該当の方だけお呼び出ししようと思っていたのに、全員をあつめておはなしをすることになってしまいました。拘束への説明責任です。時刻は午後8時すぎ、もうお腹のすく時間。4人の容疑者たちと、3人のジムトレーナーと、ジムリーダーと私。9人in倉庫。せまい。
話をどうはじめるべきか、私は迷いました。でも、こんな探偵のまねごとは、どうやったって格好つけになるものです。私もこのガラルでポケモントレーナーをやっているのだから、エンターテイメントの心得くらいはありました。
「お集まりいただきありがとうございます。今から、サイン入りレプリカユニフォームが盗まれた事件の犯人について、おはなしします」
まずはあたりさわりのない挨拶から。私を見つめる16の瞳。この程度なら、満場のスタジアムにくらべれば、ものたりないくらい。
なあんだ。
私は気づきました。今のは試合前の入場みたいなもの。これはポケモン勝負とおなじ。
手加減も気遣いも何もかも野暮にしかならないのだから、持てる全力で叩き潰すことだけが正義でした。挑まれたならば戦えるかぎりお相手する、トレーナーの本懐。それなら探偵業よりおてのもの、すべて遂げて踊ってあげる。こちらに視線を、意識を、喝采を。いつものセリフは心のなかで。
これからもっとたのしくなるわ!
「まず、前提から確認しましょうか。この部屋にはサインユニがあった。だけどなくなった。そして、その間、この部屋はかげふみで密室になっていた」
何人かがうなずきました。重たいしずけさの沈む夜のスタジアム。声を出すのは私だけ。場を自分に有利にコントロールするのは、ドラゴンストームの、そしてもはやナックルのお家芸。
「そしてかげふみの効果についてですが……体感した方もいる通り、場から逃げることを許さないとくせいです。ポケモンバトルでは交代もできません。人間には、この部屋を出ることはできませんでした。
ですが、ポケモンが逃れるのは、そう難しくありません」
私はポットデスをくり出しました。みんなを呼び出す前に、手持ちにいれておいたのです。愛想のいいポットデスはみなさんに小さな手を振って、ふんにゃり笑いました。
「たとえばゴーストタイプには効かないし、きれいなぬけがらを持つポケモンにも効きません。他にもいくらか抜け道が。
この倉庫の窓は、小さくありませんし、ポケモンなら出られたでしょう。空のボールは、そこの予備のボール置き場に隠せば、そう簡単には見つかりません」
リョウタくんが探してくれたのは、あくまでユニフォームでした。箱いっぱいのボールを、いちいち確認はしていないでしょう。
「交代可能な何らかのポケモンにユニフォームを持たせて、窓から出す……。それなら可能だな。探してくれるか」
ジムリーダーが相槌をうってくれました。トップジムリーダーを助手役にするなんて、贅沢すぎてめまいがしそうです。ジムリーダーの指示を受けて、リョウタくんとレナくんが箱を手分けして探しはじめます。助手さまはさらにうまく、話を進めてくれました。
「だが、ここにいないポケモンを前提にするなら、この中の誰もが容疑者だ」
「ええ。でも、お一人、不自然な方がいます」
ことん、ことん、と一つ一つボールを確認する音をバックに、ポットデスの持ち手を握ったまま。……くるりと首を回してその人を見ます。
「パティシエのエラキスさん」
両手でエプロンを握って立つ、小柄な女性。
「エンジンシティから、列車でおみえでしたね」
「でも、今日のエンジン方面はお昼から運休のはず……!」
それにピンときて、作業員さんが反応しました。彼女はバウタウンからの列車に乗れなかった。エンジンシティからナックルシティへは、バウタウンを経由します。彼女が乗れなかったなら、エンジンシティからも来られるはずがない。
「早い時間に来たの」
「いいえ、あなたはエンジンからのお仕事帰りのはずです。だって、パティシエすがたのままじゃありませんか」
彼女は間髪入れずに返しましたが、それはあまりよい言い逃れではありませんでした。コックコートは衛生のための服。食材集めのためにそれで出歩く方もいますが、砂嵐吹き荒れるドラゴンストームの試合を見に来るなら、着替えてくるべき服でした。
「あなたはお仕事帰りに、着替える間もなく来たんです。そして列車が止まっていることも知らなかった。タクシーで来たのでもないでしょうね。混み合っていたそうですから、その理由として列車が止まっていたことも知ることができたでしょう。
あなたは、その2つを使わずにここに来たんです」
エンジンシティからナックルシティへの移動には、3つのルートがあります。列車、そらとぶタクシー、それから……。
「ワイルドエリアを通過して」
しん、とした空気。落ちる納得。そして彼女の斜に構えながらも、こちらをまっすぐ見る目。勝負の時のトレーナーの目です。きっと彼女と私のバトルフィールドは、おそらく“ここ”ではありませんでした。それでも説明を続けます。
「ワイルドエリアを通るには、ポケモンが必要です。航空免許持ちでポケモンに乗ってきた可能性もありますが、どちらにしろポケモンは不可欠。ならなぜ、今ポケモンを連れていないんでしょう?」
