古魔族、放漫のトラオムの羽ばたき   作:リッチ

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呪毒の魔法

「────そんなっ……ロックちゃんが……!?」

 

 

 粘られつつもフリーレンたちを追い詰めつつあった『破壊の魔天使』ミカだったが、あと一歩というところで、この戦場の魔王軍にとって最悪の凶報を感じ取っていた。

 

 彼女は己の同僚であり、『三魔将』としての先輩でもある『滅亡の鞭』が倒されることなど、まったくといっていいほど想定していなかったのだ。

 

 僅か先しか見渡せない『未来視の魔法』しか持たない彼女にとっては、まさに青天の霹靂。

 

 

 

 そしてそれは他の魔族たちにとっても同じこと。

 

『滅亡の鞭』の強大な魔力で押さえつけられていた大魔族の生き残りたちは、一斉に撤退に移ったのが魔力の移動で分かる。

 

 戦場の人間と魔族の両方がそれを認識し、更に魔族の生き残りは逃げだす。

 

 魔王軍にとって最悪のパターンである。

 

 力で押さえつけて従えているだけなのだから、さもありなん。

 

 訓練を受けている『破壊の魔天使』配下の魔族たちにも動揺が見られる。

 

 それはここで本人が大いに驚き戸惑っていることを考えれば責められることではないが。

 

 

 追撃の手を止めてオロオロしだしたミカに、もはやボロボロのフリーレンは思いっきり煽った。

 

 

「周りの様子が気になるか? お前たちの栄光に満ちた未来とやらが音を立てて崩れ去る様子が」

 

「ちょっと、フリーレン」

 

 

 フリーレンを抱えて白い炎の翼で飛ぶ相棒、『煉獄』も満身創痍である。

 

 せっかく落ち着く時間を稼げたのに勘弁してほしかったが、同時に彼女も待ちに待った反撃の時が近づいているのを感じていた。

 

 いまだに復讐に燃える若きフリーレンは更に煽る。

 

 

「魔族の団結なんてこんなもの。砂上の城は崩れる。当たり前の話だ。お前たち魔族が支配者になるなんて不可能なんだよ」

 

「黙れ……! 黙れ……! 黙ってよ!!」

 

 

 怒りに拳を握りながら、ミカは再び隕石を召喚する。

 

 その魔力量も驚異的だが、彼女は回復力にも優れていた。

 

 追撃しながらこっそり摂取したポリン印の魔力回復薬の効果もあり、まだまだ戦闘可能だ。

 

 ……だが、彼女の配下はそうではない。

 

 

「ミカ様!」

 

「ヴィザ翁! うそ、あなたがそこまで手傷を負うなんて……」

 

 

 片腕を失った『血染めの翼』の大魔族が撤退してくる。

 

 ミカの配下でも一番長生きしている歴戦だったが、消耗は激しそうだった。

 

 

「申し訳ありません。少々不覚を取りました。……しかし、この戦場はもう終いでしょう。生き残りを集めて引くべきかと」

 

「ぐっ……。それは……」

 

 

 引くべきだ。指揮官として、友達を失いたくない少女としてのミカがそう囁いた。ついでにイマジナリーキツネも、そうだそうだと言っている。

 

 だが、このまま大した復讐もできずに引き下がれるだろうか? もはや死にかけの憎い敵を前に。

 

 

「……こいつらだけでも!」

 

 

『破壊の魔天使』は周囲に浮かぶ流星をフリーレンたちに叩きこむ!

 

 

 

 ◆

 

 

 

 この戦場で唯一、更に激しく戦いが激化していく中央広場に、遂に最強の援軍たちが帰って来ていた。

 

 

「──フランメ! 二度目だけど、まだ生きてるー?」

 

「遅くなったわね……でも、『滅亡の鞭』は私が討ち取ったわよ」

 

 

 エルフの大英雄と大戦士ユリネである。

 

 この戦場どころか、現在のこの大陸でも人類を守る双璧とも言える二人。

 

 片方は長男と共に大魔族三名を討伐し、その他も無数の戦線に駆けつけては多くの魔物や魔族を討ち、兵士や魔物討伐隊の戦士たちを助けていた。

 

