古魔族、放漫のトラオムの羽ばたき   作:リッチ

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魔物避けの魔法

 

 

 

 吾輩は魔族である。名は放漫のトラオムである。

 

 私事で忙しくて半ばアルちゃん任せにして放置しているんだが、魔王軍が人類領域の半分くらいを削ったらしいよ。

 

 開拓村が凄い勢いで出来ては潰されているようだ。

 

 魔王軍も凄いけど人間という種族のタフさも凄い。これで各国の宮廷では割と内ゲバしてたりするんだぜ? 

 

 

 ……まあ、この分ならまだまだ行けるでしょ。

 

 大陸完全統一とかは魔族や魔物が居ようが居まいが不可能だと思うが、強国による巨大な統一国家はできてるっぽいし。

 

 でも、人間だからなあ。長期戦になりすぎると、戦争とは関係無い所で国家が崩壊とか有り得るから、余裕のあるときに戦線を押し上げて欲しいものである。

 

 

 

 ウチのエルフ娘の話だが、優秀と言うか異常だったわ。

 

 だって、人類には使えないはずの魔族の魔法を普通に使ってみせたからな。

 

 それも、俺が遥か昔に作った洗練されてない難しいだけのクソ魔法をだ。

 

 ……俺の魔法の全てを習得可能なら、マジでこの子は勇者にでもなるかもしれんな。

 

 ゼーリエちゃんはアムを相手にイキり散らかすのやめてください。

 

 君にとっては勝てる相手でも、今のこの子にとっては違うんですよ! 

 

 

 ……後でまたフォロー入れとかなきゃ。

 

 

 

 勉強させてばかりでは人間性が歪む。亀仙流の丸パクリだが「よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む。人生を面白おかしく張り切って過ごせ」がゼーレ流よ。

 

 

 でも、俺が背中に乗せて空を飛ぶときゃいきゃい言って楽しそうに笑っているこの子は、もう大型のドラゴンを仕留められるんだよなあ。

 

 女神様への信仰心はちゃんと持ってくれているようなので、倫理的には一安心だと思っているのだが……子供がミサイルみたいな攻撃力持ってるのはちょっとどうかと思うわ。

 

 

 まあ、全くまともではない俺の子なのだから、これでもいいのだろう。

 

 

 ……実はアルちゃんに根負けして、便利屋のみんなとも遊ばせている。

 

 小さいながらも約束の大事さをしっかり教えた甲斐あって、ゼーリエちゃんにはバレてない。

 

 流石に子供の記憶を覗こうとはしないみたいだから助かってるけど、ヒヤヒヤするぜ。

 

 

 

 今日は魔物狩りではなく観光なので、『魔物避けの魔法』で邪魔な魔物たちを追い払っている。

 

 この魔法の忌避効果は凄いぞ。

 

 イルルが宙返りして隠れ家がとんでもないことになるくらい凄い。

 

 もうその辺の魔物はドン引きして全力ダッシュで逃げ出す。

 

 

 アルちゃんが勢いよく放り出されたよ。……俺は無事だったけど、我が家が……。

 

 エシディシのように泣き叫んでみたが、ちっとも気持ちはスッとしませんでした。

 

 いっぱい悲しいだけだったよ……。その後も、飛んで復帰してきたアルちゃんと二人でさめざめと泣いてた。

 

 

 

 まあ、今はそんな間抜けで悲しい思い出はいいんだよ。

 

 娘と観光中なんだからそっちに集中しよう。

 

 

「ほーら、あれが勇者の剣だぞ」

 

 

 今日は女神様への信仰心を高めてもらうために勇者の剣を見せに来た。

 

 そういえば、この子はエルフだけど聖域の結界を超えられるんだろうか? 

 

 

 おっ、行けるっぽい。ヨシ、ちょっと触らせて貰って来なさい。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死より30年後。

 

 北部高原のヴァイゼ地方の森の中、漆黒の帳が落ちる時刻、明かりも無く夜闇の中に立つ影が二つ。

 

 夜の北部高原の森ともなれば、どんな魔物に出くわすか分かったものではない。

 

 だが、闇と同化する二つの人影は全く怯える様子無く、同じ方向を見つめていた。

 

 

 既に『魔物避けの魔法』が発動されているということもある。

 

 どれほど強大な魔物でも、発動者が熟練者であればそうそう近づくことはできない。

 

 だが、最大の理由はそれではない。

 

 北部高原の強力な魔物といえども、闇に沈む影たちにとっては恐れるべきものではないのだ。

 

 

 

 影の片方──角を持つ一見可愛らしい女性に見える元大魔族、ソリテールは懇願するように言った。

 

 

「やっぱりいくらなんでも無謀だわ、アル。これ以上マハトに罪を重ねさせないためにも、私に任せてもらえないかしら?」

 

「ダメよ、ソリテール。一騎打ちはもう決まった事なのよ。……マハトの弟子を信じなさい」

 

 

 ソリテールと同じ方向────黄金に変えられた城塞都市ヴァイゼを見つめながら、『赤魔公』アルは懇願を拒否した。

 

 既に二人は魔神の助けによって何の抵抗も無く結界の中に入り、マハトとの何度目かの対談を終えた後だった。

 

