戦場を覆っていた古魔族の強大な魔力が消失し、空気が変わる。
その気配は戦場の誰もが同時に感じ取っていた。そしてそれは人間にとっては福音であり、魔族にとっては絶望である。
討伐は不可能とまで言われた、世界最古の怪物が討伐されたのだから。
「……おや? これはこれは……驚きましたね……」
魔王によって創られた人形師ゴーレム、『アルプトラオム』は大して焦りもせずに、呑気にそう言った。相変わらず黒子頭巾で顔を隠したまま、軽く首を傾げた程度。
魔王軍の最高戦力の一角を落とされたとは思えない反応である。
実際、アルプにとっては大して興味もなかった。主人の使える道具が一つ減ったくらいの残念さだけがあった。
彼女は魔王によって創られたゴーレムであり、古魔族たちやシュラハトの命令すら聞かないでよい立場なのだ。
「まあ、ミカの方でないなら構いません。……魔王様も
意味深な事を呟きながらもその手は止めない。闇色の糸を手繰り、次々に目的の物を掻き集める。とはいえ、アルプは戦闘をしているわけではない。時折、思い出したように矢や魔法が飛んでくるが、球体ゴーレムのグラドスのポータルによって全て跳ね返されている。
アルプがやっているのは次の創作活動の為の仕込み。即ち、死体ゴーレムの
「くそっ! 止めろ! 誰かアイツを止めるんだ!」
「戦友たちを持って行かせるな!」
「外道め! 悪趣味な真似を!」
悲痛な声をあげて戦う人間たち。相手はもちろんアルプと魔王が創ったゴーレムたちだ。
既に指揮所は崩壊し、元英雄ゴーレムたちは撤退して他の部隊と合流したフランメたちを猛烈に追撃している所だ。
アルプはそれを眺めながら、悠々と戦場漁りに勤しんでいるわけである。
「次は戦士ゴーレムだけでなく魔法使いのゴーレムに挑戦してみたかったですから、丁度良かったです……。いやあ、御協力に感謝致しますよ。……とはいえ、そろそろ潮時ですかねぇ……」
闇色の糸で釣った死体をポータルに放り込みながら、アルプは独り言ちた。
『滅亡の鞭』が倒されたことによって多くの魔族たちが逃走し、戦線が崩壊しつつある。
そのために手が空いた実力者が援軍に戻ってきて、これまで人間たちを相手に無双していた英雄ゴーレムが少しずつ破損しつつある。
もっとも、元英雄の技量をそのまま残し、肉体を更に強化した上でギミックを多く搭載したゴーレムたちはそれでも大暴れしていた。
多腕からは人間には不可能な連撃が繰り出され、腹部に仕込まれた魔導砲からは不意打ちの魔法攻撃が放たれ、移植された厄介な魔物の魔眼からは呪いが放たれる。魔法武器を持った個体さえいる。
そして何より、ゴーレム故に恐れ知らずかつタフであり、疲れも知らずに全力で暴れ続ける。
大魔法使いフランメはかなり距離を取ることに成功していたが、その過程で多くの犠牲を払っていた。
「うーん。もっと宮廷魔法使いが欲しかったんですが……まあ、英雄ゴーレムのテストは充分できましたし、巻いて行きましょうか……」
彼女は魔法によって英雄ゴーレムたちにある命令を送る。
すると、突如として全てのゴーレムの魔力炉が危険なオーバーロード状態へと移行!
ただでさえ強力だった英雄ゴーレムたちが、そのスピードとパワーを格段に増して襲い掛かる!
