※致命的な誤字があったので再投稿しました。一回消しちゃってゴメンなさいいいいいい。
神秘的か、はたまた破滅的か。
滅びの美と滅びの恐怖が同時に存在している場所。観測者によって印象を大きく変えるであろう場所。
生い茂る木という自然の隠れ蓑に覆われた都市に、三人は到着していた。
酷く寂れた場所だ。人、というより、生きている物の気配を全く感じない。電柱は無事に立っているのを探す方が難しく、建物の外装は剥がれ落ち色の違う箇所がいくつもある。
人が居なくなってどれだけ経つのだろう。草木は好き勝手そこら中に生い茂り、かつて高速道路であった物は基礎から崩れてしまっていて、持っていた機能を完全に失っていた。
死んだ街。そんな表現がしっくりくる廃墟の中を、三人を乗せたマシンディケイダ―は走り抜ける。
何故こんなゴーストタウンにモモイは来たがっていたのか。
ここに着くまでの数分間に彼女から聞いた話曰く、ゲーム開発部は今廃部の危機に陥っているのだとか。
滅びの運命を回避するためには魔王ユウカから提案された方法は二つ。部員を増やす。もしくは部活としての何かしらの成果を出すというものだった。
しかしどれだけの募集を掛けても部員は集まる事は無く。最終的にミレニアムプライズというキヴォトスで大々的に開かれるイベントに新作のゲームを出し、そこで賞を獲得する事で部の実績を作り出す事を決めたのだ。
しかし彼女たちの作成した前作――【テイルズ・サガ・クロニクル】が今年のクソゲーランキング堂々の一位を取った事を鑑みると、そんな大規模なイベントで彼女たちの新作ゲームが受賞できる可能性など0に等しく。
どうしよーどうしよーと頭を抱え八方塞がりなこの状況の打開策を考えていた時。そこでモモイは、とある一つの噂を思い出す。
その内容は【G.Bible】という、かつてミレニアムに在学していた伝説のゲームプログラマー、通称【M】という人物が残した、最高のゲームを作るためのハウツー情報が入ったデータがあるという物で。
自信の持てる限りの色々なツテや情報を駆使した結果、一番G.Bibleがある可能性が高いのがこの廃墟――『キヴォトスで忘れ去られたものが集まる場所』だったらしく、そこでここを訪れる為に先生を、士を呼んだという訳なのだ。
そんな風にモモイが熱弁している最中、士はほとんど聞き流し状態で彼女の話を聞いていた。
そもそも、最高のゲームを作る方法という時点で怪しさ満点だ。そんな物があるならば、今頃ここキヴォトスでは歴史に名を残すいわゆる神ゲーが量産されているはずであり、もし仮にそれが実在するとして、何故誰も厳重に保管しようとせずこんな廃墟なんぞにデータが流れ着いたというのか。大方、『皆で楽しくゲームを作りましょう』という薄っぺらい綺麗事くらいしか書いて無く、呆れられ捨てられてしまったデータが年月を経て神格化されてしまっただけなのでは。
そんな夢も希望も無い士の意見を、モモイはそんなことないもん!という一言で吹き飛ばし駄々をこね、廃墟への訪問を押し通す。
面倒事を嫌う士は、当然乗り気ではなかった。がしかし、今ここでモモイの依頼を断りシャーレに戻る事になれば、激情態と化したユウカに何をされるか分からない。良くて死刑か、悪くて極刑だろう。
そういう訳もあり、ノアがユウカを宥めてくれるまでの時間潰しも兼ねて、渋々士は彼女の依頼を受ける事にしたというのが、数分前の事だ。
砕けたガラスの破片を踏み潰す度に不愉快な音が鼓膜を刺激し、舗装されているはずの道路の上に形成された凸凹がバイクを揺らす。士の運転技術が無ければ、今頃横転している程に。実際、モモイとミドリは何度もバイクから落下しかけていた。
そんな状況の中でも、士はスピードを一切緩めない。否、緩める事が出来ないというのが正しいのだろう。
「また追いかけられるの!?さっきやったばっかりじゃん!ゲームだったらプレイヤーに飽きられちゃうって!」