「あっ、このボール、中身が入ってます!」
リョウタくんが声をあげました。続いてレナくんが、空だけど登録済みのボールを探り当てます。私より先に、証拠を見つけてくれました。そう、彼女は最初、あの箱の横にうずくまっていたのです。
彼女は一歩踏み出してリョウタくんの手の中のボールを見て、止まって。それから私と、隣のジムリーダーを見ました。
「……そうです。あたしです。その子はあたしのポケモンです。その子が“ふきとばし”で、もう1匹を窓から逃してくれたんです」
リョウタくんがボールから出したバタフリーは、彼女によりそいました。動かぬ証拠となったその子を撫でながら、彼女の視線は床に向かいます。
「あたし、キバナファンの友達がいるって言いましたよね。今日の試合のチケットは、ほんとは友達のだったんです。でも彼女、緊急入院して、試合にいけなくなって、それだから、ゆずってくれたんです。明日手術するから、きっとそれがあればがんばれるだろうって思って。ユニは来場者プレゼントだから、あたしが当選したことにすればよかったし……。ごめんなさい」
*
翌日の朝礼で、その事件は一通りジム職員に報告された。今後の倉庫の鍵の取り扱いについては、また考えなくてはいけない。
パティシエの彼女は、友達にきちんと事情を話し、退院時にユニフォームを返却することを条件に、厳重注意で済まされた。きちんと彼女が返しに来た暁には、有志で花を買いたいと、トレーナーとスタッフたちが話している。われらがジムリーダーのファンの快気祝いと、とっさにあの戦術をとれた彼女の有望な未来をねがうために。
今日は午後からスクールのこどもたちが社会見学にスタジアムに来ることになっていて、それの引率まで、わたしはこれという仕事はない。スタジアムの公式SNSを更新したり、受付から持ち込まれた細かい仕事を片付けたり、清掃員をお茶会にさそったり、午後のこどもたちを見学させるルートを見直したり、午前中はいつもどおりの仕事をしていた。
スタジアムには王城時代の晩餐室を改装した贅沢な食堂があって、関係者だけが知る隠れた名所だった。シュバルゴやジャラランガのえがかれた絵画や、中庭に面した大きな窓、重厚な机など、美しく明るくガラルの歴史を感じさせるとして人気で、ミーティングルームとして活躍することも多い。そのひと角に、ジムリーダーとジムトレーナーが集まって昼食をとっていた。入ってもいいか尋ねて、お邪魔させてもらう。彼らはサザンドラに滅ぼされたと伝わる村と、現在のサザンドラの生息域の話をしていた。
「で、何か用があったんだろ?」
食後、各々に渡されたランチバスケットを厨房に返して、ジムトレーナーたちと一時別れたキバナさまは、わたしにそう言った。
「わたしにも、ドラゴンポケモンのおはなしをただ聞きたいお昼だって、ありましてよ」
「今日それなの?」
「ちがうわ。内密のおはなし」
「やっぱりそうなんじゃん」
そのまま、試合のない日はめったに人が通らない、三階部分の円形廊下に向かった。窓の外のナックルシティは今日は晴れ。城壁の外に広がるワイルドエリアは、ナックル丘陵が吹雪で見通しが悪い。巣穴からあふれる光の柱だけはぼんやりとわかる。窓に腰掛けながら、本題にはいった。
「今朝、エンジンシティの病院に確認したんですけれどね、該当の患者さんはいないんですって」
あの子、エンジンの病院だって、はっきり言ったのに。
キバナさまはそれだけで事態を把握して、あちゃあ、と頭の後ろで腕をくんだ。ガラルの人たちは善良だけど、ウールーの群れはフォクスライに狙われる。
昨夜はポケモンの発見で早々にケリが付いたが、彼女はきっとわたしが名指しするときから、もしかしたら倉庫に集められたときから、うまい幕引きを考えていた。『友達』が最初の聞き取りのときから登場していたことを思えば、手持ちの1体を隠したときからかもしれない。
彼女の勝負はそこだった。言い訳がましく犯罪の発覚を引き伸ばすより、素直に謝って美談を装うことで、穏便な幕引きを選んだのだ。その判断は、トレーナーとして生かされれば、きっとすばらしいものになっただろうに。
「それで、どうします? ユニフォーム、返ってこないでしょうけど」
渡す花について話している彼女たちの前でそれを話すのはあわれだった。それでもキバナ様には、知っていてもらわなくてはいけない。
「どうする、か。今度こそ窃盗で、警察に届けるしかないだろな。頼めるか?」
「4時過ぎには手が空くので、その頃には」
「たのむぜ。アイツらのほうは、オレがなんとか説明しとくから……」
そこまで年は変わらないけれど、キバナさまが責任者の立場である以上、ジムトレーナーたちはお預かりしているかわいいお嬢さんお坊ちゃんだった。年上のスタッフだって、名義上はわたしの部下をしてくれているのだから、それに報いて大事にしてやりたかった。
いつまでも使われない花代は、きっと彼女らの心にいやな想像をさせるだろう。ウソを疑うより、きっとわるい病気を心配してしまう。
丘陵から冷たい風が吹き込んできて、寒さの苦手なキバナさまは肩をすくめた。風に乗ってきた雪が、お城の壁をわずかに冷たく濡らした。