大勇者レイベルの英雄異譚   作:桃山おはぎ

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ステラ視点です。


第三話

 「剣宮」は、魔剣が己を振るうに相応しい者を探すために生み出されている、という話を聞いたことがある。それならば、剣宮の意匠や構造にはその剣が求めているものが表れるのだろう。

 「支配の魔剣宮」は、剣宮の中でも最も大きく、悪名高いものとして知られている。いくつかの街を呑み込み一つの要塞と化したそれは、別名「不帰(かえらず)の城」。一度踏み込めば「支配」の魔剣に認められない限り出ることは決して叶わない不朽の牢獄。そしてこの魔剣宮が形成されてから、この魔剣に認められた者は誰一人としていなかった。

 

◇◇◇

 

 たん、たん、たん、という、自分の足が鳴らす小気味よい音が天井裏に響く。天井裏、とは言っても小柄な俺ならまっすぐ立ってなお少し余裕があるくらいには広い。

 程なくしていつもの場所に着くと、俺は天井に空いた穴を塞ぐ何枚かの石、その一枚をそっと外した。そこから下の部屋を覗き込む。

 たまにある臨時の巡回ナシ。中に潜む物好きもナシ。

 

「……じゃ、いっちょやりますか!」

 

 いつも通り、腰に結んだ縄の先のフックを引っ掛け、部屋へと飛び降りた。

 部屋の中には、機械人形どもが集めた財宝が、いつもと同じのように無造作に溜め込まれている。そのうち指輪や腕輪を選んで手早く鞄に入れ、縄を伝って上へと戻る。天井を元に戻せば一丁上がりだ。

 「家」に向かって歩き出したときには、僕の思考はもう次のことに向かっていた。

 

◇◇◇

 

 蝶番が擦れる不快な音を立てながら、城の門がゆっくりと開かれる。週に一度の、開門の時間だ。

 魔剣宮にわざわざ自分から入っていこうなどという酔狂な人間はそう多くない。それが悪名高いものなら尚更だ。この場所まで送ってきてくれた人たちとも、昨日別れたばかり。結果、門の前にいるのは私一人だった。

 

『聖剣の使い手たるもの、己の力のみで魔剣宮を制覇すべし』

 

 聖剣宮を出る前に、お世話になった騎士の人に教えてもらった戒訓の一つだ。

 

 だから、ここからは私一人で挑まなければならない。

 

「……よし!」

 

 覚悟を決め、私は剣宮の中へと一歩踏み出した。

 

 勇者として初めて挑む魔剣宮を決める時には、大いに揉めた。彼らとしても、折角見つかった勇者をそう簡単に失いたくはなかっただろうから、それも当然だと思う。

 ただ、それでも私は、勇者になったあの時から、初めにこの剣宮に挑むことに決めていた。剣宮一つ攻略出来なくて何が勇者だ。何が聖剣だ。

 彼が聞いたら、私を無謀と笑うだろうか。それは今の私には、分かるはずもないことだった。

 

 

 聖剣宮で読んだ文献によれば、支配の魔剣宮は4層に分かれているらしい。まず一番下の第一層。この魔剣宮の中で唯一の安全地帯だ。どこまでも広がる地平と空。ここに住む人々のほぼ全てがこの階層に居を構え、一つの社会を形成している。

 そして、第一層の中央から高く伸びる螺旋階段を登っていくと辿り着けるのが、今私のいる第二層だ。

 

「……はぁ……」

 

 この魔剣宮に入ってから二日経った。半日ほど走り回ってようやく見つけた安全な場所で、私は一つ、息を吐く。

 第二層は一層と対照的に、鋼の人形が彷徨う危険地帯だ。一体一体はそう強くないが、頑丈な身体を斬るのには手こずるし、無尽蔵の体力と強烈な力はこちらを一方的に消耗させる。そして私以外にろくに人の気配のない石造りの空間は、私の精神を何より擦り減らした。

 薄い布で身体をくるみ、味のしない携帯食をモソモソと咀嚼する。

 窓のない城内にも夜はある。独り、薄暗くなってくるのに耐えかねて、私は思わず顔を伏せ、目を閉じた。すぐに襲ってきた眠気とともに、私の意識は少しずつ闇へと溶けていった。

 

 

 魔剣宮に挑み始めて一週間が経った。第二層を踏破し、今日からは第三層だ。三層へは、一層ほどではないがそれでも十分に広大な二層の奥深くにある階段を登らなければならない。

