霖之助と香霖と世界線   作:明日田錬武

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第四話

 僕の名は森近霖之助。喫茶兼、居酒屋兼、古道具屋…… そんな不思議な店「香霖」の店主をしている。

 この店は特殊な立地で、世界線の狭間に存在している。詳しい説明は難しいが、要するに様々な世界の様々な時間から様々な人々がやって来る、という事だ。

 前回は名家の魔法少女、霧雨コウがやってきた。

 

 そして今宵もまた、何処かの世界線から迷い人がここに。

 

***

 

 いつものように椅子に腰かけて僕は本を読んでいた。ただ、今日読んでいる本はいつもとちょっとだけ嗜好が違う。

 読んでいるのは古いロボットアニメの設定資料集。先日ここを訪れたP-A14.5-MRからの来訪者、クリス・バードルトが持っていった本と同系列の物だ。だいぶ古ぼけているため表紙がかすれているが、タイトルには「00」と記されているのが読み取れる。

「こんばんは」

 内容は作中に登場するであろうロボットやメカニクスの設定画や文字設定などだ。後半にはデザイナーや設定考証との対談インタビューと思われる文章が載っている。海老川なる人物が主役機のデザインをしたらしい。

「あの」

 ロボットものにあまり興味の無かった僕だが、この本で見て唯一気に入ったデザインのロボットがある。それがティエレンというロボットだ。作中ではヤラレ役として登場する機体らしいが、僕はそのデザインのシンプルさと武骨さ、重厚さに惹かれ……

「すみませんっ!!」

「うおっ!」

 思考にふけっていたところを急に現実に引き戻された僕は、思わず声をもらした。驚いた拍子に持っていた本を投げ出さなかったのは英断だろう。

 声の方向を見れば一人の青年が立っていた。いつの間に現れたんだ?

 金、というよりも黄色に近い色の髪は眉毛にかかる程度に短い。赤い縁のメガネをかけ、服は上下ともに昔の軍服のような深緑色をしている。背はあまり高くなく、顔はどこか幼ささえ感じさせる。全体的に大人しそうな印象だ。

「ああ客か、すみません。お好きな席へどうぞ」

 僕がそう言うと、青年は店内を少し見回して、それから二人掛けのテーブル席についた。

「注文は?」

「ハイボールをお願いします」

 驚いた。ハイボールを頼むということは、あんななりで成人しているというのか。それとも未成年飲酒? なんにせよ僕がとやかく言うつもりはない。ここは無法地帯だ。

「はいよ」

 僕はカウンターの裏に向かい冷蔵庫から空のグラスジョッキを取り出してカウンターに置いた。それから冷凍庫を開けてジョッキ一杯分の氷をすくって入れる。その後、別の冷蔵庫から一本のガラスビンと炭酸水の入ったペットボトルを持ってきた。

「こいつはここしばらくでは逸品だぞ……」

 僕は独りで少し自慢げに呟いた。ビンには「レッドヴァレー」と書かれている。ちょっと前に入荷した、どこかの世界線のウイスキーだ。味と香りが強めだが、ハイボールにして適度に薄めるとじつに旨い。

