吾輩は魔族である。名は放漫のトラオムである。
大陸を離れたある小島……もとい、巨大亀のエルマの上からこんにちは。
人間もいつかは飛行魔法や高度な探知魔法を生み出すだろうからね。
隠れ家は増やしておかないと……。
まあ、この世界の大海原の魔境ぶりは前に説明した通りなんで、いつになるかは分からんが。
それでもヤバくなってから備えるのは愚者の行い。前もって備えるのが賢者の行いよ。
……俺もフールーダを笑えない魔法狂いになってしまったな。
ところで、幻を出す魔法って本当に利便性が高いと思わないか?
いや、俺は戦いだとそういうまどろっこしい魔法はほとんど使わないんだが。
何と言うか、向いてない。
幻術で相手を嵌めて勝つとかロマンがあって憧れるんだが、高度な頭脳戦には適性が必要と言うか……。
ジョジョのスタンドバトルみたいなのは実際にやるのはかなり難易度が高い。
下手に頭使って勝とうとすると、訓練でアルちゃんにすら追い詰められることがある。
それに、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばせるなら、そういう小細工っていらないんだよな……。
何と言うか、幻術というカテゴリーを使うのって、パワー不足な奴が自分に勝る敵を嵌めて勝つのが美しいのであって、俺が使っても塩試合しているようにしか見えない……。
でも、戦闘以外でこそ幻術は輝くよ。
芸術性は言うまでもないな。ミクさんが歌で相応しいステージを出しているのとかは素晴らしい活用法だと自画自賛している。
情報伝達や、魔法の修行でイメージを固めるのにも役に立つ。
あと、眼前に立体的なミニチュア地形を出して作戦会議したりするの、めっちゃ未来感があって楽しいし。
ああ、そう言えば例の封印牢獄にも幻を使ったトラップを用意してたんだよな。
迷宮のトラップって知っててもどうにもならない奴と、知ってたら障害ですらなくなっちゃうのに分かれるよね。
そういう意味ではゼーリエちゃんの計画はやっぱり無謀だったな。
しかし、あの封印牢獄は今はどうなっているのやら。
放棄してしまったけど、誰かが入り込むと危ないから手入れくらいはしておくべきだよな。
何となく俺はもう行きたくない。
ヨシ。そういう時はいつも通りにアルちゃんたちに行って来てもらおう。
仕掛けについての知識を渡しておけば特に問題はないだろうしね。
「という訳で頑張ってくれ。アルちゃん探検隊、出発!」
「……危険なのって本当にトラップだけなの?」
「俺やゼーリエちゃんなら油断さえしてなきゃ危なくない程度の所だから……」
「それって地獄って言わない!?」
「自分を過小評価しすぎだよ、アルちゃん。君だってもう、かつてとは比べ物にならない大魔法使いなんだぜ」
「そ、そうよね?」
「ああ。アルちゃんは強い……アルちゃんは賢い……アルちゃんは美しい……アルちゃんは正しい……誰よりも……誰よりもだっ!!」
「そ、そこまで言われちゃあ仕方ないわね! それじゃあ、吉報を待ってなさい。この私が完璧に探索してきてあげるわ! 報酬は弾んでよね!」
「おう、任せたぞ。カラダニキヲツケテネ!」
◆
勇者ヒンメルの死より29年後。
三年に一度の一級魔法使い試験の第一次試験が終了。
突破者の数は異例の大人数となったが、これに大魔法使いゼーリエは特に文句は付けなかった。
まあ、ウチの孫たちは強いですし? ……みたいな内心があったかどうかは定かではない。
幾らかの死者は出たものの、順当に強力な魔法使いたちが残っていた。
そんな中、フリーレンは試験で一緒のチームになった魔法使いのカンネとラヴィーネと話していた。
「ありがとう、二人とも。若いのに本当に腕がいい魔法使いでビックリしたよ」
「こっちこそありがとう。流石は魔王を倒した魔法使い。エルダには悪いけど、やっぱり同じエルフでも格が違ったね」
「かなり危ない所もあったが、アンタのおかげで助かったよ。……しかし、二次試験で対人戦になったら流石に残れないな」
フリーレンの褒め言葉は掛け値なしのものだ。
