吾輩は魔族である。名は放漫のトラオム。
『時を止める魔法』の進捗状況だが、ようやく止まった時間の中で動けるようになったよ。
これまではゲームのポーズ画面に逃げ込んで作戦タイムを確保するだけの魔法でした。
……だが、まだまだだ。これでは逃走くらいにしか使えない。大した悪戯もできないのでまだアルちゃんにも秘密だ。
少しずつだが自由度は上がっているんだし、精進あるのみだな。
最近、人間に化けて人間の魔法使いたちの集まりに参加している。
経緯を説明する前に思い出して頂きたいのだが、『動画を撮る魔法』ってあったじゃん。あれを使える魔法使いは上澄みの一握りなんだが、それでも人間にもいない訳では無い。
というか、最近は少し増えてきた。……蒔けば芽吹くもんやなって。
この魔法は巡業団以外では、権力者が自分の記録を残したり、魔法使いが自分の魔法を記録したり、重要な外交の文書に動画をのせたりして使われている。
割合で言えばこれらで四割くらいだな。
残りの六割は何だと思う?
そうだね、スケベ動画の作成に使われているよ。
……流石は人間やなって。やはりエロは技術発展の原動力。それでこそ人間だよ。
しかし、気難しい魔法使いたちがクソ真面目にスケベ動画作るために修行しているって面白い。
それで実は、『動画を撮る魔法』を使える魔法使いというだけで実力者なので、俺もそういう動画が記録された巻物や水晶玉を買い集めてるんだ。
撮影技術はホームビデオレベルだけど、魔法があるから色々と創意工夫が見られて面白いよ。(魔法狂い並感)
それで、動画を買い集めている時にそういう魔法使いたちの集まりに誘われたんだ。
ちょっと俺にはハードルが高かったが、勇気を出して行ってみて正解だった。
久しぶりにゼーレの仲間たちとしたみたいな魔法使い同士の馬鹿話ができたんだよね。
集まりではそれぞれが仮面なり偽装系の魔法なりで身分を偽って互いに詮索しないのがルール。
それでも、また人間の友達が何人か作れたよ。
クソ真面目そうなエリートっぽい青年が魔法のスケベ活用について熱く語ってたり、身分の高そうな老魔法使いが若い弟子っぽいのを大勢引き連れて自分の作ったスケベ動画を布教してたり、ドラゴンズクラウンのソーサレスみたいな美魔女が人間では最上位レベルの魔力量を迸らせながら、スケベ動画の話題と魔力の精密運用についての真面目な話題に同じように熱心に参加してたりだ。
みんな深い魔法の知識と実力を兼ね備えた素敵なアホ共で退屈しません。
……魔法で角隠して大人しめの衣装に着替えただけの変装をした狂三ちゃんが居た気がするが、きっと気のせい。……多重分身系の魔法が使えると行動範囲が広くなるよな。巡業団で一番自由な奴だと思う。
さて、そういった集まりではちゃんと真面目な話もする。
俺も興が乗ったので自分の魔法論について熱く語ったんだ。もちろん不味いことは話してないが。
魔法というのは、夢とロマンに溢れたものでなくてはならない。
異論は認める。
だが、俺にとっては魔法とはそういうものなのだ。
……薄々分かっておられたとは思うが、善悪とか有用性、有害性はあまり考えていない。
二の次だ。俺にとっては。
まあ、頼りになる家族と友人たちがストッパーになってくれるので心配はいらんよ。
最初は自分だけが魔法で思う存分に遊べればそれで充分だった。
だが、欲が出てきて色々と魔法の産物をばら撒いてしまったんだよな。
最たるものが魔法武器。
ばら撒いた奴は割とテキトーに作ったものなので大した威力は無いけど。
家族に渡した奴はかなり強力な物が多い。俺の技術も進歩してるからな。
次に魔装服。
人間たちもこれをコピーして魔法の防具を作ってくれてるのは本当に嬉しいよ。
快適性に全振りしたようなのも作られてるし、デザインとかは俺も参考にさせてもらってる。
その他にも無数の魔道具。
