酒場で喧嘩が起きるという事は決して有り得ない事ではない。
レイヴンという身分を隠して、何処かの地でひっそりと生きていた時も近くの酒場で客同士が殴り合いを始めると言う事はよくあった。
今まで当事者になった事はないが、今回ばかりはその当事者になったと言えよう。
生身での近接戦闘経験は指を数える程度でしかないが、相手からすればそんな事は知った事ではない。
「このクソ野郎が!」
繰り出された拳を受け流し、相手の態勢を崩す。
がら空きになった所を見逃さずに、相手の顔面に向かって拳を叩きこんで殴り飛ばす。
鼻から血を流し地面に崩れる男を一瞥した後、ヴォルタと621の方を見る。
「おらぁっ!こんなもんか!ええ?!」
「ちょ、ちょ…待って待って!」
「待つか、ボケェッ!!!」
味方が店の外へと投げ飛ばされた事に狼狽える男の意見など知った事ではないと言わんばかりに、その拳を顔面にへと叩きつけるヴォルタ。
よく見ればその周囲にはヴォルタによってやられたであろう男達が地面に崩れ落ちて蹲っていた。
流石はイグアスと共に喧嘩に明け暮れていた男と言うべきか。こういった事には慣れている。
そう思うと彼らを叩きのめしたであろうミシガンは超人か、何かじゃないのか?
鉄拳制裁を加えた挙句、イグアスの顔面の形が変わるまでボコボコにしたと言うのだからな。
「621の方は…」
ヴォルタから621へと視線を向ける。
近接戦闘を得意としているだけあってか、動きは実に軽やかだ。
「くそっ…!避けんじゃねぇ!」
「無理な話ですね。痛いのは嫌なので…はい、これでおやすみなさい」
「!? いつのまに…がっ!」
攻撃を全て躱し、その一瞬を見逃さぬ様に反撃し相手の意識を刈り取っていた。
その様子であればこちらが手出しする必要もない。
加えて数も減っている事もあって、自分に向かってくる奴もない。
これ以上の出番はないと判断すると、これだけの騒動を起こしているにも関わらず、何一つ反応する事無くグラスを磨いていた店主の姿が視界に入った。
喧嘩を始めた自分が言う事ではないが、止める気はないのかと気になり声を掛けようと歩み寄る。
するとこちらに気付いたのか、店主が口を開いた。
「最近になって顔を見せる様になった新顔らしくてな。悪さするもんでこの辺りで暮らしている連中が迷惑してたんだ」
「…俺達はお仕置き役という訳か」
「ヴォルタの知り合いみてぇだしな…ま、悪い事には灸を据えるのがいいのさ」
「…あいつらの処理はどうする気だ?」
ここで半殺しにした所で、ああいった奴らは報復を考えるだろう。
そう言った場合、一番手っ取り早いのが今この場で始末し適当な所に埋める。
が、そんな事は店主は許さないだろう。しかし灸を据えるだけで留めるとは思えない。
「安心しな。死ぬよりもきっつい所に預けようと考えている。…軍人みてぇな奴が主導でやってる青少年健全育成所って所にな」
「青少年健全育成…?」
何処かで聞いた事のある響きだが…はて、どこで聞いたか。
いや、聞いたのではなくその文言を何処かで見たような気がする。
思い出そうとして黙り込んでいると店主が首を傾げながらも、ある事を伝えてきた。
「そんな事より、あの嬢ちゃんは良いのか?訳分かんねぇって顔をしてるが」
「あっ…」
そうだ、元々この喧嘩はあの少女を助ける為のものだ。
周囲の敵はヴォルタと621で事足りる。
あの少女は何処へ行ったのかと周囲を見回していると、テーブルに下で縮こまっていた少女を見つける。
痩せ細った体、そしてその表情は店主が言ったようにこの状況についていけないと言った顔をしており、彼女の元へと歩み寄る。
「大丈夫か」
大丈夫な筈がないと分かっていながらも、そんな言葉を口にしてしまう。
対する少女はこちらの声に驚いて肩を跳ね上げながらも小さく頷いた。
…しかし体の傷が余りにも痛々しく、所々に包帯を巻いている。よく見れば手術痕のようなものもあった。
真っ白な髪に赤く輝く瞳。
その瞳がコーラルを彷彿とさせ、傷付いた少女の姿はまるで昔の自分を見ている様な気分だった。
「名前は?」
「……」
そう尋ねるも少女は答えなかった。
…答える気がないか、或いは名前を持っていないかのどちらかだろう。
「…そうか。無理して名乗る必要はない。名があるなら後で聞かせてくれ」
そっと手を差し出す。
その手を少女はジッと見つめた後、再びこちらを見た。
まるでどういう意味だ?と問う様な視線で。
「取り敢えずそこから出ようか。心配しなくともあいつらはこちらの者達で処理しているから安心してくれ」
「…ホントに?」
「ああ。気になるなら、そこから見てみたらいい」
そう促せば少女は今いる地点から少しだけ移動し、絶賛乱闘中のヴォルタと621の方を見た。
二人の足元には何人ものチンピラが呻き声を上げながら蹲っており、中には意識を刈り取られ気絶している者達もいる。
映った光景を信じたのか、少女は差し出したこちらの手を握った。
状態が良いとは言えない為、勢いを付けて引っ張り上げるのは厳禁。負担を与えないように少女をゆっくりと引っ張り上げる。
同時にヴォルタと621の二人が残ったリーダー格に対して強烈なパンチを顔面に叩き込んで、ノックアウトさせる。
「はっ、こんなもんかよ。肩慣らしにもなんねぇ」
「準備運動にしては物足りないですね」
それぞれが相手への評価を下す。
確かにあの二人を相手にするには、あのチンピラ共は役不足と言えよう。
まぁ喧嘩が済んだのであればそれでいい。後は店主に任せるとしよう。
「終わったな、戦友」
「ああ。…お前、何かしたか?」
「応援はしていたさ」
「どうだか」
本当に応援していたとは思えないが、わざとらしく肩を竦める。
さて、あの連中は店主がどうにかしてくれるとして、こちらは少女をどうにかしなくてはならない。
取り敢えず名前を聞いて……む?
