「大戦士ユリネ様が『滅亡の鞭』との戦闘に入りました! 何とか食い止めてくれています! しかし、要塞各地の要所に大魔族たちが入り込んでいます! 明らかに狙い撃ちです! 敵は内部をどうやってか把握している模様!」
「う、うああ。城壁に向かったゴーレム部隊と現地の戦力との連絡が途絶しました……。魔力反応も消失! ぐううぅ! 援軍の準備を! このままでは『血染めの翼』を抑えられません!」
「魔物討伐隊のゼル様が、大魔族の『溶解』のルカンを討滅! しかし、周辺が酸の池と化していて地獄絵図です。至急、治療と解呪のために現地に僧侶たちを!」
前線も修羅場なら、指揮所も負けず劣らぬ修羅場であった。
次々と入って来る情報は、朗報と凶報が入り混じっていたが、指揮官なら一喜一憂せず、冷静に対処しなければならない。部下たちに動揺が広がるからだ。
しかし、長年連れ添った従者の訃報にも少しばかり表情をしかめただけのフランメは、果たして甘かっただろうか? それとも非情だっただろうか?
もっとも、本人たちはそんな感傷にひたる暇さえ無いのは確かだった。
「……どうにもおかしいな」
「はい、フランメ様。明らかに情報が抜かれています。しかし、魔族相手に裏切り者が出るはずがありません。一体、どうして……」
「いや、そうではない。魔王軍にはあのシュラハトがいるのだから」
「え?」
順番に指示を出し終えた大魔法使いは、生身の手で杖を握ったまま訝しむ。
近くに護衛として立っていた弟子は、その師の発言を魔族があまりにも的確にこちらの弱点へ戦力を送り込んで来ていることに対してだと捉えた。
だが、フランメの懸念はそこでは無かった。
確かに、魔族たちは一見、効率よく戦力を投入しているように見える。
しかし、そもそも全ての未来が見えているのならば、もっと上手く戦えるはずなのだ。
そうできていないということは、シュラハトの未来視にも何らかの限界があるということ。
あるいは、何らかの要因によって妨害されているか。
いや、そうでなくては全ての指し手が分かっている相手との勝負など成立しないが。
もっとも、勝利以外の何かを目標にしている可能性もあるが……。
以上の考えを弟子たちと共有した上で、改めて懸念を言う。
「それにしても、明らかにおかしいことがある」
「師よ、それは一体……?」
先程とは別の弟子が尋ねる。
フランメは油断なく周囲の魔力を探りながら答える。
「……何故、ここへ攻めて来ない? この大要塞でもっとも重要な場所であり、帝国の中核戦力に指示を出している私が居るのに」
目を閉じて更に戦場の魔力に集中しながら、フランメは不可解さに嫌な予感を覚えていた。
それは長らく魔族と戦い続けていた、歴戦の魔法使いの直感が訴えていたのかもしれなかった。
現状、人類は互角に魔王軍と戦えている。
三魔将の内の二人が大魔族たちを率いて挟撃してきたことを思えば、大健闘しているといえるだろう。
『滅亡の鞭』を大戦士ユリネが抑え込んでくれていなければ、地上の戦士たちはもっと大きな被害が出ていたのは間違いない。
フリーレンと『煉獄』も何とか『破壊の魔天使』を抑えてくれている。
エルフとはいえ、まだ年若い二人としてはそれだけでも大金星だ。
『流星の魔法』の規模と破壊力を思えば、充分過ぎる仕事をしてくれている。
要塞の各地に入り込んだ大魔族たちも、各地から集まった英雄たちが危うくも何とか抑えてくれている。
だから、おかしい。
なぜ、この程度なのだ?
もはや、相手にも
(あるいは、まだ何か────!?)
突如としてフランメは背後から未知の強力な魔力反応を感知!
しかし、人間としては大魔法使いゼーリエの弟子の中で最強の魔法使いが彼女である。
そして、彼女が育てた帝国の魔法使いたちも、一部はまだ年若いフリーレンを超える力量の者が複数存在する!
「防御魔法!」
「「「「ヨロコンデー!!!」」」」
彼らの背へと闇色の禍々しい魔力光を纏う糸が襲い掛かる!
だが、通らない! 咄嗟に床から形成した分厚い岩石の隔壁が防ぐ!