「先生、右側に隠れてるよ!」
「分かってる!」
それもそのはず。今まさに彼らは、この地で唯一の活動者である無数のロボット兵に追いかけられている最中なのだから。
「■■■■■、■■■■」
士たちには認識のできない言語でやり取りを交わしながら、次々と彼らの進行ルートに姿を現してくるロボットたち。
草むらの中に潜む一体がこちらに照準を定め射撃。その射線上に被らないように、士たちの後ろに居るもう一体が別の射線に弾を撃ち、彼らの逃げ場が無くなったところで前から出現してきたもう一体がトドメと言わんばかりにこちらへ発砲する。
右に左に揺ら揺らりとバイクを傾け初撃を避け後ろからの弾丸も回避、前に居るロボットはウィリーで極力被弾を抑えながら、そのまま突っ込んで跳ね飛ばす。そうして強引に切り開いた道を、マシンディケイダ―が通過していく。
士がモモイに伝えた意見は、先ほど挙げたものの他にもう一つあった。
それは『そんな物が廃墟なんかにあるなら、今頃トレジャーハンターか何かに奪われてるんじゃないか』という物だ。
しかしモモイはこれにだけ、明確な理由をもって反論する。『この場所は連邦生徒会長によって危険と判断され、彼女が行方不明になるまで封鎖されていた』らしく。
そのため今まで誰もここに踏み入ろうとすらしなかったのだとか。
連邦生徒会長が言っていたのはこのロボットたちの事だったのか。そう士は思案し、
「むしろ逆、だな」
浮かんだ考えをすぐに切り捨てる。
どれほどの兵がここに居るのか。正確な数字は分からないが、追いかけてくる数を見て推測した所、廃墟中に居るロボットをかき集めたとして、せいぜい200体といったところだろう。
その程度の数、連邦生徒会の権力を使い多少の戦力を要請すれば、簡単に殲滅が可能なはずなのだ。あのロボットたちは軍団としては纏まっていても、個々としての力はあまり強くはない。時間はかかるかもしれないが、それでも確実に奴らを潰す事はできる。
にもかかわらず、彼女はロボットたちの破壊ではなく放置を選び、最終的に封鎖という形で終わらせた。
つまりこのロボットたちは、ここを封じた張本人、すなわち連邦生徒会長の手によって配置された可能性が高いというわけで。
「どうやら連邦生徒会長サマは、よっぽど大事な物をここに置いてるらしいな!」
何かしらの隠蔽、きっとそれが本当の理由なのだろう。それほどまでに隠したい物が何なのか、士には見当もつかない。
しかし自分が思ってたいたよりも、ずっと面倒な事に巻き込まれた事だけは理解していた。心中でこんな所に連れてこさせたモモイへの恨み節を吐きながら、真横から飛び出してきたロボット兵を蹴り飛ばし迎撃。その隙をついて放たれた弾を咄嗟に屈むことで回避する。このようにして対処を続けてはいるのだが、それでも完全に弾を避け切る事は出来ていない。事実、先ほどからモモイやミドリが弾に当たり、『あだっ』『いたっ』などの被弾ボイスを出している。士に一発たりとも命中していないのは、ひとえに彼女たちが後部座席にいるおかげだ。
一体どうしたものか。異常なまでのしつこさで向かってくる兵士たちへの対処法を士が考えていた時――文字通りの障壁が、彼らの行く手を阻む。
10m程の高さを持つ、蔦が全体に巻き付いている白色の障害物。左斜め前のビルが派手に欠損しているのを見るに、あの欠けた箇所が道に落下してきてしまったようだ。
「ど、どうするのー!?」
背後には依然としてロボットの軍団がこちらの背中を狙い続けている。止まってしまえば一瞬にして体に風穴が無数に開けられる事だろう。止まる事は許されない、しかして止まらければ無様に壁に激突だ。そんな絶望的な状況に対して、モモイが悲痛な声を上げ。それに士はどこかご機嫌な笑みで返す。
これは障害ではない。むしろ僥倖と言って差し支えないだろう。まさに今、迫りくるロボットたちへのアンサーが浮かんだのだから。
