吾輩は魔族である。名は放漫のトラオムである。
放牧していたポリンを収穫する時になると、毎回アルちゃんが泣きそうになります。
……いや、そんなに辛いなら名前とか付けるのやめようよ。
家畜全般に言えることだけど、絞めるのに罪悪感を感じすぎる人は向いてないよ。
でもアルちゃんは頑なにポリンの世話をやめないんだよな。
生きるとは命を頂き続けることである。
ある程度の割り切りと、深い感謝を持って接すればいいんだよ。
え? 食べるのに可愛くし過ぎだって?
いや、そんなことないよ。だって、人間社会でもポリン饅頭とかポリンゼリーとか名産品にしてる地域があるし。
本物は魔力回復薬の材料になるためとても高価なので、大体は見た目を模しただけの代物だけどな。
そんなこと言ってたらヒヨコ饅頭とかキャラクター弁当とかも食べられないことになるでしょ。
アルちゃんは俺が作った鳩サブレっぽいお菓子大好きじゃん。
人間にも魔族にも大人気なポリンだが、どちらの陣営も養殖には成功していない。
野生のを捕まえて飼うだけなら、魔力を込めた水だけで飼えるし割と簡単に懐くんだけどな。
……もちろん意図的に養殖を難しくしています。戦略物資になってるからね。
人間が使う『使い魔契約の魔法』の類似魔法でもポリンは簡単に支配できるので、魔法使いなら特に捕まえるのは簡単だけど脆弱なので取り扱いも大変です。
それでも世の中には『ポリン愛好家の会』なるものがあるらしいよ。流石だよな、人間。
動物を使い魔にする魔法は人間も割とたくさん開発している。
効果は開発者の腕と使い手の技量によりけりだけどな。
大体は小動物を使い魔にして配達とかをやらせている。
巡業団は俺の作ったTSUBAMEを使ってるけど。
魔族だと竜の様な危険な魔物を大量に操る奴とかも居る。
……魔物使いの大魔族は危険度がヤバイよ。個人で軍勢を作れる訳だからね。魔王軍でも重宝されてる。まあ、最近は謎の失踪を遂げてる奴が増えてるけど。
しかし人間には魔物の支配は難しいようだ。
これもイメージの問題である。なので人間のドラゴンナイトとかは居ないよ。悲しいね。
まあ、それはあくまで人間の話だがな!
俺くらいの魔法使いになると大物を使い魔にすることができる。
そう、遂にイルルを使い魔にすることに成功しました!
トールとカンナはまだです。何故か成功しない。やっぱり絆レベルみたいなのが足りないのだろうか?
まあいいや。それならもっと仲良くなればいいだけだ。
今は俺の最古の友達と仲良くなれたことを喜ぼう。
◆
勇者ヒンメルの死より29年後。
北側諸国、ノルム商会領でフリーレン一行は野営の準備中であった。
フェルンとシュタルクは追加の薪拾いに行っており、野営場所ではフリーレンとハイターがそれぞれ鍋でスープ作りと寝床の準備をしている。
フリーレンは薄いスープを少しでも美味しくできないものかと唸っていた。
ここ一週間、主食はずっとガチガチの硬いパンを食べている。
そのせいで仲間たちは食欲が落ち気味であり、少しでも食事に手を掛けたかったのだ。
北部高原は穀倉地帯のビーア地方を除くと不毛の土地であり、今は物資の流通も悪化しており、食糧事情は酷い有様。
これも全ては魔族のせいである。魔族殺すべし。慈悲はない。フリーレンはいつものように心の中で念じる。食べ物の恨みは怖いのだ。
実際、北部高原の情勢が悪化してから実質的な支配者であるノルム商会は魔族との戦いで武装隊商と軍を三割失っており、魔族のせいだというのは実は間違っていない。
虎の子である二つの簡易ゴーレム部隊も大きな被害を受けており、国家であれば壊滅状態と言ってもいい。
幸いにも部隊の指揮官にして戦力の中核である、代々の商会長に仕える戦闘用上級簡易ゴーレム二体は無事だ。
今はその二体、『クォート』と『カーリーブレイス』を中心に戦力の立て直し中である。
それらをフリーレンが知るのは少し先の話だが。
なお、ハイター共々、かつての勇者一行の借金を理由に取っ捕まる模様。