 もう片方のユリネは言うまでもなく、敵の最大戦力を討伐して戦の流れを決めた功労者だ。

 

 

「やったぜ! 覚悟しろよ、人形野郎!」

 

「安全な場所を見つけたぞ! あいつらの後ろだ!」

 

「よーし! いよいよ大詰めだぜ。みんな生き残れよ!」

 

 

 彼女たちの到来に、追い込まれていた人間たちは息を吹き返したように歓声を上げる。

 

 

「フランメ様! 好機です! 一気に反撃しましょう!」

 

「……言われなくても分かってるよ。……まったく、寿命が削れたよ」

 

 

 大魔法使いフランメからも思わず安堵の息が漏れる。

 

 実際、かなり危ない所だった。大事な弟子たちはかなりの数がやられ、フランメ自身も軽くない傷を負っている。

 

 生身の手に持っていた杖も失ってしまったが……それは別に構わない。まだ戦闘を続けることはできる。

 

 

 魔王の手先が放ってきた英雄ゴーレムは、本当に生前以上のスペックを持っていた上に判断力もそれほど損なわれていなかったため、おびただしい犠牲が出てしまった。

 

 特に一斉に暴走モードに入ってからは更に力強く、素早くなり、危うくフランメも殺されるところだったのだ。

 

 それにいくらこの場に居る者たちが精鋭とはいえ、異形に改造された()()()()()が相手では精彩を欠いてしまったせいもあって、援軍が来なければもう潰走するしかないかと思ったほどだった。

 

 

 

「さて、そろそろ下手な人形劇は幕にしてもらおうか」

 

 

 好き放題にゴーレムたちを暴れさせていた敵だが、魔力炉を暴走させたので英雄ゴーレムにはもう残り時間が少ない。

 

 大英雄たちが帰って来たこともあり、これ以上戦うのは難しそうに見えた。

 

 

 

 フランメの言葉を受けた不気味な黒子頭巾のゴーレム──アルプトラオムは悲し気に言う。

 

 

「芸術も魔法も認められるには時間が掛かる物ですが、貴女にはもっと良い評価を頂けると思っていましたよ……」

 

「……ゴーレムでも魔族製だけあってイカレてやがるね。いや、お前の主人が特別にイカレてるからか?」

 

「むぅ。仕方がありません。出直します……。次はもっと素晴らしい作品を用意しましょう……」

 

 

 アルプトラオムは闇色の糸で死骸を集めるのを止めるが……

 

 

「……せっかくだから首を置いていきなさい」

 

「判断が遅い! 逃さないわよ!」

 

 

 既に自壊が始まっていた英雄ゴーレムたちを多数まとめて吹き飛ばし、ユリネとエルフの大英雄が迫る。

 

 ユリネの魔斧が巨大な斬撃を放って左手から戦線を貫き、一瞬後には空いた戦列から人形の人形師に向かう! 

 

 エルフの大英雄は逆側から『念動の魔法』──娘のそれより遥かに強力で大規模な魔法で、空間ごと英雄ゴーレムたちを押しのけて何十メートルも押し出し、追いすがる者のない道を行く!

 

 

 両英雄は示し合わせた訳でも無く、完全に同時に左右から人形師へと切り込む。

 

 そして、フランメたち魔法使いが正面や上側から魔法を撃ち込んで援護!

 

 これなら空間を繋ぐポータルでも全てを受け流すことはできない!

 

 

 

 ────だが、魔王の従者は不敵に笑った。

 

 

 

「このアルプトラオムの性能は強大といってもせいぜい中堅の大魔族と同格……。流石に古魔族を倒した大英雄には敵わない…………そう思いましたか?」

 

 

 

 その言葉と共に魔力が爆発的に激増! 黒子頭巾の暖簾の様に垂れ下がった布が捲れ上がる!

 

 露わになった少女の顔には余裕の笑み。

 

 その袖口からは糸から縄の様に太さを増した無数の闇色の糸が放出される。濁流の如き勢いで!

