吾輩は猫である。名はまだない。
嘘です。本当は魔族をやっている放漫のトラオムです。魔族って生き物は嘘つきだから気を付けようね。
まあ、人間にも魔族以上のとんでもない口先の持ち主が居るけどな。
むしろ魔族なんて人間相手だとまず嘘しか言わないんだから、対処は簡単な方である。
……人間観察が趣味な魔族でも居れば、虚実を織り交ぜた詐術でより高度に騙してくるかもしれんが。
そういうのが出現してやり口が広まったらちょっと不味いかも。
いや、俺は人間の悪辣さを信じてる! 絶対、悪意を理解できてない魔族なんか目じゃないくらい凶悪な人間がその内に生まれるって!
多分、勇者の剣は魔王ではなくそういう相手に対応して抜けるんじゃなかろうか。もしくは外世界からの侵略者とか。
……だから、そんなに落ち込まないでくれ。お父さんは決して人類の敵になったりしないから。
ちょっと将来の人類最強候補から急速に女神様への信仰心が薄れるという事件はあったが、概ね問題無い日常を送っております。
……しかし、マジで何を相手にする想定だ? 勇者の剣。
明らかに魔族を相手にするにはオーバースペックだったんだが。神剣と呼ぶ方が相応しいかも。
どんな災厄がやって来るのか。それがどれほど未来のことになるかは分からんが、家族を守るためにもっと魔法使いとして磨きをかけよっと。
まあ、ずっと気を引き締めてるわけにもいかない。
今日は息抜きにアルちゃんと一緒にゼーレで酒盛りだ。人間の魔法使いに化けて入り込み、自作したり各地から集めてきた酒を住民や旅行者に配って盛大にやる。
実は俺、そんなに酒が好きと言う訳では無い。だが、宴の席は大好きだ。
昔は大勢で騒ぐのは嫌いな陰キャの鑑だったのだが、かつてのゼーレですっかりお祭り好きにされてしまった。
いや、今でも最初はそこまで盛り上がらない性質なんだが、最終的にはその場の誰よりも調子に乗ってしまうんだ。
仲間たちには割とウザがられていたなあ。
あと、酒に関する魔法は死ぬほど作らされた。『美味しいカクテルを作る魔法』とかだけでも、何種類作ったのか分からんほどだ。あれで酒に詳しくなっていったなあ。
日が暮れる頃。
ゼーレの中央広場にある建国王とその仲間たちの像の周囲では、夜な夜な宴が行われる。
別にいいんだよ。仲間たちの像も凛々しいやつじゃなくて、酒盛り中のアホ面で大騒ぎしてるやつだし。
この場所では不思議と見ず知らずの人々が古くからの友人のように仲良く騒いでいる。
ゼーレの住人達。外来の魔法使いたち。巡業団の聖地巡礼にきた気合の入った芸人たち。
誰もかれもが音楽と歌を撒き散らしながら楽しくやっている。
俺とアルちゃんも当然の様に宴に混じって騒ぐが、酒を大量に持ってきたのだから少々怪しくてもまったく気にも留められない。
何だか不思議と心地が良くて、腕の良い詩人に演奏をお願いしてアルちゃんと熱唱してしまった。
肩を組んで『Acacia』を二人で歌うと、周囲がノリノリで囃し立てる。
やっぱり故郷は良いなあ。
……眠る時、明日が楽しみだと思える人が幸せなのだと思う。だから、俺はまだまだ大丈夫だ。これからも頑張ろう。
◆
勇者ヒンメルの死より29年後。
北側諸国、ビーア地方にて。フリーレン一行はかつての旅路で知り合ったファスというドワーフと再会した。
彼は大の酒好きであり、ハイターと再会を喜び合っていた。
そんな彼からの提案。それはついに場所を突き止めた皇帝酒の発掘を手伝ってほしいとのことだった。
ファスはもう200年以上も掛けて皇帝酒を探し続けているのだ。
ちなみに皇帝酒(ボースハフト)とは、大昔に大陸の大半を統治していた大帝国があって、その皇帝に献上された最上の名酒の事である。
乗り気でないフリーレンに、ファスはそれが如何に貴重な酒なのかを熱心に語る。
