「あなたらしくない。どうして一妖怪風情にあっさりやられてしまうのですか」
博麗の巫女にとって、異変における敗北は許されていなかった。博麗は幻想郷における力の象徴であり、異変が起きたときの最後の砦といってもよい。幻想郷の管理者である八雲紫は、永遠亭にて治療を受ける博麗の巫女に説教をしていた。
「うるさいわね。負けちゃったもんはしょうがないでしょ。油断してわけでもないし」
「油断してたら負けた、の方がまだましですわ。あなたは幻想郷の要、あなたの後ろには誰もいないのです」
「だーかーらー。相手がめちゃくちゃ強かったって言ってるじゃない」
博麗の巫女は紫の小言に耳を貸さず文句を言っている。うどんげは、居心地が悪そうにしながらその場で正座していた。
「問題はあなたです。どうしてあなたのような妖怪がいるのですか」
「私、妖怪じゃなくてうさぎ……」
「あなたのようなうさぎがいてたまりますか」
「そんなこと言われても困るわよね、あんたも」
ねー、とうどんげに同意を求める。先ほどの戦が嘘かのように、殺伐とした雰囲気が霧散している。彼女はスイッチのオン、オフをはっきりするタイプなようだ。
「博麗の巫女を退ける力がある者がいる、と噂が広がれば博麗の巫女の権威が失墜します。それは幻想郷の存続自体が危ない、ということにも繋がります」
「そんなんでつぶれる箱庭なんて、早くなくなっちゃえばいいと思うけど」
紫のげんこつが博麗の巫女に落ちた。痛がる彼女を傍目に、うどんげは困っていた。どうやら紫は、うどんげを過剰評価しているらしい。自分に幻想郷をどうにかする能力もなければ、何かしようという企みも全くない。何事もなく普段の生活をこなしていればそれでいいのだ。
「お姉さん、あんたの力があればこいつらのことも怖くはねえ。やっちまえばいいんだよ」
「駄目だよ鈴仙。永遠亭の一員としてあんたは普段通り過ごして、たまに私の作った落とし穴に落ちてもらえれば万々歳なわけさ」
悪魔と、天使のような悪魔がうどんげにささやく。うどんげは八方塞がりであった。
「あまり、私の弟子をいじめないでくれるかしら」
「いてっ」
そこに現れたのが月の頭脳、八意永琳であった。永琳はてゐの頭をひっぱたいた後、うどんげの目の前に座る。
「まったく、あなたはいつも面倒ごとを起こしますね」
「申し訳ないです」
うどんげには面倒ごとを自ら起こしているつもりはなかったが、師匠を困らせていることは理解できたため素直に謝る。本質的なところを理解していない様子のうどんげに少し頭を抱えながら、永琳は彼女の頭をなでる。
「困った子です。こんなに手がかかるのは輝夜以来だわ」
「あら失礼しちゃうわ。私ほど手のかからない娘はいないともっぱらの噂よ」
「それを言っていたのはあなたを溺愛していたあの翁達でしょ」
「そんな話はどうでもよろしい」
ぴしゃりと紫がその場の流れを断ち切るように発言する。緩もうとしていたその場の雰囲気がピリつくのを感じる。彼女はうどんげに対して、何かしらの対応が必要と考えているのだ。
そんななか、正邪は考える。このままでは自分の立場はかなり危うい状態であることを理解している。現状を打破できる方法はないかと、ぱっと発言する。
「私にいい考えがある!」
正邪はその場で宣言する。本人の中に一切のアイデアはなく、ただ現状を打破するために言ったハッタリであった。
「あまり、適当なことを言わない方がよろしいですよ」
紫が殺気と同義の視線を向ける。発言する内容によっては、すぐに自分自身の首が物理的に飛ぶかもしれない。そんな予感が正邪の頭によぎる。しかし、ここで日和っていては何も得られることはなくただ死に向かうのみだ。
「うさぎのお姉さん。あんたの力は博麗の巫女にも勝るというのは、勝負の結果から明らかだ。その力を幻想郷に役立ててみないかい」
「えっ、あの」
いきなり自分の話題になってどもってしまううどんげ。他の面々が、うどんげを丸め込もうとする正邪を止めようとするが、正邪はここが勝負どころだと突っ切る。
