古魔族、放漫のトラオムの羽ばたき   作:リッチ

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流星の魔法

(これまでのあらすじ)

 相棒と共に魔族スレイに勤しんでいたフリーレンは師からの救援要請を受ける。人類の一大反攻拠点として物資と戦力が集積しつつあった北部大要塞都市へと、先んじて魔王軍が仕掛けて来る報告があったのだ。要塞都市まであと一歩と迫った二人だが、突如として闇夜を切り裂いて不吉な赤い輝きを灯す流星が落ちる! 魔王軍の大攻勢が始まったのだ!

 

 

 

 ◆

 

 

 

 黒雲によって星明り一つ見えぬ暗黒の満ちる夜。そこへ灯る巨大な篝火の如き大要塞都市。

 否、実際に燃え盛っているのだ。

 天より降り注ぐ流星が都市中に数十も落下。現人類でも最高峰の魔法使いたちが築いた隔絶大結界を障子戸の如く貫き、一瞬にして都市全体へと破滅的惨劇を齎す。

 炎と噴煙が夜を押しのけて照らす中、上空には集団で飛行し要塞各所へと降下する影。

 地上にはおぞましき咆哮とともに八方から包囲するように迫る影あり。

 

 

「間に合わなかったか……。いや、まだだ」

 

 

 都市より少し離れた山中の森の中。

 幼くも端正な顔立ちを僅かに歪め、フリーレンは忌々し気に都市に迫る不穏な影を睨むが、即座に切り替えて状況判断する。

 

 そう、奇襲を受けたがまだ敗北が決まった訳では無い。先に都市で待っていたはずの同胞たちやセンセイの死が確定した訳でも無い。帝国軍の騎士団や魔導師団だけでなく、各地から腕利きの魔物討伐隊や戦士団が集っていたはずなのだ。

 

 

「ねえ、ちょっと先行して……居ない。……早すぎるでしょ」

 

 

 振り返って後ろを歩いていたはずの相棒に相談しようとするフリーレンだったが、既にその姿は無かった。慌てて魔力感知すると、既に都市に向かって凄まじい勢いで駆けているところだった。判断が早すぎる。

 

 せめて相談して欲しいと思ったフリーレンだったが、今は一刻を争う状況なのは彼女も分かっていた。それに、分析や作戦立案能力ではフリーレンが勝るが、一瞬の状況判断能力や勝利の気配を嗅ぎ取る嗅覚では相棒の方が勝っていることを認めていた。

 

 とはいえ、一言すらかけずに鉄火場へと突っ込んで行かれるのには困った。普段はしっかりと計画を立てて、これ以上は無いという阿吽の呼吸での連携ができているのだが……。

 

 

「つまり、本当にやばい状況ってことだね。……まあ、分かるけど」

 

 

 フリーレンも言葉少なく駆け出す。戦場へ。魔族を殺し、仲間を救うために。

 

 都市周辺から感じる魔力反応は絶望的なほどの戦力をフリーレンへと伝えていた。

 地上軍の大半は使役された雑多な魔物の群れだろう。脅威度は比較的低いが、あまりにも膨大過ぎる。とはいえ、これだけなら問題はない。人類も大陸でも最高峰の質と数を揃えつつあったのだ。

 

 問題はフリーレンたちとは反対方向から少し遅れて迫る魔王軍の本隊と思わしき部隊。

 そして、空中より都市へと襲い掛かっている魔族たちだ。

 どちらにも油断できぬ強力な魔力反応が大量である。間違いなく魔王軍の中でも精鋭であろう。

 

 恐ろしいことに大魔族と呼べるレベルの存在が両手の指の数を超えるほど確認できてしまった。

 

 ────その中に混じる、一際巨大で、絶望的な程の二つの大魔力も。

 

 地上と空に一つずつ。魔族の特性を考えれば、間違いなく指揮官であろう。

 それは並の人間の軍勢では何万居ても抗えない、災害の如き絶望でもあるが、同時に討伐することで配下の軍勢を全て敗走させられる可能性を持った、かすかな希望でもある。

 

 

 空より襲い来る脅威については、フリーレンは予測が付いていた。いや、彼女でなくともその恐ろしさを知らぬ者など、今やこの大陸には存在しないと言ってもいい。

 

 

「遂に遭遇したか、『血染めの翼』。……いや、どうせ遅いか早いかだ。……魔族、殺すべし」

 