そんなことを知る由もないフリーレンは、調理中に足元に柔らかい物がぶつかってくる感触を覚えた。
「これはお前のご飯じゃないよ。大人しくしろ」
フリーレンがちょっと不穏な魔力を向けると、ぶつかってきていたそれ──小さなポリンは慌ててハイターの方に逃げていく。
寝床の準備を一通り終えたハイターは苦笑しながら言う。
「フリーレン。もう少し優しくしてあげてください。もうその子しか残っていないんですからね。もし死んでしまったら、フェルンが機嫌を悪くしますよ」
「そうだね。……でも、なんでこいつだけ残ったのかなあ?」
少しむくれながら訝しがるフリーレン。
小さなポリンはそんなフリーレンに怯えながら地面でプルプルしていた。
フェルンがコッソリと小さなポリンを何匹か飼っていることが判明したのは少し前のことだ。
どうやら温泉で見かけた時に我慢できなくなって捕まえたらしい。
手乗りサイズの色違いのポリンたちには『使い魔契約の魔法』を掛けたらしく、フェルンによく懐いていた。
見習い魔法使いならともかく、フェルンの力量ならポリンを養うぐらい訳はなかった。
……しかし、北部高原の旅はただでさえ脆弱なポリンの小型の亜種には危険すぎたのだ。
一匹、また一匹と潰れていき、その度に食事の彩りとなり、今残っているのはこの一匹だけだった。
フリーレンはスープに入れたらどんなに美味しくなるだろうと想像しながら、別のことを呟く。
「白いのか水色のが残ってくれた方が良かったなあ」
「フーちゃんとヒーちゃんですね。……やっぱり美味しいですよね、ポリン」
「そうだね。これでフェルンが落ち込まないなら言う事はないんだけどな」
しみじみと最後の生き残りを見ながら不穏な会話をする年長組である。
実は全部で四匹居たのだ。
赤色のレッドウルフはシュタルク命名。カッコイイ名前だったが、名付け親同様に臆病だった。フリーレンがうっかり鍋に放り込んでしまって力尽きる。しばらくはフェルンはフリーレンと口をきかず、常に怒りの三つ編み状態だった。
水色のヒーちゃんはハイター命名。勇敢に魔物に立ち向かってプチッと潰された。フェルンは呆然としていた。
白色はフーちゃん。フェルンの命名でお気に入り。ある日、シュタルクが誤って潰してしまい、その後はとにかく大変だった。
ハイターは眼鏡をかけ直すと、色々な悲喜こもごもをもたらしているポリンから目を逸らし、別の話題を出す。
「……フェルンも随分と大きくなりました。年を取ると時間が過ぎるのが早く感じていけませんね。前の旅でここらまでやって来るのは本当に長く感じたものだったのですが」
「……私にとっては前も一瞬のような出来事だったよ」
フリーレンの答えにハイターは苦笑しながら言う。
「そうでしょうね。……ですが、あの時と同じくらい、くだらなくて良い旅だと思います。貴女はどうですか、フリーレン?」
「聞く必要があるの?」
「おっと、これは失礼なことを尋ねてしまいましたね」
そうしてしばらくの間、二人は炎を見つめながら穏やかな時を過ごした。
フェルンとシュタルクがいない時は、こうやってかつての旅路の話をすることが多い。
その次に多い話題はフェルンとシュタルクの将来のことである。
と言っても、フリーレンの恋愛観は幼すぎるのだが。
ハイターとしては、もうフェルンの相手としてシュタルクを認めている。と言うかこの期に及んで拒否するとか絶対に許さない構えである。
この旅がどんな形で終わるかはまだ分からないが、今更フェルンが他の相手と結ばれるというのはちょっと想像しがたい。
シュタルクのことは信頼しているが、もし肝心な時にヘタレてフェルンに恥をかかせたら恐ろしいことになりそうだ。
ハイターが孫を抱けるか不安になっていると、フリーレンはフェルンたちが帰って来るのを魔力探知で感じ取る。
フリーレンは懲りずに自分に体当たりしてきていた紫色のポリンに、自分が付けた名前で呼びかけた。
「ほら、ご主人様が帰って来たぞ。さっさと出迎えなよ、アウラ」
「……フリーレン。貴女の命名センスが一番問題があると思いますよ」