吾輩は魔族である。名は放漫のトラオム。
人間の統一帝国で最も権威のある僧侶でもあるアムから、どの程度なら例のエルフ娘をボコってもいいか聞かれた今日この頃。
割とあの子は巡業団に遊びに行くことが多いようだ。
アムには嫌われているものの、他の団員とはあっという間に仲良くなって信頼を集めているらしい。
最初こそ、その出自から隔意を抱かれていたようだが、もう完全に身内として認められましたね。
ナルメアなんか「可愛い妹をありがとう」と俺にお礼を言ってきたよ。
……おかしい。コミュ力が強すぎる。
父親は千年以上、身内以外は友達を作れなかったんだぞ?
母親の方も戦闘民族みたいな不器用さで、常にツンツンしてるんだぞ?
これはマイナスとマイナスを掛け合わせたからなのか?
それとも世話焼きコッコロの英才教育のせいなのか?
ちょっと納得がいきませんよ……。
まあ、コミュ障だったら教祖なんてできんわな。いや、できない方が良かったんだけど。
でも友達を作ることに長けているなら安心だわ。
他に何の才能も持ってなくても、友達作りさえ得意なら人間社会では割と何とかなるからな。
逆だと才能溢れててもかなりキツイと思うけど。
それに、人間は社会性の生き物で、その部分で魔族に勝っているのが最大の強みだからな。
何か人間の勢力圏が三分の一になってるけど、まだまだ全然いけそうだし(震え声)。
俺は今日も今日とて、魔法開発の日々である。
本日のお題は磁力。マグネットパワーである。……プロレスで使うのはインチキすぎると思います。
まあ、能力バトル物だと定番の一つだよね。
何かあんまり強いイメージが無いんだけど、カッコよさはある。
主人公が人外化してた某元ホラーゲームに出て来る工場長の登場シーン、俺は心底痺れたよ。
でも、うん。……この世界ではそんなに強くは無いんだよね。
いや、天文学的な魔力があれば、理論上はマグニートー並に滅茶苦茶なことをやるのは可能だとは思うよ?
でも、そんなリソースがあったらもっと別のことに使った方が絶対に効率的だってだけで。
だって……磁力に引き寄せられる性質を持った金属って実はあんまり無いんだもん。
この世界が金属の構造物に溢れた近未来世界ならな……いや、そういう未来に備えるためにも作っておく。
魔法はイメージの世界だから、磁力っぽい別物の魔法を作ればいいだけかもしれんけど。
でもそれって、もう重力や斥力・引力の魔法じゃん。結局は別物じゃん。
俺はあくまで『磁力を操る魔法』が作りたいんだよ。
まあ、難易度的にはそれほどではないのであっさりと完成。
人間の魔法使いでも、磁石遊びしたことがあれば簡単に作れるだろうな。
でも、やっぱり使い道が思い浮かばない。いや、鉱脈探すのは別の魔法で間に合ってるし。
しょうがないので、コイルを使った玩具を作ってアルちゃんたちと遊ぶことにする。
発電機も作ってみたけど、電力も別の魔法由来の魔法炉から抽出したほうが効率的だしなあ。どうしたものやらだ。
◆
勇者ヒンメルの死より30年後。
黄金郷となった城塞都市ヴァイゼの近くの森に、フリーレン一行は身を潜めていた。
レルネンからの依頼を果たすため、デンケンとマハトの決闘を見届ける役目をしている……訳では無い。
魔族スレイヤー・フリーレンは魔力探知範囲外からの狙撃によって横槍を入れる気満々なのである。
現在は最適な狙撃タイミングを見計らって待機中だ。
ちょっと後ろめたそうな弟子に弁解するようにフリーレンは言う。
「魔族相手に手段を選ぶ必要は無いんだよ。それで犠牲が出るなんて馬鹿らしいことだ。……どんな手を使おうが、最終的に勝てばよかろうなんだよ」
圧倒的正論である。
これまでの旅路でそれは分かっており、フェルンたちもそれは分かっているので特に文句は言っていない。