結果、闇色の糸は恐るべき鋭さで隔壁を半ばまで削ったが、誰一人として仕留められずに引いて
戦闘態勢に入った帝国の魔法使いたちが構える中、
奇襲が失敗したというのに、その歩みは軽やかで自信満々だった。
自身へと向けられる敵意など意に介さず、朗らかに言う。
「流石は帝国でも最高峰の魔法使いの皆様ですね。良いセンスです。これなら私も、『作品』と己の技量の限りを披露する甲斐があるというもの……ふふふ」
どこまでも自分勝手に、慇懃無礼に話すその声は、綺麗な少女の声だった。
背丈もそれほど高くはない。だが、その服装は異様そのもので、黒子のような頭巾で顔を隠している。病的に白い指には先程の闇色の糸が絡みついていたが、袖の中へと消える。
その肩の少し上の方には、人の頭部ほどある、目の付いた金属質の球体が浮かんでいた。
「ああ。もう消してもいいですよ、グラドス……」
殺気に満ちた指揮所へと喜色を滲ませて足を踏み入れ、球体へと声を掛けると、黒子の背後で青いポータルは掻き消える。
フランメは一瞬、有無を言わさず先制攻撃を掛けようかと考えた。
魔族と言葉を交わすのは不毛だ。相手が驕っているのなら、容赦なくそれを突いて仕留めるのが彼女の戦闘哲学。だが、どうにも嫌な予感がして控えた。
「なるほど。空間を繋ぐ類の魔法か。人間にはできない、御伽噺の魔法だね。全く、嫌になる…………それと、お前、魔族じゃないね?」
フランメは情報を集めつつ、周囲の弟子たちを落ち着かせる時間を稼ぐべく言う。
長年の経験から、フランメは即座に相手の異質さを掴んでいた。
相手はフランメの指摘に嬉しそうに微笑んだ。顔は見えないが。
「おお……素晴らしい審美眼です。大魔法使いフランメ。貴女のような知性と感性に優れた相手にワザマエを披露できることに感謝します……」
「感謝? まさか、
「もちろん違います。私が感謝するのは、我が創造主にして主人。即ち、魔王様にです……」
「……なるほど。お前、ゴーレムだね?」
「ええ。遅ればせながら、名乗らせて頂きましょう。──魔王様より授けられし我が名は、『アルプトラオム』。魔王様によって創られし、魔王軍最高のゴーレムです。気軽に『アルプ』と呼んでくれても構いませんよ……」
薄い胸を張り、誇らしげに名乗る黒子──アルプトラオム。
魔王軍には嘘つきしかいないが、その言葉は真実なのだろう。
しかし、人類の大敵たる魔王の作品を名乗って好意など得られるはずがない。
指揮所に渦巻く殺気と魔力は更に強まり、空気が張り詰めて行く。
フランメはそれでも冷静さを崩さない。
同時に相手の戦力を計算する。……魔力量は大魔族の中堅くらい。強敵ではある。
だが、この指揮所の精鋭たちを真正面から相手にできるほどだろうか?
ゴーレムとしては極めて強力だが、発掘された古代のハイエンドゴーレムならば、近い力はあるだろう。
しかし、フランメが見てきたどのゴーレムと比べても圧倒的に不吉だった。
「魔王軍最高のゴーレムか。……ふむ。……意外に謙虚じゃないか。世界最高のゴーレムとは名乗らないのだな?」
その問いに初めて黒子──アルプは気分を害したようだったが、慇懃さを崩さず返す。
「……ええ。しっかりとした正しい認識が無ければ、向上もありませんからね……。認めましょう、確かに私は
力強く宣言したアルプ。
だが、返って来たのは彼女が想定したような、息を飲むかのような畏怖に染まった反応では無かった。
「……はっ」
フランメが鼻で笑う。それに釣られて、殺気を漲らせていた弟子たちにも苦笑が浮かんだ。
空気が緩む。そこには馬鹿にしたような色があった。
そんなことは絶対に不可能だと言わんばかりだった。
その場を代表して、フランメは無限の軽蔑と嘲りを込めて言った。
「お前には無理だよ」
……アルプは少し、いやかなり傷ついたようだったが、何とか気を取り直す。
「……ふむ。まだ何の芸も披露していないのですから、仕方がありませんか。では……存分に楽しんでいただきましょう……」
黒を基調とした衣装から覗く白い手が、糸を手繰る様な怪しい動きをした。
それに帝国の魔法使いたちが鋭く反応し、先んじて魔法攻撃を加える!
