大勇者レイベルの英雄異譚   作:桃山おはぎ

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ステラ視点からです。


第八話

「待っていたぞ、勇者!」

「その勇者って呼び方、やめてくれないかな!」

 

 剣が振るわれると同時に放たれた言葉に、反射的にそう返す。

 剣同士がぶつかり合い、一瞬動きの止まったベルを、私の横をすり抜けるように走り出たニトが狙う。それを飛び上がって避けたベルは、私の頭上の壁に足を着け、再び私に向かって剣を振るう。聖剣を手首を返して迎撃しようとして――聖剣は空を切った。ベルが横から跳び上がったニトの攻撃を受け止めたからだ。

 

「……ニト、離れてて」

「え? でも……」

「大丈夫」

 

 私は目の前に降り立ったベルから目を逸らさないまま、同じように私の横に着地したニトに声を掛ける。

 

「私がやる」

「……分かった」

 

 そう言って、ニトは外周に添うようにして奥へと走っていく。

 ……うん、予想通り、ニトには目もくれない。流石にニトが今攻撃したとしても、不意は打てないだろうけど。

 

「行くよッ!」

 

 勢いよく踏み込み、間合いを一気に詰める。「支配」では、避けたつもりが避けられなかった。アレがどういう仕掛けなのかもよく分かっていない。あの時には受け身に回らざるを得なかったが、そもそも私もベルも、師匠から教わったのは攻めの剣技。

 

 だったら、こっちから攻めてやる!

 

「ハッ!」

 

 ベルが選んだのは、回避ではなく迎撃。私が袈裟斬りに振り下ろした剣と、ベルが振り上げた剣とが交差し、硬質な音を立てた。剣から伝わってくるベルの重さに、思わず眉が動く。

 

「まだまだっ!」

 

 反撃の斬撃を飛び退いて避け、間髪を入れず再び斬りつける。だが、それも容易く防がれてしまう。ならばと押し込むように追撃を仕掛けるが、それも決定打にはなり得なかった。

 

「温い!」

 

 ほんの一瞬の隙を逃さぬよう、寸分違わず首に向かって突き出された刃を、私は反射的に聖剣で弾いて横に転がった。

 

「ステラ、お前の強さはこんなものか? 本当にこの程度なのか?」

「まさか。手加減するのって、結構難しいんだよ?」

 

 (思っていた以上に流れが悪い)

 

 蔑むような言葉に軽口を返しながら、私は思考を巡らせる。私の身体能力では、ベルの対応を振り切れない。まともに打ち合えば体格差で押し負ける。

 

(こういう時ばっかりは、女の身体が恨めしくなるなあ)

 

 私が男だったらこうしてベルと戦うことも無かったのではないだろうか。そんな意味の無い仮定までもが頭を過ぎる。意味が無いどころか、そんな仮定は必要でさえ無い。

 

(やるしかない、か)

 

「……どうした。俺に、聖剣を渡す気にでも、なったか?」

 

 気付けば、随分と這いつくばっていたようだ。いつになく顔を顰め、頭を押さえすらしているベルがそう言った。反射的に軽口を叩きながら、私は立ち上がる。

 

「それこそまさか、だよ。それに、今のベルには聖剣は使えないだろうね」

「……何?」

 

 聖剣の力を借りる。実戦で使うのは「支配」以来だ。道中でも何度か試したが、一度もちゃんとした成功はしていない。

 

「……ふざけているのか、ステラ」

 

 ベルが言った。そう思うのも当然だろう。なんせ私は、()()()()()()()()のだから。

 

 

◇◇◇

 

 

『剣には、意思が宿る』

 

 昔から言われてきた言葉だ。剣を握った途端人が変わったように振る舞ったり、なんらかの条件を満たす人にしか振るえない剣であったり、「剣が意思を持つ」例は枚挙にいとまがない。

 つまるところ、私が握る聖剣も、魔剣の一種ではあるのだろう。振るう人間を選ぶ、その意味で聖剣以上に分かりやすい剣はない。

 

 聖剣の作り出した剣宮は、「支配」の魔剣宮と同じく、地上に生み出された建物の形を取っている。毎日何百人、何千人もの人々が訪れ、夢破れて去っていく場所。自然、人が集まれば宿ができる。街ができる。街ができれば、治安を守るために兵が生まれる。騎士が生まれる。

 聖剣宮は、そうして都市を形作った。

 

「うわあ、おっきい……」

 

 私がこの都市に来たのは、ベルを探すためだった。いつからか熱に浮かされたように勇者に憧れていた彼なら、きっとここを訪れているだろうと、少なくとも何らかの手がかりくらいなら得られるだろうと、そう漠然と考えながら。もしかしたら、ベルが勇者になっているかもしれないな、なんてことを思いながら。

 

 

「べ、ベル!?」

 

 それは、結果から言えば、本当に偶然で幸運な出来事だった。遠目に僅かに見えた、今まさに聖剣宮へと入っていった人影が、私の知るベルのものに思えたのだ。今にして思えば、見間違いだったのかもしれない。それでも、その時の私はようやく掴みかけた手がかりを逃すまいと必死だった。

 慌ててその後を追うが、ここは天下の聖剣宮。すぐに幾人もの人が入っていき、私が辿り着いた頃には、その人影はもうずっと奥に進んでいってしまった後だった。

 ……本当なら、出口でその人のことを待ち構えるなりするべきだったのかもしれない。でも、その時の私は居ても立っても居られずに、私の足は聖剣宮の中へと向かっていた。

 

 聖剣宮の構造は単純だ。一人で建物の中を道なりに進むだけ。選ばれたなら、聖剣の安置されている場所に辿り着けるし、そうでないなら、道は出口へと繋がっている。出口への道は途中で合流する、とも聞いていたから、私は走った。ベルが選ばれたなら、それでいい。二人とも選ばれなかったのなら、追いつける。まさか自分が選ばれるなんて、微塵も思ってはいなかった。ただ、ベルに会いたい一心だった。

 

「……え?」

 

 間抜けな声が、私の口から漏れた。必死に駆けた先にあったのは、出口ではなく。

 

 輝く剣が刺さった台座のある、こじんまりとした部屋だった。

 

 足が、剣に向く。

 

『ようやく見つけた』

 

 声が、聞こえる。この声が、私の眼前で突き立つ剣――聖剣のものであることは、自然と理解できた。

 

(聖剣)を使えるものは常に一人。今は、それがお前だ』

 

 もし――もし。

 

『さあ』

 

 私が勇者になれたなら、ベルは、褒めてくれるだろうか?