武器ではない日常用品や娯楽の品には遠慮なく俺の魔法技術を振るわせてもらった。
代表的な品は何と言ってもゴーレムだろう。
地下にあえて簡易ゴーレムを大量に置いてきている。
ほとんどは『作業用ずんだもん』とか『探索用モブシリーズ』だが、色々な役目を持たせたレア物もあるので、是非とも探して欲しい。
もちろんゴーレム以外にも色々とある。魔法のボードゲームとか、傑作です。
空飛ぶホウキ、魔法の絨毯、不味いオートミールを出せるスプーン。そういった定番の品もあるぞ。
特に魔法の絨毯はアルちゃんと一緒に旅行で使い倒してるホットな代物だ。
夜空を飛びながら二人で『ホール・ニュー・ワールド』を歌うと凄く楽しいよ。
大体の品はゼーレに隠されているんだが、一番凄い奴は今は俺が持っている。
リーダーにあげたものだったんだが、結局、アイツは一度も使ってくれなかったから残念だ。
……まあ、必要ないものだったからだろうな。
その他もリーダーにはいろいろと渡したんだが、ゼーレの建国王の遺産のほとんどはその伝説だけを残して歴史から姿を消している。
誰があれらを見つけることになるとしても、俺としては準備を万全にしておくだけである。
できれば悪人には拾って欲しくないが、どうだろうなあ?
◆
勇者ヒンメルの死より30年後。
黄金郷となったヴァイゼでの戦いに、遂に決着がついた。
間違いなく歴史に残る戦いであり、巡業団はしばらくは世界各地でこの師弟の決闘について広めて回るだろう。
大魔法使いゼーリエが見ても「名勝負だった」と文句無しに言うであろう戦い。
その勝者は────人間の老魔法使い、デンケン。
「馬鹿な……なぜ、そこに……」
七崩賢、黄金郷のマハトは地面に大の字になって拘束されていた。
腹部には穴を開けられ、四肢は水銀で拘束されており、もはや反撃できない。完全な敗北だった。
マハトには信じられないことだった。確かに自分は勝利したはずだったのだ。
しかし、黄金の槍を投擲し空中のデンケンを貫き致命傷を与えたと思った瞬間、背後から高密度の『
その場に膝をつきながら振り返ろうとすると、その隙を逃さず、黄金の中に閉じ込めたハズの水銀が襲い掛かってきて拘束された。
そして今になってようやく、傷だらけながらも健在なデンケンが全く別の方向からやって来ているのを見た所だ。
状況を飲み込めないマハトに、デンケンは小さな銀の瓶を見せながら種明かしする。
「ゼーリエ様に貸して頂いたゼーレの秘宝、『写し身の雫』だ。これは使用者の装備も含めて完全に複製された分身を作ることのできる魔道具。……見事に騙されてくれたな、師よ」
──そう、マハトによって貫かれたのは偽物だったのだ。
この世に二つと無いであろう水銀の魔道具まで完璧に複製されていたため、マハトにも疑うことができなかった。
とは言え、やはり紙一重の勝利である。
『写し身の雫』は使用するために体力を消費する魔道具であり、数々のドーピングをしていたとはいえ老境のデンケンは使用したことで意識を持っていかれるところだった。
それでもマハトとの戦いの中で体力のギリギリを見極めながら、最適なタイミングを探して入れ替わったのだ。
水銀で身体を包むことで魔法薬で暴走している魔力を隠すことができるのを最後まで隠しきったのも、勝利に欠かせない要素だったと言えよう。
入念な準備と極まった技量に根性、そのどれが欠けても成功しなかった策。その結実だった。
だが、だからこそマハトには納得できない。
「それほどの手札を持ちながら、何故、今まで……」
「本当の切り札は勝てると確信した時に使うもの……、かつてお前が教えてくれたことだ……」
それは他ならぬマハト自身の教え。
皮肉にも、弟子はその教えを忠実に守り見事に師を破って見せたのだ。
それに思い至った師は、沈黙をもって敗北を認めた。
「……」
「……師よ。これで私の勝ちだな」
