発端
「だれか~~! ごめんなさいごめんなさい! ここから出して~~!!」
午後7時半過ぎ、そろそろ熱も冷えてきたスタジアムの石の廊下に、そんな声がひびいた。なるほどクレバーな救助依頼だった。ほかに手の空いている人もいないだろうから、速歩きで音の聞こえた方へ。かけつければ、スタッフオンリーのベルトパーテーションの向こう、倉庫のドアが開いていた。
そう、ドアは開いている。不思議に思いながらのぞきこめば、見慣れぬ作業着姿の女性が、半べそでこちらを見上げた。
「ごめんなさい! 入っちゃいけないのは知ってたんです!
なのにここから、一歩も出られないんです~~!」
「あらあら」
それはまた奇っ怪な。作業員さんは証明するように、廊下に一歩ふみだそうとし、失敗した。いたずらにしては、いささかあわれっぽい。安心させるためにほほえんで、倉庫の中にはいる。
現象としての心当たりは、なくもない。だけど、それがここで起こっている心当たりは、ない。
王城時代から物置として使われていた、まっこと由緒正しきこの倉庫には、色んなものが雑然とほうりこまれている。たとえば、使わないパーテーションポール、掃除用具のはいったロッカー、買い置きの事務用品。それでも足の踏み場はあるし、だいたい場所は覚えている。そして、入口のドアの影に……いた。
ソーナンス。とくせいのかげふみは、場から逃げることを許さない。
そんなナックルスタジアムにはいないポケモンが、足元にマクロコスモスの制服の人間を寝かせている。あざやかな空色の、ぷっくりした足元に頭をのせて、彼女はぐっすり眠っていた。……耳元に耳栓が見える。こっちも堂に入った不法侵入だ。入られたのは倉庫だが。
ソーナンスがわたしを見上げたけれど、彼女を揺り起こす前に……。これだけじゃないな?
腰のボールからイエッサンを出して、人の気配を探ってもらう。物は多いが、そう広くない部屋だ。イエッサンは迷いなく歩く。予備のモンスターボールのたくさん入ったダンボールの陰。コックコートの女子がうずくまっている。わたしを見上げて、それでも無言。いい胆力だ。気に入った。
まだイエッサンは歩く。どこもかしこもぶあつい石造りの床は、イエッサンの足音を吸ってしまう。堀に面した窓は開いていて、生ぬるいにおいを倉庫によびこんだ。けれど、そこからもきっと出ることはできなかったんだろう。窓の下、たくさんの脚立の間に座った私服の女性。こっちはバツが悪そうに目をそらす。作業員はずっとごめんなさいと謝るから、片手をあげて黙らせた。そしてそのまま頬に当てて、途方にくれるポーズ。
なんと4人の不法侵入をゆるした。あまりのザル。ちょっとした不祥事である。
*
今日のナックルスタジアムでは、ナックルジムリーダー・キバナvsバウジムリーダー・ルリナの試合が行われた。午後6時開始のナイターで、それ自体はつつがなく、われらがキバナさまの勝利で終わった。
「来場者プレゼントとして用意された、キバナのサイン入りレプリカユニフォームが、今日はあまっている。だから倉庫の、入ってすぐのところにしまった」
ということを、会場スタッフが試合開始直前に、客席近くの廊下で話したのが、事の二番目の発端だったらしい。それを聞いて悪い心を起こした観客が3人ばかり、倉庫に侵入して、レプリカユニフォームを拝もうと(今はこの表現にしておく)した。
しかしその前に、地下プラントで働くマクロコスモス・エネルギーの人間が、倉庫に不法侵入して仮眠をとっていた。そんな彼女の手持ちのとくせいによって、後から不法侵入してきた作業員、パティシエ、OLが倉庫に閉じ込められた。話をまとめるとそういうことだった。ある意味不届き者たちは一網打尽になったわけだけど。
「で、そのサインユニはどこに?」
見つからないのだ。3人の観客を引き寄せた発端、あまったサイン入りユニフォームが。
そもそも倉庫は、こういう試合のあるときには、たいてい鍵をかけない。倉庫の鍵は事務所とわたし所有の二本のみで、試合準備の細々したことで、いちいち鍵を開け閉めするのも不便だったからだ。それは観客への信頼だったし、盗られて困るほどのものはおいてない油断だった。
今回のユニフォームだって盗られて困るものじゃない。だけど、誰かが盗んだなら、調べなくちゃならない。
ナックルスタジアムでこういう不慮のことがあると、メインで対応に当たるのはわたしだ。ほかに仕事のない身なので、そういうことになっている。
なにせわたしの仕事ときたら、鍵の管理くらいで、あとは実態のない管理職。麗しい伝統の守り人・第47代キーリングキーパーと名前が立派なだけの、ひまな仕事なのだ。こういう時にこそはたらいて、お城に貢献すべきである。
とはいえ今回は事が事だったし、ジムトレーナーたちの手が空いていたので、彼女たちが手伝ってくれることになった。ヒトミとレナに全員女性の容疑者たちの身体検査を、男の子のリョウタには倉庫の捜索をたのんで、わたしが全員の話を聞くことにした。