「決まってんだろ。壁があるなら越えればいい、そんだけだ」
今から自身の行う事を簡潔に伝え、アクセルレバーを全力で捻る。荒れ狂う内部のガソリンによって起こる凶暴な音を鳴らし、ユウカを振り切った時のようにバイクが瞬間で雷のように加速する。
士の言葉から、映画でしか見た事の無いようなシーンが、二人の脳内で想像される。
ここで一度、考えて欲しい。創作上でカッコいいと思うシチュエーションは数あれど、実際にそれを実行する立場に立った時、人はどういう反応を取るのか。
あっという間に二人の表情に影が差し始め、もはや半泣きになりながら士に対して必死の思いで語り掛ける。
「あ、アハハ。先生、嘘だよね……そ、そんなの、できっこないから!迂回しよ!迂回!」
「先生!一旦落ち着きましょう!先生!他に何か方法がありますから!」
「舌噛みたくなきゃ、その口閉じとけ。手、離すなよ!」
ミドリの願いとは裏腹にバイクのスピードは落ちるどころか増加の一途を辿り、壁があっという間に間近に迫る。このまま行けば3人を乗せた車両が粉砕され、彼らはここに骨を埋める事になるだろう。
その結末を、変える一手。
「ハァッ!」
事前に目星を付けておいた、僅かに角度が付いた瓦礫の上にバイクを乗せ。激突の直前、士は全体の重心を下から上へと全力で移動させる。
バイクが斜めに傾き、無理やり入射角を作る。結果、正面からぶつかるのではなく壁に前輪と後輪を触れさせることに成功。地面と車体が直角となる状態を強引に作り出したのだ。
もし士のバイクが並大抵の物であれば、このまま車体は重力に敗北し三人は仲良く背中から地面へと落ちる事になっただろう。
しかし、次元を超えるバイクを並大抵という人はどの世界を探しても居るはずは無く。
エンジンが爆発音を響かせると共に、彼らの体が上昇を開始する。重力に逆らいそびえる壁面を駆け上り――あまりの勢いに壁の高さを優に超えてしまい、車体が宙へと投げ出される。次に迫りくるのは地面。しかし、バイクでの着地を何百回と繰り返してきた士には、この程度欠伸をしながらでもできてしまう事で。
スプリングを上手く使い安定して地に降り立つ。あの高さの壁だ、ロボット兵もこちらに来るのに少しは手こずる事だろう。
こうして彼らは地球の発生させる引力。その強大な力に打ち勝ち、そびえ立つ障壁を超える事に成功したのだった。
「どうだ?スリリングな体験ができて楽しかったか?」
何処までも余裕な表情で軽口を叩きながら、モモイとミドリが落ちていないか一応の確認をする為に後方を向く。
「も……だ、め……」
しっかりとマシンディケイダ―の座席には二人が無事に座っていた。のだが、どうにもその様子がおかしい。うつむいたまま、消え入りそうな声でモモイがポツリとそう呟く。
何がダメなのだろうか。ロボットたちによって行われていた銃撃と追跡はたった今終わったというのに。士がその発言の理由を聞こうとした――その時、とても女子高生には似つかわしくない音を発しながら、突如モモイが空中に虹色のキラキラを吐いた。
「おろろろろろ」
士が無茶な運転をし過ぎたせいだろう。彼にとってはこの程度の荒事は慣れっこなのだが、年端も行かない少女には少々刺激が強すぎたようで。奇麗なアーチ状を描き、マーライオンの如くモモイの口から吐瀉物が流れ続ける。慌てて妹の方を確認すれば、彼女もモモイと同じように顔を真っ青にして口に両手を当てていた。
「せ、んせぇ。私もっ、うぷっ。お姉ちゃんの、見てたら、限界が……」
「だ、おい我慢しろ!あそこで一旦停める!」
姉につられて自身もぶちまけそうになっているミドリにそう伝え、G.Bibleがあると思しき座標に向かう道と同じ方向にある、一つの建造物へとバイクを走らせる。
その建造物とは、巨大な廃工場。