 

 魔王軍最強にして最恐の航空部隊、『血染めの翼』。

 大陸中に神出鬼没に出現し、大都市や時には一国の首都すら一夜にして灰燼へと変えてしまう恐るべき魔族部隊である。魔族の中でも特に飛行技術に長けた精鋭だけが集められる部隊であり、大陸の空を支配しているのは魔族であると、数百年に渡って示し続けている。

 

 

 そもそも上空からの攻撃に対して人類はほとんど成す術がなく、一部の例外を除いて弓や魔法で打ち返そうにも、ほとんど届く事すらない。

 

 攻撃力の高さから都市を覆う大結界ですら破られてしまうため、現状では人類は結界の防御力ではなく再生能力を高め、穴を開けられてもすぐに塞ぐことで侵入されないようにすることに重きを置いている。根本的な防衛策にはならないが、魔族とて魔力は無限ではないからだ。

 

 魔族は人を喰うために最終的には降下してくる。それが唯一の反撃チャンスであり、それまでに被害を抑え相手をどれだけ消耗させられるかで、防衛の成否が決まる。

 

 まとめると、現状ではとにかく耐えて根負けさせるしかないというのが、帝国に集う人類最高峰の魔法使いたちが出した、あまりにも絶望的な結論だった。

 

 地上が『血染めの翼』によって蹂躙され始めて以来、都市どころか村にもやりすごすための防空壕が掘られるのが当たり前となり、大穴より地底へと移住する者たちが多数出た。

 これによって地底にも新国家が乱立し、戦場は結局地底にも広がるのだが、それはまた別の話。

 

 

(まともにやり合えば一方的に磨り潰される。でも、それじゃあ魔族にはうま味が無いし、今回は魔族にも地上軍がある。『血染めの翼』の爆撃も乱戦ではそれほど徹底しては行えないはず。そこを突いて指揮官を、『破壊の魔天使』を討ち取る!)

 

 

 フリーレンは森を駆けながらも立ち回りについて冷静に考える。

 必死に見知った仲間たちへの救援に向かいたい気持ちを抑えながら。

 それは自分の成すべきことではないからだ。一秒でも早く指揮官を討ち、敵を敗走させることが何よりの援護になる。

 それに、センセイや仲間たちは簡単にくたばるようなタマではない。特に、先に行った自分の同族の相棒である()()()()()()──は信じられないくらい頑丈だし、その母親はそれ以上な上にフリーレンたちよりも歴戦だ。変態だが。フリーレンはそう信じている。

 

 

 走りながら腰に下げてあったカンテラ状の魔道具の明かり部分のカバーを開く。

 その中に輝くのは光源ではなく、封魔鉱。

 カンテラ状の覆いがその効果を遮断する魔道具であり、開いたことでその特性が発揮される。

 

 即ち、フリーレンは一切の魔法が使えなくなる。

 戦場にあってこれは言うまでもなく極めて危険な状態だ。純魔法使いであるフリーレンは、不意に敵と遭遇すれば成すすべなく討ち取られるだろう。だが、それでも彼女は使用を決断した。

 

 

(……初撃が重要だ。アンブッシュでどれだけ削れるか、それで全てが決まるかもしれない)

 

 

 この状態で敵の魔力感知を欺いて接近し、殺す。その覚悟をフリーレンは決めたのだ。

 

 要塞都市では流星の衝撃より生き残った人間たちが反撃の鬨の声を上げ、遂にイクサが始まる!

 

 走れ! フリーレン! 走れ!

 

 

 

 ◆

 

 

 

「チッ……、狼狽えるんじゃないよ! 状況を報告しな!」

 

 

 要塞でも特に堅牢に作られたはずの指揮所には大穴が空き、そこら中で悲鳴と苦悶の声が響き渡っていた。

 随分と見晴らしがよくなってしまった窓、というか消滅した壁から、大魔法使いフランメは外を睨みつつ、周囲の高弟へと活を入れた。

 しかし、彼女も無傷ではない。流星の衝撃で執務椅子から放り出されて全身を強打。

 辛うじて耐えて立っているが、頭部からは流血し、吐き気も酷い。

 

 だが、彼女はまだマシな方だった。

 近くに居たはずの弟子の一人は咄嗟に彼女を庇って隕石の直撃を受け、もはや僅かな残骸すら見当たらない。突如として地獄が顕現したかの如き修羅場だった。

 

 

「アイエエエ! 被害甚大です! ここだけではなく、要塞全体で酷い破壊と火災が起きています!」

 

「き、騎士団長との連絡が取れません! 宿舎が跡形もなくなっています! 高級将校が全滅したかもしれません!」

 

「城壁の上で戦闘が始まっています! ち、『血染めの翼』です。それに、地上からも強大な魔力反応が猛烈な勢いで迫っています!」

 

 

 無事だった魔法使いと兵士たちが報告するが、内容は破滅的!

