僕の名は森近霖之助。喫茶兼、居酒屋兼、古道具屋…… そんな不思議な店「香霖」の店主をしている。
この店は特殊な立地で、世界線の狭間に存在している。詳しい説明は難しいが、要するに様々な世界の様々な時間から様々な人々がやって来る、という事だ。
前回は謎の亡霊少女、サラ・ホークがやってきた。
そして今宵もまた、何処かの世界線から迷い人がここに。
***
今日も僕は本を読む。椅子に腰掛けて、珍妙な機械を口に咥えながら本を読む。
手のひらに収まるほどの大きさ、そして筒状。「ベイプ」という機械らしい。少し前にここの大家がくれたものだ。なんでも葉巻や紙巻たばこの代替品で、専用の液体カートリッジを機械で加熱して蒸気にし、それを吸うらしい。
だが、カートリッジをセットするまでは良かったものの、肝心の電源の入れ方が分からず、仕方がないのでそのまま吸っている。もちろん、いくら吸ったところで味などしない。仮に機械が起動したとするなら、一体どのような味がするのだろうか。
無味無臭の空気を味わいながら読んでいるのは、先日本棚の一角にまとめた「ガンダム」の名を冠する本たちだ。今読んでいるものには「SEED」なる副題がついている。
この頃はこの「ガンダム」の本を読むことになぜかはまっている。なぜだろうか、別に僕はロボットが好きなわけではなかったはずだが。
ペラペラとページをめくってはそこに書かれた語句を読んでいく。今見ているページは設定に関する部分のようだ。
「PS装甲…… 相転移とはなんだ? ニュートロンジャマー…… わざわざそんなものが必要になるのか、仮にも神の火だぞ……」
ページをめくる度に現れる個性的な設定の数々。それらに目を通していくなかで、ある単語が目についた。
「ミラージュコロイド・ステルス?」
ミラージュコロイド・ステルス。そう題が付けられたページで指が止まった。題の横では黒いボディに黄色い角のロボットがポーズをとっている。
「ミラージュコロイド・ステルス。特殊粒子を機体に定着させることで姿を撹乱する……」
初めてきく設定のはずなのに、なぜか既視感がある。僕はしばし考えた。どこで見かけたのだろうか。
「姿を消す。となると光学迷彩の類いか。姿が見えない……? ああ、そういえば」
既視感の理由がわかった。そうだ、この前来た客だ。名前はサラとかいったか。
サラが来る直前、店内では不可解な現象が起きていた。家具が勝手に動いたり物音がしたりしたのだ。そして急にサラが姿を現した。仮に、このステルス技術で姿が見えなくなっていたとすればつじつまが合う。
僕はミラージュコロイド・ステルスのページにもう一度目を落とす。読むと、どうやらこのステルスは隠蔽するものの下地が黒色でないと上手くはたらかないらしい。サラは黒いコートをまとっていた。恐らくはこのステルスのためのものだろう。考察が的中してだんだんと僕は高揚してきた。特殊粒子を使うとのことだったが、そういえばサラが来たときはなんだか店の中が粉っぽかったような気がしてきた。
考察に熱中する僕の目の前で、不意にブォンという鈍い電子音が鳴った。考察の熱から冷めた僕はその音の方向を見る。
するとそこには一人の少女がいた。青髪のツインテールに緑の帽子。水色の上着とスカートには至るところにポケットが付いている。そして体格に対して明らかに大きすぎるリュックサックを背負っていた。
「あ、メーユーハーフだ。てことは実験は成功だな」
少女は僕を視認するなりそういった。カロリー半分のマヨネーズみたいなイントネーションで。
「人をキューピーハーフみたいに呼ばないでくれよ」
人のことをこんな呼び方で呼ぶものは他にはいない。間違いない。
彼女の名はにとり、河城にとりだ。幻想郷の妖怪の山に住む河童の一人である。
「お、何読んでるの?」
にとりは僕の読んでいる本を指差して言った。
「古いアニメの関連本さ」
「アニメ? どういう風の吹きまわしだい? 最近見始めたとか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが…… ちょっとね」
ここであることを思い出した。そういえば河童は幻想郷一の技術屋で、様々な技術を開発しているとか。
その中にはたしか光学迷彩もあったはずだ。ミラージュコロイド・ステルスについても何か意見をもらえるかもしれない。
