大勇者レイベルの英雄異譚   作:桃山おはぎ

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第六話

「ようし、一丁上がり!」

 

 完全に動きを止め、空間に溶けるように消えていく機械人形を尻目に、ベスタは剣を担いで腕を突き上げた。こちらに向けられた笑顔に対し、腕を軽く上げて返事をする。

 この、どこかステラに似た大雑把な男、ベスタと出会ってから、五日ほどが経った。

 元々ベスタがかなりの手練れだったこともあり、俺たちはあれ以来、順調に勝ちを積み重ねていた。ベスタの勝ち数はいよいよ九百に乗ろうとしている。

 

 闘技場から退出しようとして、ふとベスタが()()()()()観客席に手を振っていることに気が付いた。

 

「……何やってるんだ?」

「あ? ……あー、そういや他の奴には見えないんだったな」

 

 一瞬だけ怪訝そうな顔をしたベスタだったが、すぐに困ったような表情になった。振っていた手を首の後ろに回してボリボリ掻きながらこちらへと歩いてくる。

 

「とりあえずここを出るぞ、後ろがつっかえてる」

「お、おう」

 

 俺は慌てて、言いながら出口へと向かうベスタの後を追う。

 その時だ。ほんの一瞬、赤っぽい靄がベスタから立ち昇ったように見えた。

 

「急に立ち止まって、どうした?」

 

 気付けばその靄は消えていて、変わりない様子のベスタが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 

「……いや、なんでもない」

 

 そう言って、俺はベスタを追い掛けた。

 

 

◇◇◇

 

 

「さーて、どっから話したもんかねえ」

 

 俺たちが拠点としている小部屋に着くと、ベスタは腰を下ろしながらそう言った。焚き火の炎が、いつになく憂いを帯びたその横顔をちろちろと照らす。

 

「そうだな……。そもそも、なんで決闘場に観客席があるのか、知ってるか?」

「……いや、知らないな。ただそういうものだと思っていたが」

 

 荷物をごそごそと漁り、ベスタは盃を取り出した。一番安い酒をそこに注ぐと、一気に盃を煽った後、大きく息を吐く。酒精の香りが、さして広くない部屋に広がり、俺の鼻をツンと突いた。

 

「そうじゃねえのさ。あそこには()()()()()んだ。だからそのための座席がある。まあ俺以外には、一人か二人しか『見える』っていう話は聞いたことがないがな」

「観客がいる?」

「そうだ。誰が見てるのかも、何を考えてるのかも分からねえがな。ともかく誰かが俺たちの戦いを見て楽しんでるってことだ」

 

 そう言ってベスタは手を頭の後ろで組み、寝転んだ。

 狭い部屋に、二人分の息遣いがこだまする。俺とベスタとを隔てる焚き火が崩れ、二人分の影が大きく揺れた。

 

 

「……一年くらい前の話だったかな」

 

 不意に、ベスタはそう切り出した。

 

「俺にも、ちょうど今のお前にとっての俺みたいな立場だった人がいてな。そもそも『観客』のことを聞いたのはその人からだ。確かあの人も、一人で六百勝くらいだったか?」

「……だった、ってことは」

「ああ。三ヶ月くらい前にな」

 

 事も無げに言ったベスタに、思わず言葉に詰まった。そうだ。いくら開放的だとはいえ、ここは魔剣宮だ。決して命の危険が無いわけではない。そんなこちらの内心を知ってか知らずか、ベスタは続ける。

 

「五百を越えたくらいで、『見える』ようになったらしい。俺が見えるようになったのもそんくらいだ」

 

 しばらく、小部屋に沈黙が降りた。何を言えばいいのかが、よく分からなかった。

 

「これは俺の勝手な推測に過ぎないんだが、ありゃあな、この剣宮を作った剣の意識なんじゃねえかな」

「……何の為に?」

「さあな。案外ただ戦いが見たいだけかもしれねえぞ?」

「……」

 

 はぐらかすような言葉に返答に窮していると、少しして、ベスタの寝息が聞こえてきた。寝付きのいい男だ。

 

 

「……剣の意識、か」

 

 音を立てないようにしながら、そっと今の俺の剣を引き抜く。いつからか俺の手元にあった剣だ。師匠からの成人祝いとして貰った剣をそう易々と手放すはずはないから、そちらはきっとどこかで折ったか失くしたかしてしまったのだろう。

 柄を握った手に伝わってくるのは、真剣の重みだけではない。目で見ているものと、今自分が握っているものとの、決定的な違和感もだ。

 

「……魔剣、なんだろうな」

 

 確認するように、問いかけるように呟く。当然ながら、その呟きに返事をする者はいない。

 静まり返った小部屋で、焚き火が弾ける音だけが耳を打った。

 

 

◇◇◇

 

 

 目を覚ます。

 

「ここは――?」

 

 確か()は、魔剣宮に挑戦し始めてすぐ、怪物に襲われて――。

 それに気付くと同時に脇腹に走った痛みに、思わず顔を顰める。そうだ、その怪物からどうにか逃げ切って、僕はこの場所に逃げ込んだ。

 

