黒煙が夜空の黒雲へととめどなく立ち昇り、魔法の閃光と白刃の煌めきが夜陰を切り裂く。
奇襲で生じた負傷者を必死で救助しつつ迎撃する人間たち。
『食事』と『闘争』、そして己の存在価値である魔法を研ぎ澄ます絶好の機会に舌なめずりしながら、怒涛の如く押し寄せる魔族たち。
人類の反攻の要となるはずだった大要塞は、今まさに死と混沌に満ちていた。
その狂騒を昆虫めいた無機質な目でつまらなさそうに眺める異形。
それは背後に無数の魔族を従えて、要塞へとゆっくりと歩みを進める。
まるでピクニックでもしているかのように、のんびりとした歩みだった。
「あー、かったるいわあ。どうしてこの私が……あの
気だるげに黄金の髪をかき上げながら、欠伸すらする。
とてもこれからイクサに臨む者とは思えない程の落ち着きぶり。
だが、彼女にはそれが許される。文句を付けられる者など居ようはずがない。
少なくとも、魔王その人以外には。
先程、歩みを進めていると言ったが、それには少し語弊がある。
その下半身は光沢のある鱗を纏った蛇体であり、地面を蛇行しているからだ。
彼女こそはこの場の魔王軍の最上位者。
いや、この場だけでなく、魔王軍全体で見ても五指に入る権力者であり、実力者なのだ。
――――魔王軍が『三魔将』、『滅亡の鞭』ロックブーケ。
人と魔の両勢力から、魔王軍の宿将と見なされている大魔族の中の大魔族である。
彼女は苛立たし気に目の前の要塞を、それに攻めかかっている配下たちを睨む。
既に流星が開けた結界の穴は修復しており、そこから侵入していた魔物たちは混乱から立ち直りつつある人間たちに少しずつ押され始めていた。奮戦しているのは逆側上空から最初に仕掛けた精鋭部隊、『血染めの翼』の魔族たちだろう。
「情けないわねぇ。こんな結界もどうにかできないの?」
結界の外側に八方から取りついた魔物の群れや、先陣を任された地上軍の魔族たちは物理と魔法で破壊を試みているが、成果は上がっていない。
だが、そんな理屈など、この本隊の者たちは知った事ではない。
『滅亡の鞭』がその絶大な力で率いるは、大魔族六名とそれに準ずる将来有望なエリート魔族が二十数名。
これが彼女の魔王軍内での
それ以外の人員は必要な時に必要なだけ集める。今回で言えば、先陣を切らせた者たちより多少マシなのを本隊突入の際の肉壁として用意してきた。
『滅亡の鞭』は、先に魔物の群れと共に突撃させられた年若い魔族たちを脳内であっさり切り捨てる。元より大した期待はしてなかったが。
「魔族の実力者にデカいイクサで先陣切りたがる奴は少ねぇだろ。俺はお前に止められなきゃ行ってたが。……で、さっさと行かねぇのか? 不本意なのは知ってるが、あの自称お姫さんだけを突っ込ませたなんて言われたら、もっと面倒な事になるだろ?」
背後から野太い呆れ声が掛かる。
優に成人三人分はあろうかという身長で、大金棒を担いだ巨漢の大魔族が、上官への敬意の欠片も無く言う。
しかし、『滅亡の鞭』はそれを大して気にはしない。
魔族は個人主義。実力者ほど我を強く出すのは当たり前。
とはいえ、彼女にここまで強く出られる者は限られているが。
面倒事を避けるため、ムラハチにされないために、仲が良い相手と群れただけとも言える。
忠誠心などは望むべくもない。まあ、『滅亡の鞭』も内心では魔王への忠誠心など全くないが。
そんなことは誰もが承知の上である。
知性の問題ではなく、魔族の習性の問題であるから仕方がないことなのだ。
「うっさいですの、カイドウ。どうせあのピンクはくたばらないわよ。頑丈さじゃアンタとどっこいなんだから」
彼女も見てくれに反して、巨漢に負けず劣らずガラが悪い。
「しぶとさじゃムカゴの奴が一番だろうがな。それよりさっさと始めようぜ」
「……ふん! お前たち! 要塞内には面倒なのがいくらかいるみたいだからな。全力で暴れて、好きに喰らうがいい! 手を抜いてこっちに押し付けたり、ブザマを晒した奴は私の魔法で塵にしてあげますの!」
宣言と共にこの戦場では図抜けた異常なまでの大魔力をみなぎらせる。
背後の大魔族たちはそれでも多少表情を繕うくらいで怯えたようには見えなかったが、大魔族の域に届かない者たちは「ヨロコンデ―!」と声を揃えて返事をする。
実際にヤバイ相手と遭遇したらどうなるかは分からないが、早々には崩れないだろう。
彼らはこれが脅しでは無い事をよく分からされているのだ!
