大勇者レイベルの英雄異譚   作:桃山おはぎ

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お待たせしました。第9話です。


第九話

「おい坊主! こいつは一体、どういうことだっての!?」

「知らない、よッ! こっちだって来たばっかりなんだから!」

 

 黒い熊を真っ二つにしながら、ベスタが叫ぶ。その声に、同じく隣で狼を斬り飛ばした「坊主」――ニトが叫び返した。

 

「おいおい、どうなってやがるんだ、こいつァ!?」

 

 また一匹、黒い獣を霧に帰しながら、ベスタはぼやく。その視線の先にいるのは、この坊主の同行者――ステラに相対し、獣のように吼えるレイベルの姿があるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 歓声が聞こえる。

 

 もっと戦えと、もっと暴れろと叫んでいる。理性を捨てろ。本能に従え。口々に、好き放題に喚く声が聞こえる。

 

「ごちゃごちゃうるせえっ!」

 

 悪態を吐きながら立ち上がる。鈍い痛みが俺を苛むが、それ以上に、腹立たしい。

 

 何が?

 

 そんなことはどうでもいい。この怒りは、何かにぶつけなければ収まりそうにない。

 

 それだけが、問題だった。

 

「オオオオオオッ!」

 

 ――吼える。そうだ、俺が怒るべきは目の前にいる。手の中にいつの間にかあった見慣れない曲剣。本来鋭く滑らかである筈の紅い刃は禍々しく波打ち、荒々しい作りの柄は強く握れば握るほど、鮫肌のように手を擦る。

 こいつが、俺に力をくれる。

 

「―――!」

 

 逆手に持った剣で、飛び掛かる。何か言っているが、どうでもいい。避け損なった二の腕を斬り裂いた。だが、浅い。

 

「――! ――!」

 

 五月蝿い奴だ。全身を使って、跳ね上げるように追撃。

 

 だが、反射的に振るわれた剣で、俺の身体は勢いよく外壁まで吹き飛ばされる。

 

「ガアアッ!」

 

 壁に着地し、その反動ですぐさま反撃。今度は、さっきよりも力を込めて。着地の衝撃で砕けた外壁の破片が、身体の所々に傷を付け、紅い残光と化した。

 飛んできた光の斬撃を、四肢を使って速度を落とさぬままに躱し、二撃目。

 

「――!」

 

 まただ。喚きながらの横薙ぎが、俺を大きく吹き飛ばす。

 

 こいつは、強い。その細腕は信じられないほどの力で剣を振るう。

 

 まだだ、まだ足りない。もっと、もっと。

 

 

 ()()()()()!!

 

 繰り返す。何度も、何度も。少しずつ、打ち負けなくなっていく。力が、漲ってくる。

 あちらの動きは精細を欠いていく。こちらに対して飛んでくる光が、明確に少なくなる。それに対して、俺はもっと速くなる。

 

「――!」

 

 来た! 一瞬、打ち合った剣が動かなくなった。反射的に後ろに跳んだ。

 

「―――」

 

 何か言っているのが耳に入る。まあ、俺には関係ない。これで、届く――。

 

 

◇◇◇

 

 

 剣宮が、揺れた。

 

「アァ!?」

 

 今まさにこちらに飛び込もうとしていたベルと私の間に、巨大な石のブロックが落下してくる。咄嗟に真後ろに飛び退いた私の耳に、石の向こうから、苛立ったようなベルの声と、盛んに剣で斬り付けているような音が聞こえてきた。

 

「スーさん!?」

 

 随分と不格好な着地になってしまった。倒れた私のもとに、ニトと、もう一人――ちらっと見えただけだが、恐らく最初にベルと一緒にいた人――が駆け寄ってきた。

 

「おい坊主、嬢ちゃん、逃げるぞ。剣宮が崩れる!」

「でもっ……!」

 

 彼の言葉に、私は思わず振り返る。まだ、あの石の向こうにはベルがいる。

 

 「()()()()()」を持った、ベルが。

 

「それで崩落に巻き込まれたら元も子も無え!」

「だけど、ベルが!」

 

 反射的に駆け出そうとして、ぐらりと身体が傾いた。

 

「ほら、今のスーさんじゃ無理だよ! ここから出るよ!」

 

 反論は、出来なかった。

 ニトともう一人とに支えられ、外へと向かう私の耳に、瓦礫の砕ける音が聞こえた。その音に、私は思わず振り返る。

 

「――!」

 

 砕けた瓦礫の向こうに、こちらを睨み付け吼えるベルがいた。

 

 それなのに、なぜだろうか。

 

 その瞳に、縋るような色が見えたのは。

 

「ベル……!」

 

 闘技場への入口を潜り抜けた直後、こちらに向かって踏み込んできたベルに対して、私は反射的に手を伸ばす。

 

 だがその手は、降ってきた巨大な瓦礫によって阻まれた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……」

 

 「狂乱の魔剣宮」の崩壊から、三日。既に多くの挑戦者たちは去り、言葉にはステラたちと他に数人しか残ってはいない。

 かつては巨大な闘技場だった瓦礫の塊を、ステラは一人掘り返している。只管無言で、黙々と。手が擦れ、土で汚れることも厭わずに。

 周囲には同じく魔剣宮の崩落から逃れてきた人間が、三々五々に固まっては、またどこかへと向かって行ったり、或いは野宿の準備を始めたりしている。

 

「……スーさん」

 

 どこか鬼気迫る様子のステラに、ニトがおずおずと声をかけた。

 