 だが、魔法使いは使い魔や頑丈さ故に比較的被害が薄かった古代ゴーレムたちに命令を下し、救助と消火に走り回り、兵士は部隊を編成しようと試みていた。即座にだ! 伊達に人類の精鋭を集めていたわけではない。

 

 

「上空の敵を近づけるんじゃないよ! 結界の穴は直ぐに塞がる! 部隊を編成して迎撃の準備をするんだ!」

 

 

 大魔法使いフランメは身体を支えようとしてくる古代の指揮官級ゴーレムを振り払い、指示を飛ばす。

 統一帝国きっての女傑は、この危機にあってもいささかの絶望も無い。

 彼女のカリスマ性と戦意にあてられて、混乱していた配下たちも動き出す。戦うために!

 

 その後も各員が全力で事態の収拾に当たり、驚異的な速度で立て直しが進んだ。

 

 無事だった帝国兵と魔法使いを適切に援軍へと派遣。

 要塞へ現着していた魔物討伐隊へも伝令を飛ばして、地上戦へと備える。

 フランメの護衛として侍っていた糸目の指揮官級ゴーレムは、下位個体であるセイジツモブたちを率いらせて城壁へと上げた。

 

 

 

 

 

 流星の着弾から7分。

 立ち直りつつある指揮所へと、えらく薄着のエルフの大英雄がやってきた。

 長男ゼルが率いるエルフが多数所属する魔物討伐隊の副長、次女リヴェリアも一緒だ。

 

 なお、大英雄本人は単独で要塞へ来ていた。魔王軍の襲撃の気配があることは彼女からの情報である。残念ながら、完璧な対応は間に合わず、奇襲を受けてしまったが。

 

 彼女は煤で汚れてはいたが、いつもの溌剌さに陰りは無い。

 

 

「フランメ! 無事!?」

 

「ああ、そっちも無事だったか。……センセイにアンタの死亡報告をせずにすんでホッとしたよ」

 

「馬鹿おっしゃい。この程度でこの私がどうにかなる訳ないでしょ! って、そっちは怪我してるじゃない! 治療させなさいよ」

 

「応急処置はさせたさ。だが、今は僧侶も魔力を温存させないとな。お前は負傷しなかったのか?」

 

「えーと、まあ、そうね。私もウチの子たちも無事よ」

 

 

 お互いの無事を確認し、二人は安堵の息を吐く。

 だが、リヴェリアは呆れたように補足した。

 

 

「……母さんは皆を庇って普通に直撃貰ったよな? 心臓が止まるかと思ったぞ。……いや、何で無事なんだ。傷もここに来る途中で治っているし」

 

 

 不可解さと安心と不甲斐なさを混ぜ合わせた難しい表情を作るリヴェリア。

 

 そんな彼女に対して、母親とフランメはからからと笑い飛ばす。

 

 

「この程度でどうにかなってるようじゃ、()()を超えるなんて夢物語だもの! あんたも魔法だけじゃなくもっと鍛えないと駄目よ、リヴェリア」

 

「フフッ……それを聞いたらセンセイも喜ぶだろうね。その恰好と性癖にさえ目を瞑ってくれればだが」

 

「じゃあ、当分は無理ね!」

 

 

 しっかり者で兄弟姉妹からの信頼は厚いが、常識人故に母親を止められないリヴェリアはため息を吐く。

 

 

「いや、無理じゃないが。……とりあえず、作戦を聞かせてくれ」

 

 

 すると二人は直ぐ様に切り替え、真剣な表情で話し合いを始めた。

 

 フランメは懸念を伝えつつも、これからの動きについて語る。

 

 

「空も不味いが、実は地上の方が危ない。敵戦力は予想以上だ。おそらくだが、結界はもうすぐ完全に破られるだろう」

 

