僕の名は森近霖之助。喫茶兼、居酒屋兼、古道具屋…… そんな不思議な店「香霖」の店主をしている。
この店は特殊な立地で、世界線の狭間に存在している。詳しい説明は難しいが、要するに様々な世界の様々な時間から様々な人々がやって来る、という事だ。
前回は世界線をまたにかけた迷惑集団、ヴィクティムの総統ラウ・イブリエスがやってきた。
そして今宵もまた、何処かの世界線から迷い人がここに。
***
軽快なドアベルの音が静かな店内に響いた。椅子の上でまどろんでいた僕の意識は一瞬にして覚醒、ドアの方を見る。
そこには灰色っぽい軍服を纏い、サングラスをかけた銀髪の青年が居た。青年は二、三度周りを見回した後、僕を見つけたようでこちらに歩いてきた。
「いらっしゃい」
僕はあくびを交えながらそう言った。青年は僕をまじまじと見るなり驚いたような表情を浮かべる。
「本当に霖之助さんだ……」
「いかにも。僕は森近霖之助だよ」
「ああ、失礼。僕の居た世界にも霖之助さんが居たもので…… 別世界線の同一人物を見たのは初めてでして」
「なるほど」
どうやら青年は幻想郷系の世界線からやってきたようだ。しかもその世界での僕を知っているという。興味深い人物だ。
「まあ、立っているのもなんだし、好きな席へ」
「それでは」
青年はカウンター席を選び座った。偶然にもそこは先日ラウが座った席でもあった。だからといって特に深い意味はないと思うが。
「注文は」
「コーヒーを濃い目にお願いします」
注文までほぼ同じだ。僕はちょっとだけぎょっとした。
「どうしました?」
「いいや、気にせず」
僕は後ろの戸棚を漁ってコーヒー豆のビンを取り出した。蓋を開けて中身をカウンター上のコーヒーミルに流し入れる。濃い目なので量を少し増やして。
「それで、君は『何処』から?」
僕はコーヒーミルを回しながら定石の質問をした。
「生まれは違いますが、今はP-A14.5-MRに居ます」
「ほう、やはり幻想郷系の。しかしMRとは一体……?」
「さて、それは僕にも分かりません」
P-Aというのは幻想郷系の世界線であることを示している。そして14.5というのは『原作』と呼ばれる世界からどのタイミングで分岐したかを表す。しかし、MRとは一体何を表しているのだろうか。
考えても答えは出なそうなので、僕は次の質問をすることにした。
「その格好からして、軍関係の何かに入っているようだけど、何をやっているんだい?」
そう聞くと青年はやや苦笑して答える。
「この服は昔居た組織の物です。捨てるのも勿体無いし、他に服もないので着続けているんですよ。今は妻と焼き物をして暮らしてます」
「軍服を普段着にするとは……」
「変わってるでしょう?」
「いや、いいんじゃないか。個性がある」
本音ではどうなんだと思いつつも口には出さなかった。せっかく青年の口が軽くなってきた所だ。もっと話を聞き出したい。
「そういえば名前を聞いていなかったね」
「……やっぱり知っているはずの人から初対面の反応をされるのは、混乱しますね」
そう言いながら青年はサングラスを外した。
オッドアイだ。紅色の右眼と金色の左眼を持ったオッドアイが現れた。
「クリス、クリス・バードルトといいます」
「クリスか」
僕はミルを回す手を止めた。豆を挽き切ったからだ。ミルの下には挽かれた粉が溜まっている。
カップにドリッパーを乗せ、その中に粉を入れる。そしてゆっくりと湯を注いだ。辺りにコーヒーの芳しい香りが漂う。
ここで僕はちょっと踏み込んだ質問をしてみることにした。実は会った時から気になっていることが一つあった。
「クリス。君、ただの人間じゃないね」
「!?」
クリスの反応が明らかにそれまでと違う。踏み込みすぎたか。
「何故です?」
「君から感じる魔力というか霊力というか妖力というか…… そんな感じの物が異質なんだ」
ここ出来たら素直に言うしかない。さあ、どうでるクリス?