そして、戦意を見せる強大な魔族たちに対して更に緊張しているのは、当然ながら対面している人間たちである。
魔族たちは結界まではもはや数メートル。
要塞の城壁からは二十メートルといったところ。
もはや目が良い斥候などは互いの顔の汗が見える距離である。
彼らは既に悟っていた。最初に魔王軍の本隊を受け止める自分たちは生き残れないであろうと。
それでも、武器を打ち鳴らし、女神への祈祷のチャントを唱え、ウォークライによって戦意を保つ!
「「「ガンバルゾー! ガンバルゾー! ガンバルゾー!」」」
おお、なんたる英雄的自己犠牲精神か! 後に戦う仲間の為、人類の勝利のため、少しでも時間を稼ぎ、魔族たちの体力と魔力を削り、捨て石となるつもりなのだ!
……だが、強固な意志だけで本懐を遂げられるほど戦場は甘くは無かった。
大魔族は一騎当千の怪物。そしてその古株ともなれば、もはや小さな生きた災害なのだ!
「……お前ら、五月蠅いよ」
吐き捨てるような『滅亡の鞭』の冷酷な言葉。
次の瞬間! 彼女は歴戦の戦士でも残像しか見えない速度で得物を振るった!
彼女の異名の由来となった魔法武器たる伝説の鞭を! それは質量を無視して数十メートル伸びて前方を薙ぎ払う! 先端速度は容易く音の壁を切り裂き、銀色の輝く糸の如き残光だけが残った。
「え?」
……唯一、幸運な事を上げるとしたら、苦しみも恐怖も、認識できた者がほぼ居なかったこと。
気が付けば結界は雪の如く溶けて消え行き。
強固で分厚い石と鋼の城壁はゆっくりと砂に還り。
そこに籠っていた人間の勇士たちは、一瞬にして骨と皮になり、理解できぬままに塵となった。
――時間にして六秒。都市を覆う結界は再生すら許されずに消失し、壁も勇士も失われた。
「さあ、始めますの。……ジゴクを作りなさい」
「「「ウオオオォォォ――――――!!!」」」
合図と共に、魔族たちが我先にと要塞内へと乗りこんで行く。
一際目立つのは、『竜化の魔法』で一瞬にして巨竜へと姿を変えたカイドウだ。
『滅亡の鞭』はそれを見ながら考える。
(カイドウの魔法、高めて行けば、ひょっとしたらその内に寿命まで竜並になるかもね。だとしたら、新しい古魔族の誕生か……。そうなったら私の下からは抜けるでしょうけど、アイツならまあいいか。臭いし)
そこでふと、思考を戦場の反対側に居るであろうもう一人の
「あの面倒くさいピンクみたいにならなきゃ何でもいいか。何がお姫様だよ……いや、魔王が言うことが確かなら、
◆
「ミカ様! 結界が消えたようです! ロックブーケ様がやってくれました!」
「うん、流石ロックちゃんだね! それじゃあ、こっちも予定通り。みんな、小隊に分かれて攪乱に回ってね!」
要塞の反対側では、大破壊を齎した元凶がニコニコと微笑みながら部下とお話ししていた。
命令を受けて部隊は即座に要塞各地に散り、上空からの魔法爆撃を始める。
その様を満足げに眺めながら、彼女は城壁の上で可愛らしくクルリと一回転した。
なお、その足元……あちこちが崩れかけた城壁の上には、無数の焼け焦げた原形を留めぬ遺骸が転がっていた。
言うまでもなく、彼女が魔王軍『三魔将』が一角、『破壊の魔天使』ミカである。
美しい少女の美貌と神々しい天使の様な翼、そして何らかの魔法の産物であろう
もちろん、そんなはずはない。彼女はその真逆の存在だ。
上げた戦果は魔王軍でもトップ。それも個人戦果と『血染めの翼』という部隊の両方でだ。
何故かというと、彼女はとても
興奮気味に真っ白い羽根を嬉しそうにパタパタと上下させながら、要塞城壁の上に残している予備部隊の副官たちに語る。
「無理しちゃだめだからね。部隊内ではもちろん、別働隊とも連携して戦ってね。みんな大事なお友達なんだし、それが一番生き残れるんだからね」