万が一ロボットが追ってきたとしても、遮蔽物の多いここならばそれらを生かしてローリスクに戦闘を行うことができるだろう。安全地帯の少ないこの地域で一度休息を取るには、もってこいの場所だ。
工場の敷地の中枢辺りに入ったあたりでバイクを止め、今だけは吐くなよと言い聞かせながらげっそりとしている二人を俵のように担ぎ建物の前に持っていく。すぐさま彼女たちは壁に両手を付き、溜まっていた物を放出し始めた。
士がその二人の様子に顔をしかめながらも、仕方なく背中を擦り続けてやる事数分後。
「もういやぁ!ユウカは魔王になるし、いきなりロボットに襲われるし、壁に激突しそうになるし!なんで一日で何回も命の危機を感じなきゃいけないの!」
全てを出し切って楽になったミドリが、冷静になった頭で思い返した踏んだり蹴ったりな自身の状況に対して怒りを撒き散らし始めた。
至極正当な怒りだ。
仮に士が仕事をサボらなければユウカは自分たちに対して説教程度しか行わなかったはずであるし、モモイがこんな所に行こうと言いださなければ、ロボット兵に弾を撃ち込まれる事も壁との激突直前チキンレースに巻き込まれる無かったのだから。
「ミ、ミドリ落ち着いて。それもこれもG.Bibleさえ見つければ全部チャラだからうおぇぇぇ」
「そんな状態でよく言えるね、お姉ちゃん!」
そんなミドリを落ち着けようとモモイが喋り始めた瞬間、中断されていた嘔吐が再開される。どうやらモモイの方が乗物酔いは深刻なようだ。
この調子では復帰するまでにもう少し時間がかかるだろう。
同じ場所に留まり続けるのは、士の経験則上危険な行為だ。此処は敵の領域、一旦は振り切れたものの、じっとしていれば他のロボットに見つかるのも時間の問題だろう。
今のところ周囲に何かが居るようには感じられないが、この工場内にロボット兵が潜んでいる可能性だって十二分にある。
とにかく、何もしないのは得策ではない。思考した士はすぐに行動を起こす事に決めた。
「ロボットどもが居ないか周囲を探索してくる。ミドリはモモイを見とけ」
「あ、ちょっと!先生一人じゃ危ないよ!」
「心配すんな、すぐ戻る」
片手をあげてミドリに少しばかりの別れを告げて、士は錆びた鉄扉をくぐり工場内への潜入を開始する。
腰に提げていた白と黒を基調としたカードホルダー、ライドブッカーをブックモードからガンモードへと変形させ、右手でグリップを握りこむ。
電気系統は当然ではあるものの動作していないようで、無数にある鉄でできた自動ドアの向こうへ入る事は叶わない。破壊して入ってみようかとも考えたが、無駄な行動をして敵が来ても困る。今はとりあえず通路の探索だけに留めておくことにした。幸いにも窓から差し込む太陽の光が道を照らしてくれているため、視界の確保に困ることは無い。
曲がり角では一度立ち止まり辺りを観察。背後を時々確認。足音は極力立てないように。潜入する時の基本を守りながら灰色の砂が散らばる鉄の道を、しっかりとした足取りで進み続ける。
10分程度の探索をしてみたが、足音は自身の物以外耳に入ることは無く、物音も一切聞こえてこない。どうやら、ここにロボット兵は居ないようだ。一通りのクリアリングを終えた士はそう結論付ける。
そろそろモモイの調子も元に戻った頃だろう。一息を吐きライドブッカーを持つ右手をだらりと下げて、来た道を士が引き返そうとした――その時。
『接近を確認』
声のした方向、すぐ左側にある扉の方にすぐさま銃口を向け、一瞬にして警戒を最大まで強める。
聞こえてきた電子の声から察するに防衛システムか何かかと思ったが、ここに何かしらが向かってくる様子はなく、危険を知らせるブザーが工場一体に鳴り響くわけでもない。
『対象の身元を確認。連邦捜査部S.C.H.A.L.E所属【先生】と判断。対象の資格を確認、入室許可を出します』
「……何だ?」
冷たい視線を向ける士に対し、機械は淡々とした声でそう告げる。