デンケンもボロボロではあったがまだ戦える状態。勝利者と敗北者はハッキリとしていた。
圧倒的な達成感と奇妙な寂寥感と共に、デンケンは勝利者の権利として約束を果たさせるために黒い瓶を取り出しながら前に出る。
そうしてその中身をマハトに振りかけようとしたその時、不意にその手が止まった。
いや、手が止まったのではない。
止まったのは全て。戦場に舞う塵や風、マハトとデンケン。空に浮かぶ雲。その全てが静止していた。
全てが停止した黄金郷に、いや未来への歩みを止めたこの世界に、誰かが歩く靴の音だけが響く。
いかにもな古めかしい魔法使いっぽいローブと大きなとんがり帽子のコーディネートを、これこそが魔法使いの正装と言わんばかりに誇らしげに纏い。
大陸魔法協会の一級魔法使いたちが人類の魔法技術を結集して築き上げた芸術品のような大結界を、まるで屋台の暖簾のように容易く通り過ぎ。
その手に持つ異形の杖『アマハラ』の石突で黄金の通りを叩き、その音で喜びを表しながら軽快に進む。
時が止まっていなければ、大陸最大の魔法国家である帝国は国家非常事態宣言を出しただろう。
いや、北側諸国の魔力を感じ取れる人間は、一人残らず暗黒の時代の再来を想起したかもしれない。
練達の魔法使いであればあるほど、かつての魔王軍との戦争を遥かに上回る絶望の顕現を確信したに違いない。
城塞都市ヴァイゼを中心に渦巻くその異常な密度の魔力は、禍々しい揺らめきで天を貫き、地平線を満たしていた。
ヴァイゼ地方を個人の魔力で優に覆っておきながら、これでも縛りと保険を残している状態。
真に全力全開なら、大陸の三分の一を軽く覆う魔力量。
真っ黒なのっぺらぼうが本当に素晴らしい魔法戦を見て心底から感動している様を、全身の震えで表現する。
「素晴らしい……! 何と見事な……!」
もはやその名を知る人間は誰もいない。
三千年以上を生きた古魔族にして最凶の魔法馬鹿が、城塞都市ヴァイゼに現れた。
◇
ヴァイゼ郊外の戦いも時が止まったことで終幕を迎えていた。
時を止めた術者に『許可』されて動けるソリテールとアウラは、現実を認識するのに少しの時を要する。
そして、再起動した時の反応は対照的であった。
ソリテールは恍惚で表情を歪ませて両手で頬を包み、アウラはあまりに非現実的な魔法に絶叫する。
「ああ……! 何て素晴らしいの……! まさに神の如きと形容するのが相応しい魔法! 本当に素晴らしいわ、我が絶対なる主よ……!」
「ウッソでしょ!? これ本当に魔法なの? 毎度思うけど、あの方の魔法は魔法の域を超えてるでしょ!? 何であの方が魔王やってなかったの!?」
興奮する二人と対照的に、アルは慣れたものとばかりに冷静だ。
実際、アルは何度この魔法で悪戯されたか分からないくらいである。
他者に干渉できるようになったのは開発からかなり経ってからだったが、散々に揶揄われた。
「魔王なんて罰ゲームあの人がやる訳ないでしょ。それと、これでも女神様の背は遠いみたいだから、褒めるのは良いけど褒めすぎには注意してね。ヘソ曲げるから」
そしてそのまま粛々と撤収作業に入る。
便利屋の三人が戦場の痕跡消去などの後始末の準備をする中、アルは既に完全に再生しつつあったアウラの身体のチェックをしながらソリテールとアウラに言う。
「意外ね、二人とも。相手がフリーレンとは言え、こうも見事に足止めされるなんて」
「面目次第もないわ……」
「ソリテールがもっとマシな鎧を寄こしてたら私は勝ってたわよ!」
上役であるアルが軽く叱るとソリテールは素直に己の落ち度を認めたが、アウラは大声で抗議した。
ちなみに相手が優しいアルでなければアウラは大体はもっと媚びる。
しかし今回はアルも辛口な評価を行う。
「いえ、アウラ。貴女は年の割に魔力は凄いけど他はお粗末な物だわ。『