「なっ! ぎゃあああああ!」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?」
「くそが! もう少し持ち堪えるんだ! この戦争は勝てる! こんな所で死ぬんじゃねえ!」
戦士とその陰から援護していた魔法使いや僧侶たちを切り刻み、押し潰しながら、虚ろなかつての人間の英雄たちが突撃する。……その対象は、当然ながら大魔法使いフランメ率いる再編した本陣だ。
「さて────、暴走状態は長くは持ちません……。ですが、それまでそちらが持ちますかね? せいぜい頑張ってください。必ず技術の発展に役立たせてみせますので……」
◆
「なんだと! 馬鹿な! ロックブーケ様が!」
今まさに勝負を決めようとしていた大魔族『念力』のエレメールは、突然の派閥の指揮官の戦死に動揺を隠せなかった。そしてそれは、彼が行使している『触れた物体を操る魔法』にも影響してしまう。
集合して真紅の大蛇の形態を取っていた武器群はバラけた。元より、覚醒した彼の集中力で初めてできた技であり、それが解けたことで術も破れたのだ!
そして遂に、守られていた次女リヴェリアの魔法が炸裂する!
「────待たせたな。どうやら、女神様は微笑んでくれたようだ。では、行くぞ!」
その瞬間である! 何と、常識破りの大規模攻撃魔法が複数同時発動! その数は九!
これは魔法の常識からすればあまりにも無謀な行使である。
何故か? そもそも強力な魔法を発動・維持するためには相応の集中力が必要になり、別のことに思考を割けばそれだけ威力が下がるだけでなく、発動失敗や暴走の危険も高まるからである。
よって、練達の老魔法使いであっても、同時に発動する魔法はせいぜいが三つ。
攻撃魔法と防御魔法。そしてその補助やコンボに使用する魔法だけだ。
それを考えれば、リヴェリアがやったことがどれだけ常識外れな事かは想像に難くない。
だが、彼女はそれを可能にした。
その理由は、そもそもとして彼女の一族は並列思考に長けた一族だったのだが、リヴェリアはその中でも特に同時に多くのモノを考えることに長けていたのだ。その才能だけなら母や祖母以上。……つまり、ある意味では最も祖父に近いスタイルの魔法使いであることを示していたが、それは彼女も知らなかった。
発動された魔法は、『
見えざる力の波動が、集合していた武器群である真紅の大蛇の残骸を吹き飛ばす!
突如巻き起こった大竜巻が、空から仲間たちを包囲していた武器の数々を巻き上げる!
大魔族エレメールの周囲を守るように旋回していた盾や武器が、その呪いを解除されて地へと落ちる!
これら全てが同時に起こったのだ。種族として魔法に誇りを持つ魔族も。驚愕のあまり目を剥くほどの技術。実際に、敵も味方も時が止まったかのように、戦場に空白が訪れた。
「エルフの分際で、これほどの魔力操作技術を……!?」
そして、これだけでは終わりではない。見えざる三つの『念動の魔法』で練り上げられた力が、三方向から大魔族エレメールへと襲い掛かる!
空を飛んで地上の人間たちを見下ろしていたエレメールはまともにくらい、その場に釘付けになった。だが、直ぐ様に憤怒と共に魔法を破ろうとする。
「ぬおっ! こ、これは念力か! ふざけおって! この『念力』のエレメールへの侮辱と受け取るぞ!」
大魔族にとって、
類似の魔法であっても、難解で高度な魔族の魔法と人間の魔法では性能が違う。
触れたことがない分野には大魔族でも手がでないことはあるが、専門分野なら解呪も容易。
大魔族エレメールは己を縛る見えざる力に集中する。
──そう、集中したから分かったのだ。
「…………!? な、な、な……なぜ? こ、これは、この魔法は……!?」
先程の魔法の同時行使に感じたものとは比ではない驚きが、エレメールを襲った。
