古魔族、放漫のトラオムの羽ばたき   作:リッチ

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魔族を作る魔法

 大陸のある場所に、『凶星の爪痕』と呼ばれる魔境がある。

 

 そこは人間はおろか強力な魔物たちすらほとんど立ち入らないほどの危険地帯。

 

 星が堕ちてから数千年経っても残る異常な魔力場が、不可思議な重力場を形成してこの世のものとは思えない光景を維持し続けている。

 

 

 巨大なクレーターの周囲には無数の浮遊する大岩が浮かんでおり、幾つも大地に刻まれた深い切れ目のような罅割れからは恐ろしい唸り声が響いていた。

 

 宙を浮く大岩に付着する紫色の結晶石が妖し気に光を放ち、その魔力で天然のトラップを多数生み出している。ある場所では深海の如き圧力を侵入者に与える重力場が生まれ、ある場所では侵入者を天高く()()()逆転重力場が存在しているのだ。

 

 

 この魔境で生きていけるのは、異常魔力場の影響を受けて生まれた在来の魔物たちか、圧倒的強者のみ。

 

 

 この光景と魔力場からインスピレーションや特別な力を得ようとやってくる魔法使いや魔族が全く居ない訳でも無いが、多くは生きては帰れない。

 

 

 常識が通じない超自然環境と、『凶星の落とし子』と呼ばれる在来の魔物たちの生存競争に巻き込まれてあっという間に命を落としてしまうからだ。

 

 

 

 

 

 

 そんなこの世の地獄、『貪食の樹海』とも遜色ない魔境の、ある地割れの中の横穴に魔法使いの秘密の隠れ家が存在していた。

 

 この魔境でも特に危険な、大きなハサミを持ち重力を操る大魔獣。その住処を奪い取ってそのまま流用している隠れ家であり、寝泊まり用の奥の部屋を除いていくつかの大部屋で構成されている。

 

 

 大部屋にはずらりと大量のクリスタル質の半透明の容器が並べられており、その中には形も様々な生物と鉱物の中間的怪物たちが浮かんでいる。

 

 彼らは生まれる前の胎児のごとく体を丸めており、クリスタルの容器が孵化器の様な役割を持っていることは一目瞭然。

 

 ただ、魔力の明かりを伴って輝いているのは一部であり、半数以上は機能を停止して中身ごと打ち捨てられているようだった。

 

 

 

「うーん、この列も廃棄ですかね……。やはりナマモノの培養は難しい。これならゴーレムの方がお手軽ではないでしょうか……?」

 

 

 容器の中身をチェックしていた黒子頭巾のゴーレム、アルプトラオムは芳しくない実験結果に唸っていた。

 

 だが、どんなに技術的に難しく進捗がよろしくなくとも、サボったり諦めるといった選択肢はない。彼女はゴーレムであるが故に。

 

 

「産まれるところまで行ったとしても、大事なのはその後ですからね……。もっと孵化の成功率を上げないと……」

 

 

 生命の改造。それも望む方向に思い通りに変えようというのは難行である。

 

 無から生み出した女神の偉業には届かないにしても、命と魂の秘密の深淵に迫る挑戦であることは間違いがない。────だからこそ、やりがいもあるのだが。

 

 

 

 アルプが廃棄予定のクリスタル容器に印をつけていると、奥の部屋がゆっくりと開き、強大な魔力が流れてくる。

 

 

 彼女の主人が起きてきたのだ。その存在だけで、この危険な『凶星の爪痕』の魔物たちすら寄せ付けないでいる、この隠れ家の主が。

 

 裸足で石の床をペタペタと歩いてくるその姿には迫力は無い。

 

 だが、彼女こそは接触した人間に生存者は存在しない無名の大魔族であり、普通の魔族ではありえない多くの魔法を習得する古魔族であり、女神に挑まんとする魔道の探求者であり…………ある古い、無貌の魔族の一番弟子でもあった。

 

 

 

「────アルプ。……新しい()()は産まれた?」

 

 

 作業を中断してその場に跪いて出迎えたアルプへと抑揚のない声が掛かる。

 

 アルプは顔を上げると、ポータルで数少ない産まれることができた存在たちを引きずり出す。

 

 いずれも人型からはかけ離れた異形であり、樹海の睡眠呪毒で眠らされている。

 

 