 

 そして小柄で後衛の様な見た目に反して流麗な動きで、両英雄たちを迎え撃つ構えを取る。

 

 

 

「──さあ、刮目してご覧あれ……私こそが未来の完璧で究極のゴーレムです……!」

 

 

 

 飛来した無数の魔法は闇色の糸に押し流され、あるいは細かく切断された上で投げ返される。

 

 咄嗟にフランメが爆炎によって勢いを弱めなければ、周囲の人間全てを殺傷しただろう。

 

 凄まじいまでの攻撃力、そして精密な魔法操作の技量だ。

 

 

 何とか闇色の糸を躱して二人が近接戦に持ち込むが、両腕にも闇色の魔力を纏い神速のカラテで互角の攻防を演じる! 

 

 人間最強の戦士二人を相手に、膨大な糸を操作しながらだ! 

 

 人外でなければ不可能な複数思考。そして桁外れのスペックが成せる技である。

 

 

「こんにゃろめ! 調子乗ってんじゃないわよ! それ、何時まで持つの?」

 

「……なるほど、他のゴーレムの暴走強化と似たやつね。いくらゴーレムでも、ナルメア級の近接戦闘力とその規模の魔法行使は無理がある」

 

 

 しかし、歴戦の大英雄二人は見抜いていた。アルプは無理をしている。

 

 魔法に関しては世界一の英才教育を受けていたエルフの大英雄は異常な魔力の波動から見抜き、大戦士ユリネはこれまで先祖から受け継いできた数々の見切りによって、その異常な戦闘力の絡繰りに行きついた。

 

 

「ご名答! しかし、分かったところで耐えられますか……?」

 

 

 刃と手刀がぶつかり合っているとは思えない、凄まじい衝突音と衝撃波。

 

 そこら中を荒れ狂う闇色の糸とぶつかり合い、火花を散らす色とりどりの魔法。

 

 宙に舞う鮮血とゴーレムの部品。

 

 戦いは急速に終末へと向けてカオスを増していた。

 

 

 しかし、お互いに傷を増していくも、戦局は互角のままに推移。

 

 ユリネの次元断は最優先で回避され、エルフの大英雄が剣撃の合間に撃ち込む各種魔法も闇色の魔力によって多くが弾かれていた。

 

 稀にポータルによるカウンターも狙われるので迂闊な攻撃は戸惑われる。

 

 周囲は荒れ狂う糸の大海嘯への対応に精一杯だが、そのおかげでアルプは二人へと魔法を攻撃に使えずにいた。

 

 

 

 だが、無理をしている以上、耐え切れば人間たちの勝利である。

 

 それはアルプトラオムも認識しているため、最後の手段に出ようとしていた。

 

 

(想定よりずっと手強いですね。まさか、私の奥の手でも押し切れないとは……。それに思ったよりもボディの損耗が早い……。まあ、()()()()()()()()()。……この体はもうダメですね。戦闘データは()に活かしましょう。────さて、最後に美しい花火を上げるとしましょうか)

 

 

 アルプトラオムから立ち上っていた闇色の魔力が、ドクン、と大きく空間を揺らして胎動する。

 

 それが何を意味するのか。……英雄たちは直感によって正確に見抜いた。

 

 

「ちょっ……爆発オチなんて許さないわよ!?」

 

「マズイ……これは、この区画は更地になる? ……その前に仕留める」

 

 

 そう、最後の手段とは自爆である。

 

 これには流石の大英雄たちも大いに焦る。

 

 だが、破滅を前にしたアルプトラオムのパワーと動きの鋭さはさらに増していく。

 

 さながら燃え尽きる前の蝋燭の如くだ。

 

 

 その機体をボロボロに崩れさせながらも、不吉なゴーレム人形師は嗤う。

 

 

「ふふふ……よくがんばりましたね。……ですが、これにて私の完全勝利────」

 

 

 

 

 

 

 ────瞬間、背後から一筋の光線に、その胸の爆発寸前の魔力炉が撃ち抜かれる。

 

 

 

 

「──────は? ………………ああ、なるほど。これ、は……やら……れ……ました、ね」

 

 

 

 動きの止まったアルプトラオムは、即座に大英雄たちによってバラバラに引き裂かれる!

