太古の大陸に一つ、大きな都が盛んでいた。
そこには、二本足で歩き、走り、二本の腕で何かをする生き物、人間。そして、その造形の元となる神々が日々切磋琢磨している。
「ぬっ!はっ!」
「へっやるようにっ…なったなぁ!」
「おわっ!!?」
持っていた得物ごと打ち上げられた迦具土。やはり力量が違う。
「いてて……流石に何度やっても無理だなぁ」
「覚えが早いし、そこまできにするこたぁねぇと思うぞ」
「そう?」
迦具土は立ち上がってまた剣を構える。須佐之男は少し呆れ顔になりながら話す。
「おいおい、まだやんのか…?」
「覚えることが多いからね…できる限りは学んでおきたいんだ。須佐之男が良いなら付き合って欲しいかな」
「悪かねぇ。新人育成の練習にでもさせてもらうぜ」
この日はこのやり取りを門限まで繰り返した。
その日、何度目かわからない呼び出しをされる須佐之男。呼び出し主は伊邪那岐である。須佐之男は特殊な事例がない限り、迦具土の場には立ち入りを禁止されていたためだ。
「須佐之男……なぜ奴の相手をする」
「へっ…あんたに比べりゃ何倍もマシだぜ」
「須佐之男ッ!!」
「なんだよ、そんなに嫌なのか?アレが」
「………」
黙り込む伊邪那岐。何らかの心境があったのだろうか。
「なにか言えよ、わかんねぇだろ。俺はあんたじゃねぇからよ」
「何故お前は許せる…?母に会いたいのだろう?」
「会いたいさ。会いたいがよ……クソみてぇな現状を聞かせたくないだろ?」
兄弟同士で争い、蹴落とし、暴れ合う。これが母が見たかったものなのか…須佐之男にはそれを思わずにはいられなかった。
「山の神、川の神、土地の神……自然を司るあやつらは常に事を運ばねばならぬ…それこそが役目なのだ」
「じゃあ俺はなんなんだよ。あんなやつらとは何もかも違う、俺はなんなんだ?」
「戦神だ。戦をこなし、勝つ。それがお前だ」
「なら、アイツらを黙らせても文句ねぇよな…見てると腹しか立たねぇ」
「ならん」
「はッ気に入らん奴はぶん殴りたいのが俺の性なんだよ。言いつけだからずっと引きこもってるアイツも、好き勝手やってるアイツらも……ずっと引きずってる親父もなッ!!」
「ふんっ…!!」
須佐之男の剣と伊邪那岐の剣が鍔迫り合う。
「そうやってバカみてぇにふんぞり返ってなんになんだよ!!」
「ッ…!!」
「はいはいストップストップ!なにやってんのバカ2人!」
鍔迫り合いの音を聞いて、天照は直ぐさまに現れる。
「…………何やってるんですか…?」
髪が多少ボサボサで目元に隈を作っている月読が顔を覗かせる。明らかにオーバーワークである。
「月読、止めるわよ。私はあの愚弟をやるわ」
「お父様は止めなくても…」
「駄目よ。抑えないと須佐之男の頭をかち割るわよ」
「………はぁ…」
ウンザリな顔をしながら天照と共に男共の仲介を行う。
「姉貴達もイラついてんのじゃねぇのかよ!?」
「お上が潰れたら終わりよ愚弟!」
「お父様、少し離れましょう」
「……わかった。だが一発」
「良いですか?離れましょう」
「………わかった…」
「…………姉貴…おっかねぇな」
「アンタらがすっぽかしてるからでしょ…。アンタはともかくお父様は自業自得、甘やかし過ぎよ。ツケが全部こっちに来てるんだから」
静かに怒りを募らせる月読に萎縮する男神二柱。特に伊邪那岐、それでいいのか神代七代。
「とにかく、不毛だから止めなさい。あとちゃんと指導する!」
「むぅ…」
「天変地異が一月に何度も起こられると人間は対処しきれませんよ……」
「人間が幾ら神の複製でも、流石に私達みたくタフで頑丈じゃないんだから」
どうにかいざこざを鎮圧できた二柱であった。
一方その頃…
「えーっと…どなた?」
「は、はい…!!道に迷って……しまって……その、何処かも分からずに……」
迦具土の前に少女が来た。服装は白着物、背丈は低く、幼い印象であるがそれにしては達者な言葉遣いをしており、それなりに髪が長く横髪より後ろを束ねているが、束ねた髪は甲骨程にまで垂れている。
「君、歳は……あっ」
不思議に思ったことを質問したが、いきなり女性に向かって年齢を聞くのはかなりの野暮であると口を塞ぐ迦具土。
「は、はい……齢は二十でございます…?どうかいたしましたか?」
少女は口塞ぎに対して疑問をこぼす。まるで当たり前かのように。
「いや、女性に歳を聞くのは…悪かったと…思ったんだけども」
「そうなのですか?あ、いえすいません……些か知識が乏しく……口調などは最低限できるように教え込まれましたが……そういうものは疎く……」
(礼儀は教えられているのに常識が抜けている……?いや、そもそも俺の常識が通じない場合があるのか)
「あぁ……気にしなくて大丈夫……ですよ?」
迦具土は前世の記憶が邪魔だなと思いつつ、この少女をどう対応すればいいか考える。
(どうしたら呼べるか……あ、こうすればすっ飛んでくるか?)
