吾輩は魔族である。名は放漫のトラオムという。
いつも通り近況報告から。
コッコロ以来のエルフの娘がついに産まれた。育児用ゴーレムを送っていたが、あまり必要無かったかもしれない。
分身を何体かは常に送り込んでいるような状態だからな。
まあ、用心しないといけない。
いくらゼーリエちゃんが最強の魔法使いとは言え、今は弱っている。
くだらない運命の悪戯による悲劇を避けるには、俺が見張っているのが一番いい。
でも、分身は交代制にしないと消滅してしまうのが難点だ。
いや、普通はそんな必要は無いんだけどな。お願いだから自重してください、ゼーリエちゃん。
そして遂に生まれた娘の世話だが、世話焼き大好きなコッコロが飛んできて助けてくれている。
有難いことだ。
魔人なら流石のゼーリエちゃんも拒否しただろうが、コッコロのことは彼女も信頼しているようだった。
なお、アルちゃんも子供の世話をしたがったが、流石に許可できなかった。
「死ぬ気か?」と問うても楽観的な反応だったよ、アルちゃん。
生存本能がハムスターか何かになってしまったのかな?
俺が事情を説明してくれさえすれば、自分はゼーリエちゃんに受け入れられると思っていたようだ。
普段の任務は配下のフォローがあるとはいえ、完璧にこなしてくれているのに、なぜ……。
曰く、「どんなに気に食わなくても、身内の身内を殺すなんてしないでしょう。だって、好きになった相手を悲しませるのよ?」とのこと。
本当に元魔族か? いや、絶妙に分かってない所が魔族っぽいかも。
どうやら俺を好いてくれたゼーリエちゃんに共感を抱いて好意のような物を感じている様子。
……俺は君のそういう所は大好きだけど、女の人は君みたいな女は嫌うと思うよ。
巡業団への密な連絡も欠かせない。
ちょっと女性陣が精神的に不安定になったままだからね。
次男が「このままだと兄上が禿げ上がるよ」と伝えてきた。
テメーはちょっとは支えになれや。俺やゼーレ連中の小賢しい部分ばっかり受け継ぎやがって。
まあ、三男は妹相手なら何とかケアできてるようだ。ありがとうな、ブロリー。
つまりはどうにもならない三連星。上の三姉妹は俺が何とかしないといけないわけですね。
いや、別にいいけどさ。
将来的にはちゃんと俺やミクさんたちのフォロー無しで何とか出来るようになってくれよ? マジで。
だが、トラブルってのはごたごたしてる時にこそ起こるものらしい。
俺が作った魔法武器の一つが行方不明になったとのこと。
使い手だった魔人はみっともなくギャン泣きしてた。そんなに気にしなくても……。
幸いにもそんなに強力な武器じゃないから放っておいても問題はない。身内相手に使われてもセーフティがあるしな。
見つけようと思えば簡単だが、良い機会なので新しいのを拵えてやろう。
ついでに他のメンバーが持っている武器もメンテナンスと強化をしてやることにする。
技術が進歩したことで付け加えることのできる効力も増えてるしな。
とりあえず、今度は使い手が呼べば手元にやって来る仕様はデフォルトにしよう。
だから、そんなに泣かなくて良いんだよ、ナルメア。補助武器の方だし。
紛失したのが最高傑作であるメイン武器の方だったら流石にヤバかったけど。そっちは流石に他より強力なセーフティ付けてるし。
紛失した武器に付与してたのは『切断の魔法』だ。
まあ、切れ味を良くする程度の効果しかない。使い手が斬撃を飛ばす系の魔法を持ってたら、効果がそっちにも乗るからそれなりに強いかもしれないけど。
魔法の威力は、術式、使い手の魔力、イメージ、の三つで大体決まる。
魔法武器は術式とイメージの所に俺の補正が乗っかるだけだ。元が雑魚なら本当に大した威力は出せない。
どっかの鍛冶屋が言ってた通り、大魔王はナイフ一本握ったって強くなるが、光魔の杖はそこら辺の魔法使いが握っても大した威力が出せないのと一緒。
……まあ、失われたのはシンプルな効果な分、それなりに誰でも使えるものだが。……それでも、ナルメアでなければ名前負けする威力しか出せないだろうしな。
◆
勇者ヒンメルの死より29年後。
魔法都市オイサーストを後にしたフリーレン一行は、北側諸国、ダッハ伯爵領に到着する。
フリーレンは普段なら大きな都市には長期滞在したがるのだが、今回はさっさと北部高原入りの準備をして抜けようとしていた。