──そう。エレメールはこの魔法を見たことがあった。それは彼にとっては忘れられない記憶であり、自身の原点でもあった。だからこそ、彼はそれがエルフの小娘から放たれている状況に、心底から混乱したのだ。
そしてそれは、無数の武器の守りを失った今、致命的な隙だった。
「見事な仕事だと関心はするがどこもおかしくはない。……流石は俺の妹だ」
戦場を一筋の白い影が風の様に駆ける。それは残像と『
「……ぐかっ!?」
「もう勝負ついてるから」
足元からカチ上げるように魔剣一閃! 奇しくも、大魔族エレメールはその上司と同じく縦に真っ二つとなった。
二つに分かれながら地上へと落ちていく彼の瞳は、最後までエルフの少女を、リヴェリアを見つめていた。────いや、彼女を通して、別の誰かを見ていた。面影など有るはずも無い古魔族を。
「!! …………ラ……オム……様……」
自分自身が武器をばら撒いて生み出した剣山に落ちる。
そして、誰にも聞かれることのない呟きを最期に残し、大魔族エレメールは塵に還った。
◇
「────これまで戦ってきた魔族で、最強の相手は誰だったかって?」
勇者ヒンメルの一行が旅を始めてから数週間の時が過ぎた頃。
明るく暖かい日差しに照らされた林の街道。
商人の馬車の護衛として、仲間達と歩いていたフリーレンは、そんな質問を仲間から受けた。
質問したのは珍しく酔っぱらっていない僧侶。ハイターである。
「ええ。フリーレン。貴女の活躍は本に書かれています。私は誰かさんに何度も聞かされたので詳しいのですが、せっかくだから本人に聞いておこうと思いまして」
「おい、ハイター」
朗らかに言う僧侶に、横合いから勇者が少し低い声を出す。
しかし、千歳児フリーレンには理由が全く思い至らないので、質問に答える。
「? ……難しい質問だね。大魔族ともなれば容易い相手など一人も居なかったよ。それに、その時の仲間や状況によって戦いの難しさは大きく違ったし」
「フリーレンには相棒が居たんだったな。そっちの現況は知らんが、死んだのか?」
斜め上を見つめて唸るフリーレンに、戦士アイゼンが少しばかり無神経な問いを放つ。
だが、この時代の戦う者たちの戦死率を思えば、この程度は有り触れた問いだった。
フリーレンは即座に「そんなわけないじゃん」と呆れた風に言って続ける。
「あいつは殺しても死なないよ。ミカに『流星の魔法』をぶつけられても生き残ったし、マハトに半分くらい固められても生還したんだから。…………なんか、いきなり人間の勇者に一目惚れして、あれよあれよという間に引退しちゃったんだよ」
フリーレンが目をしょぼしょぼさせながら、当時を思い出して言った。
実際、超展開過ぎて当時はかなり混乱したフリーレンだった。
恋愛を知識として知ってはいたが、魔族狩りに人生を燃やす自分たちには無縁な物だと捉えていたので。
相棒の母親にいたっては現実を上手く認識できないほどの驚きようだったが……それにしても、実の娘に「監禁して無理矢理手籠めにしたんじゃないでしょうね?」と疑ってかかったのは、流石のフリーレンも酷いと思った。そんなアレなエルフおらんやろ……。
ちなみに、師匠から受け継いだゴーレムはヒンメルたちと旅立つ時に相棒の元へと向かわせた。
バディではなくなっても、フリーレンにとっては一番身近な家族同然の相手であったからだ。
フリーレンと年齢の近いエルフが人間と恋愛結婚したという話を聞いて勇者が露骨に動揺し始めたが、戦士と僧侶はスルーして話を続ける。
「それはめでたいな。『煉獄』ほどの魔法戦士の情報が途絶えた時はどうしたのかと思ったが、そういうことだったか」
「やはり本と現実は大きく違うものですね。フリーレンの印象も、本で読んだほど苛烈じゃありませんでしたし。彼女も言うほど恐ろしい人じゃなかったのでしょうね」
一族の長女を知る長命種たちが聞けば、全力で首を横に振る様な解釈である。
こうして事実は時と共に忘れ去られて行くのだろう。これは忘れられた方が良い事実だったが。
