迦具土には少し離れた妹弟がいる。
天照、月読、須佐之男である。といっても、厳密には伊邪那岐のみから産まれた神だ。しかし、そこまで深く考える必要も無いので3人は兄妹として接している。
ある時、ある通路の長椅子に腰掛けていると、末っ子の須佐之男がけしかけてきた。
「よぉ親殺し」
「あぁ須佐之男。どうかした?」
「いや?いつもそんな呑気にしやがってってな」
「まぁ……何もすることないし」
「へっ…そうかよ」
このとおり須佐之男との仲は良好とは言い難い……兄達から聞かされてきた母を死においやった迦具土に良い印象を持てないのは仕方がない。
「ちょっと須佐之男」
「そうですよ須佐之男」
2人が会話をしていると二柱の妹が割り込んで来た。天照と月読だ。
「うるせ、結局殺したことには変わりはねぇだろ。姉さん達こそ何で肩を持つんだ?」
「確かに……」
「お前が疑問に持ったらいけねぇだろうが!」
「いやぁ……流石に須佐之男の反応が普通でしょ…」
「やっぱ悪ぃとは思ってるんだな」
「流石に思わない方が腐ってない?」
「まぁ…そうだな…」
神としては何かしでかすと開き直る方が多いというかほとんどが逆ギレする。兄達はかなりそれで関係がギクシャクしている。
が、迦具土の場合、前世の一般弱者人間としての記憶意識が大きいので、自分に非があることは認め、小言を言われても仕方ないとは思っている。
しかし斬られたら怒る。誰でも怒る。迦具土でも怒る。
「で、何で肩を持つんだよ」
「さぁ?なんとなく暇潰しになるから?」
「息抜きにはなります」
「そうなの?」
「うん」
「はい」
「……そうかなぁ…」
流石に勘違いじゃないかという気持ちと、そう思われてるのは嬉しいという気持ちが混ざって、情けない声が出る。
実際のところ、人間の直接的な信仰対象である天照達は、普段から敬われる立場に居る為、抜けた態度を出来る訳もなく、気が抜けられない。そして父親の伊邪那岐や多くの自然の神である兄姉にはやはり目上の存在として敬わなければならない。こんなに崩した態度をとれるのは現在は迦具土しかいないだろう。
「そもそも兄さんは火も同然、そんなのを宿したとしたらそうもなるよねって話」
「身体の内から焦がされていく……恐ろしいですね」
「ふん、だからお前が生まれなければよかったんだろ」
「まぁそうなんだよね……でも産まれたくて産まれた訳でも無いんだよなこれが」
「だから悪くないとはならんだろ」
「んじゃどうしろと…」
「そりゃぁ…………なんなんだろうな…」
悪いからと言って贖罪できることもあるかと言われればない。
殺すというのも一つの手ではあったが、それは伊邪那岐が否定した。伊邪那美の願いの一つだから。
「まぁ…なにかして問題になるより何もしない方が良いだろ?」
「そうだな…」
実際、発見された後の迦具土は行動範囲を限定されている。不吉の存在としての観点から野放しにする訳にもいかないという意見があり、必ず監視が目に入る場所や何も無い部屋に軟禁となった。
「どうにも、須佐之男以上に兄達や父は俺を許してはくれないみたいだし……」
手に火を起こすが、過去に暇で扱っていた頃よりひ弱になっていた。
伊邪那岐は、残った迦具土の血を利用し、迦具土の部屋に大中小の柱状の迦具土専用の吸力器を建てた。定期的に力を吸収し、強大な力を使わせないためである。所謂封印具というやつである。
そして、伊邪那岐のアメノオハバリに斬られて以来、本来の力すら弱体化していた。
今の迦具土にはそこら辺にいる中型の穢れを祓えるかどうか。少なくとも集団の小型に食い散らかされるだろう。
非戦闘の神ですら自然を守る為に周囲の中型程度ならば祓える程度にはある為に、その弱さが分かるだろう。
「体術位は覚えたいかな…」
「誰も教えてくれないのかよ」
「言ったろさっき。一方的なんだ。はいかわかった以外の言葉は無視される、教えを乞うことも出来ない。それだけ忌み嫌われてる。そういや父が俺を生かしてから途端に色々課せられたな…」