当然ながら、士はこんな所で働いていた覚えもなければ、ましてや訪れたことも一度たりとてない。しかし何故だかは分からないが、どうにもこの探知システムは士の事を認知しているようだ。
電気設備が死んでいる工場内で、ただ一つだけ生きている自身の事を認知しているシステム。つまりそれは、誰かが定期的にここを来訪し、この扉周りの電源だけを延命させ続けているという事に他ならない。
他の全ての建造物が朽ち果てた場所の真ん中に、こんな工場がある廃墟。そしてそこに侵入する者を排除しようと働くロボット。そして今は居ない連邦生徒会長が、ここへの立ち入りを禁じた――。
「……どうにもきな臭いな、この工場は」
三つの不自然な要素が輪郭の無い違和感となって、士の胸を覆う。この工場は恐らく"クロ"だろう。何があるかは分からない。しかし絶対に『何か』が此処にはある。
その『何か』こそがモモイの言っていたG.Bibleなのかもしれないし、ましてや全く別の、恐ろしい物かもしれない。
今、こうして彼がここに訪れ、この扉の前に立っているのも、全ては仕組まれた事なのではないか。そんな悪い予感がふつふつと奥からこみ上げてくる。
一体この工場は何に使われていたのだろうか、一体何を作っていたのだろうか。
「あ、居た!」
右側から現れたモモイの声が工場の廊下に響く。
敵が居ないと分かっている今だからいいものの、その判断が下る前にこんな大声を出されていたらたまったものではない。
一人で探索したのは正解だったなと思いつつ、こちらに走ってくるモモイとすぐ後ろから追いかけてくるミドリをじっと見つめる。
「今の声何だったの?いつの間にこの工場と先生は仲良くなったの?」
「さぁな、俺にもさっぱりだ」
「何なんでしょう。ここは……」
困惑する三人を他所に、機械音声が更なる言葉を紡ぐ。
『下部ハッチを展開します。衝撃にご注意ください。』
「下部……」
「ハッチ?」
モモイとミドリは互いに顔を見合わせ疑問符を頭の中に浮かべ、士はこれから起こる事を僅かな時間で理解する。二人を抱え急いでこの場からの逃走を図ろうとした直後――落下。
「うお!」
「ギャ!」
「きゃあ!」
文字通り下部。三人の真下の床がどこかへと行き、底へ底へと士たちを落下させる。
自身の立っていた場所が無くなった事に対し三人は、驚き間抜けな声を上げる事しかできず、ロクに受け身も取れないままその体を地面に打ち付ける事になった。
「痛ったぁい……。お姉ちゃん、先生。無事……?」
「うぇ、また吐き気が……」
臀部を擦りながら、横に居るモモイにミドリが声をかける。どうにも、モモイは無事ではない様子だ。
酔いが治ってきた直後に唐突なフリーフォールを喰らわされたせいだろう。彼女の顔色は、再びブルーな物へと変化していた。
「だ、大丈夫?」
「うん、一応……」
今にも吐きそうな顔を無理やり笑顔に変えている姉の状態は心配ではあるが、ひとまずは大きな怪我が無かった事にミドリは安堵し、そして気が付く。
先生の姿がどこを見ても見当たらないのだ。
「モモイ、先生は?」
「先生?……ホントだ、居ない……って」
ミドリに言われてようやく気が付いたのか。手で口を抑えながらミドリのようにモモイも周囲を確認していると――ふとお尻の触れている感覚が地面のそれと比べて明らかに柔らかい事に気が付いた。
「居たー!」
下を向けばそこに広がっていたのは地面ではなく、モモイとミドリの尻に敷かれた状態で仰向けに寝転がっている士の姿があった。
「ひゃあっ!って、先生!どうしてそんなところにいるんですか?」
「そりゃ、私たちのクッションになってくれたってことでしょ」
「いい、から……さっさと……どけ!」
吞気に人の上で会話をしている姉妹を何とか押しのけ、地面に手を付きながら上半身をゆっくりと起こす。
全身にズキズキとした痛みが走っているが、奇跡的に骨折はしていないようだ。ぶつかる直前、受け身を咄嗟に取れたのが大きかったのだろう。