 

 従えていた浮遊する球体ゴーレムのグラドスも破壊され、ポータルは消滅。

 

 

 

 切断された生首が宙を舞い、半ば砕かれた顔に残った片目で何が起こったのかを見た。

 

 周囲を蹂躙していた闇色の糸の壁を破って穴が開いている。

 

 その先には義手杖の偽装を解き、逆の手で腕を支える形でこちらに向けている大魔法使い。

 

 

 そう、必殺の瞬間まで奥の手を隠していたフランメだ。

 

 

 相手が自身から意識を逸らした瞬間を狙い、特別性の義手杖によって不意打ちを加えたのだ。

 

 彼女が師匠ゼーリエから貰ったこの杖は速射性に優れ、魔法を放つその瞬間まで一切相手に気取らせないほどの早撃ちを可能としていた。

 

 そして何より、使用者の精神力の強さに応じて火力を増強するという強力な魔法が宿っていたのだ。

 

 

「油断、慢心……そんなものまで魔王から受け継いだのかい?」

 

 

 勇ましく笑って大魔法使いフランメは言い捨てた。

 

 そして周囲を荒れ狂っていた糸の大波が消え失せ、辺りに勝利を喜ぶ人間たちの歓声が溢れた。

 

 そう、自爆は阻止され、彼らは生き残ったのだ。

 

 

 

 

 

 ……しかし、地上に無様に転がった人形──アルプトラオムは半分だけになった頭だけでなおも稼働し、不敵に笑った。

 

 

 

「……ふ、ふふ。参りましたね。……………………なんて、言うと思いましたか?」

 

 

「……なんだと?」

 

 

 負け惜しみともとれるその言葉だったが、フランメと二人の英雄は嫌な予感を覚えた。

 

 

 

 ──すると、勝利を喜んでいた魔法使いの一人が血を吐いて崩れ落ちた!

 

 

「オゴゴーッ!?」

 

 

 慌てて周囲の仲間が助け起こそうとする。だが、助けに行った仲間たちも次々と血を吐いて倒れる!

 

 

「オボッ! な、なんで……」

 

「そ、そんな。せっかく助かっ……ゲフッ!」

 

「アバッ! アバババッ!?」

 

 

 彼らだけではない、生き残ったはずの人間たちが次々と倒れ伏していく。

 

 一瞬にして天国から地獄! 周囲は悲鳴と助けを求める声で溢れていく。

 

 エルフの大英雄は咄嗟にアルプの頭部を踏みつけて問うた。

 

 

「あんたの仕業ね! 言え! みんなに何をした!」

 

 

 返ってきたのは淡々とした、しかし少し訝し気な声だった。

 

 

「策は二重三重に仕掛けて置くもの……。英雄ゴーレムたちに仕込んでおいた無臭の呪毒ですよ。貪食の樹海の物を複数調合し、私の魔法の合図で発症するように調整しました。……おかしいですね? なぜ、貴女は大丈夫なのです……?」

 

「……なるほど。えげつない真似を…………」

 

 

 疑問には答えず、エルフの大英雄は一瞬だけ己の手の指輪に目をやり、何かを確かめた。

 

 そんな彼女へ、吐血しながらも根性で立っている大戦士ユリネが問いかけて来る。

 

 なお、フランメはもう気絶した。

 

 

「コフッ。……言ってる場合じゃないでしょ……どうするの?」

 

「…………大丈夫よ。何とかするわ。こいつにトドメを刺したらね」

 

 

 エルフの大英雄は頭部だけになったアルプトラオムに向かって最後に言い捨てる。

 

 

「アルプトラオムだっけ? ()()()()()()。……でも、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 返答は待たず、()()()()()()()()()()()ゴーレムの頭部を無慈悲に踏み潰す。

 

 

 「ふべっ」という間抜けな声を最期に漏らすと、暴れに暴れこの惨状を齎した狂気の人形師ゴーレムはあっけなく滅んだ。

 

 そうして、彼女は忌々し気に呪毒の解呪へと移る。

 

 

「私の意地にみんなを巻き込むわけには行かないしね。……むかつくけど」

 

 

 気が進まなくても仕方がない。

 

 魔法による正攻法の解呪ができない程度の腕しかない、今の自分の未熟が悪いのだ。

 

 誰よりも女神に愛されしエルフ(邪教団の教祖)は魔法でどこからともなく創世の女神の聖典を取り出した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの旅立ちから九年後。

 

 そこは大陸北部山脈にある秘密の洞窟。

 