「お姉さん。あんた、せっかく力があるんだ。異変解決を必ず博麗の巫女だけがやらなきゃいけないわけでもあるまい。博麗の巫女たちがなんとかしました、そのなかにお姉さんが入ってもいいわけだ。そうだろ、管理者殿」
「それは、確かにそうですが」
紫は、幻想郷の管理者である。幻想郷を成り立たせ続けるためには、博麗の巫女という権威が必要となる。逆に言うと、多くの人々に対して、博麗の巫女がいれば問題ない、という共通認識を植え付けさえすれば支障はないのだ。
「今後、どうせありとあらゆる異変が起きるんだ。そのとき、うさぎのお姉さんは、ただその力を奮えばいい。そして、その手柄を博麗の巫女に渡してやればいいんだ」
「そんな手柄わたしはいらないけど」
「だまらっしゃい。それで?」
博麗の巫女を黙らせた八雲紫は、続きを促す。そんなこと、正邪やうどんげにとっては何のメリットもないことであった。正邪は頭をフル回転させながら、この場を丸め込む方向に着地させるべく発言する。
「このお姉さんは、問題児だ。本人は一般人を装ってるつもりらしいが、話にならない。あんな滅茶苦茶なことする人は、絶対に何かしらの問題に巻き込まれる。それなら、巻き込まれついでに管理者殿の役に立てば、お姉さんの求める平穏を得るための手助けもしてくれるだろうさ」
「ふむ」
穴だらけの論理。しかし、悪くはないと紫は考える。今後、異変が起きる可能性は当然ある。というより確実に起きるだろう。それを解決する戦力があるに越したことはない。うどんげの気持ちを無視すれば。
「うどんげ、あなたはどうしたい?」
ここまで黙っていた永琳が、優しくうどんげに尋ねる。
「あなたが嫌だというなら、私がここにいる全員を殺してでも助けてあげるわよ」
「なっ」
「えっ、私も?」
「あなたは殺しても死なないでしょ。身内は黙ってて」
突然の発言に驚く紫と、茶々を入れてくる輝夜を尻目に、永琳はうどんげの目を見て伝える。
「ね。あなたはどうしたい?」
「わ、わたしは。永遠亭を守るためなら、命をかけます」
うどんげには難しいことはわからない。戦うのも好きではないし、痛いのは嫌であった。しかし、永遠亭の皆を守るという気持ちだけは一貫して持ち続けている。
「そう。なら頑張りなさい。はい、これでこの話は終わりね。ほら、お客様はお帰りくださいな」
永琳が、これ以上話すことはないといった感じでその場の解散を告げる。今後、具体的に何をするかは決まっていないが、いざというときにうどんげが戦力となる。それは本人が了承したのだ。
「帰るわよ」
「へいへい」
紫は博麗の巫女を連れてスキマに消えていく。残ったのは永遠亭の面々と、正邪。
「それじゃ、そろそろ私も失礼しま」
「だーめ。あなたは逃がさない」
輝夜が正邪の首根っこをつかむ。正邪はうなだれたあと、自分の今後の沙汰を聞く。
「とはいっても、別にこの場で何をしろって話じゃないんだけどね。異変が起こった時、あなたにはうどんげをサポートしてもらうわ」
「まぁ、それは構わないけど」
正邪としても、うどんげを利用しようとしていたのだ。うどんげと関わることに異論はない。
「それじゃ、これからうどんげと一緒に生活しなさいな。お互いのこと知ってた方がいいでしょ」
「えっ、あの」
うどんげは抗議の声をあげるが、輝夜が取り合わないであろうことを理解し、シュンとなった。永遠亭の面々以外と、普段の生活をともにする。しかも相手は厄介ごとをたくさん持ってきそうな、自分の苦手なもの。先のことを考えると、またお腹が痛くなってきた。
「よろしくね、お姉さん」
正邪は、にっこりとしながら笑顔で握手を求めてくる。うどんげは、左手でお腹をさすりながら右手で握手に応じつつ、どうにかして目の前の妖怪を処理できないかな、と考えたが輝夜の笑顔を見て無理だろうなとため息をついた。
うどんげが愛され悩みながら、強いお話が書きたかった。
短編なので、ひとまずここで終わります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。