「まだ、死ねないよな」

 

 半ば己に言い聞かせるように、剣に向かってそう呟いた。短い間ながら、これまで苦楽を共にしてきたかけがえのない相棒だ。

 

『この剣に恥じない男になれ』

 

 そう、この剣を僕にくれた人は言った。

 逸る鼓動を抑えるように、深く息を吐く。

 

「……よし」

 

 剣を背負うと同時に抜き放ちながら、僕は剣宮の奥へと駆け出した。

 

 

◇◇◇

 

 

 また、目を覚ます。

 

「おーい、どうかした?」

 

 突然聞こえた声にはっとして意識を戻すと、()の相棒がこちらに心配そうな目を向けている。

 

「ううん、なんでもない。ちょっとボーっとしてた」

「そう? ならいいんだけど」

 

 釈然としない様子で、その相棒はまた杯を煽る。そうだ、今日は傷心中の相棒に、無理矢理酒の席に連れて来られたのだった。

 

「はーっ、にしてもアンタはいいよねえ、ツキはいいし、顔もいいし。別に男にも困ってなさそうだし。その剣も今日の掘り出し物でしょ?」

「うん。でも結構深く潜ったから、命からがらだったよ」

「そうなの? まあ、それでも生きてんだからお釣りは来るでしょ。中々いい剣だよ、それ」

「やっぱりそう思う!? 良かったー、そう言ってもらえると安心だわ。私鑑定眼に自信無いもん」

 

 二人の笑い声は、酒場の喧騒に飲まれ消えていく。二人の行く末とは裏腹に、その横顔を、卓上の灯りが煌々と照らしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 三度、目を覚ます。

 

「……呪われた魔剣?」

「ああ。そう古い剣じゃ無いが、その割に持ち主を転々としてきた感じがする。それも良くない形でな。そういう剣は、そのまま魔剣になりやすいんだ。そのままほっといてもあと五年、いや六年もありゃ、魔剣になるだろうな」

 

 違う。

 

「でも、いい剣じゃないか?」

「まあそうだが、俺の経験上、名剣ほど魔剣になった時にヤバいぞ。いい剣は造り手やら使い手やらの思いが強いからな」

「ふーん、そんなもんなのか」

 

 違う、違う、違う。

 

「まあいいや。この剣、俺が買ったぜ」

 

 ……本当に?

 

「おいおい正気か?」

「あったりまえよ。いい剣なんだろ?」

「そりゃあそうだが……」

「だったらこいつは、俺次第で聖剣にだってなれるだろうさ」

 

 ……そうだ。今度こそ、今度こそ……!

 

 

◇◇◇

 

 

 違う。

 違う。

 

 こんなものは、僕が見たかった景色じゃない。

 

「……あー、クソッ。もう身体が動きやしねえや」

 

 ズルズルと身体を引きずる音が、暗い洞窟に響く。

 

「悪いな。お前みたいないい剣がいてくれても、俺にゃ、小さな剣宮一つが限界みたいだ」

 

 そんなことはもうどうでもいい。ただ、生きて剣を振り続けてくれれば……!

 

「確か、そのままで五年、だったか?」

 

 やめて。

 

「多分、普通の剣としてお前を使うのは、俺が最後だろうな――」

 

 死なないで。

 

 

◇◇◇

 

 

 焚き火の崩れる、カサリという音で、目を覚ました。

 

「起きたか? 随分魘されてたみたいだが」

「……大丈夫だ」

 

 何だったんだ、今のは?

 

(お前の記憶……なのか?)

 

 胸中で、傍らの剣にそう問いかける。答えなど、返ってくる訳が無いと知りながら。

 

 

◇◇◇

 

 

 その日の昼、ベスタとレイベルの二人はこれまで通り闘技場にいた。

 

「……何か違えな」

 

 開口一番、ベスタが呟く。

 

「違う?」

「ああ。いつもと違うのが来るぞ」

 

 そう言ってベスタが大剣を構えると同時に、レイベルの心臓が大きく脈打った。

 

『勇者を殺せ』

(来る)

 

「ベル? どうかしたか?」

 

『聖剣を奪え』

(来る!)

 

 ベスタの声に返事をすることもなく、震える手で懐から仮面を取り出した。

 

「悪い、ベスタ」

 

 ベスタの返事を聞くよりも早く、レイベルは飛び出した。剣を抜き放ち、走りながら構える。

 

「あっ、おい!?」

 

 ベスタの驚いた声を置き去りにしながら、レイベルは瞬く間に闘技場を駆け抜ける。そして反対側に辿り着くやいなや、ちょうど闘技場へと入って来るところだった二人組へと剣を振るった。だがその剣は、すかさず抜き放たれた()()によって受け止められた。

 

「待っていたぞ、勇者!」

「その勇者って呼び方、やめてくれないかな!」

 

 レイベルの剣を受け止めた人物――ステラと、レイベルが、再び向かい合う。

 

 

 割れんばかりの()()が、闘技場を包みこんだ。

 

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