 ソリテールは祈るように両手を合わせ、嘆くように言う。

 

 

「マハトが相手となれば、祝福を受けた今の私でも確実に勝てるとは言えないわ。それに、どうしてマハトだけ強制的な祝福が認められないの? アウラのことは認めてくれたのに……」

 

 

 嘆くソリテールに、アルは視線をヴァイゼに向けたまま困ったような表情で返す。

 

 

「彼の『万物を黄金に変える魔法(デイーアゴルゼ)』が特別に素晴らしい魔法だからよ。あの人は昔から優秀な魔法使いには甘いの。出来得る限り、その意思を尊重しようとするわ。……それに、マハトだけというわけでもないのよ」

 

 

 凶悪さ、美しさ、ロマンの三拍子が揃った強力な呪い……実に誰かさんが好きそうな魔法だとアルは納得するしかない。

 

 なお、近年で最も高い評価を受けた魔法は、腐敗の賢老クヴァールの『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』だ。完璧に魔法使いとしてのセンスで負けたと悔しがりながらも、本気で尊敬していた。

 

 しかし、ソリテールは別の部分に反応した。

 

 

「その別の魔族についても聞きたいわね。……私でも半ば強制だったのに」

 

「貴女の風変わりな所と魔法使いとしての優秀さはちゃんと評価されてたわよ。それ以上にヤベー奴だと判断されたから魔王軍崩壊後に即捕獲だったの。それと、死か記憶消去も提示されたでしょ?」

 

「……それを選ぶ魔族なんていないと思うわ」

 

 

 呟くソリテールにアルは内心で「そうでしょうね」と同意する。

 

 すこしむくれながらも、主に褒められていることを知ったソリテールは嬉しそうだ。

 

 

 実際、ソリテールは記憶を持つ元魔族の中では特別に気に入られているだろう。自分の次なのは間違いないと、アルは思う。

 

 そして話を逸らせたことに安堵しながらアルは話を続ける。

 

 

「弟子の勝率は決して低くはないわよ。ゼーリエちゃんから魔法を貰ったみたいだし、ゼーレの秘宝も手に入れてるみたいよ。ワンチャンあるわ」

 

「心強い情報ね。……そこまで下駄があってワンチャンなのね」

 

「……私と人間を信じられないなら、あの人の判断を信じなさい」

 

「ズルいわ。そう言われたら私も信じるしか無いじゃない」

 

 

 ソリテールは肩を落としてついに諦めたように溜息を吐く。

 

 

 マハトが勝てば、僅かな希望を見せながら無惨に弟子を殺すことによって罪悪感を感じられるかもしれない。

 

 弟子が勝てば、聖油によってマハトを生まれ変わらせ、黄金の呪いを解ける。

 

 ……まあ、実際のところ生まれ変わりには最後の『完成化』の工程が必要なので、黄金の呪いを解くのは誰かさんの役目となるだろうが。

 

 ちなみにマハトが勝った場合でも、彼女たちの主人によるゼーリエへの助命嘆願が失われるので、どう転んでもマハトが生き残れる確率は低い。

 

 

 ソリテールはマハトが自分の意志で魔族のまま目的が達成できそうか、アルに問うた。

 

 

「……ねえ、本当に魔族が魔族のままに、人の心を持つことができると思う?」

 

「……実例を知ってるでしょ」

 

「あの方は例外よ。それに、あの方は最初から持っていたんでしょう? 後天的に得られた例は無いわ」

 

「そうねぇ。…………やっぱり、私は無理だと思うわ。でも、あの人は魔族に期待するのはやめたと言いながら、いまだにちょっと期待してるみたいだもの。なら、私もそれに賭けたいわ。いや、そもそもマハトが負けてくれた方が良いんだけど」

 

「私も無理だと思うわ。魔族にはまるで意図的に削られたように欠けた要素があるもの。だからこそ、私は生き残っている友達をみんな家族にしちゃいたいのよ」

 

 

 魔族時代のあった二人にとって、マハトの試みは大分望みが薄いようだった。

 

 実際のところはやってみなければ分からない。だが、その成否はもうすぐハッキリとする。

 

 彼女たちには見守ることしか認められていない────訳ではなかった。

 

 

 アルはソリテールの方に向き直ると、あることを伝える。

 

 

「ああ、そういえばなんだけどね。もし、一騎打ちに邪魔が入るようなら貴女の方で排除して欲しいのよ。もちろん殺さないようにね」

 

「ええ。どうなってもマハトの魔族としての最後の晴れ舞台だもの。随分とあの方に我儘を言ってしまったし、そのくらいはやらせてもらうわ」

 

「……それでね。邪魔者の排除の後にちょっとだけ貴女が介入したとしても、私は止めるのが遅れるかもしれないわ」

 

「!! …………いいの、アル?」

 

「それくらいなら許されるわ。なんたって私は右腕なんですもの。ただ、相手の殺害だけでなく、貴女が過剰に傷つくのも認めないわよ!」

 

「ありがとう、アル。私、ちゃんとハッピーエンドにしてみせるわ」

 

 

 ソリテールは丁寧に頭を下げ、感謝を示した。

 

 そして内心でコッソリ、目の前の魔人と主人の距離について考える。

 

 ────困った。ちょっと勝てない、と。

 

 

 

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