「そうですね……」
クリスは少し考える仕草をした後、口を開いた。
「まあ、伝えても大丈夫でしょう。僕は簡単に言えば、改造人間みたいなものです。常人を遥かに超えた能力を幾つも持っている…… 大平原を瞬時に駆け抜け、渓谷を飛び越え、巨木を引き抜き、巨岩を砕く。……見てみます?」
「いいや、よしておこう」
クリスはさらりと凄いことを言っている。実際に見てみたい気持ちもあったが、なんだかいやな予感がしたのでよした。
「でも僕の真価はまだあります」
まだ続きがあるのか。
「本当はむやみやたらにやるなって、妻に止められているんですけどね」
そう言うとクリスは自分の右側に魔方陣を出現させた。そしてそこに腕を突っ込んで何かを探っている。
数秒後、クリスが腕を引っ込めた。手にはなにやら物騒な物が握られている。
「銃?」
「ええ、僕のです。これを」
クリスは手にした長さ二十センチ程の銃の銃口を自分のこめかみに当てて、引き金を引いた。
独特の作動音と共に弾丸が放たれ、クリスの頭を撃ち抜く。
力を失ったクリスの身体はカウンターからずり落ちるように倒れる。辺りには真っ赤な鮮血が飛び散った。勘弁してくれよ。
どう掃除しようか、と考え始めた僕の眼前で、それは起きた。
クリスの体が金属のような銀色に変色し始めたのだ。変色が進むと同時にその体にヒビが入っていった。
変色が全身に回ったその時、クリスの体は弾けるような勢いでバラバラに砕けた。僕は思わずぎょっとする。
砕け散ったクリスの体はやがて宙に浮かび上がると一点に集まり始め、人の形を成していく。
次の瞬間、カッと閃光が弾け僕は眼を腕で覆う。
恐る恐る腕をどかすと、カウンターに何食わぬ顔でクリスが座っていた。姿は完全に元通りで、もちろんこめかみに穴など空いていない。
「これが僕の真価、リザレクションです。要するに、不死身なんですよ。僕は」
呆気にとられる僕を前にしてクリスは悠々とカップに口をつけコーヒーをすすった。
「その能力は、『彼女達』のものでは……?」
「本家はそうです。でも僕のはちょっと由来が違うんです」
詳しくは言いたくないですがね、とクリスは付け加えた。
僕はとんでもないものを見てしまったようだ。クリスの言う本家、僕の言う『彼女達』の能力は世界に四人しか持つ者が居ないはずのものだからだ。仮にあの能力が量産出来るようになったとしたら…… 世界線中が大変なことになるのではないか。
いつの間にかクリスはコーヒーを飲み終わっていたようだ。空になったカップが僕の前に置かれていた。
「店内を見てもいいですか?」
「ああ、どうぞ。とは言ってもほとんどが非売品だけどね」
クリスは立ち上がって店の奥に向かった。僕もそれについて行く。
店の奥側には様々な物が置いてある。古い家具に壊れた電化製品、そして本だ。クリスはそういった品々を流し見しながら店内を歩き回る。
すると本棚の前で止まった。何かめぼしいものでも見つけたのかと思い、説明しようと前に出るが……
「なっ!? ど、どうしたんだい?」
クリスの表情は何か恐ろしいものを見たかのように固まっていた。わなわなと指差す先にあったのは一冊の本。それを見て僕は困惑した。なぜそれにそんなに怯えているのだろうか。
「アニメの、設定資料集……?」
クリスが指差していたのは古いロボットアニメの設定資料集だった。それは凝った内容で、架空の作品でありながら隅々まで設定を網羅して記載している、珍しいものだ。
「アニメ? 何を言っているんですかっ!? あれはそんな代物じゃないです!」
クリスの反応は明らかにおかしかった。こんな本のどこにそんな切羽詰まる必要があるのだろうか。
「この本は『世代の書』 僕の生まれた世界の古代兵器データベースです!」
「……は?」
僕は一瞬、さっき入れたコーヒーに何か変な物でも混ぜてしまったのかと疑ったが、これは僕のせいじゃなさそうだ。クリスは本を手に取ると黙々と読み始めた。
「やはりだ。この本は僕の生まれた世界のある兵器群についての情報が詳細に載っている…… 凄い、こんな機体が有ったのか……」
端から見れば青年がアニメ本を読みふけっているように見えるだろう。実際はだいぶおかしいのだが。
「これがあれば、戦争は変わる。勝てるぞ、ヴィクティムに!」
クリスはバンッと本を閉じると興奮した様子で僕に振り返った。
「すみません、この本をいただいても良いでしょうか!?」
「あ、ああ…… どうぞ」
本当は非売品のつもりだったのだが、あんな状態で断ったらどんなことになるか分かったものではない。渋々手放すことにした。
「ありがとうございます、これで…… ああこれ、お代です」
そう言って魔方陣を展開するとその中から一本の棒状の何かを取り出して手近なテーブルに置いた。
「それではまた」
そう言ってクリスは本片手に店を出ていった。
「はぁ…… さて」
僕はクリスの残した棒状の何かを確認しに近づいた。そして絶句した。
銃だ。先ほどクリスの頭を撃ち抜いた銃が無造作に置かれている。
「何がお代だよ。おdieじゃねぇか」
近未来的なデザインというか、見てくれは悪くない。むしろ良いぐらいなのだが、お代として置いていかれると困る。
しかし仕方ないので僕はこれを受けとることにした。折角なので構えてみるか。
「……」
銃器というのは戦場において命を預けるものだ。信頼性が何よりも重要である。そしてこの銃は不思議なぐらいに僕の体にフィットした。これなら安心して命を預けられる、そう感じさせた。これが人間工学というやつなのか。
同時に、この銃がかつて何人もの命を……少なくとも一人、を殺害していると思うと、持っている僕の体自体も血にまみれるような感覚におちいった。
僕は弾倉……弾を納めるパーツを取り外してポケットに仕舞うと残った銃身を店の品々の間に立てかけた。
「……こうだな」
銃は実際に使うより飾る方が良い。僕はそう考えたのだった。