ただ、ちょっとした躊躇いが表情に出ていただけである。
ハイターが仲間たちを代表して弁明と注意をする。
「みんな分かっていますよ、フリーレン。しかし、呪いを解く前にマハトを仕留めてしまうとこの戦いの勝利条件は満たせません。そこは気を付けてくださいね」
「もちろん分かっているよ。でも、万が一の時は躊躇わないからね」
ハイターの注意にフリーレンは毅然とした態度で答える。
それに仲間たちも気を引き締め直す。失敗した時は、普通に加勢する手筈だ。
しかし、そこへ背後から第三者の声が掛けられる。
「あらあら、無粋な人達ね。師弟の宿命の対決に水を差そうだなんて。人の心とか無いのかしら?」
「──っ!?」
フリーレン一行は一斉に戦闘態勢に入る。
一同は途轍もないプレッシャーを感じて、突如として死地へ放り込まれたような緊張感に満たされた。
気配も魔力も全く感じられなかったのだ。前触れなくそこへ現れたとしか思えなかったほどに。
突然の来訪者の口調は柔らかく、声色は魅力的でさえあった。
だが、フリーレンはそれを高度な擬態と見破る。
「……何者だ?」
誰何するフリーレンに、その人物はクスクス笑って答える。
「あら、見て分からない? マハトのお友達よ」
「なるほど……この魔力、大魔族だな?」
振り返って確認したその人物は、小柄な女性であるようだった。
だが、人間であるはずが無い。容姿は飾りの無い漆黒の仮面を付けているせいで分からないが、小さな角が二つ生えている。
そして何より、人間では絶対に有り得ないほどの圧倒的な魔力をみなぎらせていた。
恐ろしいことに、全開のフリーレンに倍する魔力量である。
フリーレンとハイターは衝撃に震えるフェルンを庇って前に出る。シュタルクも素早く斧を構えて前衛としての位置に付く。
黒仮面の女魔族は妨害しなかった。
フリーレンは厳しい顔でそれを指摘する。
「随分と余裕を見せるね。そもそも奇襲を掛ければ私たちを仕留められただろうに。……何が目的だ?」
「冷静ね。流石は葬送のフリーレン。せっかくだから、自己紹介してたくさんお話もしたいけれど……」
フリーレンの問いかけはフェルンが立ち直る時間を稼ぐ目的もあったが、正真正銘この正体不明の魔族を探ろうとしたのもある。
そう、正体不明である。
フリーレンの知識には目の前の黒仮面の女魔族の特徴を持つ存在はいない。
だが、これほどの魔力は数百年やそこらで手に入るものではない。
つまりは、出会った人間を悉く皆殺しにし続けながら長きを生きた、無名の大魔族。
フリーレンは内心で「最悪の手合いだ」と愚痴をこぼした。
それでも表情には出さずに相手の出方を窺う。
しかし、黒仮面の女魔族は予想外の行動を取った。
「ごめんなさいね。
その瞬間、フリーレンは反射的に叫んだ。
「! ……ハイター!」
「分かっています! 周囲の警戒を! 囲まれています!」
「マジかよ! さっきまで気配も何もなかっただろ!?」
「フリーレン様! どういたしますか!?」
先程と同じく、全く前触れなく新たな気配がフリーレンたちを囲むように現れる。
じりじりとその存在たちは距離を詰めて来る。
黒仮面の女魔族は両手を祈るように合わせながら宣告する。
「貴方たちに降伏しろと言ってもどうせ聞いてくれないでしょう? だから、ちょっとだけ眠ってもらうことにするわ。……それじゃあ、手合わせ願いましょうか」
それが号令となって敵が襲い掛かってくるより早く、フリーレンとフェルンは『
だが対魔族用にカスタマイズされたそれを黒仮面の女魔族はあっさりと防いでみせる。
最上級の魔装服を着て、更に体の周囲に高密度の魔力を超高速で循環させている上、肉体は純粋な強度も魔法耐性も