「ええっ!? そ、それはちょっと……何とか上手く言っておいてくれないの、アル?」
顔を青ざめさせて悪足掻きしようとするアウラに、先程責任を押し付けられそうになったソリテールがニッコリ笑顔で言う。
「大丈夫よ、アウラ。私のコレクションを壊した挙句に文句を言う元気があるなら何とかなるわ。私は特等席で貴女の頑張り物語を観戦させてもらうから」
「うっ……ソリテール。さ、さっきのは冗談よ。……お願いだから見捨てないで!」
「フフフ。冗談よ。もちろん見捨てたりしないわ。私たちはお友達ですもの。もう魔族じゃないから嘘は吐かないわ」
アルはアウラを揶揄うソリテールから視線を外すと、静止したフリーレンを見た。
ヴァイゼでマハトが弟子に敗れたことも驚きだったが、この二人と三十体もの簡易ゴーレム部隊を相手に持ち堪えたフリーレン一行の奮闘も尋常ではない。
僧侶と弟子たちもソリテールの放つ剣の雨を受けながらもほとんどの簡易ゴーレムを葬って見せた。
それでも早期に制圧されたのは、ソリテールが伏せていた上級格闘用簡易ゴーレム『トダー』にフェルンが抑え込まれて生じた一瞬の隙を突かれたからだ。
あの策がはまらなければまだ戦えていたかもしれない。
そしてフリーレンについては言わずもがな。
最後の切り札で危うく逆転されるところであったのだ。
アルは万が一に備えて援護に入れるようにしていて本当に良かったと思う。
粘り強さもそうだが、フリーレンたちはやはり人類特有の強みを特に大きく持っている。そう確信させられる戦いだった。
アルの見つめる停止したフリーレンの表情は、南の勇者の最後の戦い以上に絶望的な戦力差にも関わらず諦めの色に染まってはいない。
「……『勇者ヒンメルなら諦めない』から、かしら……変わったわねぇ。……それにしても、やっぱりエルフの魔法使いって怖いわぁ」
しみじみと停止したフリーレンに向かって言うアルに、エリザベートがフリーレンのカバンを持ってきて報告する。
「アルちゃん、言われた通りにこれに『賞品』を入れといたわよ」
「ああ、ありがとね、エリちゃん。……『素晴らしい戦いには相応しい報酬を』。まあ、整頓が苦手な貴女じゃ、気付くのは大分先の話になるかもだけど」
聞こえてはいないが、アルは相棒からの伝言をフリーレンに伝えた。
そこへエリザベートが疑問を投げかける。
「でも、過分な報酬じゃない? コイツ、あの『
「……あれならどういう効果をもたらすかはあの人が調整できるから良いのよ。彼女なら悪い事は願わないでしょうし。…………それに、あの人もせっかく練習した魔法のミュージカルを披露する機会を欲しがってたし……」
「それ、絶対最後の理由が九割でしょ」
「……でしょうね」
今となってはすっかり親友の二人は、呆れた様なアトモスフィアを醸し出していた。
◇
…………城塞都市ヴァイゼの近郊の森に、潜む影が一つ。
それは戦いが始まる前から、仕掛人たちにも気が付かれずにずっと息を潜めていた。
時が止まったこの空間でも同じ様に────それは静かに『動いて』いた。
何度か思わずフリーレンたちを助けに入ろうかと迷うそぶりを見せてはいた。
だが、ソレには信頼があった。
フリーレンならこの状況でも切り抜けられるし、切り抜けられなくても殺されはしないだろうという信頼が。
そして今、この時。
待ち続けた機がやって来たことを確信し、動き出したのだ。
その目は集まった大魔族たちの中で最強の存在を、強い執念を滲ませる瞳で見つめていた。
この決闘が決まった時から、もしかしたら釣れるのではないかと思っていた相手だ。
恐らくはこの機を逃せばもうチャンスは無い。
だからこそ、必殺の意志を持って魔力を解放して超高速で獲物へとすっ飛んで行く。
同時に獰猛に口元を歪めて呟く。
「……泥棒猫め。お前に次は無い。…………殺してやるぞ、赤魔公アル」
人類最強の大魔法使いが、戦闘態勢に入った。