「大丈夫よ、ミカ様。ここにいる者たちは皆、理解しているわ。先に行った部隊の新人たちは怪しいけど、お目付け役も付けたじゃない」
「でもでも~、心配だよ。ロックちゃんももっと念入りに私に爆撃させてくれれば良かったのに」
「それじゃあ皆が魔法を使う機会もなくなるし、何より『流星の魔法』を使い過ぎたら何もかも跡形も残らないんだから、物資の略奪も、『食事』もままならなくなるじゃない」
「うう……それはそうだけど。…………みんなよく食べるよね」
言っている傍から部下の一人が焼け焦げた何かを齧っているのが見え、ミカはさりげなく目を逸らす。
四人いる大魔族の副官の一人である今しがた話していたネリエルもすまし顔をしているが、先程は大きな腹の音を鳴らしていた。食べぬ事には戦えない。それは生物である限り真理ではあるが……。
子供に言い聞かすように命令するミカの様子からは、普段から彼女が『血染めの翼』の統制に苦労しているのが透けて見える。
だが、その苦労の甲斐あって、魔王軍で最も練度の高い部隊が『血染めの翼』である。
各地をミカが直々に飛び回って有望かつ比較的御し易そうな魔族を集め、従えば強くなって長生きできると示し、様々な利益を餌にして鍛え上げているのだ。
魔族は感覚でやっている飛行魔法の指導や、各人が持つ唯一の魔法を高めるためのアドバイス。
ミカが各地で集めた貴重な魔道具を支給。特に貢献した者へは貴重な魔法の武器すら授けている。その他の福利厚生などもミカは頭を捻って実施している。間違いなく魔王軍でもっとも高度に組織化された部隊でもあるだろう。
欠点はあまりにも戦闘が多いこと。
これはミカが魔王軍の勝利のため、そして自身の軍内部での立場を強くするために各地を転戦しているせいだが、普段はリスク軽減のために戦場は選ぶし、もっと爆撃は念入りに行われる。おかげで隊員の生存率も実際高く、実戦経験も豊富だ。
まとめると、規模では『滅亡の鞭』の派閥に劣るが、平均的な質と実績では大きく上回っているのがミカの派閥でもある『血染めの翼』だ。
魔王や宰相からの覚えもめでたく、重要な任務を任されることもある。……
それはミカ本人も知っていた。
それでも彼女は魔王軍……というより魔王の掲げる目標と理念を大真面目に支持しているのだ。
無意識に精神を落ち着けるために羽を手入れしていたミカだったが、要塞外から自分たちの居る方面へ凄まじい勢いで迫りくる大きな魔力を感知して首をかしげる。
「うん? 誰かこっちに後詰に来るって言ってたっけ?」
「いいえ。予定には無いわね。……勝ち戦と見た飛び入りじゃない?」
「それが一番あるかなあ。……ほんと、みんな自由過ぎて困っちゃうよね」
それでも念のために拾い食いをしていた部下を何人か送るよう命令を下す。
魔族は統率者の統率力が弱いと、気分で唐突に直帰行動を取ったりする反面、おこぼれにあずかれそうだと認識するとどこからともなくシレっと加勢してきたりするのだ。
『血染めの翼』でも初期は、甘いミカを侮ったバックラーが大量発生して困ったものだ。幸いにもその度に熱心に暴力で説得していたらみんな従順になってくれたが。
(やはり暴力……暴力は全てを解決してくれる……)
諸説ある。
それはともかく、今回も後から来たのにデカい顔をするイディオットならばちょっと暴力で分からせるだけだと思っていた。
そう、まさかこの『血染めの翼』が陣取る死地に、単身で突っ込んでくる無謀な挑戦者などありえないと思っていたのだ。
「――は?」
その予想は見事に裏切られた。
向かわせた部下の一人の魔力反応が途切れる。
『破壊の魔天使』の纏うアトモスフィアが危険な色に切り替わったことを悟り、配下たちの顔が雪めいて青ざめる。
普段は仲間には優しいこの女魔族が、プッツンするとどれほど恐ろしい怪物に変わるのかを彼らはよく知っている!