その行動も、上から飛来してきた二人が士に直撃したせいで無に帰した訳であるが。
「ビックリした。てっきり先生、『そういう趣味』があるのかと思って」
「ぶっ飛ばされたいのか、お前!」
意図しない形ではあったが着地の際の衝撃を緩和してやったというのに、この言い草は何なのだろう。天然なのかわざとやっているのかは分からないが、こちらを貶す様な発言をするミドリに半ギレで士が噛み付く。
「とにかく先生、大丈夫?」
「ああ。お前らの追撃がなきゃ、もうちょいマシだったけどな」
「うっ……と、とにかく。ありがとうございます、助けてくれて」
痛い所を突かれたミドリが慌てて謝礼を述べるのを見て、今日何度目になるか分からないため息を士が漏らす。
少しばかりの悶着に一段落が付いた所で、士は改めて周囲を見渡してみる。
錆び付いたパイプ。鉄筋でできた支柱。巨大な歯車。砂に埋もれている何かしらの機器。そして――僅かに光の漏れている、扉。
「どうする?先生」
一番可能性が高いのは罠だろう。わざわざこんな所に突き落とした後に、開けてくださいと言わんばかりのこの扉だ。怪しいと思わない方が間抜けであろう。
もしかすると開けた瞬間に床が爆発するかもしれないし、この鉄扉の向こうでは大量のロボットがこちらに銃を向けて待機しているのかもしれない。
「どうするも何も、行くしかないだろ」
今の状況は、士のその一言に尽きる。そう、行くしかないのだ。これが例えトラップだとしても、ここに落とされてしまった時点で彼らにはこの先へと行く道しか残されていない。
「モモイ、ミドリ。何が来てもいいよう準備しとけよ」
警戒を孕んだ冷静な声で二人に呟く。士は慎重に扉の前へと近づき、取っ手に手を掛けようとした。その所で、モモイがそれに割って入る。
「待って先生。先生じゃ危ないから私が開けるよ」
「……そうか。じゃあ頼むぞ、モモイ」
ここは彼女の気遣いに頼る事にした。少なくとも銃弾一発でアウトな士が開けるよりは、モモイに開けて貰う方が幾分かリスクは少ないだろう。
士が扉の前から離れ、代わりにその位置にモモイが立つ。
体に力を込めて、ゆっくりと扉を押していく。重たい音が地下空間に響き渡ると共にモモイと士の武器を握る手に入る力が一層強い物になる。
徐々に徐々に確実に。
とうとう、ドアが完全に開ききり。
「えっ……!」
モモイとミドリが、同時に驚きの声を漏らす。
――芸術作品が、そこにはあった。
天井に空いた大穴。空に浮かぶ大きなオレンジから光線が降り注いでいる。照らされている部分の床には緑色の産毛が生えていて、無機質な部屋のアクセントとなっている。
そして――何よりも目を見張るのは、中心に座っている、少女。
この白を純白と言わずして、何を純白と呼ぶのだろう。そう言えてしまうほどに綺麗な白の肢体。黒い髪の毛は太陽の光を反射して、美しい艶を放っている。
一糸纏わぬその姿に、意識が吸い込まれる。あの白きブラックホールは魔性だ。ミロのビーナスを始めて直視した人間であろうか。或いは一目惚れだろうか。もしくはその両方かもしれない。そして同時に気づく。アレは自然にあり得てはいけない美しさ。無という物に限りなくアレは近い。つまりアレは人工物なのだと。遠目でありながらそうと分かってしまう程の、人工の『美』が、そこには安置してあった。
写真を撮る者としての本能が、彼に語り掛けてくる。これを撮らないと言うのならば、お前は写真家を名乗るのを辞めてしまえ、と。
その本能に従い、士はトレードマークであるマゼンタ色の二眼レフカメラを構え――。
そこで士と同じように彼女に魅せられていたモモイが正気を取り戻し、士のしている行動を目撃する。そう、今まさに裸の少女の写真を撮ろうとしている、自身の先生の姿を、だ。
「ちょ、ダメー!」
「ぐはっ!」