「少し待っていてくれます?」
「は、はいっ」
「ふん」
「はぇ?」
迦具土は部屋に設置されている封印具をへし折った。
「コラぁぁぁ!!!!!!アンタもアンタでなにやってんのよ!!!!」
警報が鳴ってからすぐさま天照が現れる。かなりご立腹のご様子。
「あ、あわわわ……」
「呼ぶ方法がこれくらいしかないからね」
「ぶちのめすわよ……って、人の子じゃない。なんでここに居るのよ?」
「本人曰く迷ったらしいけど」
「あわわわ…天照様…本物…!」
少女はまるで手に届かない存在を目の当たりにしているかのような反応をしている。実際にそうなのだが。
「やっぱりこの反応が普通なの?」
「まぁ、1つの例かしらね……あぁ貴女人柱?誰宛かしら…」
「人柱?それって…」
「普通に考えても生贄よね」
「生贄……」
「人柱は扱いに困るから表でできるだけやめろとは言ってるけど、来るものは来るわよ?」
「そっか…」
「ほんっと神らしくないわよねアンタ……」
生贄と聞くなり表情を曇らせる迦具土。それを見て天照は神らしくないと改めて実感する。
「まぁ、それでも対処はしないといけないから。何か印があれば良かったんだけど……無いわよね」
「えっと……はい…」
なにやら引っかかりのある返事をする。
「元々持たされていなかったのかしら……」
「人柱の他には…どんな生贄が何かあるの?」
「他に?まぁ……恩恵とか、一族繁栄とか、あとは個人的な願い事とかかしらね…最後のは流石に私でも引くわ。子宝を捧げてまで己の利益を追求するんだもの。種の繁栄から遠ざかる行為は嫌いよ。個人的にも嫌悪感がするってのもあるけどね。それでアレらの力が増すってのがねぇ…」
「……なるほどね」
迦具土は前世で行われていたこととそう変わらないのを確認したと同時に、この時点で感性が終わっている奴もいるのだと理解した。
「力が増す…か。表じゃ威厳ある態度してるって須佐之男や月読から聞いたけど、そういう理由だったのか…」
「そうよ、正直同類に見られたく無いわね。問題児しかいないんだから……」
「まぁまぁ…俺よりかは」
「アンタは底辺過ぎるのよ。こんな扱い、アンタくらいじゃないと死ぬわよ」
「流石に俺が耐えられるんだし、誰でも耐えられるんじゃないかな?」
「感覚狂ってるわよ馬鹿兄」
「そう?普通だと思うけどなぁ」
「あ、あの……」
軽口の叩き合いになり始める二柱に少女が声を掛ける。
「この方は…天照様や月読様の兄上様で……?」
「…………あぁ、うーん、しまったな」
「……はぁ……ついいつものノリで話していたわ…」
「天照様方だけの秘密……だったのですね……えっと、極刑でしょうか」
「馬鹿言うんじゃないわよって……そう思われても仕方ないか…大丈夫よ、そこまではしないわ。流石に普通の扱いをする訳にはいかなくなったけど……私の落ち度ね」
「これに関しては俺も悪いよね。今度は張り付けかな」
「張り付け……」
「絵面面的に無しよ、無し。そうね、ついて来なさい。少し話し合って、その後に直ぐに伝えるから」
「は、はい」
「よし、決まったね。よかったよかった」
「ありがとうございました…………あ、あの……その……おこがましいのですが………御名前は……」
「あ、名前はー……」
天照を見る迦具土。一応秘密であるのだからということで許可が欲しいところである。
「いいんじゃない?関係性はバレてるし、言わない方が嫌なんでしょ?」
「あはは……ということで、名前は迦具土。まぁこんな所に居るからロクなことしてない輩と思ってもらって構わないですよ」