特にカンネには、「水の無い所でこれほどの水魔法を!?」と驚愕させられた。
魔力量は若いのに中々のものだし、技量も多少の粗さはあるものの見事な物。何より、戦乱の時代の魔法使いの様な判断力の良さがフリーレンを驚かせていた。
実際、二人を同時に相手させたら直弟子のフェルンでも厳しいかもしれない程である。
「上には上が居るってことだね。もっと精進しないと。いや、まだ諦めてるわけじゃないけどさ」
「ああ、試験内容によっては充分に目はある。……だが、『氷華』にも認められて調子に乗ってたのは否めねえ。私の氷の魔法もまだまだだ」
しかし、その二人の二次試験への見通しは厳しい物の様だった。
運にも恵まれて、カンネとラヴィーネのコンビネーションで隕鉄鳥を直ぐに捕まえて一次試験を突破できたものの、他の受験者に比べて劣っているという自覚がある様だ。
実際、人外染みた暴れぶりを見せた参加者が多く居た。主にエルフ。
魔弓と『望遠鏡の魔法』の使い手であるスイはフェルンと同じチームで長距離狙撃によって次々と参加者を脱落させたし、カーラはモンクかと見紛うフィジカルと人の心の無い戦術で試験会場を散々かき乱していた。
エルフはフリーレンがいるパーティには仕掛けてこなかったが、他の受験者も粒ぞろいで苦戦させられたのだ。
特に、老魔法使いデンケンの隠し玉にはフリーレンも仰天させられた。
フリーレンは彼女たちを励ます様に声を掛ける。
「二次試験でも対人戦の要素があるとは限らないよ。魔法使いとしての色々な能力を測ろうとするだろうからね。……ゼーリエはあまりあの子たちが潰し合うのを望まないはずだし」
後半は聞こえない様にコッソリと言う。
伝説の大魔法使いの名声は大陸魔法協会の魔法使いたちのためにも保たれていなければならない。
まあ、身内にとっては既にその威厳は荼毘に付されてしまったが……。本人は未だに威厳を維持しているつもりで尊大に振る舞っているのがフリーレンには少し笑える。
なお、魔力爆発事件のある意味首謀者であるフリーレンは、仲間からもゼーリエの孫たちからも責められまくった模様。
◇
「正気か、マルシル?」
「ええ。今回の二次試験の内容はこれにするわ」
ゼンゼは財産をはたいて手に入れた簡易ゴーレムに髪の手入れをさせながら問うた。
自分でやるのは地獄過ぎて、もうゴーレム無しの生活には戻れない。
彼女のお気に入りである、地下世界で発掘された量産型簡易ゴーレム『セイジツモブ』はその愛らしい見た目から、多くの人間に求められていて高価な物だった。
問われたマルシルは真剣な表情で頷いて返した。
マルシルの目の前のテーブルに置いてある地図は、とある古い迷宮の周辺のものである。
この迷宮には強力な幻の魔法が掛けられており、一歩踏み込めばもう脱出できる保証など何処にもない。
一応は幻の影響を受けないレルネンの脱出ゴーレムが配布される予定だが、それらが完璧に機能する保証は無いのだ。
幻と見せかけて本物、本物と見せかけて幻。
そんな意地の悪い罠が無数に仕掛けられた迷宮なのだから。
「既におばあ様からも許可を頂いたわ。何故か結構渋られたけど」
「まあ、一度はゼーリエ様によって完全に攻略されているとはいえ、未だに危険な怪物や仕掛けが多く残る大陸でも有数の迷宮だからな。幾ら今年の受験者の質が良いとはいえ、危険すぎると思われたのだろう」
ゼンゼの意見は間違ってはいない。それだけが全ての理由ではないだけで。
当然ながらマルシルも知らないことだが、その理由によってゼーリエは最下層は危険すぎるために降りてはいけないと強く言ってきていた。
実は心配するほどの難易度は無い。とある魔人が悲鳴を上げながら白目を剥いて這いずり回って、特に危険な仕掛けは撤去してあるからだ。
それでも半端な魔法使いなら発狂死しかねない凶悪迷宮だが。
そして、最下層は『最終防衛システム』によって固く守られたままである。
封じられる存在無き牢獄の最奥には、かつての思い出の名残だけが残されているのだった。
具体的には、牢獄の完成に喜んでいた馬鹿が嵌められる瞬間の動画を保存した魔法の水晶玉である。