 そもそも人間ではなかなか立ち入れない程の険しい山肌にあり、その入り口が大岩で塞がれて物理的に隠された場所。

 

 内部も入り組んだ洞窟の奥は、長大な時間をかけて整えられ、どうやって運び込まれたのか煌びやかな装飾が施された大貴族の屋敷のような部屋が存在していた。

 

 

 

 ここはある古い魔族の隠れ家。

 

 ()()の友人も、率いる配下も、誰も知らないセーフハウス。

 

 その魔族が修行や休養の際に利用するその拠点の一つであった。

 

 

 しかし、そこに響く足音は一つだけではない。

 

 いや、生きている存在は確かに魔族一人だけなのだが、彼女の世話をするゴーレムたちが存在しているからだ。

 

 

 その内の何体かが、何やら怪しげな作業をしていた。

 

 部屋の壁際、ゴーレムたちの目の前には、人が入れるほどの大きな透明な入れ物が幾つかあり、その中には全て色とりどりのポリンたちがたくさん入れられている。

 

 ほとんどは入れ物に一緒に入れられた薬液に漬かって眠っていたが、一際大きな透明の入れ物を単体で占有している亜麻色の巨大ポリンは呑気に揺れながら「ミューミュー」と鳴いていた。

 

 透明の容器の端っこには可愛らしい文字で書かれた『ナギちゃん』という名札が貼ってある。

 

 

 そこへ、レアな個体であり主人のお気に入りでもあるゴーレムが、小さな黒羽と主人と同じ桃色の髪を揺らしながら、慎重に薬液を注いでいく。

 

 すると、亜麻色の巨大ポリンが一際大きく「ミュー! ミュー!」と鳴き、その体から体色と同じ色の蒸気が立ち昇る。

 

 桃色の頭のゴーレムは、慎重に入れ物の上側に取り付けてある別の入れ物にそれを集めていく。

 

 

 これが何をしているのかと言うと、魔力を増やすための鍛錬に用いることで効率を劇的に増す魔法薬を生成しているのである。

 

 小さなポリン達も貴重な魔力回復薬を作るための材料であるが、巨大ポリンは特別で、その存在は城が建つほどの価値があるのだ。

 

 

 

 そしてこの魔法薬は例のスライムを使用することに戸惑いのある魔族にとっては必需品であり、今も魔法薬を使った瞑想による魔力鍛錬が行われていた。

 

 

 その魔族────『破壊の魔天使』ミカは、天蓋付きの豪華なベッドの上に寝転がりながら己の魔力を練り上げている。

 

 ベッドの傍に置かれた小さなテーブルに乗せられた音楽の箱から『ワールドイズマイン』が流れていた。

 

 

「………………ふふふっ」

 

 

 とはいえ、本日の鍛錬は少し集中力に欠けていた。

 

 長年の懸念が一つ片付いたことによる喜びのせいであった。

 

 そう、先日の話だが、ミカは長年の仇敵の一人であった『葬送』のフリーレンを奇襲によってそのパーティごと殲滅することに成功したのだ。

 

 

 何人もの友人を滅ぼし、何度も自分の邪魔をした相手に勝利した喜びが彼女を包んでいた。

 

 そんな彼女に『未来視の魔法』の産物である、彼女にだけ見えるセクシーフォックスが語り掛ける。

 

 

(いけないよ、ミカ。そんなにだらしない顔をしちゃ。誰かに見られたら、せっかく集めた尊敬を失っちゃうよ)

 

(大丈夫だよ。大戦果を上げたんだもん)

 

 

 彼女は魔法薬の効果で神経が研ぎ澄まされ、同時に本来以上の魔力が体中から溢れて来る高揚感を楽しんでいた。こうして唯でさえ強大なミカは更に強い魔族へと成長していくのだ。

 

 狐に返答した通り、最近になって魔王軍の戦力を大いに削っていたフリーレンとその仲間たちを倒した功績は大きい。

 

 彼らは不遜にも魔王城を目指しており、立ち塞がった魔族たちも次々と討たれていたからだ。

 

 

 しかし、安心と達成感を味わっていたミカは水を差される。

 

 

(うん? ミカ。どうやら連絡みたいだよ)

 

(えっ。通信用の魔鏡を使って? あれも回数制限のある貴重品なのに、何があったのかな?)