「俺達はよくお前に対する嫌味を聞き続けてるが、当人には何も言わないんだな」
「居ない扱いなのかもね」
「ちょっと陰湿過ぎない?」
「表では良い顔をしていますからね。憎む理由としては申し分ないですが」
「仕方ないから気にしてないよ。する方が疲れるし。お三柱もそろそろ何か言われるかもよ。俺に構ってると」
「そうですね。では」
「ちょっと態度変わりそうかも」
「せいぜい足掻いとけよ。そのうち相手してやるよ」
「それは嬉しいかな」
三柱は迦具土のいる場を後にする。
「須佐之男がなんだかんだ話しかけてくるのは嬉しいんだよなぁ…」
孤独は生物を殺す。神も例外ではない。
人間としての記憶があるからこそ何とか紛らわせる何かを考えられていたのであって、産まれてこの方箱入りのように過ごしてきた迦具土に、何もない状態で産まれていたならば狂神にでもなっていたかもしれない。
そんな中、三柱が関わりを持ってくれた。嫌味でも、愚痴でも、何か話してくれる三柱は、迦具土にとって唯一の心の拠り所となっていた。
「でもあまり関わりすぎるのも両方にとって悪い…か」
将来はこの都を統べる三柱。忌み神と関係を持つのは兄達からして嬉しくもないことだろう。
「もっと兄達もフランクに接してあげれば良いのになぁ…小学生かよ…」
ぶつぶつと小言を吐き出しながら自室に歩いていく。
「顔色は少し良くなった?」
「かも…しれないです」
「最初見たときはかなり窶れてたしな」
迦具土が見えなくなり、周囲を確認し誰もいないことがわかると話し出す三柱。
実は結構心配している。他の兄姉と違い、唯一気を許せる兄と思っているからだ。あくまで仲は普通か憎いくらいにカモフラージュしているだけで、コミュニケーションをとっている。因みに兄姉達には呆れている。
神とは傲慢である。とどのつまり、蹴落とし合いがすごい。迦具土が共通の敵という事で、迦具土の前では結託するが、それ以外では……まぁお察しだろう。
表では気前の良い、仲良しな神々として認識されているが、裏では揚げ足を取り合い、罪をも擦り付け合う。
勝てば調子に乗り、かなり勝手な行動をすることもちらほら……しかし、表に悪評が出ることはない。何故かって?それが自然災害と呼ばれるものなのだ。自然の神々なのだ。気分が高ぶればなぜか普通に起こせる。ある日は竜巻、ある日は豪雨、ある日は大地震に地形隆起や陥没その他etc……
威厳たっぷりの神々によって今日に至るまで天変地異が起こっているのだ…
そんなのを見ていれば自然と敬意が薄れていくのも当たり前だろう。畜生は迦具土ではなく、迦具土を忌み神として憎んでいる神々の方であった。
しかし、天変地異のお陰で、生物は適応能力を得ることができた。メリットもあったという訳だ。とはいえそう何度も起きてもらっては困るのだが。
「都の被害確認をするのは誰だと思っているのですかね…」
「あいつらは無理だぞ。自然とかいう暴君そのものだからな。暴れるのは良いがそれで穢れ共を呼び込んでくんじゃねぇよ…」
「失礼しちゃうわー。昨日なんかせっかくのお出かけ日和が一瞬で雷雨に変わるんだもの。このままじゃ引きこもりになるわね」
愚痴愚痴と鬱憤を吐き出す三柱
「親父も結構苦労してるらしいしな」
「手が掛かる息子達よりも御母様の死の方が辛いだそうで。小言は言っていますがこなしているみたいですね」
「迦具土兄さん関連を改善しないと、あのお柱さん、変に人間ぽさがあるからその内死ぬわよ」
「やはり御姉様もそう思いますか」
「それ言ったら、アイツの影響受けてる俺達も人間味があるってことになるじゃねぇか」
「かなり引っ張られてるわよ?本来ならあんなみたいなのが普通なんでしょ?」
「それは極端ですが……少なくとも価値観は違いますね」
「少なくとも父様がわかる方でよかったわ…」
正直あそこ枠に仲間入りするくらいなら、人間臭いの方が断然マシと価値観が迦具土よりになっている三柱であった。