吾輩は魔族である。名は放漫のトラオム。
どうも、細胞レベルで変身した姿のとは言え、ついに正当なやり方で子供を作りました。
でも想像していたより、なんてことないな。
だって俺を親と慕う奴は既に100を軽く超える数が居るし。
多分、形は違うだろうがなんだかんだでこれからもトラオム一家は増殖していくと思います。
生まれなぞ知った事か。大した問題ではない。魔法のある世界では、殊更にな。
『自分が本当に何者かを示すのは、生まれや能力ではなく、どのような選択をするかということ』
俺の好きな言葉です。……発言者にゲイのサディスト疑惑がなければ完璧だった。
ただ、俺が気にしてなくても気にする奴は居る訳で……。
巡業団に細かい経緯はぼかして知らせを送った所、初の緊急連絡手段を使っての家族会議の要請が来ました。
知ってた。
まあ、先にミクとアンジェラには話を通してある。なんとかなるさ。
アンジェラは普通にゼーリエちゃんの凶行に怒っていた。
……ミクさんは最終的には祝福してくれたが、話の途中で少しアトモスフィアがおかしかった。
最終兵器ミクさん、怖いなあ。
まあ、俺の眷属たちの事実上のトップがちゃんと冷静なのは本当に助かる。
ああ、アルちゃんたちは普通に祝福してくれたよ。
ゼーリエちゃんを難なく説得できたのは何割かはアルちゃんのおかげだった。
経験を積んでて良かったです。
……やはり魔人は繁殖願望が低すぎるな。エルフと対比するとハッキリした。アルちゃんでさえ、まったく子を欲しがらない。
何とかしないと俺が居なくなった途端に滅びるなあ…………いや、むしろ俺が滅んだら滅ぶべき種族かも?
そういう訳で早速、実家のあるイルルの上で転移門を出す。
両手を前に突き出し、ゆっくりと螺旋を描けば、あら不思議。
巨大な船だって通れる円状のワープホールが開きます。
俺の魔法の凄さをよく知ってる巡業団のみんなもめっちゃ驚いてる。
そりゃ、旅の途中に大きな天幕にみんなで集まって連絡を待ってたら、いきなり目の前が実家と繋がったんだから当たり前だ。
……ヨシ。インパクト充分。これでイニシアチブは確保した。
これで説得も楽勝や! 勝ったな、ガハハ!
ダメだったぜ!
「お父様? 詳しく……説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしているわ」
「準備は整っているわ、お父様。じゃあ、殺りにいきましょうか」
「早く殺しましょうよ。日が暮れてしまいますわ」
赤色の鮮やかな涙を流すアム。死んだ目で抜刀状態のナルメア。笑顔に籠る殺気が凄いくるみちゃん。
ミクさん? アンジェラ? どういうことなの?
ちゃんと丸く収めたから問題無いって言ったよね!
説明と説得してくれてたんじゃないんですか!?
首を横に振りながらアンジェラとミクが前に進み出てくる。
「今回のことはそんなにマスターに非は無いと思うけどね……」
「マスターが直接にちゃんと説明しないと収まらないよ。それに、私たちもちょっとは怒ってるからね?」
「アッハイ」
……冷静に考えると、異論は無かった。概ねその通りだと納得してしまった。
ちゃんと俺の心情やらなにやらを伝えて行こう。
「アム。俺はな、特に今回の件は気にしちゃいないんだ。だって俺の子供たちは既にこんなにたくさんいるし、ゼーリエちゃんは親友だったしな。不意打ちじゃなくて相談してほしかったのは事実だが……本当に酷い目にはあってないんだよ。ゼーリエちゃんは、自分の魅力ならこんなもの無くても逃れられない云々イキってた割にはそっちはクソザコだったし」
「やめて。それ以上詳しく内容を話すなら『
「じゃあどうしろって言うんだよ」
ひょっとして、俺が酷い目に遭ったから怒ってくれてるわけではいらっしゃらない?