 

 

 教えられた予知に従って意識を浮上させると、ベッドに座る。

 

 大きな仕事をした以上、強大な力とそれに由来する立場を持つミカに指令が飛んでくる可能性は低い。

 

 疑問符を浮かべながら、ゴーレムに指示を出して呼び寄せる。

 

 すると、ベッドの近くまで一抱えほどある鏡を持ってきていた桃色頭のゴーレムが鏡を見やすいように向けて来る。

 

 

 魔力が鏡に流れ込み、鏡に映ったミカの姿が揺らぐ。

 

 そこに映ったのは魔王の側近────実質的な片腕だったシュラハトは死んでいるので、唯一の側近にして専属の護衛であり魔法の研究助手でもあるゴーレム……人形師ゴーレムのアルプトラオムだった。

 

 

 正直、ミカはあまり好きな相手ではない。

 

 よく彼女を揶揄ってくるからだ。だが、敬愛する魔王のゴーレムなので友好的に対応する。

 

 

「アルプじゃん。どうしたの? わざわざ貴重な魔道具まで使って──」

 

「……ミカ。どうやらその様子では知らないようですね……」

 

「何の話?」

 

「つい先ほどの話ですが、勇者ヒンメルの一行が魔王城近郊に現れました……」

 

「……は?」

 

 

 当然ながら、その訳の分からない情報にミカは激しく混乱した。

 

 なぜ? 自分が先日、『流星の魔法』でぺちゃんこにしてやったはずだ。

 

 確かに死体も確認した。砕け散った残骸だったが。

 

 

 

 ────だが、あれが偽物だったら?

 

 その後も、アルプトラオムは生きていた勇者ヒンメル一行によって出ていたであろう被害の数々や、かなりマズイ現状を語る。

 

 言うまでもなくヤバイ。ミカの報告によって油断した仲間たちが被害に遭っている。

 

 それはミカにとっては認識したくない現実が迫って来たことを意味した。

 

 

 

 体が芯から冷たくなり、凄まじい吐き気と冷や汗に襲われる。

 

 思わず、「ちょっとタンマ」と言ってゴーレムに鏡を後ろに向けさせ、『未来視の魔法』の狐と相談する。

 

 

(ちょっとどうなってるの!? 私は確かにフリーレンたちを始末したよね!)

 

(うん。主観では間違いなくそうだ。でも、魔法に溢れたこの世界では、精神魔法などで騙された可能性も否定できないね)

 

(ええっ! それはまずいよ!! 完全に責任問題じゃん! どうしたらいいの!?)

 

(…………君が積み上げてきた尊敬を信じるんだ、ミカ)

 

(それは……つまり……間違いなくあれはフリーレンたちだったって言い張れ……ってコト!?)

 

(そうさ! シュラハトが居ない今、君のミスだと証明できる者は居ないんだ! 大丈夫、奴らが魔王様に敵うはずがない。しばらく大人しくしておけば、きっと有耶無耶に出来るはずさ!)

 

(……そうだよね!!!)

 

 

 そういうことになった。

 

 

 ミカは魔法使いとしては更に強くなっていたが、精神的には少し弱っていた。

 

 古くからの友人たちは次々と消え、残った友人も魔族故に利益を共有しているだけの薄い繋がりしかない。

 

 唯一、本物の友情を感じ取れていた気がする『赤魔公』の一派は活動を休止しており、もう長いことお茶会にも呼んでもらえていない。ミカが何より楽しみにしていたのに。

 

 次に出会った時は、埋め合わせの為に力一杯ハグをさせて貰わないといけないだろう。

 

 

 

 そんな理由があるにせよ、彼女もまた保身を第一とする魔族であったと言えよう。

 

 それに魔王軍全体が共有していた魔王が負けるわけがないという信仰も影響した。

 

 その後にミカは強気にゴリ押しして誤魔化しを行いアルプとの通信を断つと、頭頂部がいい匂いがするお気に入りのゴーレムを抱き枕にして寝逃げした。

 

 

 

 その後に勇者ヒンメルたちの挑戦がどうなったかは、歴史に記されている通りである。

 

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