果たして、一体何者がこの魔王軍屈指の精鋭部隊に挑もうとするのであろうか?
◆
「ぶち壊れるがいいわ! 『白炎の衣の魔法』!」
「「「グワーッ!」」」
光り輝く白い炎が女性の背後から断罪の矢めいた形状で乱射される!
光の矢と化した白い炎は、飛んで逃げようとする魔族をホーミングして着弾! 防御魔法貫通! 哀れ魔族たちは内臓から炭化して絶命! グッドクッキング!
接敵から決着までゼロコンマ数秒。
派遣された『血染めの翼』のメンバーが誰何する暇もなかった。
そう、彼女はエリート揃いの『血染めの翼』の構成員複数を一瞬にして焼却処分したのだ。
全身に攻防一体の白く輝く光の炎を纏う女性の耳は尖っている。
金の髪と白い肌が揺らめく炎に照らされて輝く。
魔王の勅命によって殺戮命令が出ている種族、エルフだ。
しかし、彼女は魔族に対する怯えなど全くなく、今しがた倒した燃えカスを蹴っ飛ばすと、呆然と周囲を囲む地上から侵入した魔物の群れと魔族たちへと進み出る。
狂気的な笑みを湛えながら踏み出すと、迫力に押されて凶暴な魔物たちが下がる。
センコ花火めいた炎の宿る瞳孔の開ききった眼には、戦闘と破壊への期待だけが宿っていた。
かろうじて光の矢を回避して生き延びていた唯一の『血染めの翼』の魔族が、泡を食いながら問う。
「な、なんだあ、テメェは!?」
「あら、よく躱したわね」
凄絶な笑みを絶やさないエルフにさしものエリート魔族も恐怖に囚われるが、それでも反射的に戦闘態勢を取っていた。日頃の鍛錬の賜物だ。
「活きが良いわね。それじゃあ、御褒美に初撃で死にぞこなったことを後悔させてあげるわ」
「ふ、ふざけんじゃねぇーッ! 俺は無敵の『血染めの翼』の一員だぞ! クソッ、何ボサッと見てんだテメェら! デアエー! デアエー!」
エリート魔族は必死に後退しながら叫んだ。
彼の声に我に返った周囲の魔物と魔族たちが一斉にエルフへ襲い掛かる。
エルフはそれを真正面から尽く迎え撃った!
「さあ、掛かっていらっしゃい!」
正拳突きと同時に体に纏った白炎がホーミング矢となって放たれ、馬ほどもある直立した狼の魔物の群れが心臓を貫かれて倒れる!
「「「グワーッ!」」」
弓矢で攻撃してきた魔族たちへ交差するように光の矢が撃ち込まれ、脳天を吹き飛ばす!
エルフへ撃ち込まれた矢は身体に纏う白い炎にバリアーめいて阻まれて燃え落ちる。
「「「グワーッ!」」」
無数の魔法攻撃がエルフを襲うが、全てを手刀と白い炎の鎧で弾き返しながら、絶え間なく光の矢を放つ!
「「「アババーッ!」」」
しかし、凄まじい勢いで倒されゆく魔王軍の先兵の中に先程のエリート魔族の姿は無い。
(クソ化け物め……だが、奴は一人だ。こっちはまだまだ数が居るし、すぐにミカ様たちも来るだろう。俺はそれまで耐えればいい)
彼は凄まじいスピードで連続側転し、その勢いで魔物たちの群れに姿をくらましたうえで回り込もうとしていた。
奇襲を生き残っただけあって、彼は己の実力に自信があった。
勝利は難しいかもしれないが、時間稼ぎは得意だ。それに『血染めの翼』は魔族では珍しく連携訓練を積んでいる。自分と同格以上の仲間が来れば、こちらが狩る側に回れると考えたのだ。
(大丈夫だ。あの矢の威力は脅威だが、当たらなければ意味はねえ。俺の『脚力を三倍にする魔法』は最強だ! 何者も俺を捉えることはできねぇ!)