 階段自体は昨日のうちに見つけてあった。三層を越えれば、あとはもう四層だけ、のはずだ。

 布団代わりにもならないような布を畳んでしまい、変わり映えのしない食事をする。

 

「……行こう」

 

 立ち上がり、そうやって誰にともなく呟いた。

 

 

 階段を上った先の第三層は、同じ石造りながらも二層とは異なり、磨き上げられた大理石で構成されていた。これまで見たこともないような光景に気圧されながらも奥へ進もうとした、その時。

 

「――っ!?」

 

 うなじがぞわりと粟立つ感覚。反射的に飛び退るのと、私が足を出そうとしていた場所に剣が突き刺さるのとはほとんど同時だった。

 

「っ、誰!?」

 

 咄嗟に天井を見上げると、天井の板が一枚だけ外されており、そこから真っ暗な空間が見える。剣を構えながら油断なくその場所を伺っていると、すぐに返事が返ってきた。

 

「誰、なんて言い草は失礼なんじゃないの? 仮にも恩人に対してさ」

 

 そんな声とともに、穴から快活そうな少年の顔が覗く。

 

「命の……恩人?」

「うん」

 

 少年は穴からロープを下ろすと、それを伝って私の前に軽やかに降り立ち、敷石の僅かな隙間に刺さっていた剣を抜きながらことも無げに頷いた。私の疑心が顔に出ていたのだろう、少年は眉根を寄せ、声を上げる。

 

「あーっ、お姉さん信じてないでしょ?」

「いきなり命の恩人だなんて言われて、信じる人のほうが少ないと思うけど……」

 

 得心が行ったのか、それもそっか、と少年はゴソゴソと荷物を漁り出す。そうしてしばらくあれこれと出しては仕舞を繰り返していたが、やがて大きめの腕輪を取り出すと、通路の奥の方に向かって放り投げた。

 ゴツンという腕輪が床に落ちた音が響く間もなく、幾本もの刃がそこかしこから通路に向かって飛び出した。

 

「ほらね?」

 

 黙りこくる私の反応をどう受け取ったのか、少年は言葉を続ける。

 

「ここまで来れたってことは、おねーさん相当強いんだろうけど、こっから先は難しいと思うよ?」

「それは困る!」

 

 反射的に声が出た。その声は私が思っていたよりも大きかったのだろう。少年は思わずといった風に首を竦めた。

 

「……うーん、じゃあ一先ず着いてきてよ」

 

 少年は暫く考え込んだあと、酷く悩ましげにそう言うと、器用にロープを登って穴の中に消えていく。

 私もまた、慌ててその後を追うのだった。

 

◇◇◇

 

「もしかしてだけど、おねーさんは最近ここに来たの?」

 

 少年は私を彼の拠点だという場所に連れて行くと、ニトと名乗った。二人でそれぞれに食事を取っている時、ニトがふと思い出したかのようにそう呟く。

 

「うん、そうだけど……それがどうかした?」

 

 私達が今いるところは、ニト曰く「第三層の天井裏のような場所」らしい。石造りの建物、それもさらに上がある階に、子供ならしゃがみもせず通れるような空間があるのは不思議としか言いようが無い。魔剣の趣味なのだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら返事をすると、ニトが掲げているランプが大きく揺れた。勢いよくこちらへ距離を詰めてきたニトは、私に向かって暗闇の中でも分かるほど輝いた目を向ける。

 

「ほんとに!? じゃあ僕に外のことを教えてよ!」

「う、うん、いいよ」

 

 これまでの飄々とした調子から一転、見た目相応の無邪気な様子に気圧されながら、ぽつぽつと私は語る。勿論勇者云々はぼかしてだ。

 

 

 一通り私の話を聞くと、ニトは満足気に深く息を吐く。

 

「こんなものだけど……面白い?」

「凄く面白い」

 

 勇者関連の話が無ければ私自身の話は面白くもなんともないと思うのだが、それでもニトにとっては満足が行くものだったらしい。私の話を反芻するように目を瞑り、時折頷いている。

 

「僕はね、ここの中で生まれたんだ。だから、死ぬまでに一度は『外』を見てみたい。一番下の、作り物の空じゃない。本物の空の下で、思いっきり駆け回ってみたい」

「……そう、なんだ」

 