「待ちな! まだ手を──」
フランメが止めようとしたが、間に合わない!
炎、電撃、氷、そして無数の魔弾がアルプへと撃ち込まれる!
着弾するかと思われたその時である!
「想像力が足りませんね……」
アルプに追従していた球体ゴーレム『グラドス』の目が妖しく輝く。
青いポータルがアルプの眼前に展開! 魔法攻撃が吸い込まれる様に青ポータルの中へ!
そしてフランメたちの頭上にオレンジのポータルが開放!
おお、何という事だろうか! 人間の精鋭魔法使いたちの放った攻撃は、ことごとく彼ら自身へと降り注いだ! まさにインガオホーだ!
「「「「アババ──ッ!!!」」」」
「ちぃッ! これだから魔族の魔法は嫌いだ!」
フランメと攻撃に参加しなかった高弟の何人かは、ギリギリで防御魔法が間に合う。
だが、攻撃した魔法使いたちが間に合うはずが無い。哀れにも彼らは己の魔法によってバリエーション豊かな死に様を晒した!
「では、堪能していただきましょう。できれば、死ぬ前にレビューをお願い致します……」
アルプは追撃を掛けること無く、自分の魔法を発動。
袖から黒い糸が大量に吐き出され、彼女の周囲へと伸びて行く。
そして、糸は伸びた先でそれぞれが彼女の『作品』を召喚した。
大魔法使いフランメとその弟子たちは思わず目を剥いて絶句する。
「…………お前ッ!! ……このクソ人形が、ふざけやがって……!!!」
並んだゴーレムの数は二十ほどだろうか。減った指揮所の戦力を考えれば数だけでも脅威である。だが、もちろん数だけではない。その『質』も高いことは明白であった。
そのゴーレムたちは異形のパーツを
……その胸元に輝く、
アルプは誇らしげに彼らを紹介した。
「どうです? 素晴らしいでしょう? 生前よりも更に強靭に、更に美しく。それでいて機能を損なわない造形です。もちろん、見えないところも作り込んでいますので、お楽しみに……ふふふ」
己と魔王で創った作品たちを並べて、不吉な人形師ゴーレムは嬉しそうに笑った。
◇
「どうしましょう!? 勢いで巡業団との顔合わせにOKを出しちゃったわ! このままじゃ確実に修羅場になるぅ! ボコボコにされるぅ!!」
天空を飛ぶイルルの真上。そこに建つ主人の館の一際大きく豪華な部屋で、一人の美しい赤髪の女性が白目を剥いてのたうち回っていた。
彼女こそは、『赤魔公』アル。
表向きは世界中で恐れられる伝説の古魔族である。その威厳は消滅中だが。
それでも世界有数の大魔法使いなのは間違いない人物なのである。今日もポリンや花壇の妖花たちの世話を欠かさずやって、癒されるどころか相手を逆に癒していたが。
実態はともかく、魔王軍残党の中でも最大の大物でもあり、何だかんだでその首に懸けられた賞金は解除されていない。
あと、巡業団の団長の「次に会ったら確実に滅ぼします」という宣言はあまりにも有名だ。
……既に、彼女の確認を取った上で、巡業団に向けて「近い内に大事な人を紹介したい」というメッセージが届けられていた。
要するに、もう後戻りはできない。ポイント・オブ・ノー・リターンである。
今更になってジタバタするのを見苦しいと見るべきか、それともその時が近づいているからこそ緊張が高まるのは仕方がないと見るべきか……。
「いや、ボコボコではすまないでしょ。確実に殺りにくるわよ」
「私たちも他人事ではないですけどね。ミクさんから歌姫さんたちを抑えると言質はもらっていますが」
「ケケケ。まあ、マスターが同席するんだから大丈夫だろウ。その後は……フフフ、怖いナ」
反応したのは、同室でアルのいつもの醜態を見守って居た三名。
順番に、エリザベート、ムカゴ、レキュウ。
少なくとも彼女の配下であり護衛でもある三人のゴーレムは、呆れこそすれ馬鹿にはしていなかった。
最初こそ『赤魔公』はただの魔王軍へのスパイであり、ゴーレムたちはその護衛でしかなかったのだが、今は違う。
いつの間にか彼女は主人にとって最大の宝物となっており、ゴーレムたちもその心身を保護する大切な役目を持った存在へと昇格していた。
