大勇者レイベルの英雄異譚   作:桃山おはぎ

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ステラ視点です。


第四話

「なんで、ベルがここに!?」

「どうでもいいだろう、そんなこと」

 

 僅かに苛立ったような声とともに、大振りで剣が振るわれた。三年の月日は伊達じゃない。ベルの剣筋は以前よりも鋭く、威力も増している。手数がほぼ互角な以上、馬鹿正直に真正面から切り結べば、いずれ押し切られてしまうだろう。

 ベルが握っている剣に見覚えはない。資料で見た、「支配の魔剣」とも違う。私の知っているベルに似つかわしくない、華美なものだ。けれどそれを抜きにしても、妙な違和感があった。見えているものと感じているものとが違う、奇妙な感覚。

 それとは裏腹にレイベル自身の剣技は変わらない。お師匠から教えて貰った、基本の剣術だ。

 

「ねえ、やっぱりこんなのは間違ってる! 剣を収めて!」

「どうでもいいと――」

 

 二振りの剣が奏でる独特なリズムが、一瞬だけ途切れる。ベルが、剣を今までより少しだけ深く引き戻していた。それだけではない。身体を半身だけ動かし、私の剣を避けている。

 ズラされた。

 それを理解した瞬間、私は体勢がぐちゃぐちゃになるのも厭わず剣を強引に体の前まで引き戻した。

 

 「――言ったはずだ!」

 

 刹那、一際強い衝撃が私を襲う。膂力で勝るベルに対して、姿勢の崩れた私が叶う道理も無い。構えた剣と腕が大きく弾かれ、胴体はガラ空きだ。

 そしてその隙を見逃すほど、ベルは甘くなかった。ベルの剣が、私の胴を両断せんと迫りくる。

 咄嗟に地面を蹴って、私は後ろに跳んだ。ベルの剣は私の腹部を裂くことなく空を切る、そのはずだった。

 

「ぐっ……!」

 

 確かに避けたはずなのに、鋭い痛みが走る。着地なんて出来るはずもなく、私は地面を転がった。

 

「……お前さえいなければ」

 

 ベルが呟く。いつか聞いた、恐ろしく低い声だ。こちらへと一歩一歩、歩み寄ってくる足音が聞こえる。まるで死神の足音みたいだ、と頭の片隅でふざけたことをぼんやりと考える。

 腹部の焼けるような痛みとは対照的に、背中が酷く冷えた。名実共に勇者になると決意したはずなのに、凍りついたように私の足は動かない。

 

「……これで、聖剣は俺のものだ」

 

 振り上げられた剣が、妖しく私の横顔を照らす。ベルは、見たことのない、歪んだ表情をしている。そしてその剣が私の頭上に振り下ろされ――。

 

「……なぜ、邪魔をする?」

 

 その剣は、風の如く駆け抜け私達の間に割り込んだ、ニトの双剣によって阻まれた。

 

「なんでも何も、分かりきってるだろっ!」

 

 ニトが吼えたのと同時に、その腕に力が籠もる。双剣がベルの剣から外されるやいなや、ほとんど同時に四つの金属音が打ち鳴らされる。

 

「何っ!?」

 

 自分の剣が弾かれることなど想像もしていなかったのだろう、初めてベルが焦りを見せた。ニトは手を緩めることなく双剣を閃かせ、一歩、また一歩とベルに後退りさせていく

 

「僕が、勇者の、お供だからだっ!」

「なんだと?」

 

 二振りの剣を目にも止まらぬ速さで扱い、時にベルの剣を防ぎ、時にベルの隙を突きながらニトが叫ぶ。ニトの言葉に、ベルの顔には怪訝そうな表情が浮かんだ。

 

「……お供?」

 

 そう呟いた私の顔も、きっと相当間抜けなものだっただろう。

 

「約束したんだ! ここを攻略するって!」

「……」

 

 背中の凍えが少しずつ溶けていく感覚。

 私を、信じてくれる人がいる。それだけで、立ち上がるには十分過ぎる理由だ。

 

「俺がステラさんを守るんだ!」

「っ、貴様っ……!」

 

 これまでほとんど表情を変えなかったベルの目が、初めて怒りを表した。剣が揺れているのは、遠目からでも明らかだ。それでも体格差か、或いはそれ以外の要因か。一際雑な一撃が、ニトを大きく弾く。

 ベルの剣に、殺意が宿った。反射的に立ち上がり、私は腰に剣を構える。今の位置からじゃこの剣は届かない。でも、今から走っても間に合わない。

 だったら!