 考えてみれば当然だ。今の魔剣宮は記録上二百年前からその存在が確認されている。この城の中で生まれ、一度も剣宮の外に出ずに一生を終える人がいても何ら不思議ではなかった。

 

 

「……そういえばおねーさん、なんで上を目指してるの?」

 

 ふと、ニトがそんなことを言った。純粋に好奇心からだろう、邪気も何もない視線を浴びせられ、言葉に詰まる。

 

「もう何十年も『外』からは人が来てないって聞いたんだけど。なんでわざわざ入ってきたの?」

 

 ……どう答えれば、いいのだろうか。何故か私には、自分が勇者だと即答出来なかった。私の沈黙が、気まずい静寂を作り出す。

 そんなとき、不意に私の脳裏に一つの言葉がよぎった。昔聞いた、今のニトのような無邪気な言葉だ。

 

『ステラは凄えよ。もしかしたら、本当に勇者になれるかもな!』

 

 そっと、背負った聖剣を抜く。聖剣は、確かに光輝いていた。剣を握る手に、自然と力が入る。

 ニトが息を呑む音が聞こえた。

 

「私は、勇者。勇者ステラ。『支配の魔剣』を封印するために――この剣宮を解放するために、私はこの場所に来た。……私の使命は、全ての人々を苦しめる魔剣を、封じること」

 

 私は一語一句、噛み締めるようにそう言った。それはもしかしたらニトにでははなく、私自身に向けて語ったのかもしれない。

 後から振り返ってみれば、この時こそが、私が名実共に勇者として歩み出した瞬間だったのだろう。

 

「約束するよ。私が必ず、君に空を見せてあげる」

 

 その言葉に、ニトは満面の笑顔で頷いてくれたのだった。

 

◇◇◇

 

 その後、三層は特に何事も無く踏破出来た。「勇者のお供第一号」だと張り切って、色々と手助けしてくれたニトのお陰だ。三層全てを一人で踏破しようとしていたらきっとこの十数倍は時間が掛かっていただろうし、もし途中で斃れてしまったら、と考えるとニトには感謝してもし切れない。

 ともかく、私は今、三層から更に上に上がった直後の、三層と四層とを仕切る巨大な扉の前にいた。

 

「僕じゃこの扉はびくともしなかったんだけど……どうするの?」

 

 その扉を確認していた私に、ニトがそう声を掛ける。

 これで開かなかったらどうしよう。訳もなくそんな考えが脳裏をよぎる。

 だが、私の不安とは裏腹に、巨大な扉は私が触れる直前に、地響きを立ててひとりでに動き出した。

 

 開いた扉の先には、広間が広がっていた。さして広くはないその部屋の更に奥、他より一段高くなっている場所には豪奢な椅子が置かれている。

 しかしそこには、既に誰かが座っていた。

 

「よう。遅かったじゃないか、()()

 

 ボロボロの外套を纏い、フードを目深に被ったその人物は、こちらに気付くと醜く口を歪め、抜剣して構えた。その表情に、異様な嫌悪感が湧き上がる。

 この剣宮は、確かに未攻略のはずだ。私は反射的に身構えた。

 

「……どうして、ここに」

「そんなもんどうでもいいだろ? それより俺に、そいつを寄越せよ」

 

 言うが早いかその人物は抜剣し、こちらへと飛び込んでくる。こちらもすぐさま聖剣を抜いて迎撃するが、想像よりも重い一撃は、私の身体を弾くには十分だった。

  聞き覚えのある話し方だった。一瞬だが、見覚えのある構えだった。

 

「おねーさん!?」

「ニトくんは下がってて! こいつは私が相手する!」

 

 そう叫び、再び飛び込んできた相手に聖剣を合わせる。剣と剣とがぶつかり合った衝撃が風を巻き起こし、相手のフードを捲くり上げた。目元を覆う仮面を着けた顔が顕わになる。

 

「……なんで、ここに」

 

 先程とは意味がまるで異なる言葉が、呻くように口から溢れた。仮面越しにも関わらず、眼前にいるのが誰なのかに確信が持ててしまった。

 聞き覚えがあるはずだ。私が、誰より言葉を交わした相手だから。

 見覚えがあるはずだ。私が、誰より剣を合わせた相手だから。

 

「なんでここにいるの、ベル!?」

「……その聖剣は、俺の物だ」

 

 

 二振りの剣が、今、激突する。

 

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