吾輩は魔族である。名は放漫のトラオム。
今日は記念すべき日だ。
何と言っても、遥か昔からの夢が叶ったのだから。
やはり、自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶うものだな!
ドリームズカムトゥルー!
大魔法使いトラオムは、ついに『入門』することができました!
そう、実は俺もまだまだ実力不足で再現できていない憧れの魔法や能力は山ほどある。
その中でもロマンと実用性で上位にあった物を遂に現実とできたのだ。
それこそが、『時を止める魔法』。
『加速』であれば大分前から成功していたのだが、『停止』はようやくだわ。
とりあえず、今止めていられるのは五時間ほど。
時が止まっているのに五時間とは奇妙な話だが、とにかく五時間ほどだ。
いずれは一日……一週間……一ヶ月と、思いのまま止められるようになってやろう……楽しみだ……だんだん長く時間を止めるのはな……。
なお、現時点では止まっている世界では何にも干渉できません。もっと使い勝手良くしないとね。
おっと、まだこれを使えるのはみんなには秘密にしておかないと。
真の切り札は隠して置くものだからな。
切るならば、相手を確実に葬る時か別の切り札を持っている時だけだ。
まあ、アルちゃんにだけはある程度習熟したら見せようっと。
……階段から降ろしてポルナレフ状態にしてやるんだ……絶対に良いリアクションを見せてくれるハズだから。
自分が時間停止できるようになっても同じことをやらない奴だけ俺に石を投げなさい。
さあ、久しぶりに分身を総動員して鍛錬&鍛錬の時間だ!
◆
勇者ヒンメルの死より30年後。
黄金郷となった城塞都市ヴァイゼの近郊での戦いは、佳境を迎えていた。
「馬鹿な……より強大な魔力と魔法を……無敵の鎧と不死身の肉体を手に入れた、この……私が……!」
紫色の鎧型の搭乗型ゴーレムを身に纏っていた女魔族はフリーレンの必殺の一撃によって、頭部以外の鎧をほぼ全壊させられていた。それによって鉄壁の守りと呪いも失われている。
だが────それでもなお、健在。
鎧が余程に強靭だったのか、本人も特別に頑丈だったのか……あるいはその両方か。
フリーレンは知る由もなかったが、この女魔族の肉体のスペックは将軍たちの中でも上位に入る強度であった。
切り札を切ったにも関わらず仕留められなかったフリーレンはうんざりした様子で言う。
「まさか、あれで生き残るとはね……。でも、その怪我じゃあもうまともに戦えないでしょ」
「ぐっ!? まだよ……まだ私は……!」
しかしその頑強な肉体もボロボロだ。実は少しの時間があれば完全に再生できるのだが、流石に瞬時にという訳では無い。
よろよろと立ち上がる女魔族へと、フリーレンは容赦なく追撃を放とうとする。
「みんなを助けに行かなくちゃならないんだ。悪いけど、さっさと死んでもらうよ」
「まっ、待て──」
当然ながら待たない。確実に仕留めるために密度を高めた『
突如として空から無数の大剣が飛来。
女魔族の前に五月雨の如く降り注ぎ、盾となってその身を守った。
フリーレンは思わず追撃をやめて空を見上げる。
「ッ!? まさか……!」
そして、悪い予感は当たってしまう。
隠蔽していた魔力を解放しながら、黒仮面の女魔族がゆっくりと舞い降りてくる。
「あらあら。奮戦虚しく負けてしまうだなんて、可哀想なアーちゃん。……ひとえに貴女が弱いせいだけれど」
「うっさいわね! まだ負けてないわよ!」
悲しむ振りをしながら酷いことを言う黒仮面の女魔族に地上の女魔族が吠える。
その軽いやり取りを見ながらフリーレンはこれまでで最大の焦燥感に襲われていた。
そう、黒仮面の女魔族がこちらにやって来たということは──
「……おい、お前。みんなはどうした?」
「ふふふふ。……どうしたと思う? ああ、ごめんなさい。そんなに怒らないで。ちゃんと生きてはいるわよ」
揶揄う様な口調にフリーレンは歯を食いしばって耐える。
まだ、仲間たちの魔力はちゃんと感じる。死んだわけではない。だが、ある地点から全く動いていないようなのだ。
それほどの時間は掛けてはいなかったつもりだが、空を飛ぶ黒仮面の女魔族の実力は間違いなくフリーレン自身より数段上。
既に仲間たちが敗北してしまっていたとしても全く不思議ではない。
実際、フリーレン以外の全員を相手にしたにも関わらず黒仮面の女魔族は完全に無傷で、ほとんど消耗した様子すらないのだ。
……かつてないほどの絶望的な状況。
しかしそれでもフリーレンは諦めない。──仲間を信じて戦う。
