僕の名は森近霖之助。喫茶兼、居酒屋兼、古道具屋…… そんな不思議な店「香霖」の店主をしている。
この店は特殊な立地で、世界線の狭間に存在している。詳しい説明は難しいが、要するに様々な世界の様々な時間から様々な人々がやって来る、という事だ。
前回は不死身の銃士クリス・バードルトがやってきた。
そして今宵もまた、何処かの世界線から迷い人がここに。
***
今日はドアベルが鳴ることはなかった。なぜならば今日の来訪者はドアを介さずに店内に入ってきた、正確には『転移』してきたからだ。
朝から妙な胸騒ぎがしていた。何かが起こるぞ、と。ゆえに僕はなんら慌てることはなかった。むしろ慌てたのは『転移』してきた少女の方だ。
「うわっ、なんだなんだ!? ここはどこだ? 何が起きた!?」
少女は長い金髪を振り回して辺りを何度も何度も見回していた。よくある反応だ。
実はこの店に来る者の一割くらいはこうして『転移』してくる。しかもそれは突然に起きるので『転移』してきた者は大抵このようにパニックになる。
「まあ、落ち着けよ」
僕はカウンターに頬杖をつきながら少女に言った。
「落ち着けるかっ! ……あれ? お前、霖之助か? ってことはここは香霖堂?」
「残念だが、香霖堂はだいぶ前に廃業したよ。……何だって?」
僕の前の店、香霖堂を知っている。この少女、ただ者ではないな。
「君は一体……!」
僕は少女の顔を見てドキリとした。僕はその顔に見覚えがある。いや、見覚えがあるなんてものではない、よく知っている顔だった。
「魔理沙…… なのか?」
霧雨魔理沙。僕がかつて弟子入りしていた道具屋の娘。魔法使いに憧れて家出した問題児。そして個人的に深く関わりがあった少女だ。
だが僕の中の何かが違うと、魔理沙ではないと言っている。しかし格好までほぼ同じだ。白黒の服にウィッチハット、姿がそのままだ。
「魔理沙? ちげぇな、私はコウ、霧雨コウだ。何度も間違えんなって言ってるだろう?」
彼女は、魔理沙ではなかった。こんなにも似ているのに。それよりも、今「何度も間違えんな」と言ったか? 何度もということは、向こうは僕を知っているというのか。ということは。
「別世界の幻想郷から来たのか」
「何、お前別世界の霖之助かよ」
魔理沙にそっくりなその少女はぶっきらぼうに言った。喋り方まで魔理沙にそっくりだ。でも、魔理沙は僕を「霖之助」とは呼ばない。「香霖」と呼ぶのだ
立ち話も何なので僕は彼女、霧雨コウをカウンター席に座らせてココアを出してやった。「子ども扱いすんな」とコウは言ったが、そのわりにはずいぶんと美味しそうにココアを飲んでいた。
「君は、コウっていうんだっけ。君の言う通り、僕は別世界の霖之助だ」
自分で自分を別世界の霖之助だ、というのはなかなか抵抗のあることだった。
「コウ、単刀直入に言うと、僕は君にとてもそっくりな人物を知っている。これは一体どういう……」
「生まれ変わり、らしいぜ」
コウはそう言うとニィッと口角を上げて笑った。でもどこかその表情に哀愁とも怒気ともとれる何かを感じた。
僕はそれからコウの話を聞いて驚いた。コウの生まれた世界線の話、ここでは詳しくは触れないがだいぶ大変な事が起きたあとらしい。あのヴィクティムとかなりいざこざがあったようだ。
コウ自身の生まれについての話も興味深かった。コウはコウの世界線内での魔理沙の生まれ変わりであると同時に、魔理沙自身の子孫でもあるという。
「妙な話だよな。自分がご先祖様の生まれ変わり、だなんてさ」
コウの容姿が魔理沙にそっくりなのはそういう理由が有ったのか。だがよく見ると違いもある。コウには左目の下に火傷の跡がある。これは幼少期に負った火傷のものらしい。他にもコウの方がほんの少しだけ、目付きが鋭い。
「不思議な話もあるものだな」
僕は言った。
「世の中には不思議が満載だぜ」
そう言ってコウはココアを飲み干した。満足だったらしい。
「さて、お代は」
「待て、お代はいい。代わりにと言ってはなんだが……」
僕はコウとの話の中で一つ気になっていたことがあった。それは
「ミニ八卦炉を見せてくれないか」
ミニ八卦炉。僕がかつて魔理沙に贈ったマジックアイテムだ。コウの一族、つまり霧雨家ではそれを代々受け継いでいると言った。コウは霧雨家の現当主だという。今、八卦炉はコウが持っているということだ。
「ああ、いいぜ」
そう言うとコウはスカートのポケットから八角形の物体を取り出した。手のひらにちょうど収まるほどの大きさで、八角形の中央には陰陽玉のマークがあしらわれている。
僕はミニ八卦炉を受け取ってながめた。懐かしい、魔理沙との記憶がよみがえってくる。
これを渡したのはたしか、魔理沙が家出をするときだったか。幻想郷で独り暮らしをするのは危険だと思い、護身具として渡したんだっけ。それがなんだかんだあって一名家の家宝になっているとは…… 感慨深い。
「なあ、そろそろいいだろう。なるべく早めに戻らないとなんだ」
「ああ、悪い」
僕はミニ八卦炉をコウに差し出した。コウはそれを受け取るとスカートのポケットにしまった。
「帰りはドアを開ければすぐさ。どこでもドアみたいだろ?」
「どこでもドアってなんだよ? まあいいや」
そう言うとコウは足早にドアへと向かって歩いていきドアノブに手をかけた。
「またな」
コウはドアを開けて出ていった。僕はその後ろ姿をずっと見ていた。
空になったココアのカップを洗いながら、僕は考えた。
コウはどうやら先日ここを訪れたクリスと同じ世界線に居るらしい。クリスはヴィクティムと戦争をしているといった。おそらくコウも戦っているのだろう、ヴィクティムと。
あのミニ八卦炉は一体何人の命を奪ったのだろうか。一瞬そう考えて、やめた。戦争に部外者が安全地帯からどうこういう権利はない。それに、僕はあのミニ八卦炉を魔理沙にたくした。そこから先は成り行きに任せるしかない。
守るために戦う。戦いたくないのに戦わなくてはいけない。
どこか遠い世界の話だと思っていたが、この頃は嫌が応にも耳に入ってくる。僕ももう少し世界について考えなくてはいけないのかもしれない。