「君、そういえば光学迷彩を扱っていたろう。似たものをこの本で見かけてね。このアニメに出てくるものは君はどうみる?」
僕はにとりに本を手渡した。
「ずいぶんと古ぼけた本だね。なになに…… ミラージュコロイド・ステルス? ふむふむ……」
にとりは黙々と本を読む。やはり技術屋として気になるのだろう。
「ははぁ、分かったよ。なかなか面白い技術だね。でも私は使おうとは思わないな」
思っていたのと違う回答に僕はやや驚いた。
「なぜだい?」
「このミラージュコロイド・ステルスの根元はミラージュコロイドという特殊粒子さ。こんな粒子、一体どこから調達すればいいってんだい? それに、この粒子は水に溶けやすくて水場じゃ使えないらしい。私たちの活動環境的に相性最悪ってわけ」
「なるほど」
実に技術屋らしい回答だった。
「で、それよりも。私客なんだけど」
「ああ、そうなのかい。いらっしゃいませ」
にとりは近くのテーブル席へと座った。
「なんか引っ掛かるなぁ。まあいっか。とりあえずキュウリくれよ」
急にそんなこと言われても。
「そんなものあるわけないだろ。と、言いたいところだが、君は運がいい。ちょうど面白いものが入ったところだったんだ」
僕はそういうとカウンター裏の戸棚から真空パックを一つ持ってきて開け、中身を皿に出してにとりの前に置いた。
「なんじゃこりゃ。一体何年もののキュウリなんだい? カサカサに乾いちゃってるじゃないか」
僕がにとりに出したもの。それは宇宙食のキュウリだ。
「変わっているだろう? なんでも宇宙空間での飲食のために最適化された加工らしい」
にとりはキュウリを指でつまんでまじまじと観察したあと、恐る恐る口に入れた。
「もぐもぐ…… なんかふかふかした食感で、本当に食べていいものなのか不安になるよ」
「宇宙の味なんだろう。理の神秘さ」
「他人事みたいに、食べてみなよ」
差し出されたキュウリを取り、口に放り込んだ。
口の中の水分が急速にキュウリに奪われていくのを感じる。食感もふかふかという他に例えようのない奇妙なものだった。たしかに旨くはない。
キュウリから話題を変えようと思い、僕はにとりにこんなことをきいた。
「そういえば来たときに実験がどうとか言ってたね。何の話なんだい?」
「ああ、時空転移システムの実験をしてたんだ。ちょっと色々あってね」
時空転移システム? ずいぶんと変わった言葉が出てきたな。
「と、いうと?」
「まず、ちょっと前にラウって別世界線のやつが幻想郷にやってきたんだ。その時の手土産に持ってきたのが時空転移理論。それに沿ってちゃちゃっと装置を作ったんだけど、問題は稼働実験でどこに転移するのかさ。そしたらあのスキマ妖怪にこの店の存在を聞いてね。一か八かで転移してみたんだ」
「ラウが? あの仮面男が幻想郷に……?」
「仮面? いや、仮面なんて着けてなかったよ」
時間帯が別なのか。もしかして過去の話なのか。だとすればこの先で……
「さてそろそろ帰るかな ……って、どうやって帰ろう」
「ドアを出ればすぐに元の世界線へと戻れるはずさ」
「そっか。ありがとね」
にとりが立ち上がりドアへと向かって歩き出す。
そしてドアノブに手をかけた。
「待ってくれ」
「なんだい?」
にとりが僕に向き直す。
「多分だけど、これから先色々と面倒なことが起きるはずだ。特に、月の動きは気にしておいた方がいいよ」
「月? ふーん、まあ見てみるよ。そんじゃねー」
僕に手を振ってにとりは出ていった。
一人になった店内で僕は考える。
仮面をつける前のラウ。それが出てきたということは、あのにとりはP-A-14.5-MRが発生する前の世界線から来たということだ。
実はつい先日、さっきの宇宙食キュウリとベイプを大家に貰ったとき、僕は大家からP-A-14.5-MRの成り立ちを聞いた。MRの意味も。
あの世界線、はっきりいってかなり恐ろしい経緯をたどっている。
それなら、先ほどのにとりに待ち受ける未来は……
止そう。短い間だったとはいえ知り合いが悲惨な末路をたどることなど考えたくない。
前に店へと来たルアンの話から、のちにヴィクティムと和平を結ぶことになるのは分かっている。
それでも、
「ヴィクティム。月を墜とすような連中と、よく和平までもっていけたな」
そう思わずにはいられなかった。
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