心配になって周囲を見てしまうが、ミクとアンジェラは俺と視線を合わせて頷いてくれた。
良かった、彼女たちは心配して怒ってくれていたようだ。
魔人たちは……ああ、うん。親のそういう話は聞きたくないよな。悪かった。
……しかし、アムが限界状態なのは別の理由もありそうでな……本当にこの子はどうしたもんやら。
「アム。どんな生まれであれ、俺は子を差別したりはしない。お前たちの扱いを変えることはないし、向こうを特別扱いもしない。それではダメか?」
「…………ズルいわ。お父様。それでダメだと言えば、こちらが悪者じゃない」
「大人はね、ズルいものなんだよ。……とりあえず、今日はみんな泊って行きなさい。色々と積もる話もある」
涙(赤色)をハンカチで拭ってやり、多少力強く頭を撫でてやる。
アムは頬を膨らませながらも俺に意思を曲げる気が無いと見て、怒気を少し和らげた。
大丈夫だ。ちょっと問題はあるけど、そんなのは愛嬌の範囲だ。問題の無い奴などいないしな。
みんな根が優しいからこそ今回は怒っているだけなんだ。
家族なのだから、充分に語り合えば分かり合えないということは無いハズなんだよ。
…………でも、これで更にアルちゃんのことは言い出しづらくなったなあ。
『昔からの知り合いだから子供枠ではありません!』というのは通用するだろうか?
約束された修羅場については未来の俺に丸投げしよう。
何とかなれ。絆こそがトラオム一家の力よ。
◆
勇者ヒンメルの死より28年後。
魔法都市オイサーストにある魔法学校に、巡業団の魔人たちの何人かが訪れていた。
大陸魔法協会の長と巡業団の団長は定期的に連絡を取り合っており、団員と一級魔法使いがお互いを訪ねて行くことはそう珍しくはないことだ。
……まことしやかに噂されていることがある。
大魔法使いゼーリエと救世の聖女アムは、あまり麗しくない関係であると。
一応、本人たちは「私たちは仲良しです!」と力強く握手しながら宣言していて、その写真も出回っている。
その割には直接会うことは少ないが、お互いに立場が立場なのだから仕方ないことだとも思われていた。
実際は彼女らは転移門で繋がれた魔法の姿見を持っており、連絡はおろか直接会うこともできるのだが。
今回も使者としてやってきた魔人たちは、この魔法の姿見でやって来ていた。
それでもう役目は終わったが、せっかくだからオイサーストを観光したいということで都市の中へと繰り出していたのだ。
ちょっとした縁を思い出した魔人の次兄でもある『氷華』は、オイサーストの魔法学園に向かっていた。
彼は同行している兄である『霹靂』のシファーに快活に話しかける。
「どうしたどうした、兄上殿。せっかく可愛い教え子たちに会うんだから、もっと笑顔でいなきゃ! ほら、俺や父上を見習って、笑顔笑顔」
「……これでも笑顔でいるつもりなんだが」
「え? 流石に嘘でしょ? 表情筋が死んでるってレベルじゃないよ。我らが団長にして次女殿が一番アレだけど、どうして俺より年上の魔人はみんなどこか問題があるんだ。俺は悲しいよ」
「……まるで自分には問題がないみたいな言い方をするな。父の愉快犯な部分によく似ている時点で、貴様も大概だぞ、ドウマ」
呆れ気味の兄からの言い分にも、団長に負けず劣らず口が達者な『氷華』ドウマはひるまない。
黄金の扇子の形をした魔法武器を広げながら、飄々と言う。
「ええ~、酷いなあ。俺は少しでも優秀な魔法使いたちが増える様に種を撒いてるだけなのに……」
「それであの迷宮にけしかけたのか。最下層の難易度は俺たちが誰よりもよく知っているだろうに」
「俺は人間の可能性を信じてるんだよ! 父上がそうであるようにね。実際、コッコロやフリーレンも……あの女の娘も、最終的には単独で最下層を突破してるじゃないか」
「エルフしかいないぞ。しかもフリーレンを除いてみな父の関係者だろうが」
兄シファーの鋭い指摘にもドウマはからからと笑いながら返す。
「それはこれまでの話さ! フランメも単独で下層まではいけたんだ。魔法技術も発達しているし、そろそろ六名以下で突破して攻略者の証を掴む人間が現れるはずなんだ!」
「それが、あのラヴィーネという子だとでも言うのか? いくらなんでもまだ若すぎる」