 

「さ、せ、る、かああああ!!!」

 

 膝立ちで、その場での一閃。私が握っていたのがただの剣であれば、こんなのは虚仮威しにもならなかっただろう。

 だが、聖剣は私の意志に応えた。

 

「何っ!?」

 

 剣が描いた軌跡が、三日月型の光となって飛翔する。その光はニトの身体を通り抜け、振り下ろされたベルの剣に激突した。

 鍔迫り合いは、ほんの一瞬だった。光は勢い良くベルを壁際まで押し込み、壁を切り裂きながら炸裂する。轟音と共に風が巻き起こり、思わず腕で顔を庇う。

 砂埃が晴れたとき、そこには一文字の穴が空いているだけで、ベルの姿は影も形も見当たらなかった。そしてその一文字の穴も、見る間に修復され塞がってしまう。

 何とも言えない、確かに当たったという不快な感覚。それでも、まだ生きているかもしれないという一抹の期待が残る光景に、私は思わず息を吐く。だがその瞬間身体から力が抜け、耐えきれず膝を突いた。

 

「ステラさん!? 大丈夫!?」

 

 視界の隅で、こちらへと駆けてくるニトの姿が見えた。

 

「……うん、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」

「本当に? さっき斬られたんじゃ……?」

 

 ニトの言葉に、私は思わず自分の臍のあたりに目をやった。服こそ斬り裂かれているものの、確かに横一文字の傷を受けたはずの私の腹には傷一つない。 

 

「……ひとまず、魔剣を探さなきゃ」

 

 生じた疑問を頭から追い払い、私はそう、呟いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……魔剣が、無い……?」

 

 広間の最奥にある玉座の前で、私は愕然とした。おそらく剣が刺さっていたであろう台座はある。それにも関わらず、「支配の魔剣」そのものはどこにも存在しなかった。

 ベルは支配の魔剣を持っていなかった。剣宮を生み出すほどの魔剣が、そう簡単に場所を変えることはない。そして支配の魔剣は、かつて世界を混乱に陥れた魔剣使いが最初に手に入れた剣だ。

 ……一体いつから、この場所に魔剣が無かったのだろう。もしかしたら、事態は私が思っていたよりも遥かに進んでいるのかもしれなかった。

 その上もう一つの問題は、この城をどうにかする方法が見当たらないことだ。漠然と「支配の魔剣を封じればいい」と思っていた。が、それも魔剣そのものが見つからないのではどうにもならない。

 

 

 ――ふと、声が聞こえた気がした。それはただの気の所為だったかもしれないし、閃きを声と錯覚したのかもしれない。

 台座の前で、私はそっと聖剣を抜いた。そして、脈打つように光を放つ聖剣を、台座へと差し込んだ。

 瞬間、台座から青い光が弾けるように地面を走った。その光は床を、壁を、天井を走り、やがて剣宮全体を揺らしていく。

 

「綺麗……!」

 

 背後で、ニトがそう呟く声が聞こえた。

 聖剣にこの剣宮の支配権を移し、その存在を消滅させる。幻想的なその過程を眺めながら、私は全く別のことを考えていた。

 

「ベル……」

 

 変わってしまった幼馴染は、一体何に巻き込まれてしまったのだろうか。光に包まれていく広間で、私はただそのことを考えていたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 私達が支配の魔剣宮を攻略してから、三日が過ぎた。あれ以来、ニトとは会っていない。魔剣宮が消えた後、私は一人で道の真ん中を歩いていた。

 今日、私はこの街を発つ。向かう先は勿論次の魔剣宮だ。支配の魔剣を手に入れた何者かがいる以上、あまりぐずぐずしていられなかった。

 街と外とを区切る門の手前で、最後にもう一度振り返る。魔剣宮の消滅に湧く街は、三日前と変わらず騒がしかった。

 そうして私は視線を再び街から門の外へと向け、踏み出そうとして――。

 

「ステラさんっ!」

 

 背後から、そう声を掛けられた。振り向くと、そこには旅装に身を包んだニトの姿。

 

「どうしたの、ニト?」

「……ステラさんは、またこれから一人で次に向かうの?」

「え? まあ、そうだけど……」

「じゃあ、僕も着いていく」

 

 ニトの瞳は、短い付き合いながらもかつてない程に強い光を放っている。どうしていいか分からず戸惑っているうちに、ニトは胸を張って力強く言った。

 

「僕は『勇者のお供』第一号だ。お供が主人を一人にする訳には行かないでしょ? ……それに、あの、レイベルってやつも、一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まないよ。……迷惑だった?」

「ううん、そんなことない。頼もしいよ。それじゃあ、これからよろしく、ニト」

 

 私の言葉に、ニトは一瞬だけ年相応の笑顔を浮かべたが、それに気付くとすぐに表情を引き締め、こちらへと駆け寄ってくる。

 

「ベルには私も言いたいこと一杯あるからね。一緒にとっ捕まえてやろう!」

 

 天に腕を突き上げ、そう宣言する。隣を歩くニトもまた、同じように腕を突き上げた。

 勇者としての使命と、幼馴染としての決意。その二つを胸に、私たちは次の剣宮へと旅立ったのだった。

 

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