そして、黄金郷の中の決闘と時をほぼ同じくして、城塞都市ヴァイゼ郊外の戦いが始まる。
まず周囲の襲撃者たちが勇ましく叫びながら、特攻さながらの勢いで飛び掛かる。
「敵を発見なのだ!」 「ずんだ魂を見せてやるのだ!」 「万歳っ! ばんざああい!!」 「この野郎くらいやがれなのだ!」 「我が軍に勝利を!」 「今日は死に日和なのだ!」
これに対してフリーレンとハイターは迅速に対応する。
「任せるよ! ハイター!」
「敵は簡易ゴーレム! シュタルク! 組みつかせてはいけません! 自爆されますよ!」
フリーレンは目の前の黒仮面の女魔族に集中する。実際、周囲の敵よりもずっと危険な相手だと判断したからだ。
ハイターは素早く聖典から女神様の魔法を発動させて周囲に障壁を張り、敵の包囲攻撃を一旦防いだ。
長くは持たないが、これで数の差で一気に袋叩きにされることは抑止できた。
黒仮面の女魔族は飛行魔法で距離を詰めてきたフリーレンに対し、戦意を見せなかった。
代わりに、もう一つの大戦力に合図を出す。
「貴女の相手は私じゃないわ。……出番よ、アーちゃん」
黒仮面の女魔族が指を打ち鳴らすと同時に、フリーレンを横合いから凄まじい衝撃が襲う。
フリーレンはそのまま吹き飛ばされ、仲間たちと分断されてしまうのだった。
◇
「くっ!」
「フリィーレン! 私の栄光の礎になってもらうわよ!」
フリーレンは辛うじて防御魔法で黒い光線の魔法攻撃を受けることに成功していた。黒仮面の女魔族の合図に嫌な予感を感じて反射的に全力で防御魔法を展開したのだ。
だがそれでも受けた傷は浅い物ではない。巡業団からもらった最上級の魔装服を着ていたにも関わらず、全身から苦痛を、額からは血が流れるのを感じていた。
それでも、フリーレンは歴戦の魔法使いである。
すぐさま態勢を立て直して敵対者に相対する。
「もう一人いたのか……随分と奇妙な鎧だね? いや、搭乗型ゴーレムか……」
「あら、よく知ってるわね。そうよ。貴女はこれからこの圧倒的なパワーと私の魔力で完全に打ち負かされるのよ!」
戦意を滾らせる敵対者は、またしても女性の魔族。
と言っても、紫色の光沢のある搭乗型ゴーレムに身を包んでいるために、声から性別を判断したに過ぎない。
フリーレンは状況の不味さに心中から焦りが湧き出てくるのを感じながらも、それを必死に押し殺して目の前の敵について分析する。
嫌になることに、目の前の魔族も間違いなく大魔族。
先程の黒仮面の大魔族ほどではないが、フリーレン以上の魔力持ちだ。
しかも、希少で強力な搭乗型ゴーレムに身を包んでいる。
……千数百年ほど前から、攻撃魔法の歴史は高性能すぎる魔装服や簡易ゴーレムへ対抗するための試行錯誤の歴史でもあった。人間、魔族問わずだ。
魔法使いたちは火力不足に苦しみ続け、必死で攻撃魔法の開発をするも誰もが使える有効な対抗手段は未だに生まれていない。
『
だが、それは全く対抗策が編み出せなかったということではない。
多くの魔力を使うか、熟練の魔法使いが高度な魔法を使えば突破はできるようになっている。
フリーレンは言うまでもなく人類でも上位の魔法使いであり、対抗策はもちろん開発している。
……だが、もちろん『
思考を回しながらもフリーレンは挑発する。
「私と一騎打ちでもするつもり? さっきの奴に比べたら随分と見劣りするみたいだけど、大丈夫?」
「言ってくれるじゃない! そんなにすぐ分からされたいのね! 私の新しい魔法を見せてあげるわ!」
女魔族の手から漆黒の太い光線が放たれ、それをフリーレンはギリギリで回避する。
(さっき吹き飛ばされたのはこれか。まともに何度も受けられないな)
思った以上に速く強力な魔法にフリーレンは麻呂眉を歪める。