 コルクをポンッと抜き、ウイスキーをジョッキの五分の一ぐらいまで入れてかき混ぜる。氷とウイスキーをなじませるためだ。

「さっきは何を読んでいたんですか?」

 青年が聞いてきた。僕はウイスキーを混ぜながら答えた。

「アニメの設定資料集」

 僕は青年の方を見た。すると僕は何か違和感を感じた。どこかで見た覚えがあるような気がする。どこでだろう……

 炭酸水を加えてぐるりと三回混ぜる。混ぜすぎは炭酸が抜けてしまうので厳禁だ。

 完成したハイボールを持って僕は青年のいるテーブル席へと向かい、そこにジョッキを置いて青年の向かいの席に座った。

「こんなことをしてていいのです?」

「客なんて滅多に来ない、暇なんだよ。話相手になってくれるだろう?」

「別にいいですけど……」

 そう言って青年はハイボールをあおった。どうやら旨かったようで、飲む勢いがすごい。

「それで、君は『何処』から来たんだ?」

 僕は定番の質問をした。

「僕ですか? たしか、P-A14.5-MR…… とかいう名前だったはずです」

「へぇ、あそこか」

 最近はそこから来る人がやけに多いな。このしばらくの間に三人目だ。

「と、いうことは君もヴィクティムと戦っているのかい?」

「ヴィクティムと? なぜです?」

 僕は青年の着ている服を指差した。先程感じた違和感の原因はこれだ。

「その服。先日ここに来た客が着ていた物にそっくりでね」

 青年の来ている服。どこかで見た覚えがあると思ったら、先日ここを訪れたクリスの物に似ているのだ。

「そしてその客、クリスといってたな…… 彼はヴィクティムと戦争しているって言っていた。君は彼と関係があるんじゃないのか?」

 すると、なぜか青年は笑った。

「確かにクリスは僕の仲間ですし、ヴィクティムと戦ってもいました。でもそれは昔の話ですよ、今は和平を結びました」

「そうか、同じ世界線から来たとしても同じ時間帯から来るとは限らないのか」

 僕は長くこの店をやっているというのに、この店のある世界線の仕組みを忘れていたようだ。それにしても、そうなのか、戦争はちゃんと終わったんだな。

「そういえば、名前を聞いていなかった。君の名は?」

 僕は青年に聞いた。青年はハイボールを一口飲んだ後に答えた。

「ルアン・ローランドです。ヴァイスのパイロットやってます」

「ヴァイス?」

 ヴァイス。それは聞き慣れない単語だった。パイロットと言うからには、何か乗り物なのだろうか?

「あっ、そうか。他の世界にはヴァイスが無いのか。ははは、すっかり忘れてた」

 青年、ルアンはそう言って頭をかきながら笑った。

「で、そのヴァイスというのは一体?」

 すると、ルアンは胸元のポケットから一枚の写真を取り出して僕に差し出してきた。

「ヴァイスというのはですね、簡単にいうと人型のロボットです。大きさは、だいたい五メートルぐらいですかね。その写真に写ってるのがそれです」

 僕は写真を手にとってながめた。そこにはピースサインをきめたルアンを中心に、肩を組んだ数人の青年が写っている。その後ろには、あれがヴァイスというのだろうか? 大きな人の形をした機械が鎮座していた。

「これが、ヴァイス」

「今の世界に来る前、僕の生まれ故郷の世界線で撮った写真です。若いでしょう? 僕らは少年兵だったんですよ、正確にはちょっと違うんですけど。みんな良いやつだったと思います。まあ、僕以外みんな死んじゃったんですけどね」

 なんて反応すればいいんだ。僕は気まずくなった。

 だが、そんな僕の気も知れず、ルアンは再びハイボールをあおる。

「ところで、さっき見てた本、僕も見ていいですか?」

 ルアンが僕にきいてきた。

「もちろんだ」

 僕はそう言うと本棚からさっき読んでいた設定資料集を取ってきてルアンに手渡した。するとなにやら顔をしかめて表紙裏表紙をじっと見ている。

「これは……」

「似たものをさっき言った君の仲間に見せたら大変なことになってね」

 ルアンがパラパラと数ページをめくりながら流し見している。そして目を閉じると同時に本を閉じた。

「でしょうね」

「と、いうと?」

「これは、僕の居た世界では古代兵器データベースとして扱われています。その古代兵器というのは、さっき見せたヴァイスのことです。ここには古い時代のヴァイスのデータが載っている」

 おいおい、冗談だろう。

「こんな古い本がそんなに重大なものなのかい? ただのアニメの設定集じゃないか」

「現実は小説より奇なり、誰かの想像はどこかの現実です。この場合、どこか別の世界線で創作として描かれたものが僕のいた世界では実際のものとして存在している。そういうことです」

「なるほどなぁ」

 そう言いながら僕は腕を組んだ。想像と創造を合わせるとはなかなか興味深い思想だな。

「その理論でいくと、この世界も誰かの想像かもしれないな」

「さあ、僕には分かりません」

 そう言ってルアンは残り少ないハイボールを一気に飲んだ。ハイボールのジョッキが空になって氷がカランと鳴る。

「それじゃお代は……これくらいでいいですか?」

 ルアンはズボンのポケットから数枚の硬貨を取り出してテーブルの上に置いた。

 僕はそれを見て軽く驚いた。ルアンの来た世界線と僕の店で扱っている通貨が同じものだったからだ。クリスの時にちゃんとしたお代を貰わなかったのは通貨の価値が違うからだと思っていたのに、やられたな。

「どうかしました?」

「いいや、何でもない……」

 ルアンは立ち上がるとややふらつきながらドアに向かって歩きだした。倒れるなよ。

 そしてドアの前に着く。

「次は妻と来ます」

 なんと、あんななりで既婚者なのか。

「ああ、待ってるよ」

 ドアを開けてルアンが出ていく。ドアベルの音が店内に響いた。

 ルアンが帰った後、僕は本棚を調べていた。

 古代兵器データベース。ルアン達の居た世界でそう呼ばれている本。二冊も有ったんだ、まだまだ有ってもおかしくない。

 三十分ほど作業をした結果、それらしき本が数冊見つかり、それらを本棚の一画に集めた。それから僕はそれらの中身を次々と流し見していった。やはりというべきか、どれも古いロボットアニメの設定資料集だった。中身は似たり寄ったりだったが、見る人が見ればだいぶ違うのだろうか。

 すると、それらの本にある共通点が有ることに僕は気がついた。

 それはどれもタイトルに「ガンダム」と入っていることだった。だが、これが何を意味するのか僕には分からなかった。

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