「今回は三体です……。中々の魔力、そして身体能力の高さです。そして、どれもが生まれながらに特別な魔法も宿しているようで……。ただ、その詳しい性能はまだ確認しておりません。御眼鏡に適う個体はいるでしょうか? ────ダヌア様」

 

「……ふむ」

 

 

 女魔族はざっと異形たちを見渡したあと、その内の一体に歩み寄る。

 

 それは小柄な人間ほどの背丈のある、全身が真っ白いフワフワの毛で覆われたモップの様な個体だった。背には悪魔の様な羽、頭上にはこれまた悪魔のような角が付いている。

 

 なんとはなしに、女魔族は白い体毛をモフモフしたあと、従者に尋ねる。

 

 

「……強力な個体ではあるみたいだけど……欲しいのは特異な個体であって、半端に強いだけの個体ではないからね。……ところで、これは話せるの?」

 

「いえ、知能は高いようですが、鳴き声がせいぜいですね……。魔族とは言えません。魔物としてはとても優秀なのですが……」

 

「……じゃあ、必要ない。後で適当に放流しておいて」

 

「はっ。承りました」

 

 

 少なくない時間とコストをかけているのだが、あっさりと失敗作の烙印が押された。

 

 まあ、研究なんてこんなもんである。試行錯誤しながらゆっくり進む。資材と人数の暴力で試行回数を増やす事も出来るが。

 

 アルプは少し迷った後、何かを考え込んでいる主人へと問うた。

 

 

「ダヌア様。改めて確認しておきたいのですが……。御所望なのは多様な魔法を扱える能力を持った魔族でよろしいのでしょうか……?」

 

「……うん、それであっている」

 

「現状では魔物であっても多数の異なる魔法的資質を宿した存在の作成には成功しておりません。環境を整えるだけでは、やはり特異な能力を持った魔族を意図的に生み出すのは難しいでしょう……。別の計画から先に進めることを進言いたします……」

 

 

 今の所は唯一の配下からの進言に女魔族は不服そうに少し悩んだが、決心する。

 

 

「……むう。仕方ないか…………とりあえず、現在の作成中の個体は孵化させて。……そうしたら、使えそうな大魔族たちに目星をつけておいて」

 

「はっ! いよいよ軍の立ち上げですね……! いやあ、世界を相手にどこまで通じるのか、楽しみです……。ダヌア様はご謙遜なされますが、こんな遠大な計画を立てられるだけで充分に特別な魔族であると思いますよ……」

 

「……まだまだだよ。この程度じゃダメ。……創世の女神に挑むには、私の魔法では不足。…………だからこそ、もっと特別な存在にならないと」

 

 

 ゴーレムの世辞を聞き流しながら、女魔族は微かに首を横に振って静かに答える。

 

 

 そして小脇に抱えていた古びた本を開いた。

 

 その本の表紙には、『なぜ人間と共存しなければならないのか?』と書かれている。

 

 開かれた中身には、感情を排して理詰めで魔族が人間と共存しなければならない理由が書き綴られている。人間との共存が叶わなければ、魔族はいずれ滅ぼされるとも。

 

 彼女はその一字一字を撫でながら、短くも濃厚だった、教えを受けていた時間に思いを馳せる。

 

 

 

 この女魔族はなぜこんなことをしているのか?

 

 それはかつて師のような存在から授けられた様々な知識や思想が原点だった。

 

 彼女はその特別な魔族から色々な事を教えてもらったが、結局はその魔族の期待には応えられず、欠けていた感情を手に入れることも無かった。

 

 そして、僅かな時だけを共に過ごし、道は別たれた。

 

 だが、その時間が彼女をより強く賢くしたのは間違いがない。

 

 それに彼女はあの時に確信したのだ。────神の領域に至る魔法。その実在を。

 

 

 

「……自分に特別な魔法は無い、か。…………大嘘吐き」

 

 

 

 彼女だけは気が付いた。他のどの魔族も騙されていたが、彼女だけはその魔法の存在と可能性を見出したのだ。

 

 その魔法に自分が至ることが彼女の生涯の目標となり、そのために彼女には時間と道しるべが必要だった。

 

 

 

 ……時間はこれから用意する。

 

 魔族を集めて軍を作り、滅びを先延ばしにするべく戦いを始める。

 