実際、彼のスピードは残像が見えるほどだ。
何人もの人間の魔法使いが距離があるからと油断した結果、あっさりと接近され首の骨を蹴り砕かれて散っていった。
今回も同じようにできる。獰猛に口元を歪めて彼は魔物たちの間を風のように駆け巡る。
そして、出会い頭に
「エッ!?」
「まあまあ速いじゃない」
エリート魔族は信じられなかった。だが、目の前にエルフは迫っていた。
こちらの瞳を覗き込む瞳には、変わらず底なしの戦意と炎の輝きが揺らめいている。
その背中には白い炎が翼めいた形態を取り、ジェットパックの如き加速と飛行能力を与えていた。
空は魔族、中でも『血染めの翼』が支配しているはずなのに!
「イ、イヤーッ!」
「うふふ……」
反射的に必殺の飛び蹴りを繰り出す。これでこれまで仕留められなかった敵はいない!
疾風の勢いで彼はエルフへと急速接近!
対するエルフは手刀を構え……風を切る不穏な唸り声をあげて振り下ろした!
「バカナーッ!?」
魔族の片足が中ほどからチョップ切断!
空中で姿勢制御を失い、錐もみ回転する魔族。その首を凄まじい力で掴み、エルフは背中の白炎の翼で滞空する。
魔族は間近で狂気を湛えたエルフの瞳に覗き込まれ、恐怖のあまり泣きながら叫ぶ。
「は、離せーッ! すぐに増援が来るぞ! そうすれば貴様など……」
「来た順に殺すわ」
ゾっとするような端的で無慈悲な返し。遂に魔族は圧倒的な恐怖の前に屈した。
だが、許されるはずも無い。
「ヤメロー! ヤメロー!」
「今度生まれ変わったら魔族以外になりなさい」
狂気の笑みのままエルフは片手で魔族の身体を抑え、もう片方の手で首を握り締めた。全力で!
僅か二秒で指の輪っかは無くなり、握り拳と化す。
壮絶なるカイシャク! 後には鮮血の赤い花が咲く!
「……さて、そろそろ準備運動は終わりかしらね」
消滅し行く魔族の身体を投げ捨てると、両手を祈るように合わせる。そして全身が発光。
次の瞬間、全方位に白炎の大波が放たれ、彼女に襲い掛かっていた魔物と魔族は全て焼き払われる!
そうして彼女は返り血も白炎で蒸発させると、十メートルほど上空を飛んでやってくる十五名ほどの影を見つめる。
――炎と煙に彩られる夜空をバックに、『破壊の魔天使』が部下を引き連れて降臨した。
美しいかんばせを怒りに歪め、ミカは威圧的に宣言する。
「……また長耳か。私のお友達を、この世界を支配するべき種族を、よくもやってくれたね。楽に死ねると思わないでよ」
「あんまり歯ごたえが無かったわ。貴方が責任を取ってくれる?」
「あはは、……調子に乗るのもいい加減にしなよ? 貴女、たった一人でこの私に勝てると思うの?」
魔力はミカが圧倒している。それだけでなく、周囲の魔族も油断ならぬ魔力と歴戦のアトモスフィアを纏い、冷徹にエルフを見下していた。
「そうねえ。魔力は流石に桁違いね。……確かに、一人じゃちょっと厳しいかもしれないわね」
あくまで不敵な笑みを絶やさないエルフに、流石にミカも訝しむ。
――そして、
「はあ? ……ッツ!? みんな! 散開しーー!」
「魔族、殺すべし。――『
狂エルフは単身に非ず! 身を隠して隙を見計らっていた、もう片方の復讐狂エルフが動く!