「あら? 自慢の高速再生結界でしょ?」

 

 

 フランメはチラリと自身の腕を見やる。本物と寸分違わないように見える義手を。

 

 

「……奴が来ている。私が間違えるはずが無い。『滅亡の鞭(邪神ちゃん)』だ」

 

「あー、ミカだけじゃなく、蛇さんも来てるのか……。魔王軍の三魔将の内の二人が来てるなんて、向こうもマジね。それで、『急速な老いを与える魔法』はやっぱり防げない?」

 

「1000年は持つように作ってあるんだけどね。流石に永遠に持つ結界は作れない。悔しいが、奴の呪いの前ではどんな障壁も長くはもたないよ。だから要塞内部での乱戦を前提に戦うしかない」

 

 

 魔王軍には明確な階級差は無いが、人間よりもずっと実力主義であり、必然的に軍勢を率いられるのは大魔族に限られる。

 特に、今回の様な大規模な軍勢をまとめられるのは、大魔族の中でも特別な存在のみ。

 

 特別な魔法、図抜けた技量、膨大な魔力。そして、魔族の域を越えつつある性質。

 我の強い大魔族すら配下に加えられる者。

 魔王と同じく、古代より生き延びる災厄。──即ち、古魔族だ。

 

 彼女たちはそんなおぞましき怪物を相手にしなければならないのだ。

 

 

「ハードな夜になりそうね。リヴェリア、悪いけど、どこまで守ってあげられるか分からないから……」

 

「いつまでも子ども扱いしないで欲しい。一度、里を出た以上、最後まで私も戦う」

 

 

 覚悟を示す娘に、母は微笑む。

 

 そうしてフランメに尋ねようとして──

 

 

「その意気やヨシ! それでフランメ、私たちはどっちを──あっ」

 

「お前たちは切り札だ。悔しいが私の弟子たちより強い。すまないが大魔族たちを──あっ」

 

 

 まず、エルフの大英雄が、続いてフランメも感知する。

 

 リヴェリアはしばらく首をかしげていたが、不意に彼女も感じ取って顔を青ざめさせる。

 

 

「どうしたんだ? 一体──、ウぇッ!? ……こ、これは…………姉さんか」

 

「あんたね。家族なんだからその反応は無いでしょう。いじめられたこともないでしょ」

 

「そ、それはそうなんだが。どうしても苦手なんだ。私だけじゃないぞ! あの人は苛烈すぎて怖いんだよ」

 

 

 エルフ一族の長女の武名は高いと言うかヤバい。

 英雄ではあるが、羨望ではなく畏怖を集めるタイプである。

 もちろん、それと組んでいるフリーレンもほぼ同じ扱いだ。

 

 ここ数年で大陸の誰よりも魔族を殺している二人組、『葬送』と『煉獄』。

 片方は復讐心から、もう片方はそれに加えて飽くなき闘争心から。

 一般市民はおろか、同業者である魔物討伐隊からもドン引きされるほど苛烈に、徹底的に魔族を狩り殺す様から、半ば狂人として扱われている。

 

 フランメは軽く頭を抱えつつも、戦力計算する。間違いなくフリーレンも辿り着いている。だが、あの二人でも古魔族とその配下の相手は──しかし、戦力配分を考えれば──悩みに悩み、それでも彼女は決断する。

 

 

「二人は地上の敵本隊とは逆側の外壁に集結しつつある『血染めの翼』に当たるようだ。……そっちはしばらくアイツらに任せる」

 

「……分かったわ。それじゃあこっちは、蛇さんをさっさと片付けないとね」

 

「それは……いくら姉さんとフリーレンといえども、二人では……いや、分かった。全力を尽くそう」

 

 

 エルフの大英雄はフランメの判断を僅かな逡巡のみで受け入れ、リヴェリアも悩んだ末に受け入れる。

 

 犠牲は既に多数出ているのだ。それにこの戦場に安全な場所など無い。

 身内といえども感情に振り回されて助けに行くわけにはいかない。

 彼女たち二人は討伐隊の家族と仲間たちと合流して迎撃に向かうべく、フランメと別れる。

 

 

「そういえば、ナルメアから『一等星』の称号を貰った戦士も来てるんでしょ? 同じ色の星持ちとして、一度会ってみたかったのよね」

 