 万が一にも勝てそうならば、世界を自分の目標の魔法の研鑽をするのに都合がいい形に変えてしまおう。

 

 お題目としては魔族の未来の為と掲げるが、彼女も魔族だけあって実際は()()()()()()()()()()()()()()。……そう、自分さえ目標に辿り着ければ良いのだ。

 

 

 

 ……道しるべについては、見つけるのに苦労していた。

 

 もう自分は師に近づくことは許されないだろう。見限られたのだから。

 

 だが、各地に師の魔法の名残は色濃く残っている。特にこの『凶星の爪痕』は特別な魔法と魔力が感じられる。

 

 ここでなら、自分があの魔法に近づくための道具を作れるはずだと思っていたが、なかなか上手く行かない。

 

 

 

 

「……まあ、時間はこれから用意する。…………それに、まだ()()()()の方は失敗した訳じゃない」

 

 

 彼女はふと、微かな衝撃を感じて見下ろす。

 

 近くで闇色の糸を動かして作業しながらもこちらを見ていたアルプトラオムが、ニヤニヤという形容が似合う表情で話しかけて来る。

 

 

()()、上手く行くといいですね……。ところで、もう名前は決めているので……?」

 

 

 その問いに彼女は疑問で返した。――魔族らしく。

 

 

「……名前? ……そんなの自分で決めるものでしょ。……()()は産まれたら目印を付けて放流して、有望そうなら回収するよ。…………どうしたの? そんな顔して」 

 

 

 魔族には家族の概念は無い。

 

 あくまで彼女の目的にとって大事な道具を作っているという感覚だった。

 

 ()()が特別な性質を持つのであれば、思想と実利で制御して使うだけだ。

 

 

 しかし、アルプトラオムはニヤニヤ笑いを止めない。

 

 

「……いえ、なんでもありませんよ。ただ少し、未来が楽しみだなあ、と思いましてね……」

 

 

 発掘した師の古いゴーレム(ミクダヨー)を素体にしたからだろうか。

 

 アルプトラオムは時折、主人であり創造主である彼女の想定や思考を超えることがあった。

 

 だからこそ、()()()()への思いが強まるのだが。

 

 

 

「……やっぱり生物は培養液でなく、胎盤で作るのが効率的なのかな?」

 

「さて……そちらが上手く行くようなら、勢力を築いた後に人間や魔族で試しましょうか……?」

 

「…………いや、いい。……何となく、これで上手く行きそうな気がする」

 

「それはそれは……ふふふっ。いつかは私も、かの御方に拝謁してみたいものですねぇ……」

 

 

 創造主の理解できない感情で含み笑いをする人形師ゴーレムは、無意識に()()()()()を撫でる主人を面白そうに眺めていた。未来の魔族のお姫様は、まだそこでまどろみの中に居た。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルによって魔王討伐が成された一年後。

 

 未だに勝利の興奮の冷めやらぬ世界を、勇者ヒンメルは旅して回っていた。

 

 それは仲間との約束を果たすためでもあり、各地で困っている人を助けるためでもあり、魔王軍の生き残りたちへの牽制の為でもあった。

 

 

 旅の途中、彼は今年の解放祭をどこで過ごそうかと悩んでいた。

 

 解放祭とは他ならぬ勇者ヒンメルたちが魔王を倒した日を祝う日である。ちなみに帝国では討伐祭と呼ばれている。

 

 その記念すべき最初の日をどこで本人が過ごすかというのは、政治的にも大きな意味があったが、ヒンメルとしては政治に深入りしたいとは思えない。

 

 彼はたまたまその日が訪れた場所で過ごせば良いだろうという考えで旅をしていた。

 

 

 

 そんなある日、ヒンメルの元へと意外な所からの招待状が届いた。

 

 

「お祭りのお誘いか。まさか、巡業団からお誘いがくるとはね。場所はゼーレかい?」

 

「ええ。もちろんそうですわ。とはいえ、既にご予定がおありなら無理にとは言いませんけれども……」

 

 

 驚いたことに招待状を持ってきたのは、なんと魔人の三女であるクルミであった。

 

 いつもの秀逸なデザインの華やかな衣装とは違った、地味めの変装にも見える装いであるが、美少女なのは変わらないので注目を浴びている。

 

