兄弟たちを率いて『不倒』の迎撃に当たった。
『爆災』の砲撃と何故か増殖していた『魔勇者』への対応のためにも戦力を割かれ、『不倒』を打ち倒すことはついに叶わなかったのだが。
『不倒』は尋常ではない頑丈さと再生能力を持ち、何とか首を両断しても刃が通り過ぎた瞬間には繋がっていてどうにもならなかったらしい。
「ええ? 何それ反則でしょ。そんなの戦士がどうやって倒すんだよ?」
「……この手の相手には呪いか封印で対処するのが定石だ。戦士の相手するべき敵ではない。だが、それができる者は『快楽天』側の対処に向かうか、『赤魔公』の狙撃で戦闘不能でな」
「クルミ姉様が狙撃でやられてなければ封印できたと思うのですが……」
「たらればを言っても仕方ないものだが……それで、その後はどうなったのかな? 『快楽天』が団長に討たれたことは知っているが、それほどの激戦だったとは知らなかった」
当時は団長の援護をして『快楽天』と戦っていたレムが弟の問いに答える。
「不敵に微笑みながらも奴は凄まじい体術と魔力制御技術によって団長たちを相手に押しまくっていました。団長の暗黒物質も『氷華』の呪氷も単純な魔力放出で吹き飛ばされて、決定打にならず……。でも、復帰してきたミクさんとアンジェラの援護もあって何とか追い詰めて、最後は団長が『原子分解の魔法』で葬ったんです」
「だが、即座に離脱する『赤魔公』の一派を追撃する余裕はなかった。背後から魔物の群れが襲撃してきたからな。連中の仕込みだったのだろうが、もう少し決着が遅ければと思うと恐ろしいな」
「レムは……いや、あの時に無力だった多くの兄弟は、取り逃がした『赤魔公』への復讐を誓いました。必ず巡業団の魔人の手で殺す、と」
ゴーレムたちの躾によって刻まれた魔人の掟。
恐怖は絶対。一時の敗北はよい。だが手段を選ばず、必ず復讐せよ。
レムの言葉にはその掟の遂行への固い意思が込められている。
そこで昔話は終わる。
シュタルクは古代の大魔族の恐ろしい実力に震え上がると同時に、もし自分たちがそういうレベルの敵と相対した時に自分は仲間たちを守り切れるだろうかと自問自答する。
自分なら何ができたかと考えていたブラッドレイは、結論を出す。
「ふむ。やはり強大な個の力には連携でもって当たるのが定石か。時にシュタルク君、君は仲間たちと連携の訓練はしているかな?」
「へ? いや、鍛錬はみんな別々にやってるかな。俺は一人だけ戦士だし」
「それはいかん。信頼する仲間といえども、やはり日頃の練習がなくては阿吽の呼吸では動けないものだ。稀にそれが自然にできるパーティも居るが、そういうパーティだってそれぞれの役割くらいはキチンと話し合っているもの。君は大魔法使いフリーレンや僧侶ハイターに比べれば若輩者かもしれんが、そういうことを考えなくてもいいという訳ではないぞ」
「ええぇ。でもどうすれば……」
「姉君。せっかくだから、彼に我ら巡業団の連携を見せてあげては如何かな?」
ブラッドレイの提案にレムは笑顔で頷いて了承する。
「ええ。それも良いですね。では、レムはラム姉様を呼んできます」
「ああ、ついでに居たらでいいから、ダンテとバージルも捕まえてきてくれ」
とんとん拍子で次の訓練の予定が決まり、レムは走って兄弟を呼びに行った。
拒否権を主張する間も無かったシュタルクは困惑している。
「いや、タイマンでも厳しいから……魔人複数を相手はちょっと……」
「何事も経験だよ、シュタルク君。……君は『伝承の魔法』の戦士だけあって飲み込みが恐ろしく早い。おそらくは先祖の技の記憶が体に染みついているせいだろうが、まだそれは完全に君の物になってはいない。とにかく経験を積んで、それらを真に自分の物にしなければ、君自身の技を生み出すことはできんぞ?」
「ええええええ!?」
強制的にハードモードでの可愛がりが決まったシュタルクを置いて、『霹靂』のシファーはその場を後にする。
立ち去りながら、過去の記憶を探っていると小さな違和感を見つける。
「そう言えば、『快楽天』はその代名詞とも言える『快楽の魔法』を使わなかったな。……何故だ?」