実は本に書いてあるのは精一杯オブラートに包まれたものだと知るのは、ここではフリーレンのみだ。
フリーレンも自分達の印象を好きで落としたい訳ではないので、巡業団の本にこの場は乗っかった。
「まあ、ね。……話を戻すけど、軽く見ていい大魔族なんて一人も居ないよ。奴らを狩る時は、一切の慈悲を見せずに全力でやるだけだよ。これまでも、
言ってる傍から
殺気に馬車を引く馬が少し暴れて一悶着あり。
何とか落ち着かせて旅を再開しながら、バツが悪そうにするフリーレンに僧侶は再び尋ねる。
「こほん! ……それでは、現代でも生き残っている魔族で、特に気を付けるべき強敵は誰でしょうか?」
「生き残りでか……会った奴は大体その場で殺したからなあ」
殺気を収めて再びのんびりした口調のフリーレンだが、内容がサツバツ過ぎる。伊達に魔族討伐数で最高記録を持っていない。彼女は歴戦の復讐者なのだ。
少し悩んだ後、不意にフリーレンは説明しだす。
「……魔王軍の組織図なんて曖昧で、あって無い様なものだけどね。軍勢を動員できるレベルの大魔族となると、脅威度が一気に跳ね上がるよ。そういうのは流石に少数では相手にできないから、私たちも避けるか、討伐軍に参加して相手にしてたかな。……でも、用心深くて逃げ足も速いから、割と狩り損ねるんだよね」
かつて参戦した大戦の数々を思い出しながら、彼女は更に続ける。
「生き残ってる有名どころは当然ながら要注意だ。特に魔王に次ぐ大幹部、『三魔将』はね。『七崩賢』が半壊しシュラハトが死んだ以上、魔王討伐の最大の障害だ。……千年かけて、遂に狩り切れなかったどころか補充されちゃったからなあ」
頭を抱え、過去の自分の不甲斐なさを責めるフリーレンである。
そこで、勇者ヒンメルが質問を挟む。
「フリーレンは『七崩賢』と『三魔将』の両方と戦闘経験があったよね? 実力としてはどのくらい違うの?」
「どっちも化け物だけど……化け物具合で言えば、圧倒的に『三魔将』だよ。そもそも『七崩賢』は特異な魔法を持つ魔族の有望株で、『三魔将』の域に、つまりは古魔族に成り上がれることを、魔王に有望視されてるエリートの集まりなんだよ」
「なるほど。『南の勇者』が随分と削ってくれたけど、まだまだ敵は多いな」
「『黄金郷』のマハトは『三魔将』に近い強さだったけどね。最強の『七崩賢』だけはあった。あいつが万が一にも古魔族になる前に仕留めないと……普通の魔族のように対処できない難しさや成長性を考えたら、古魔族達は厄介すぎる。……『破壊の魔天使』とは、もう三度も交戦してるんだけど、毎回進化と言っていいほど強くなってるんだよ」
可愛らしい顔を思いっきりしかめながらフリーレンは、「最初に会った時に仕留めておけば……」と言って黙った。
世間では『葬送』のフリーレンと『破壊の魔天使』ミカは、ほとんどライバルのように扱われている。実際にお互いを宿敵認定していたが。
フリーレンは三魔将の内、最強とされる『赤魔公』とはまだ戦ったことがなかったが、魔王までに立ち塞がるであろう敵の層の厚さにうんざりしていた。
だが、勇者は強大な敵に怯えることなく不敵に笑った。
「ふふっ、じゃあそいつらはこれから僕たちによって倒される訳だ。うん、僕たちの冒険を飾るに相応しい引き立て役だね」
「……そうだね。期待しているよ、ヒンメル」
半目になって勇者を見つめて棒読みで言うフリーレン。
露骨に期待していない。年寄り呼ばわりされると機嫌を悪くする彼女だったが、この時は魔族の恐ろしさを知らない子供を馬鹿にする老人そのものだった。相棒と共に長きに渡って魔族と戦い続けてきたからこそ、この時点ではそれほどこの若き勇者に期待はしていなかった。
──だが、人生とは何があるか分からない物である。
フリーレンからすれば瞬きする間に等しい僅か十年で、このパーティは無数の魔族と『七崩賢』二名と『三魔将』一名、そして人類の大敵である魔王を討伐することになるのだから。