あれから数日が過ぎた。
私は今、あの場所から四つほど連峰を跨いだ場所の、人里離れた小さな廃屋に身を隠している。私が町を壊したところを見た人はもうこの世にいないだろうから捕まることも無いだろうし、私も現実感の無さに罪の意識も薄いが、なんとなく、どこか遠くに消えたかったのだ。
そうしてやってきた場所でひっそりと活動して分かった事が幾つかある。その中の一つとして、私の魔力量が膨大になりすぎて溢れ出た魔力が魔物のものに見えるということだ。魔物とはその名の通り魔力を持った獣を指すのだが、この世界では人と違って魔力の出力を抑えるための器のようなものが存在しないため、魔力が漏れ出している。それと見た目が同じだったのだ。その為、魔力を抑える練習をしたら他人に魔物と思われる事は無くなった。
また、もう一つ特筆すべきことがある。どうやらこの世界には黎応を使える生命はいないらしい。憶測の域を出ることは無いが、どれだけ探しても、変象した痕跡が無いのだから、少なくとも多くは使われていないのだろう。
時々周辺を見て回ったりするのに、見られるのは魔法ばかり。自分も黎応を使えなくなっているのではないかと思って使ってみたが、いつも通りに使える。
「魔法はあるのに黎応は無い、なんて、不思議な世界だなぁ。」
言いつつ、廃屋の隣に黎応で生やした木から赤い果実を一つむしり取って食べる。色々と不思議な事はあるかもしれないが、なんだかんだここでの生活に慣れつつはある。ここがこの体にとっての実質的な生まれ場所だからだろうか。
そういえば、こうして黎応を使っている間に頭上に出る輪っか、明輪のことだが、あまり他人には見せない方が良いかもしれない。姿を隠して検閲をすり抜け、最寄りの街に行ってみた時のことだが、そこら中で明輪のような輪を大層なものと見受けて信仰する風潮があった。信仰、と言うように、これはどうやら宗教的な文化らしく、だからこそ、私が人前で黎応を使うのは避けた方が良いのではないかと思う。
さて、また一夜を越して本日、天気は大荒れだ。私が勝手に住み始めたこの小屋の屋根は、ボロボロだったとはいえ吹き飛ばされかけている。かなり強力な風だ。魔法の補助無しだと、この今の小さな体では歩くことも困難になる。
朝方は普段通りに晴れていた故、あまりにも突発的且つ猛烈な嵐に、近くで何かが起こっているのかと疑いたくなる。何より、風に混じって魔力を僅かながら感じられることが不安を煽る。いつもより少し早いけれど、見回りに行こう。
手元の黒い果実を早々に食べ終わり、布切れを羽織って、魔力の来る元を辿り雨を切って空を飛んで行く。
山の上まで来た時、あっさりと元凶が分かった。膨大な魔力を持った者が二人、空中で戦っていた。
一方はなぜか朱く錆びた鎧を纏った男、もう一方は上下分かれた青いドレスのような、民族的な衣装を靡かせている女。どちらも動きやすそうだ。ここへは戦いの為だけに来たのだろうと分かる。
「どうした。そんなものか、ライネ!」
鎧の者からの問いかけに、ライネと呼ばれた青いドレスの者が答える。
「イチョウ、お前にはそう言えるほどの余力があるようには見えないな。」
イチョウ、ライネ。あれが二人の名前なのだろう。
彼らがあのような血気盛んな応酬をしている様を私が少し観察したところ、イチョウは単なる魔力とは別の、神聖な力を授かっているように見えた。神の加護とか言ったところか。そしてライネの方だが、一目でこいつは危険だと分かる。とても禍々しい魔力が溢れ出している。滅ぼしてやるとか色々と危なそうな事も言っており、私としてはなんとなくイチョウに勝ってもらいたいところだが、この状況に於いて、今にもイチョウは負けてしまいそうだ。
いや、違う。負けそうなのではない。このままでは両者とも死ぬ。あの朱色の鎧に、とても強力な魔力がライネをも巻き込んで纏わりついているのだが、それを訝しみよく見たところ、とても繊細な共倒れのための魔術が編み込まれていた。自分を殺させることで死を魔術に組み込み、必殺の魔術を発動させる戦法、彼は死ぬ気でライネを殺す気だ。
私がそうこう考えている内に両者の戦いは終わりを迎えようとしていた。ライネの拳がイチョウを鎧ごと貫いたのだ。本当にこのままで大丈夫なのだろうか?私はイチョウに協力した方が良いのだろうか。
「これでお前も終わりだ、イチョウ。」
「ああ、そうだ、な。でもな、ライネ、お前もここで終わりなんだよ。俺が死ぬ時、鎧に籠めた魔術は、お前を死に巻き込む!」イチョウは血を口と腹から吐き出しながら、ライネに告げる。
それを聞いたライネは驚きを隠しもせず、焦り、自らを覆っていく魔力を見て遂に憤怒し、糾弾する。
「このクソ野郎が!今すぐこの魔術を、この呪いを解け!」
「そう言われて、解くとでも?また、な…ライネ、地獄で会おうぜ。」
慌てながらライネはイチョウに回復の魔術を使おうとするも、致命的な一撃を受けたイチョウは既に死んでおり、彼女を取り巻く死へと引き摺り込む魔術は動き始めていた。
さて、私は彼女に言いたい事ができてしまった。「おい、ライネとやら、そいつはもう死んだぞ。猿芝居はやめたらどうだ。」勘繰られないよう細工をするために、少しの時間をかけてライネのステータス画面を表示して、分かった事がある。彼女は、この魔術から逃れる
「あら、貴女が誰かは置いておくとして、まさかバレるとは。そう、私はこんな所で死なない。」
「なぜなら、君は魔法の打ち消しができるから。そうでしょう?」
彼女のステータス画面には、"魔法滅"という能力が表示されていた。ステータス画面によると、その能力は魔法を滅するという。
ライネがするりと指を振ると、彼女を囲っていた魔術がいとも容易く解かれてしまった。なんて恐ろしい力なのだろう、黎応の無いこの世界では対抗手段が無いじゃないか。
「魔法滅、まったく厄介極まりない力があったものだね。君を殺すには奇襲しか無いんじゃないかな。」
「物分かりがいいわね。そこまで分かるのであれば、この力の事を知ってしまった貴女がこれからどうなるかも分かるのでは?」
突如、私を浮かせていた魔法が消える。これが魔法滅か。しかしすぐにもう一度魔法を発動させれば問題は無い、地面に落ちる前に浮遊し、羽のように着地する。間髪入れずにライネは飛んでこちらを追ってきて、牽制するように魔力の弾を放ってくる。私も対抗するように魔力の弾を撃つが、悉く空中で滅されてしまう。
黎応を使ってもいいのだが、あまり人前で使いたくないと決めたばかりだし、このまま魔力の利用だけで戦ってみよう。それに、こいつは強くない。
「そうだね、これから何が起こるか、目に見えているよ。これから私は……君に勝つ。」