「ああ、例の()()()()()だったか。彼女にとっても『滅亡の鞭(邪神ちゃん)』は宿敵だ。先祖の無念を晴らすための対策もあるだろう。期待させてもらおうじゃないか」

 

 

 仲間の無事と勝利を信じて、己の役目を果たすために戦場へ。

 

 彼女たちだけでなく、この要塞に集った人間たちは皆同じように最善を尽くそうとしていた。

 

 要塞内で鼓舞し合いながらそれぞれの持ち場へ向かう兵士や魔法使い、僧侶たちとすれ違いながら、二人は己の敵の元へと急いだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「うーん、うーん、……ぐぅ……許さない…………殺してやるぞ、赤魔公アル……」

 

 

 黄金の呪いより解き放たれた城塞都市ヴァイゼ。

 その功労者の一人であり、記録にある限り人間の歴史でも最大の魔族撃破数を誇るエルフは、数日経っても寝込んだままだった。

 

 なお、彼女の魔族撃破数のほとんどは900年近く組んでいた相棒との共同戦果である。

 相棒が一身上の都合で隠居したために、魔族からのヘイトを下げるために少しだけ隠匿したフリーレンだったが、結局、数十年でヒンメルがやってきてなし崩し的に仲間になった過去がある。

 

 そのままなんだかんだで魔王を討伐してしまったのだが。

 

 

「まだ目覚めませんね。フリーレン様」

 

「まあ、かなり無茶したみたいだからなあ」

 

 

 弟子フェルンはまだベッドの上だが、彼女は昨日には目覚めていた。

 シュタルクの方は即日で数時間で復活していた。

 

 ここに居ない僧侶は無事だったようで、今日も領主のところへと出かけている。

 

 

「よくもまあ、あの状況から生き残れましたよね、私たち」

 

「まあな。しっかし、今の時代に古魔族にまで出くわすとはな」

 

 

 フェルンは胸の前で手を組み──組めなかったので、胸の下で組み、ため息を吐く。

 シュタルクは明後日の方向を見ることで、強調された山脈から目を背けつつ、無難に会話を続ける。

 

 それに察し、少しばかり膨れながらもフェルンは尋ねる。

 

 

「……あの圧倒的な魔力。正直、人間が勝てる相手には思えないです。改めて、フリーレン様やハイター様の成し遂げたことがどれほどの難行だったのか、理解させられました。シュタルク様は、どう感じました?」

 

 

 思い出し、少しばかり震えるフェルンだったが、シュタルクに気遣う余裕がなかった。

 一緒に山脈も鳴動していたので。

 

 それでも、頭を掻きつつ答える。

 

 

「ちょっと記憶が曖昧なんだよなあ。つーか、あの黒仮面だけでもギリギリだったし」

 

 

 彼らの認識としては、戦闘中に赤魔公一派の乱入があり、例の最強のエルフ親子──ようやく仲直りした二人の援軍によって辛くも切り抜けたというものである。

 

 大魔法使いゼーリエが異常に消耗していたのには驚いたが、何故か娘の方はピンピンしていた。

 純粋な魔法使いと魔法戦士の差かもしれないと、何となくフェルンは納得していたが。

 

 フェルンの隣のベッドに腰掛けたシュタルクは、その上で胡坐をかきながら呟く。

 

 

「でも、御先祖様は大魔族どころか、あれと同格の古魔族を討伐してんだよなあ。あー、俺もちょっとは強くなってきたと思ったんだが、まだまだだな。貰った『星』に相応しい戦士にならねぇと……」

 

 

 シュタルクが胸元にピン止めされた銅色の星の飾り──『三等星』を弄りながら言っているのを見たフェルンは、思わず前々から思っていた不満を告げる。

 

 

「……それ貰って、露骨に嬉しそうにしてましたよね。それに旅の途中でもそれ見せるだけでちやほやされるようになりましたし。……私は頑張って一級魔法使いの資格を取ったのに、全然注目されないのに」

 

「え? あー、そりゃ仕方ないでしょ……。これは千年以上前から一流の戦士の証だった訳だし。信頼度が違うのはな。大陸魔法協会はまだ百年も続いてないし……」

 

「……むう」

 

「ちょっ、やめて! 取ろうとしないで! そもそも俺のせいじゃ無いじゃん!」

 

 