すぐさま身を翻し、強襲。ミサイルの如く発射されたモモイの体が、士の腹部に容赦なく突き刺さる。それは悲しい事に、先ほどモモイが落ちてきた場所と同じ部分に当たってしまったようで。目の前の光景に集中していた士の顔が一瞬で苦痛に歪んだ。
キヴォトス人の身体能力の高さも相まって凄まじい威力と化したモモイミサイルは、士の体を後ろに押し倒すのに十分すぎる威力を持っており。二度目の背中強打を士は味わわせられたのだった。
「お前、いきなり何しやがんだ!」
「それはこっちのセリフ!女の子の裸を撮るなんて、いくら先生でもしていい事と悪い事があるよ!」
「そ、そうですよ!やっぱり先生にはそういう趣味が――」
頬を赤らめたミドリが士の前に小走りで訪れ、唐突に先ほどの話を蒸し返し始める。
先ほどの雰囲気は何処へやら。充満していたはずの真剣さが一気に雲散していき、ギャグの空気が空間全体に流れ始めた。
顔を赤らめながらギャーギャーと、まるで縄張りを荒らされたカラスのようにうるさく喚く二人と対照的に、士は自身の髪の毛を右手で乱暴にかきながら呆れた表情をしていた。
「お前らみたいなお子ちゃまには分かんないだろうけどな、写真家やってると働くんだよ。今この瞬間を撮れっていう、プロフェッショナルの勘がな」
「ミドリ、先生が壊れた!なんか変な事言ってる!」
「先生、正直に言ってください。ああいう女の子がタイプなんですよね?」
邪な気持ちは無いのだと反論するが、どうやら言葉で言い聞かせるのは不可能のようだ。モモイとミドリのまくし立ては一向に収まる気配を見せず、むしろだんだんとヒートアップしていく。
こんなのに一々構っていたら日が暮れてしまう。スーツに着いた砂を軽く叩いて落としてから立ち上がり、
「好きに言ってろ!ったく……」
そう吐き捨て、ちょっとー、まだ話してる途中でしょーと言うモモイの声を無視して、士は件の少女の方へと歩みを進める。
前に立ち、まじまじと全身を観察する。胸部や腹部が全く可動していない事からどうやら呼吸をしていないようだ。まるで死体のように見えるのはこれが主な要因だろう。生きているならば当たり前にしている事を、この少女はしていないのだから。さもそれが自身にとっての当たり前であるかのように。
「この子……眠ってるのかな?」
「いや違う。……こいつは多分、アンドロイドの類か何かだ。今は電源が入っていないだけっぽいな」
「えっ、アンドロイド?うーん、言われて見れば……確かに、マネキンみたいだけど……」
少女の顔を見つめているモモイは、いまいち士の言葉を飲み込めないようだ。
それも当然と言えば当然だ。待ちゆく人にこの少女を見せ、人間だと思いますか?と聞けば十中八九の人がYESと答えるだろう。そう錯覚するほどに、目の前の少女は精巧に人の形を成しているのだから。だからといって、士の言っていることが間違っている気もしない。ロボットと言われれば、そう見えない事も無い。
半信半疑のモモイは、この少女がどちらなのかを触診をして確かめる事にした。
「どれどれ……凄い、肌がしっとりもちもちだぁ……。……本当にこの子ロボットなの、先生……って、あれ、何かここに書いてあるよ?」
肩や二の腕辺りをぷにぷにと軽く触っているモモイが、何やら新しい発見をしたらしい。士も顔を近づけ、モモイの指さす方向に視線を向ける。
そこには間近でまで近づいて見ないと分からないような、彫の浅い小さなアルファベットが刻まれていた。
「えーと……AL-IS……ア、リ、ス?この子の名前なの、かな?」
「良く見ろ、Iじゃない。1だ」
「あっホントだ、AL-1S……何だか、変な名前だね」
モモイはこれを名前と定義したが、実際は製造番号か何かなのだろう。
AL-1S――モモイはアリスと言ったか。恐らく、この少女の為だけにこの場所は作られたのだろう。大層なカモフラージュな事だ。そうまでしてコイツを保護する理由は何だ?何のためにコイツは作られた?わざわざヒトガタに寄せた理由は何だ?