 普通は巡業団の連絡は伝書TSUBAMEで行われるのだが、今回は世界を救った勇者への敬意と()()()()から彼女が直接に招待状を届けに来ていた。

 

 その誠意に応えるためと、ある目的もあって勇者ヒンメルは快諾する。

 

 

「いいよ。ゼーレなら面倒事を抜きにお祭りを楽しめそうだし。あと、ちょっと調べ物があってね。いつかゼーレにも行こうと思っていたんだ。それに、巡業団が招待してくれるってことはその辺を融通してくれるんでしょ?」

 

「はい、もちろん図書館長たちも最大限協力させて頂きます。あと、団長が前に出した勇者様の自伝の続きの出版についてお話ししたいとも」

 

「うん、ありがとう。自伝についても続きはもう書き上がっているんだ。よろしくお願いするよ」

 

「ありがとうございます! 巡業団一同、真心を込めて歓待させて頂きますわ!」

 

 

 色よい返事を貰えたからだろうか。魔人クルミは頭を深く下げて礼を言うと、ほっと息を吐いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 勇者ヒンメルが招待を受けると、何と即日で空飛ぶ馬車でゼーレへと招待された。

 

 巡業団の魔法技術がおかしいのは周知の事実だったが、流石の勇者もこれには驚かされた。

 

 そして巡業団の面々に一通り歓待を受けて、日にちは解放祭の前日に迫っていた。

 

 

 街並みからして特異なゼーレは住人も変人が多く、様々な街を旅してた勇者ヒンメルからしても奇妙に見えたが、どこか居心地の良い都市でもあった。

 

 

 祭りの本番は明日なのだが、既に前夜祭でどんちゃん騒ぎが始まっている。

 

 建国王たちの像がある例の酒の噴き出す噴水の前では、完全に酔っぱらった利き酒名人として有名なご当地エルフ(ミリアルデ)が半裸になって踊り狂っている。

 

 巡業団も帰郷しているので、都市中で音楽の箱ではなく歌姫たちの生歌が響いてきていた。

 

 

 勇者ヒンメルはそんな光景を楽しみながら、都市にある小さな喫茶店で食事をとっていた。

 

 具体的には素麺である。紫色の髪の平坦な歌姫が『髪を素麺に変える魔法』で生み出したもので、祝祭なので都市中で振る舞われている物だ。なお、裏ではかなり高額で取引されていて、世界各地のオークションに出品されたりもする。

 

 

 

「ここは不思議な街だな。でも、なんだかワクワクしてくるから僕は気に入ったけど」

 

 

 少し前まで勇者ヒンメルのところには、次から次へと来客があった。

 

 都市の住人たちが魔王を倒して世界を救った勇者を一目見たくて押し寄せてきたからだ。

 

 巡業団が上手く注目のいくらかを引き付けてくれなかったら、休む間もなかっただろう。

 

 

 だが、ヒンメルは特に嫌がることも無く、住人達と握手し、子供の頭を撫で、老人たちの涙ながらの感謝を受け取っていた。

 

 

 このゼーレとて、魔王軍の被害から完全に無縁だったわけではない。

 

 人類の為に戦場へと赴き、そのまま帰ってこなかった者たちは大勢いるのだ。

 

 ヒンメルは彼らの心に寄り添い、あくまで真摯に対応した。

 

 

 

「失礼。相席、よろしいかな?」

 

「うん? ええ、どうぞ」

 

 

 一息つきつつ平和を喜ぶ人々を眺めていたヒンメルだったが、不意に声が掛けられた。

 

 ヒンメルはそれに少し驚いた。

 

 敵意など微塵もなかったとはいえ、自分が接近に気が付かなかったことと、その人物がエルフの男性だったからだ。

 

 

「嬉しいな。いや、勇者様がこの町を気に入ってくれて本当に良かった」

 

「独特な雰囲気ですけど、本当に僕は好きだよ。……ところで、貴方は? ただ者じゃないね?」

 

 

 山盛りの素麺が入った器を持ち、朗らかに笑う緑髪のエルフ。

 

 その佇まいからヒンメルは得体のしれない存在感を感じ取り、思わず尋ねた。

 

 緑髪のエルフは掴みどころなく勇者の質問に答えた。

 

 

「ああ、名乗りが遅れたな。すまない。俺はエルフのロミアスと言う。といっても、俺には大した武勇伝が無いから知らないと思うが」

 