「は、はい迦具土様…ですね。申し訳ありませんでした…その…」
少女は迦具土の手にある封印具の部品を申し訳なさそうに見ながら謝罪をする。
「あぁ、これはあちらの方に……」
「それもあったわ……真面目に張り付け案件かしら……」
天照は頭痛がするわと額に手を当てながら溜め息を吐く。
「本当に申し訳ありません…!!」
「良いのよ…えぇ…私達の管理不足だし……さ、行きましょうか」
「わかりました。迦具土様、ありがとうございました!」
「そんなお礼を言われる程じゃないですし…気にしないで下さい」
「アンタの敬語似合わないわね」
「そう?でも一通りの礼儀は大事だし…」
「私も……緩い口調が似合っていると思います」
「あ、はい……わかりました…初対面の人に言われるんだからホントに敬語は似合わないんだろうね…」
「あ、いえ……そちらの方が自然に聞こえると申しますか…その…」
「いや、大丈夫だよ。話し方に関しては少し考えていたから、今度からはこのままでいくよ」
「はいはい、いいから行くわよ」
「あっ…すみません…」
「………そんなに真に受けなくても良いのよ…」
天照と少女が去る。迦具土はまた空虚な部屋に座る。
「……色々と状況を把握したいけど……普段使わない頭だからこんがらがるな……寝よう」
そう言いながら冷たい床に寝転がって目を閉じる。何も変わらない時間を、空虚な時間を潰す為の睡眠。人間の頃から変わらず摂っているが、神にとって余程のことがなければ必要のないもの。それだけでも迦具土にとっては孤独の辛さを紛らわせられるものであった。
だが、今回は久しぶりに無い頭を使って気を遣ったため、頭の整理と少々の眠気の為に睡眠を摂るのであった。
が、少し経った頃に誰かに横腹を蹴り上げられる。
「ごゥッ…!!?」
「はしたないわよ」
「なんで戻ってきてんのっ……?」
横腹を押さえながら起き上がると、天照の横に先程の少女が居るのが目に入る。どうやら服装が整えられているようだ。
「今日付けでこの子は私と月読の直下に置くわ。んで、作業内容はアンタの監視と私達の呼び出し係よ」
「なるっほど…っ…?」
「感謝しなさい。彩りがない此処をアンタに華を持たせて周りを整えるって作戦よ。それと、いちいち呼び出しで壊されると堪らないから呼び出し係をつけたって訳よ」
「なるほど…っ…」
「いつまで横腹押さえてるのよ」
「痛いから押さえてるんだけど?」
「弱っちいわね」
「君らと比べないで欲しいなぁ……」
「まぁそんなことどうでもいいわ。ほら改めて挨拶!名前言っていないでしょう?せっかく付けたんだから」
「そんなこと……」
「え、あっはい…!!………よ、よろしくお願い致します、巳亜と申します!」
「えっと……ミアさん、よろしくね」
「は、はい……その!巳亜、で大丈夫です!」
「らしいわよ?」
「……身内ならともかく、他所様の女の子を呼び捨てするのは…………」
そう言いながら巳亜の方を伺うと、凄く落ち込んでいる様子である。迦具土は諦めた。諦めないと逆に状況が悪くなる。なにより天照が怖い。
「……こ、降参。わかったよ。呼び捨てでいいんだね?」
「はい……すみません」
「ぐぅ……こちらこそすみませんでした……こうさっさと折れておけば良かった……よろしく、巳亜」
「っ!はいっ!」
にぱっとした笑顔で返事を返され、迦具土はなんだか娘が妹でも見てる気分になってしまった。
そんなこんなで、迦具土と巳亜の交流が始まるのであった。