そこまで考えて、士は組んでいた手を自然な形に戻し、一度考察を放棄する事にした。
馬鹿正直に思考を回したって分からないものは分からないのだ、こういうのは、当事者に聞くのが一番早いだろう。
「おい。さっさと起きろ、このガキんちょ」
「わわっ!先生、乱暴しちゃダメだよ!」
電源スイッチのような物も見当たらないので、とりあえず肩を掴んで体を揺さぶってみる。頭部がぐわんぐわんと前に後ろに動くが、一向に反応する気配が無い。どうすればこの少女は目を覚ましてくれるだろうか。
「先生、とりあえず服でも着せませんか。いつまでも裸だと可哀そうですし」
「……それもそうだな」
裸の少女如きに劣情を覚えたりする訳ではないのだが、如何せん少女の裸体を直視し続けるというのは流石の士でもほんの少しばかりの罪悪感があったようで。ひとまずミドリの提案を採用する事にした。
「ってそれ私のじゃん!」
「違うよ、これは私の。猫ちゃんの表情が違うでしょ」
いつの間にかミドリが取り出していたのは、猫が一匹でかでかとプリントアウトされた白と水色のストライプ柄のパンツ。
なぜ予備の下着をミドリは持ち歩いているのだろう、変わった奴だ。
その時ちょうど、明日のパンツと少しのお金を持ち歩き旅をしていた青年がどこかでくしゃみをしたのは、誰も知るところの無い話だ。
「よし。これで――」
パンツを履かせ自身の上着を掛けてやり、最低限の装備をミドリが少女に装着し終えたその時。
『ピポッ、ピポッ、ピポッ』
「な、何っ!」
「一か所に集まれ!」
どこからともなく流れてくる電子音にモモイが反応し、士が即座に指示を飛ばす。警報か何かだろうか、何かのボタンでも押してしまったのか。一瞬慌てながらも、すぐさま三人が武器を構え別々の方向を向き、臨戦態勢を整える。
が、数秒経っても何も起こらない。
正体と出所を探るため、士が一度耳を澄ませてみる。……どうも、右側に座っている少女から、この音は鳴り響いているようだ。
「状態の変化、及び接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
突如電子音が止み、そして同じ場所から、声が聞こえてくる。
固く閉ざされていた瞳を開き、もたれていた背を上げて首を右左に動かし――士、モモイ、ミドリと、不思議な少女の視線がかち合って。
今この瞬間、何処までも曲がった運命が、動き出したのだった。
今回、本当にちょっとした物ではありますが先の展開につながるワードを仕込みました。良ければ探してみてください。
※Mのくだりは単なる小ネタです。小児科医は本作には出てきません。
OPEN YOUR EYES FOR THE NEXT FAIZ.
全体的な文章が
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雑
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そこまで気にならない
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描写が下手