おかげでその事実を知る最上級ゴーレムの二人の片割れ、アンジェラから向けられる嫉妬が酷いことになっている。ミクさんが庇護者となってくれなかったら、ゴーレム内でムラハチも有り得た。ムラハチとは陰湿な社会的リンチのことである。
「そうよ! 私がちょっと痛い目を見るくらいなら別にいいのよ! でも、これって下手したら仲の良い家族を引き裂いちゃったりすることになりそうじゃない!? それか、魔人の子たちがグレちゃうかもしれないわ! あと、あなた達もいじめられちゃうかもしれないし……」
「えぇ……アルちゃん。お願いだからもっと自分自身の心配をして頂戴」
「……頭を撫でていい?」
「この期に及んで相手の心配できるの、ホントすげぇと思うワ」
エリザベートたちは視線を合わせて頷いた。自分達がどうなっても……
そんな狂騒を繰り広げている所へ、救いの手が現れる。
部屋のドアが、バーン! と勢いよく開かれた。その向こうにはオレンジのポータル。
来訪者────彼女は、黒いスーツとコーヒーの香りを纏ってやって来た。
「大丈夫です、アル。私に良い考えがあります」
「本当!? カフェさん! それは一体!?」
情けなく縋りつくように駆け寄るアル。そしてカフェは優しくアルを受け止めた。
しかし、便利屋メンバーは訝し気に言う。
「良い考えって……どうやっても丸くは収まらないと思うわよ」
「私は土下座する準備ができています。サンドバッグも任せてください。私めっちゃタフですし」
「なるようにしかならんだロ」
しかし、カフェは拳をグッと出してポーズを決めて言った。
なお、格好をつけても可愛さが勝るのでイマイチ決まっていない。
「確かに、高まりに高まったアルへのヘイトを考えれば、被害を完全に抑えることはできないでしょう」
「え? 私、そんなに嫌われてる? ちゃんとあの人のために頑張ってるけど、相殺できない?」
「そういうとこだゾ」
傷つくアルへと、レキュウが思わずツッコミを入れる。
カフェは咳払いをすると、提案した。
「ですが、そのヘイトを分散することができれば、アルの負担を半減することができます。それに二人でなら、相手を説得するのも少しは楽になるでしょう」
「カフェさん! まさか!」
カフェの申し出にアルは思わず己の口に手をやる。
「はい……恩返し、させてください。私はあなたに多大な迷惑を掛けました。ですが、それに見合うことはできていません」
「「「それはそう」」」
この千数百年、アルと愉快な仲間たちを一番振り回したのは主人ではあるが、二番目はカフェである。マジで苦労させられた三名は思わず唱和した。
魔族時代のカフェ……ダヌアは彼女なりに自分の種族と魔法の発展のために真面目にやっていただけなのだが、それがこの大陸の住人にとっては大迷惑だったのは否定できない事実である。
しかし、アルとしてはそれはそこまで気にしていなかった。それどころか彼女の生い立ちに対して強いシンパシーを感じて、今では親友の様に思っていた。
「いけないわ! 貴女が正体を明かしたら、私とは比べ物にならない憎しみを貰うわよ!」
「いや、多分、そんなに変わらないと思います」
「えっ」
「「「でしょうね」」」
多少、アルの認識のせいで話が噛み合わない。だが、構わずカフェは話を続ける。
「ですので、私がアルの身代わりとして機能するようにする必要があります」
「いいの? そこまで……」
己の身を顧みない提案に、アルは感動しつつも動揺する。
カフェは優しく彼女を抱きしめながら言った。決断的に。
「はい。ですので、私を
「「「ちょっと待てや!!!」」」
ゴーレム三人が目を剥いて叫んだが、アルは気にならなかった。
そう、彼女はこの自己犠牲精神に満ちた提案に胸がいっぱいになっていたからだ。
なんという熱い友情だろうか! 自分の思いは一方通行ではなく、これほどまでに強く思い返してくれていたのだ! そこに他意や卑しい気持ちなどあろうはずがない!
「ありがとう……! カフェさん……! これからも、一緒にあの人を支えましょうね……!」
「ええ……改めて、よろしくお願いします。一緒に頑張りましょう!」