 フグの如く膨れてしまったフェルンに『三等星』を強奪されそうになり、涙目になって慌てるシュタルク。

 二人にとってはいつも通りのじゃれ合いである。少なくともフリーレンとハイターはこの旅で幾度となく見ていて、微笑ましく思われている。

 

 

 ──戦士たちにとって特別な証である『星』。

 

 それは、千年以上に渡って最強の戦士として君臨する『角折り』が、実力を認めた戦士に渡す証だ。

 巡業団が権力で動かないのは大陸の誰もが知っている通り。

 故に、『星』は無数の称号の中でも戦士たちに最も尊ばれているのだ。

 

 そして英雄譚の主役は何だかんだで戦士のことが一番多く、魔法使いの人口は現代ではかなり増えているとはいえ、やはり戦士のほうが圧倒的に多い。

 巡業団の長年の宣伝によって魔法使いの人気は確保されているが、鋼と筋肉への人々の憧れは強いのだ。

 

 

「でも、本当にあんなのを倒せる人間の戦士がいたなんて、なかなか想像できないです」

 

「……まあ、フェルンは魔法使いだからな。でも、本当のことさ。俺の村の戦士たちは、ずっとご先祖様の英雄譚を聞いて育つから。同じように『星』を貰える戦士になるのは、みんなの憧れだったんだ。……あれ? そういや、フリーレンは『滅亡の鞭(邪神ちゃん)』が討伐された戦場にいたんじゃなかったっけ?」

 

 

 しばらくして、少し落ち着いたフェルンにホッと一息ついたシュタルクは、子供の頃に聞かされたお話から思い出す。

 

 

「起きられたら聞いてみましょうか」

 

「そうだな。……つっても、実は『一等星』の戦士の逸話は、俺も半分くらいは嘘くさいと思ってるんだが」

 

「ほら、やっぱり眉唾です」

 

「……フェルン。師匠や勇者ヒンメルも『星』を貰ってるのは知ってるか?」

 

 

 不意にシュタルクは真面目な顔になって、フェルンに尋ねる。

 

 フェルンは顔を急に近づけられたことにビックリしながらも答える。

 

 

「えっ? それはそうでしょうが……やっぱり『一等星』ですよね?」

 

「いや……師匠も勇者ヒンメルも、『二等星』だ」

 

「は?」

 

 

 フェルンが理解不能とばかりに眉を顰める。

 冷たい眼光に貫かれたシュタルクは、再び身を竦ませる。

 

 シュタルクとしても納得がいっていない話であるのに、怒りの感情をぶつけられるのは彼である。理不尽!

 

 

 

 ……『角折り』が戦士に与える『星』は三種類。

 

『三等星』は、一流の戦士の証にして、英雄候補と見なされる。

 相性の良いパーティを組むことができれば、戦場を左右し得る戦士であり、大魔族の首にも手が届く。

 

『二等星』は、文句なしの英雄の証。

 単騎で局地戦の戦況をひっくり返せる戦士にして、大魔族とも互角以上に戦える存在。

 

 

 ──そして『一等星』は、『角折り』が状況次第で自身に勝り得ると認めた最強の戦士の証だ。

 

 

 大魔法使いフランメ曰く、人類の切り札。超英雄。

 

 魔王曰く、最大の障害。

 

 夢の世界に在住の、ある古い魔法使い曰く、バグ勢。

 

 

 

 一つの時代に『二等星』は五名から十名前後居るとされるが、『一等星』は歴史上で片手の指の数に満たない。

 

 最後に『南の勇者』が授かって以来、新しい『一等星』は戦後の世界には誕生していないのだ。

 

 存在していたことは確かだが、その実力を訝しむ者たちが出て来るのも仕方がない話ではあるだろう。

 

 

「あの古魔族のぶっ飛び具合を思えば、勝利した人間側にもそれくらい強い戦士が居たっていうのは、頷ける話ではあるんだがな」

 

「……そういえば、そのご先祖様はどんな戦士だったんですか?」

 

 

 フェルンの問いにシュタルクはガックリと項垂れる。

 

 

「……マジで知らないの? 流石にショックだ……。そりゃ、魔王を倒した勇者ヒンメルほどじゃないけど、知名度は歴史上の戦士じゃ五指に入ると思ってたんだけどなぁ。……『次元断』だよ。『次元断』のユリネって言うんだ」

 

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