「あー、申し訳ない。聞いたことは無いな。でも、なんとなく分かるよ。貴方は相当強いだろう」

 

「ははは……まあ、腕に覚えはある。……そうだな、実は昔に一時期だけフリーレンの師匠をしていたことがあるんだ」

 

 

 流石にこの言葉には勇者も驚いて尋ねる。

 

 

「なんだって? …………その、どういう関係で?」

 

「なに、知り合いに頼まれて彼女とその相棒が未熟だったころに、少し魔族との戦い方を指導しただけだ。……もう彼女にも偉そうなことは言えなくなったな。何せ魔王を倒したわけだし」

 

「では、貴方も魔族との戦争に?」

 

「……いや、随分と前にそれは引退したよ。……勇者様の前で言うのは恥ずかしいがね」

 

 

 緑髪のエルフは本当に恥じ入っている様子で、情けなさそうに肩をすくめた。

 

 そして彼は顔を歪めて苦しそうに勇者へと語った。

 

 

「情けないものさ。幾ら魔法の研鑽をしても、俺は心が弱いままだった。フリーレンに限らず色んな相手に指導してきたが、結局その点では全員に追い越されてしまったんだ。……でも、どうしても……決心が出来なかった。戦うのが怖かったんじゃない。……向き合うのが怖かった」

 

「それは……」

 

 

 ──どういう意味だ、と勇者が疑問を放つよりも先に、緑髪のエルフは問いを放った。

 

 

「なあ、勇者ヒンメルよ。なぜ、君は魔王に立ち向かうことができたんだ? 君は恐ろしくはなかったのか?」

 

 

 その問いにはかつて魔族に蹂躙されていた人々と同じ、強く救いを求めるような思いが籠っていることを勇者は感じ取った。

 

 疑問はあったが、その真剣さを感じた勇者はあえて尋ねず、真摯に答えた。

 

 

「もちろん、怖かったさ。……でも、みんなが困っていて、誰かがやらなきゃいけない事だった。それなら、僕が頑張ってみてもいいんじゃないかなって思って旅に出たんだ。実際にできるかなんて本当は分からなかったけどね。……でも、頼もしい仲間が居たんだ」

 

「…………そうか、仲間か」

 

「うん。本当に頼もしい仲間たちだった。彼らと旅をしている内になんだかんだで魔王城まで到達して、なんだかんだでいつの間にか世界を救えてしまったんだ」

 

「ははは……そりゃ大した仲間だ……」

 

 

 緑髪のエルフは掠れた笑い声を出し、広場にある人々が群がるゼーレ建国王たちの像を見ながらそう言った。

 

 ヒンメルは彼が何を思っているのかは分からなかったが、それでも彼を励ました。

 

 

「フリーレンは本当に素晴らしい魔法使いだったよ。だから、少しでも彼女を指導して下さったのなら、貴方も魔王討伐の一助になったということだ。胸を張ってもいいと、僕は思うな」

 

「…………ありがとう。勇者ヒンメル。君は本当に……ゼーレの古い魔法使いたちによく似ている。きっと彼らも、君に感謝しているだろう」

 

 

 それは彼なりの最大限の賛辞であろうことは、なんとなくヒンメルにも分かった。

 

 緑髪のエルフは自分が知らない古い時代を戦い抜いた人であったのだろうとも思った。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 それから暫し、二人は無言で平和な街の光景を眺めつつ、音楽に耳を澄ませた。

 

 どこからか歌姫たちの合唱の『Story / AI』が聞こえてきていた。

 

 愛情と慈しみに満ちた歌声は、精一杯に傷ついた魂を癒そうとしているかのようだった。

 

 

 

 そして、いつの間にか素麺を完食していた緑髪のエルフは、席を立つと最後にもう一度だけ、礼を言った。

 

 

 

「ありがとう。本当に……本当にそれしか言う言葉が見つからない。君は世界だけでなく俺の心も救ってくれた。……………………ありがとう、あの子を止めてくれて」

 

 

「ロミアスさん、貴方は一体……?」

 

 

 

 勇者の言葉を待たず、緑髪のエルフは街並みへと消えていく。

 

 その背中は直ぐに雑踏に紛れて見えなくなり、二人の邂逅は終わった。

 

 後には平和な時代を祝う声と、楽しげな音楽の調べだけが残った。

 

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