当然ながらフェルンとシュタルクは疑問に思うが、理由を知っているハイターは懐かしい思い出を振り返りながらも、流石に今回は大丈夫だろうと思っていた。
まあ、フリーレンの予感が正解だったわけだが。
「まさか、またあの剣を魔族から取り返しに行くことになるとは……」
「まあ、今回は方角が分かってるだけマシだよ、ハイター」
目的地に向かう途中、やれやれと天を仰ぐハイターに先を行くフリーレンが振り返りながら言った。
そう、かつて勇者ヒンメル一行が半ば脅されて強制的にやらされた依頼と同じ、ダッハ伯爵家の宝剣が盗まれたので取り返して欲しいという依頼を受けたのだ。
そして山脈の頂上まで魔族を探し求めて行くことになった。
シュタルクは「とんでもねえな」とかつての勇者一行の苦労について感想を漏らす。
フェルンの方は、魔族が何度も盗み出すほどの剣がどんなものなのか気になったようだ。
「でも、魔族はなんで宝剣を盗んだのでしょうか? それほどの物なのですか?」
「ダッハ伯爵家の宝剣は元々、名のある魔族の物だったからね。魔族にしか分からない魅力があるんだろうさ」
投げ槍気味なフリーレンの解説だったが、そこへハイターが異議を唱える。
「いえ、実はあの宝剣、結構な来歴がある代物らしいですよ」
「そうなんですか? ハイター様」
「……前はそんなこと言わなかったよね。調べたの?」
フェルンとフリーレンが歩みを少し止めてハイターを見やりながら問う。
ハイターは一行の戦士であるシュタルクの方を見つめながら答えた。
「あれは元々、『角折り』の持っていた剣らしいのです。前に調べ物をしている最中に偶然に知りました。巡業団は把握しているみたいですが、ダッハ伯爵家が既に代々受け継いでいたので所有することを認めているようですね」
「ええっ!? それってめっちゃヤバイ武器じゃねーの!? 嫌だよ、俺。魔人が持ってた武器とかヤバイのしか無かったもの!」
「それは確かに凄い代物ですね。伯爵家も魔族も所有したがるのも納得です」
実際に魔人たちと手合わせをして、その全貌ではないものの巡業団が持つ魔法武器の威力と厄介さを知っているシュタルクは悲鳴をあげる。
特に最強の魔人であり、結局最後まで全く敵わなかったナルメアの武器だということが彼に恐怖を与えた。
直接的に斬り合うわけではないフェルンはそこまで動揺しなかった。何だかんだでシュタルクが負けるとは思っていないからかもしれない。
フリーレンは意外そうに言う。
「前に盗んだ魔族と戦った時はヒンメルが瞬殺したから分からなかったけど、もしかして振るわれてたら危険だった?」
「そうですね。宝剣は特殊な効力があるタイプではなく、単に切れ味が凄いというだけのものの様です。ですが、かつて『角折り』の手にあった時は、その刃の前ではあらゆる武器や防具が意味を成さず、切断面は見た者が狂気に魅入られるほど美しいものだったそうですよ」
「凄く怖い!」
恐ろしい逸話にシュタルクが震え上がるので、ハイターは笑って心配させない様に付け加える。
「大丈夫ですよ、シュタルク。あくまで『角折り』が使い手であった場合の話ですから」
「そうだね。そこら辺の魔族に同じ威力が出せるわけがない。それに、盗んだのが将軍ではなく魔法使いタイプなら威力が出せてもそれほどの脅威ではないし」
フリーレンがハイターの意見に同意したことでシュタルクは「そ、そうだよな」とひとまず落ち着く。
しかし、フリーレンは余計なことを言う。
「まあ、フェルンくらいの魔法使いならアイゼンにも通じる威力が出せそうだけど、フェルンがそんなの持ってても怖くないでしょ? ……盗んだからには、その魔族はそれなりに腕には自信があるんだろうけども」
「やめてよ! 上げて落とすの!」
喚くシュタルクをよそに、フェルンはハイターに宝剣の銘を尋ねる。
「それで、その宝剣の名前は何というのですか? 魔剣の類なら名がついているはずですよね?」
「ええ、その通りですよ、フェルン。確か、『サヤフシ』という銘だったはずです。鞘さえ斬ってしまうほどに鋭い、という意味ですね」
「怖すぎ!」
シュタルクの怯えは更に酷くなったが、幸いにも盗んだ魔族の実力はそれほどではなく討伐は滞りなく完了したのだった。