次の瞬間、ミカたちの背後から、『
◇
「ブルグ一級魔法使い! ちょっとお時間いただけませんか?」
「む。カンネ一級魔法使いか。……良いだろう、丁度時間が空いている」
魔法都市オイサーストの図書館にて先達を見つけたカンネは元気よく呼び止めた。
大陸魔法協会に所属する魔法使いの中でも随一の防御魔法の使い手であるブルグは、今の彼女の抱える課題の相談相手としてうってつけだった。
「実は、この前ようやく『大賢者の試練場』の下層に到達したんだけど、ちょっと、いやかなり火力不足が目立つようになってきて……」
「なるほど……いや、その若さでよく下層に……それは置いておこう。確か、貴女の魔法は『
ブルグは感心して頷く。
実際、快挙である。優秀な仲間がどれほどいるとしてもだ。仲間を集められるところもカンネの力である。ひょっとしたら、最年少到達記録などの大陸魔法協会での何かしらの記録になっていてもおかしくない。
優秀な魔法使いが増えるのは喜ばしい事ではあるが、少しばかり嫉妬してしまう。
とはいえ、それを表情には出さない程度には彼は大人だった。
カンネから探索の様子を聞き、浮かんできたアドバイスを伝える。
「これはあくまで私の私見だが。安易に他の魔法の習得に手を出さなかったのは正解だと思う。後々にサブとして何か学ぶくらいなら構わないが、貴女は自分の得意な魔法を伸ばすべきだ」
「幾つも魔法を習得できるほど器用じゃないですけど。でも……」
何かしらの不都合を言いかけるカンネ。しかし、ブルグはかぶりを振る。
「状況に応じた魔法を使いこなせてこそ熟練の魔法使いという意見は多数派として確かに存在する。だが、現実的に考えると若くしてそうあることはできない。それは完成形、貴女が老魔法使いになった時に辿り着いている領域だ」
「あー、レルネン一級魔法使いや、デンケン一級魔法使いみたいな? 確かに。ああなるには時間が凄く必要だね」
「そうだ。故に、少しでも早く強い魔法使いになろうと思えば、得意な魔法を習熟し、拡張するのが効率的なのだ」
「……なんか魔族みたいだね」
「その通り。あれはあれで合理的な生態なのだろう。あそこまで特化するのは日々の生活があり、寿命の短い人間では不可能だが。……しかし、魔族に学ぶべきものはある」
ブルグは話しながら書棚の奥から魔法を使って一冊の本を手元に引き寄せる。
そして目を丸くするカンネに見やすいように表紙を向ける。
「んん、『簡単! 魔法鍛錬概論、魔族に学ぶ』……? なにこれ、胡散臭い」
「内容は大真面目だぞ。挑戦的ではあるがな。それと、この著者の書のタイトルはみんなこんなものだ」
「著者……、えーと、『はぐれ魔法使いデーリッチ』……ええっ!? これゼーレ建国王の書いた本なの!?」
「気持ちは分かる。だが、寄贈が巡業団な以上、真実だ。今の貴女に必要なものだろう。ほら」
「あ。ありがとうございます」
ブルグは本を渡すと、礼を言うカンネに軽く身振りで応えて図書館を出た。
年若いとはいえ、同じ一級魔法使いなのだ。手取り足取り教えるのは違うだろうし、その必要があるとも思えない。
通りに出て次の予定を思い出していると、ふと、先程勧めた本の内容が脳裏を過った。
……古代、大魔法使いフランメが魔法使いの地位を確立する以前。魔法使いにとっての暗黒の時代があった。地域によっては魔法の才能が目覚めただけで、魔族モドキとして殺されることもあった時代だ。
人間は武器を持って戦うもの。そういう価値観が全てだった、戦士たちの黄金時代。
当然ながら体系だって魔法を学ぶ環境などあるはずもない。
しかし、そんな時代でも名を残す魔法使いたちは確かに存在した。
彼らはどうやってそれほどの力を得たのか?
カンネに渡した本だけでなく、古代の魔導書にはよく書いてあることだが、彼らの多くは学問として魔法を学んだわけではない。彼らが用いた魔法というのはもっと原始的なもの。
即ち、魔物や魔族に近い、ある種の特別な想像力を持った、感覚としての魔法使いだったのだ。
遥かに魔法の研究が進んだ現代においても、例の絵画の住人たちが脅威である理由でもある。
一番近い魔法使いを例として同僚から選ぶならば、やはり――
……ブルグはその魔法使いの顔を思い出すと、思わず顔をしかめた。良い思い出がない。
もし、前の一級魔法使い試験の時、
あのほとんど呪いの魔剣を持っているというだけで、正気を疑うのに充分過ぎる。
(……魔法使いが皆、
さぞかし恐ろしい時代だったに違いない。
自分は現代の魔法使いで良かったと考えると、ブルグは思考を打ち切って歩き出した。
なお、件の魔剣は製作者が半分寝て作ったあげくに謎の効果が付き、作り直すのが面倒くさかったので、『誤差だよ誤差!』とそのまま放流された曰く付きの品である。