「くそがぁ…調子こきやがって…!その
──カチリ。
リーダー格の懐から飛び出た銃と共に起こされる撃鉄の音。
怒りに染まった顔が少女へと向けられ、そしてそこから起きるであろう最悪の出来事が容易に想像できた。
気付けば自分の体は動き出し、駆け出すと同時にホルスターに収めた銃へと手を伸ばす。
「くたばれりや…がぁッ!?」
少女を庇う様に前へと飛び出し、一直線にリーダー格が持つ銃を思い切り蹴り飛ばす。
骨が折れる様な音もした気もしなくはないがこの際、どうでも良い。
殺さない程度の力でリーダー格の腹を踏みつけ、そして銃を突き付けた。
言葉は要らない。
生命与奪の権利は此方にあるという事を突きつける。
「…」
その場一体に沈黙が訪れる。
僅かに聞こえるとするのであれば、目尻に涙を浮かべて恐怖に震えるリーダー格の声ぐらいか。
それ以外は何も聞こえない。緊迫した状況だけがその場にある。
「…そこまでだ、戦友。彼には抵抗の意思はもう無い」
「そうとは思えんが」
銃を持ち出したのであれば、此方の対応は変わる。
殺し合いをしたいのであれば、幾らでも喜んで付き合ってやる。
喉笛を噛み千切る猟犬に成り果てる準備など何時までも整えているのだからな。
故にラスティの言葉に引き下がる理由など存在しなかった。
「ゆ、許してください…お、お、お願いし、ま、ます…」
銃の引き金を指をかけた所で涙声でリーダー格が懇願してくる。
身体を酷く震わせ、顔も酷く怯えた表情になっていた。
演技ではない。本能から出た声。
この状況で抵抗はないと判断して銃をホルスターに収めながら話しかける。
「あの少女の事を道具と言ったな」
「は、はい…!」
「二度は言わん。道具呼ばわりは止めてもらおう。彼女にも尊厳というものはある」
尊厳というものは誰にもでもなる。
それが旧世代だろうが、何であろうが。
だからこそ伝えた。そういう扱いをしてくる奴に灸を据える様な形で。
「…」
腹に乗せていた足を下ろせば、流れる様にリーダー格が気絶。
とは言え死んだ訳ではないので、敢えて無視する。
これでやる事がなくなった。そう思い、近くにあった椅子に腰かけようとする。
そんな時だった。
「…ウォルター…?」
少女の口から聞き捨てならない台詞が聞こえた。
さぁて…何やかんやしてたら少女からとんでもねぇ言葉が出てきたぞ。
この少女…何者なのかねぇ…
では次回ノシ
「お、繋がった。今いいかい?」
「こんな夜更けに連絡とは常識知らずか。時計は読めるか?読めないなら医者に視力検査してもらえ」
「生憎と良い子の時代は過ぎてるんでな。…うちの酒場で暴れた悪ガキどもの面倒を見てほしい」
「数は?」
「10人位だ。喧嘩売った客にボコられて大人しくているが…色々迷惑を被ってたんでな。灸を据える感じで適当にイジメてやってくれ」
「良いだろう。その代わり、金は払って貰うぞ」
「分かってるよ。んじゃ、頼むよ。引き取りの手続きはこっちで済ませておく」
「ああ。その悪ガキ共を──」
「"レッドガン"の流儀で迎えてやろう」