「……もうゴーレムたちはいないようだね。なら、お前を倒せば私たちの勝ちだ」
「不屈ね。──でも、私たちもこれ以上のんびりしてられないの。貴女にも手早く眠ってもらうわよ」
「──っ!?」
不意に、黒仮面の女魔族が掌を向けて来る。
それに対してフリーレンは直感に従って防御魔法を全開にした。
……その判断が彼女を救った。
魔法とも言えない圧縮された魔力弾の射撃がフリーレンを吹き飛ばしたのだ。
全力で防御魔法を使っていなければ、最上級の魔装服を着ていなければ、当たり所が少しでも悪ければ、──何か一つ悪かっただけで死んでいたかもしれない程の威力。
それでもフリーレンは耐えた。
必死に意識を保ち、攻撃を分析して反撃の策を練ろうとする。
だが、実力の差は今ので更にはっきりとした。普通に撃ち合えばフリーレンに勝ち目はない。
黒仮面の女魔族の実力はそれほどに圧倒的だ。フリーレンが知る魔法使いの中でも間違いなく上位の怪物。ゴーレムに搭乗していた女魔族と違い、魔力量に見合う技量がある。
「ッ! まだだっ!」
「あら、びっくり」
何とか隙を作ろうと、フリーレンは反撃に同じように魔力を圧縮してぶつけるが、悠々と防ぎきられた。
黒仮面の女魔族はフリーレンを称賛しながらも、容赦なく勝負を決めようとする。
「さっきのを耐えた上に、私の技を一目で真似るとはね。この短時間でアーちゃんを倒しただけはあるわ。でもこれで──」
その時、一つの珍妙な奇跡が起こった。
戦場に小さな紫色の何かがポヨポヨと跳ねてきたのだ。
それはフリーレンの方へと一生懸命に駆け寄ってきていた。──紫色のポリンだった。
あまりにも相応しくない乱入者に戦場に一瞬の空白が生まれる。
そしてフリーレンは思わず、その名を呼んだ。
「えっ? アウラ? どうしてここに──」
特に何の意図も無く漏らしただけの言葉だったが、それは劇的な効果をもたらした。
「は? ハァアアアアアアア!?!? フリーレン!! お前今それをなんて呼んだ!? ふざけるんじゃないわよ!!」
「ブフォッ!? ちょ、ちょっとやめなさいよフリーレン。アウラって……ポリンにアウラって……!」
理由は分からないが、地上の女魔族は現実を認めたくなくて地団太を踏み、上空の黒仮面の女魔族はツボに入ったのかお腹を抱えて必死に笑いを堪えている。
フリーレンには意味が分からない。
だが、これが大きな隙で、絶好のチャンスだと言うことは分かった。
フリーレンは懐から最大の切り札である魔道具を取り出すと、解放の呪文を唱える。
「──魔道を総べる王、汝の欠片の縁に従い、我に更なる魔力を与えよ」
フリーレンの呼び声にその魔道具──深紅の宝玉は恐るべき力でもって答える。
爆発的と言えるほどの魔力がフリーレンの身体から吹き出し、大樹を何本も束ねたが如き太さへと成長。
その総量は元のフリーレンの倍の魔力を誇っていた黒仮面の女魔族の更に数倍に達する。
その凄まじい魔力の波動に、魔族たちは信じられないとばかりに叫ぶ。
「な、何よそれ!? 反則じゃない!?」
「まさか……『
黒仮面の女魔族の言葉は正鵠を射ていた。フリーレンは膨大な魔力を制御するのに苦労しながらも言う。
「物知りだね。これが私の最大の切り札だよ。その様子じゃ、この強化が一発限りだってことも知ってるよね。……耐えられたらお前たちの勝ちだ。耐えられるものならね」
そう言うなりフリーレンは答えを待たずに杖を構え、魔力を収束する。
放たれるのは正しく全力全開の一撃。全霊を込めた『
迎撃は不可能と悟った魔族たちは何とか魔力を前面に盾の様に固めて防ごうとする。
だが、フリーレンは絶対に回避を許さず、それでいて防げないであろう太さでその一撃を放った。
「貴方たち、時間切れよ」
その瞬間、遥か彼方から小さな魔弾が飛来した。
それは放たれたフリーレンの『
辺りに凄まじい衝撃波を巻き起こしたのちに、戦場に静寂をもたらした。
誰もがその魔弾が飛来した方角を見た。
そこには、奇妙な杖を肩に担ぐ赤い髪の女魔族が一人。
冷たい絶対強者の眼差しで戦場の全てを睥睨する、生存している中では最も有名な大魔族。
滅びた魔王軍の最古参にして、最強の一角。
先程のフリーレンの強化された大魔力に匹敵する程の膨大な素の魔力を滾らせて、『赤魔公』アルが浮かんでいた。
最初に再起動したのは助けられた黒仮面の女魔族。
彼女はハッとした様に言った。
「アル。時間切れって……」
「そのままの意味よ。ほら────来るわよ」
その意味をその場の誰かが理解するよりも早く────『世界』がその歩みを『止めた』。