先程の黒仮面の女魔族よりは確かに弱い。魔力量もそうだが、黒仮面の女魔族はその魔力制御も恐ろしいほどに流麗だった。しかし、目の前の相手は逆に魔力量に見合う技量を持っていないように見えた。
だがそれでも、本来は真面に一対一で戦ってはいけないレベルの大魔族だ。
対応策を考えるフリーレンだが、相手は待ってくれない。
女魔族は魔法攻撃の後に凄まじい勢いで距離を詰めてくる。
「前衛無しでどこまで粘れるかしらね。天国のヒンメルにでも助けを求めたらどう!」
「チッ、接近戦もできるのか……」
不穏な音をあげて振り下ろされた拳を何とか躱しながら、フリーレンは距離を取ろうとする。
しかし振り切れない。女魔族は搭乗型ゴーレムの背中から魔力を噴出して高速で飛行しており、機動力が違った。
それでも『
だが、最上級の魔装服を上回る防御力を持つ搭乗型ゴーレムには全くダメージを与えられない。
しかし、フリーレンは冷静さを保っていた。あくまでも今のは相手の耐久力を確認しただけだ。
(やはり普通に魔法攻撃してもダメか。……幸いにも、身体能力は高くとも格闘術はそれほどではない。何とか距離をあけられれば……)
「ちょこまかと、これでも食らいなさい! 『黒虚閃の魔法』!」
「……! (黒い光線のほうがずっと厄介だ。でも、これで距離が開いた)」
黒い光線は速射性、連射性、貫通力の全てで『
だが、純粋な火力と弾速では圧倒的に勝っている。
特に弾速はフリーレンでも撃たれてからでは防御魔法が間に合わないレベル。
それ故に予備動作を見逃さない様に神経をとがらせていなければならない。
フリーレンは直撃を何とか全力の防御魔法で防ぎながらも吹き飛ばされる。
だが、それで反撃の機会を掴んだフリーレンはチャンスを逃さずに魔法を発動する。
『磁力を操る魔法』。──その発動によって、目に見えて女魔族の動きが鈍る。
「なっ、ば、馬鹿な! な、なぜ……この鎧が重くなっているだと!?」
「……良かった。効いてくれて。その手の搭乗型ゴーレムは頑丈だけど、その分だけ金属の割合が大きいんだ。……私はこれでも千年以上を生きたエルフの魔法使いだよ。対策がないとでも思った?」
「舐めるな! 『黒虚閃の魔法』!」
「おっと、危ない」
フリーレンはあえて説明することで相手を挑発する。
どういうわけか相手は自分に怒っているようなので、心当たりが無いながらもそれを利用して冷静さを奪おうという訳だ。
なお、フリーレンはマジで相手が誰なのか全く気が付いていない。
正体を隠しているものの、それに怒りを感じた女魔族は更に猛る。
「少し動きを妨害できたところで、攻撃が通じなきゃ勝ち目が無いのは変わらないわよ! それに時間稼ぎしたところで、お仲間は助けに来てくれないどころか、死んじゃうわよ!」
「……そうだね。……だから、手早く終わらせようか」
「……! 気に入らないわね。すぐに地面に這いつくばらせてやるわ!」
血を流しながらも余裕の笑みを見せるフリーレンに、女魔族は正面から突撃する。
──それがフリーレンには都合が良かった。
(これなら確実に切り札の一つを当てられる)
そんなことをフリーレンが考えているとも知らず、女魔族はゴーレムの背中から魔力を大きく吹き出しながら、自分自身が閃光になったかのような速度で突撃する。
「私はかつてとは違うのよ! ……このパワーで! この強度で! これで負けたら……バカじゃない~~ッ!」
「──『磁力を操る魔法』にはこういう使い方もある」
そう言ってフリーレンがかざした手元から女魔族に向けて、磁界の円筒──砲身が伸びる。
その白い小さな手には、特殊な魔法加工を施されたドングリの様な形の金属が摘ままれている。
──直後、フリーレンの手より、必殺の魔弾が放たれた。