「おいおい、兄上殿。おいぼれみたいなことを言わないでおくれよ。時間はデカいアドバンテージだが、魔法使いの格を絶対的に決めるものじゃあない。……あの子に渡した呪氷の華から感じ取れる魔力はとても大きく、洗練されたものになってる。まるで幾つもの厳しい実戦を潜り抜けたみたいに! 凄い事だよ。もし、彼女の様な魔法使いを大勢育てられるなら俺たちもいつまでも安泰じゃない」
「……たとえ俺たちにとって危険だとしても、やることは変わらん。そもそも犯罪者でない人間とは戦わないし、いざとなれば逃げ場はある」
「出戻りは御免だよ。ただでさえ男衆は根性無しだと思われてるのに。……まあ、団長は喜んで帰りそうだけど」
「いや、あれでもデーリッチ様達の意志を継ぐ者でもある。そう簡単には……多分、大丈夫だろう」
シファーは自信を持って断言しようとして……できなかった。
次女アムの能力への信頼は高くとも、性格については信頼できるか自信がなかった。
それに対してドウマは「ほーらやっぱり」と言っている。
巡業団の公演の合間に、護衛の魔人たちは各地の戦士や魔法使いに稽古をつけている。
古来から続いており、彼らから一本取ることを目標に世代を重ねている戦士の村だって珍しくないほどだ。
戦士たちがその目標にするのは、大抵は最強の魔人と名高い『角折り』ナルメアだが、魔法使いたちが目標にするのは人それぞれだ。
一口に魔法と言っても多種多様であるために当たり前の事なのだが、巡業団は当然ながら様々な分野の魔法のエキスパート揃いであり、適性を見てもらうために巡業団を追いかけてくる魔法使いも数多くいる。
そんな中、魔人の感覚ではごく最近にドウマが見出して氷の魔法の基礎を教えたラヴィーネは、期待の有望株なのだ。
……実際、例の遊戯盤をクリアしたことを知れば、全ての魔人たちは手放しに称賛するだろう。
魔法学園まであと少しとなった時、シファーはあることを思い出して弟に尋ねる。
「そういえば、快楽天の襲撃を受けた時のことを覚えているか?」
「もちろん。あれを忘れるわけないでしょ」
「では、違和感を感じなかったか? あの時、奴は自慢の魔法を使わなかった」
「ああ、そうだね。直接やり合ってたのは俺たちの方だったからよく覚えているよ。団長たちは頭に血が上ってたから意識がそこまで行ってないみたいだったけどね。……なんだ、ようやく勘づいたの? 兄上殿」
「お前…………では、まさか……」
兄の問いかけにドウマは扇子をぴしゃんと閉じて、含み笑いしながらも答える。
「あの後、少ししてやっぱり色々とおかしいなと思ってね。図書館長殿を問い詰めてみたよ」
ドウマはアンジェラに対して己の感じた違和感を並べた時の事をそのまま話す。
曰く、相性の良いクルミなどのメンバーばかり初撃で戦闘不能にされたこと。
ミクとアンジェラが半身を吹き飛ばされたとはいえ、復帰までに時間がかかったこと。
『赤魔公』の配下たちがこちらが相性の悪い相手と相対したこと。
音波魔法で妨害されたとはいえ、音の魔法に関しては世界最高峰であるはずの歌姫たちが弱りすぎだったこと。
前線に真っ先に飛んできそうな司書カーリーとガリオンが来なかったこと。
……アンジェラは溜息を吐き出しながらも認めたそうだ。……茶番だったと。
「どこまで茶番だったんだ?」
「『赤魔公』とその配下たちは父が魔族に送り込んだ草。つまりは俺たちの同胞。……『快楽天』は魔法を封じられていたらしい。それで、俺たちを排除出来たら封印を解くと脅して連れて来たんだと」
「……なるほど。姉妹たちが知ったら何と言うか」
「言わないでよ。アンジェラは自分で気づくまでは黙っておけって言ったんだ。つまり……」
「つまり、何だ? もう魔王軍もないのだ。『赤魔公』たちの誤解を晴らしても……」
「いや、誤解を晴らしても仲良くできるかは別だってことだと思う。アンジェラから読み取れる感じだと、危険な仕事をやらされてる分だけ、ね?」
「…………ああ、そうか。そういうことか……兄弟はともかく、姉妹に知られるのは不味いか。特にアムは」
「甘えん坊だらけで困ったものだよね~。一体、父上はどうするつもりなのやら」
世の中には、知らない方が良いこと、気付かない方が良いことと言うのは、確かに存在する。
新たな胃痛の種を抱え込んだ長男は、それでもいじけることは無い。
がんばれ、長男。兄弟も天国のゼーレの親たちも君を当てにしている。ひょっとしたら、南の勇者やシュラハトに女神様でさえも……。