 

 

◇◇◇

 

 

 目を閉じ、深く息を吐く。少しずつ、周囲の()()が遠ざかる。

 「支配」のときに、ただ一度だけ使えた、光の刃。あれ以来、どうすれば意識的に使えるようになるのか、使えたとして何ができるのかを探るために、道すがら修行を続けてきた。

 

『さあ教えてくれ、お前の願いを』

 

 今ならわかる。必要なのは、純粋な気持ち。ベルを倒す? 違う。じゃあ、殺す? それも違う。

 もうそんな顔をしないで欲しい。もう一度、隣で笑っていて欲しい。

 

(――だから、私が、あなたを止める!)

 

 

 目を開く。周囲の明るさで僅かにぼやけた視界に、こちらに迫るベルと、その右手に閃く剣が目に映った。

 

「死ね」

 

 なんの感情も無い瞳が見える。なんの感慨も無い声が聞こえる。

 

 そんなあなた(ベル)に、負けるわけにはいかない。

 

「――ハッ!」

 

 普通なら絶対にできるはずのないタイミングでの抜刀。数瞬前の私なら剣を抜く間も無く斬り伏せられていただろう。

 

 でも、今ならできる。

 

 この剣(聖剣)の真価を引き出した、今なら!

 

 鞘から迸る閃光。その光に、ベルが一瞬だけ目を細めた。

 

「っ、何だとっ!?」

 

 同時に、私の剣がベルの振り下ろした剣を弾く。まさか抜刀が間に合うとは思っていなかったのだろう、ベルの顔が、驚愕で歪んだ。

 抜刀の勢いをそのままに、振り抜いた聖剣を逆手に持ち替えた。今の聖剣では、少し斬れ過ぎる。身体を捻り、がら空きの胴を柄尻で殴りつけた。

 

「がっ……」

 

 ごきり、という嫌な感触と共に、ベルの身体が大きく吹き飛ぶ。さして大柄でもないベルは、二度、三度と地面を跳ね、倒れ伏す。

 

『今のあやつは、ああでもせんと止まらん。気に病むことはない』

 

 分かっている。それでも、私は今度こそ幼馴染に手を上げたという事実に、罪悪感で押し潰されそうになる。今回は前回とは違う、私は、傷つけるつもりで攻撃したのだ。

 

 ……立ち上がれないくらいの勢いで殴りつけたはずだった。それでもなお、ベルは立ち上がろうとする。さっきまでとは違う、憎しみの詰まった眼光が、私を射抜いた。

 

 どうして、どうして、どうして、どうして。

 

 形にならない疑問がぐるぐると渦を巻いては消え、最後に一つの言葉だけが残る。

 

「どうして……」

 

 未だ光を放ったままの聖剣を順手に持ち替えながら出した声は、私が思っていたよりも、ずっとか細かった。

 

 

◇◇◇

 

 

「くっ、そ、がああああ………!」

 

 無理矢理声を絞り出し、今にも飛びそうな意識を強引に保つ。あり得ない速度で振るわれた剣で弾かれた右腕、尋常じゃない威力で突き飛ばされた胸。全身が発する痛みのアラートに、脳が焼き切れそうな気さえしてくる。

 まだだ。まだ動く。まだ動ける、まだ動かせる!

 剣を支えに、必死に呼吸しながら無事な左手で身体を起こす。力の限り勇者を睨み付ける。

 

 そうだ。俺はアイツを越えなきゃならない。アイツの聖剣を奪わなきゃならない。俺が、俺こそが聖剣に相応しいと、証明しなきゃならない!

 

「どうして……」

 

 一瞬、思考が止まった。

 

 

 気が付けば、俺は駆け出していた。剣を振り被り、真正面から叩きつける。力で勝るはずの俺の剣は、しかしステラが無造作に上げた剣によって容易く止められた。

 

 「……ふざけんな」

 

 そんな声が、口から漏れた。

 がむしゃらに剣を振る。型も何も無い、子どもの癇癪のように。

 一秒ごとに身体が軋む。おかしくなった場所が増えていく。

 

 でもそんなこと、どうだっていい。

 

「ねえ、ベル。なんでっ……」

 

 弱々しい声だ。今にも泣きそうな声だ。

 

 

 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!

 

 俺はお前を殺しにかかってる!  それなのに、どうしてそんな声が出せる!? どうしてそんな言葉が言える!?

 

 どうして、何も反撃しない!?

 

「ふざけてんじゃねえ、勇者!」

 

 俺じゃお前を殺せないとでも!? 俺が、そんな風に喋りながらでもどうとでもなるくらいに弱いとでも!?

 

「ねえ、もうやめようよ、ベルっ……!」

 

 

 ……俺の中で、何かが、ぷつりと切れた音がした気がした。

 




次の投稿は今回の比じゃないくらい遅くなると思うので、気長にお待ち頂けると幸いです。<(_ _)>
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