「……ベルが持ってた剣、『狂乱』だった」

「おい、そりゃ本当か? まだ千には全然届いちゃいなかった筈だが」

「間違いないよ。この剣(聖剣)が教えてくれたから」

 

 ベスタの疑問に、ステラが答えた。そうして聖剣を抜き放つと、ステラはそれを、傾き始めた日にかざす。

 

「教えてくれた? それに、聖剣って言ったか?」

「うん。魔剣には、意思が宿るって話、知ってる?『狂乱』の魔剣は、より欲望に任せた戦いを好む。千勝っていうのは、あの剣が挑戦者を見定めるために取る期間なんだ。それより早くても、『お気に入り』が見付かれば、出てくる可能性は十分にある」

 

 マジかよ、なんてこったなどと呟くベスタや、「聖剣」という言葉を聞いて集まってきた何人かを意にも介さず、ステラは時折聖剣を傾けたりしながら、再び口を開く。

 

「ちゃんと『声』が聞こえるようになったのは、ほんとに最近のことなんだけどね。それでも、私が最初にこの剣を握った時に、は『選ばれた』って感覚があったんだ」

 

(ベルは選ばれなかった、ってこともだけど)

 

 内心でそう付け足すと、ステラは聖剣を鞘に収めた。

 

「……ともかく、ベルが最後に持ってたのは、『狂乱』の魔剣だ。魔剣宮自体はこうやって壊れちゃったけど、まだ剣本体が残ってる。回収しないと」

 

 そう言って瓦礫を掘り起こす作業に戻ったステラの後ろで、ベスタは顎に手を当て思考を巡らせる。

 

「声、か」

 

 ──頭を過るのは、狂乱の魔剣宮で聞いた「歓声」。

 かの魔剣は、見定めていたのだろうか。未来の己の使い手たちを。そして、「狂乱」の名と、それを手にしたレイベルの振る舞いについても、ベスタは思い起こす。

 

(あの観客席からの声は「狂乱」のものだった、ってことか。……それにしても、あいつ(レイベル)はこの「勇者」と知り合いらしいし……一体何なんだ?)

 

「……ん?」

 

 内心困惑の嵐にあるベスタの耳に、耳慣れない音が響く。

 

 騎馬の足音だ。それも、複数。

 

「勇者様ーー!」

 

 馬に乗って駆けてくる影。その数、十数騎。その更に後方には、馬車らしき影も見えた。

 

「スーさん、あれ誰?」

「……聖剣宮の騎士団だ。でも、なんで?」

 

 掘り返す手を止め、瓦礫の上で立ち上がったステラが、ボソリと呟いた。その顔には、訝しげな表情が浮かんでいる。

 

「ああ勇者様、こちらにいらっしゃいましたか!」

「お久しぶりです、ライルさん」

 

 戦闘を走っていた鎧の青年――ライルが、馬から降りざまにステラに声を掛けた。焦燥と安堵の両方を顔に浮かべ、彼はステラの前に跪く。他の十数人もそれに続いた。

 

「『破壊』の魔剣宮が、破られました」

「……それは、本当ですか?」

「はい。剣宮のあった山に巨大な陥没が生じているのが見つかり、調査の結果、既に『破壊の魔剣』が持ち去られていたことが分かりました。勇者様の『支配』での報告と合わせて考えると……恐らく、かの邪剣を、再び作ろうとしているものが現れたと思われます」

「……でも、まだ『狂乱』が」

「そちらは我々にお任せください。『狂乱』を回収し、聖剣宮にて保管しておきましょう」

「でも、まだ」

「『狂乱』がこの有り様ということは、生き埋めになられた方々がいらっしゃるのでしょう。そちらも我々にお任せください」

「……」

 

 それでも尚、何事か言いたげな様子のステラは、少し離れた場所に立っているニトとベスタをちらりと見た。ニトはステラを力強く見返し、ベスタは未だ困惑した様子でステラとライルとを交互に見比べている。

 

「勇者様」

「……分かった」

 

 ステラは一つ深呼吸をすると、改めてニトに顔を向けた。

 

「ニト。……急だけど、付いてきてくれる?」

「もちろんさ!」

「それと、そっちの……」

「ベスタだ」

「ベスタさん。貴方にも来て欲しい。……ベルのこととか、聞きたいから」

「……分かった」

 

 二人の返事を聞き、ステラは再びライルを見た。

 

「馬車が用意してあります。我々が魔剣宮までお送りいたしましょう」

「……ありがとう、ライルさん」

 

 奥に止められた馬車に向かって、ステラが歩き出す。ベスタとニトは、それを慌てて追うのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

()()を使います。周囲の方々を安全な場所まで」

「はっ」

 

 腰に佩いた剣を抜きざまに、ライルは部下にそう言った。そのまま一気に瓦礫の山を駆け上がり、その頂点で軽く剣を振るう。

 

 一閃。ただの一振りで、剣から巻き起こった()()()が、瓦礫を砕き、吹き飛ばした。

 

「……少し、やりすぎましたか」

 

 辺りに舞う粉塵を斬り払いながら、ライルは迷いなく歩を進める。

 

「ああ、こんなところに」

 

 倒れた人影。その手から、禍々しいシルエットの剣――「狂乱」の魔剣をもぎ取った。その造りや刃を眺めつつ、ライルは呟く。

 

「これが四大魔剣の一つですか。なんと悍ましい」

『あと一本だ。奴らの向かった魔剣宮へ行け』

 彼の足元で、人影がよろよろと立ち上がった。虚ろな目をした彼――レイベルは、ステラたちを追って、歩きだした。

 

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