「俺も酒を求めて各地を旅したが、皇帝酒だけはどうしても見つけられなかった。ゼーレの『酒の泉』にさえ登録されてないんだ」
「『酒の泉』? 聞いたことがありませんが、魔道具でしょうか?」
「あー。あれにも登録されてないのか。……まあ、そうだろうね(小声)」
皇帝酒の真実を知るフリーレンとハイターは納得したが、フェルンとシュタルクにはそもそも予備知識が全くない。
首を傾げるフェルンとシュタルクのために、フリーレンとハイターが解説する。
「『酒の泉』っていうのはね、大昔の酒好きたちが作った古代の魔道具のことだよ。ゼーレにあるんだけど、これのせいでゼーレは酒好きたちにとっての聖地でもあるんだ」
「魔法使いでなければたどり着けないゼーレですが、古来より生粋の酒好きたちは『酒の泉』へ行きたい執念で魔法を習得し、その中からは歴史に名を残すような英雄も誕生しているんですよ」
酒飲みたちの凄まじい執念に、フェルンとシュタルクは呆れを通り越して感心した。
「凄いですね。お酒のためにそれほどの魔法使いになるなんて」
「まあ、好きなことのためなら人間は案外努力できちまうものだが、とんでもないな。……それで、その『酒の泉』ってのはどんな魔道具なんだ? やっぱり酒が湧き出るのか?」
シュタルクの疑問に答えたのはファスだ。両手を掲げて熱心に語り出す。
「あれほど素晴らしい魔道具はないぞ! 俺はゼーレの魔法使いたちに心の底からの敬意を払っている。ゼーレ中央広場にある建国王たちの像の周りに八つの噴水があってな。日が暮れるとそこから毎日八種の酒が湧き出てくるんだ」
彼は苦難の旅路の果てにたどり着いた時のことを思い出しているのだろう。目をつぶって体を震わせながら続ける。
「元から数百種類の酒が日替わりかつランダムで湧くようになっていたが、今では数え切れないほどになっている。世界中の酒好きたちが持ち寄った酒を建国王たちの像に飲ませることで、新しく湧く酒の種類を増やせるからだ。俺も皇帝酒を見つけると言う夢を見なかったら、ゼーレに定住していたかもしれん」
そこへ、フェルンが少し気になったことを口に出す。
「凄いのは分かりました。でも、街中でお酒が湧くなんてちょっと危なそうですね。火事とか」
「ああ。それは大丈夫なんだ。建国王たちの像には消火の魔法がかけられてあってな」
ファスの答えにフリーレンは思わず補足を入れる。
「それだけじゃないでしょ。火事に限らず、あの広場で悪事を働けば世にも恐ろしいことになるよ。像には呪いのような魔法もたくさん込められているからね」
そうしてフリーレンはその例を語っていく。
『ハゲの呪い』『ワキガの呪い』『痛風の呪い』『自律神経を崩壊させる呪い』『尿管に石を詰める呪い』『椎間板をずらす呪い』……等々、その他にも大量の呪いが襲い掛かると。
そのあまりの恐ろしさに、フェルンとシュタルクは身を寄せ合って震え上がる。
「怖すぎです。なんでそんなところへ近寄れるんですか」
「そ、それって実際に犠牲者が出てるってことだよな。なんで像は撤去されないの?」
怯える二人にハイターは快活に笑って言う。
「はっはっはっ。よほどの悪事でなければ女神様の魔法で治療可能なものだけですからね。ただ、像を傷つけたり泉に火を放とうものなら、それはそれは凄惨なことになると聞きますが」
「……各地の魔法学校では、その動画を収めた魔道具で呪いの恐ろしさを教えてるらしいよ。カンネとラヴィーネが言ってた。……ところでファス。泉から湧き出る酒は総数も分からないのに、どうして皇帝酒がないと言い切れるの?」
フリーレンの問いに、ファスは「ああ、それはな」と前置きして言う。
「ゼーレに住んでる酒飲みたちの親玉みたいなエルフが、一度も湧いたのを見たことがないって言ってたからだ。世界各地の酒を一舐めで当てちまう凄い人でな。ミリアルデっていうんだが」
「(小声)完全にマッチポンプじゃん……」